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彼女たちは対抗戦をする20

「魔導具はここに置いていこう」


 控え室でのアルバの言葉は、他の面々を充分に驚かせた。


「盗まれやしないか? それを防ぐための警戒だろう?」


 エルエクシスが問い掛ける。その言葉に、周りの代表会員が同意見だとうなづいた。


 しかし、アルバは否であると首を振る。


「もう盗む時間なんてないさ」


 既に全対戦を終了した以上、生徒が動く事のできる時間は数分もない。

 対抗戦に参加した生徒は、一人残らず表彰式典に参加しなくてはならないからだ。それは代表会のみならず、手伝いのためについて来た生徒まで合わせて全てだ。


  ならば、わざわざ衆目の元まで手ずから不正の証拠を運んでやる必要などない。

 エルセ神秘学園が、苦し紛れにその場で不正を暴露する可能性を思えば、決して悪い選択ではないと思えた。




 レアの言葉を受けて、彼らは念入りな身体検査を受けた。恐れる事などない。なにせ、やましい物など所持していないのだから。

 代表会員のみならず、手伝いのために来ている一般性まで一人残らず検査された。それでなお、レアのお望みの物は出てこない。


「……第一戦で使われた魔導具はどうしました?」


 表情には出ていないが、おそらく慌てているのだろう。いつもよりゆっくりとした口調でレアが尋ねた。


「処分してしまったよ。君たちが壊してしまったものだから、使い物にならなかったんだ、ボロボロでね」


 どんな形であれこの場にそのものを証拠として提示できないのであれば、レアの発言はたんなる言いがかりに過ぎない。


「どのように処分しましたか? どこに、どのように」


「覚えちゃいないね。誰かに頼んだとは思うのだけどね」


 これは嘘だが、それを確かめるすべはない。そして、確固たる証拠もなく控え室を改める事などできようはずもない。


 勝ちだ。


 打つ手なし。

 レアは苦し紛れに魔導具の捜索を申し出ているが、そんな事が許可されるはずはない。


 それは、明らかな侮辱だからだ。

 学園の名前を背負う代表会に対して、その栄誉を蔑ろにする行為を行えるはずなどないのだから。


 持ち物を改めさせるだけでも充分な暴挙だ。ましてゴミの逐一まで確認を要求するのはあまりにも礼を失しすぎている。


「もういいだろう」


 努めて優しげに、そう意識して声をかける。

 これもまた自らの名を売る行為だからだ。本来ならば抗議ものであるレアの言葉を水に流してしまうという器の広さを見せる事ができる。


「負けるのが悔しいのはわかった。別に、我々は事を大きくしたりしない。今のうちに引いておけ、それが互いのためだろう」


 驚きの声が上がる。

 なぜ許すのかと。許す事ができるのかと。


 これは強烈な印象だ。対抗戦に出ていないアルバの事を軽んじていた者がもしいたならば、たちまちその意見を覆してしまうだろうに違いない。

 第一位であるヘルネストを差し置いて、龍人(ドラゴニュート)であるダライアスを差し置いて、彼が壇上に上がっている何よりの証拠に思われた。


 ——だが


 なぜ、レアは引かないのか。


「あなた方が不正をしていた事は事実です。魔導具をこの場に出さないというのならなお怪しい」


「怪しいというかだけでは人は動かない」


「ですから、そのために証拠を……」


「馬鹿を言うな……!」


 あまりにも、驚くほどに、見苦しい。報告に上がっていたレア・スピエルという人物は、この程度の人間なのか。

 理を無視して、浅ましく、ただ感情的な意見を述べ立てるような小娘だったのだろうか。


 その知略のみで、一学年にして代表会の座に就いた知将であると聞いていた。

 第三位アルテア・ハイドすら抑えて、頭脳では学園最高峰なのだと、そのように聞いていた。


 だというのに、これはなんだ。


 まるで学のない、頭の中が空っぽな子供のようだ。オシャレやお菓子の事ばかりに気を巡らせる貴族の中で最も愚かしい沈殿物、喚き散らせばなんでも言う事を聞いてもらえると思っている脳空(のうから)

 アルバが最も嫌う人種だ。


 それは、今まで努力もせずただわがままであるがために望みを叶えられてきた人間の言動だ。

 そんな輩は、皆が皆切磋琢磨し、より高みを目指すファルハン魔術学園には一人も存在しない。


 あるいは、情報の誤りだろうか。

 なんらかのコネで代表会に潜り込んだ小物を、なんらかの知略であると思い違ったのだろうか。


 そうだとしたならば、アルバは苛立ちを抑える事ができない。

 そんな不確かな情報を提示した者に、その情報の裏取りが不充分だった自分に、そして能力も伴わないくせして我が物顔で代表会の末席にその身を置くレア・スピエルに、苛立たずにいられない。


「君の言いがかりに付き合うのはもうたくさんだ!」


「…………」


 レアは言葉を返さない。

 周りからは、アルバへの同意の声が上がった。


 情報戦も、奇策も、不正も、全ては生半な努力でなし得る事ではない。

 気を回し、頭を回し、対戦展開を望む通りに回した。全ては勝利のためだ。そのための努力は怠らなかった。自らの勉学を疎かにせずに作戦を立て、出場者への特訓もできる限り付き合った。

 その上で、あたかも自らが出場するかのように偽装特訓も行う。特訓を行なっていないからなどという理由で対戦に出場しない事が露呈すればあまりにも間抜けだからだ。


 アルバはそれほど努力した。

 それに対して、レアはどうだろうか。


 確かに不正を看破したのかもしれないが、それを証明するために尽力する事はない。

 ただ喚き立て、ただ頑固にものを言うのみだ。

 何も考えず、思い付きの限りで行動している。およそ努力とはかけ離れたその言動に、苛立ちを覚えるなと言う方が酷な話だった。


 そう思っていた矢先——


「そう……かもしれませんね……」


「……?」


 急に、レアがアルバの言葉に同意する。


「私は……私達は……確かに、証拠を持ち合わせていません」


「当たり前だ。そんな物あるはずがないのだからな」


 その言動への違和感。

 急に意見を翻し、アルバの言葉に同意し始める。

 一体何がしたいのか、アルバははかりあぐねていた。なにせ、その言動はあまりに支離滅裂に思えてならない。


「そして、この会場内を……全て調べ尽くす事もまた、難しいでしょう」


「そんな行動に意味はないが、確かに現実的じゃあないだろうな」


 慎重に、丁寧に、その言葉から真意をはかろうとする。一体何を言おうというのか。わざわざもったいつけたこの話し方には、何か意味があるのか。


「なので……言いにくい事では、ありますが……私たちには、不正を証明する方法がない」


「そうだな。それが今更どうしたの言うんだ」


「分かりませんか……? この歯痒さ……分かっては、いただけませんか?」


「…………」


 アルバを睨むようにレアを凝視する。

 まるで表情の変わらないその能面に対しては、さしものアルバも何を考えているのか読み取る事ができない。


「私たちは……不正の存在を、確信しています。先程言ったように、魔導具が壊れるように仕組まれてしたのだと……はい、間違いなく……」


「なぜそこまで自信があるのか分からないな。そもそもそこから誤りなのだがね」


 一応念を押す。

 偽りではあるものの、その証拠はないのだから強気であるべきだと判断する。

 レアが何を企んでいるのか分からない以上、この方向性は変えるべきでないように思える。


「誤りであるか、そうでないかは……言葉で証明できるものでは、ありません」


「その通りだと思うね。しかしそれは、君達も我々の不正を証明できないという事に他ならないという意味でもある」


 会話の流れが読めない。

 会話の繋がりが分からない。


 のらり、くらりと、ただ中身のない言葉を並びたてているだけに聞こえる。

 意味などというものがあるようには思えない。


「……?」


 意味が……ない……?


 頭に、わずかに、引っかかる。


 報告に上がった情報などではなく、自分で感じた印象として、レア・スピエルはこんな意味のない事をするような人間だろうか。

 レアが学園でどのような人物であるかという話なら、それは間者からの報告によるものだ。あるいは勘違いや思い違いによって謝りが生じているかもしれない。

 しかし、この対抗戦中の話であるならば、かなり正確な情報を有している自信がある。より近くからもたらされた情報であるため、より正確であると自負している。


 そこから感じた印象を思えば、レアの今の言動はあまりにちぐはぐだ。あまりに愚かしいわがままも、知性を感じさせない話し方も、何もかもが()()()()()ように感じさせた。


 その言動が何につながるのか、まるで予想がつかない。

 理路整然とした道筋があるようには、どうしても思えない。


 ——いや……


「お前……まさか……」


 思い当たる、ようやく。


「なんのつもりだよ! なにが言いてぇんだテメェはよ!」


 不意に、そんな声がかけられる。

 見ると、ファルハン神秘学園の生徒だった。大柄で、とても真面目な生徒だ。


 何が言いたいのか。その言葉は、アルバがわざと言わなかったものだ。

 相手に答えを委ねてしまう行為は、会話の主導権を握られる事に他ならない。レアの言動の真意を推し量ろうというのなら、それは完全な悪手だ。


 しかし、ほんの一瞬前までと違い、今のアルバはそのように思っていない。

 その言葉を控える事に意味を見出せなくなってしまったからだ。


 レアの視線をたどると、その視界の先にはすでにアルバがいない事が分かる。

 向いているのは、アルバの後方。

 こうなっては、もはやレアの真意を確かめる必要などない。手遅れなのだから。


「遅いじゃないですか」


 そう言って、レアは満面の笑みを見せた。

 アルバの後方に対して、彼女はその笑みを向けている。


 報告によるならば、それは勝利の合図。

 レア・スピエルが勝利する時常に浮かべていたという、どう猛な捕食者の表情に相違ない。


「済まんな、手こずってしまった」


 アルバは、恐る恐る顔を向ける。

 自らの後方、レアの向く方向。


 果たしてそこにいた人物とは——

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