彼女たちは対抗戦をする19
代表会準格一位ダライアス・エンドラゴは、退屈な時間を過ごしていた。
何一つ下らない。
彼の高揚を満たすような好敵手は、この対抗戦の中でたった一人しかいなかった。
ファルハン魔術学園には、ダライアスと力比べをしようという生徒は一人もいない。
誰もが計算高いあの学園の生徒では、ダライアスに敗北する事によって自らの評価が下がる事を嫌ってしまうのだ。
ダライアス以上の実力を持てば良いなどと考える者は、学園を訪れて最初の一週間でいなくなってしまった。
その点でいえば、代表会の面々はまだマシかもしれない。
少なくとも、遠巻きに眺めたり、常に逃げ腰であったり、邪険に扱ったりはしない。準格という位置に甘んじているダライアスは、彼らにとって自らの地位を脅かす存在ではないからだ。
それが、つまらなくて仕方なかった。
努力せずとも、学園内に彼を下せる者はいないのだ。ならば努力の理由などないではないか。
あまりにもの張り合いのなさに、ダライアスは味気ない日常を過ごしていた。
そんな日常だから、シスとの対戦に心が踊った。
久しく見なかった自らへの対抗心に、言いようもなく高揚してしまったのだ。
だから、期待していた。ほとんど詰みの状態から、なんらかの逆転をするのではないかと。
事実、勝ち目のなかった第四戦は予想だにしない奇策によって勝利をもぎ取られてしまった。
言葉に余る気持ちだった。
かつて龍の里にいた頃は常に感じていた緊張であったというのに、いつの日からかダライアスはそれを忘れてしまっていたのだ。
——だから、期待していたというのに。
控え室に相手校の生徒が入り込んでいる事には、すぐに気がついた。
ダライアスに臆さない生徒は、代表会の他には存在しないためだ。彼は当たり障りのない行動を取っていたが、ダライアスに対してもそのように振る舞うのは不自然だった。ファルハン魔術学園の生徒から代表会の手伝いに参加している以上、ダライアスにごく当たり前の態度を取るはずがないのだ。
それを分かっていながら、あえて見過ごした。一体どのような策に打って出るのか心を躍らせて。
しかし、結局のところ勝負は決してしまった。
これから行われるのは、勝利校への表彰だ。そしてそのまま閉会となる。
手伝いのためについて来た生徒まで全てが参加を強制され、もはや小細工を行える段階は過ぎ去ってしまった。
先ほどまで闘いが繰り広げられていた闘技場の内側には、今まではなかった表彰壇が運ばれている。生徒たちは全員がその前に並び、この対抗戦の運営責任者が長たらしい挨拶を述べ始めた。
立ち並ぶ人数から見るに、両校とも相当の人数が参加していたらしい。これも評価となるのだから、当然といえば当然だ。
まるで先ほどまで行われていた闘いの熱気がまだ残っているのかと思うほどに蒸されるその場所で、長たらしい表彰式が始められた。
今回の主催である魔術大臣が壇上に上がる。小太りで頭の禿げ上がった冴えない男ではあるが、この国の魔法教育を一手に担う敏腕である。
「皆さんの戦いはどれも素晴らしく……」
似たような意味の言葉をわずかな言い回しの違いで繰り返す事になんの意味があるかはわからない。
どちらもいい闘いぶりだとか、見応えがあったとか、そんな当たり障りのない事を言っていたずらに時間を長引かせている。
生徒たちにとってはつまらない時間だが、だからといって欠伸や悪態などつけるはずもなく、ただ黙して話が終わるのを待った。
それからどれくらい経ったかは分からないが、太陽の位置を見ると半刻はくだらないように思える。
真面目な生徒たちの集中力もそろそろ切れ始め、疲れた脚をほぐそうと足踏みしている者もチラホラと見られるようになった。
燦々と輝く夏の日光は、学び盛りの青少年の体力をこれでもかというほどに奪う。ダライアスですら少し暑いと感じるほどなのだから、純人には辛いのだろう。
「えぇ〜、では最後に、勝利したファルハン魔術学園の代表の方、前に出てください」
ようやくその言葉が聞こえると、そこかしこから安堵の声が上がった。当然露骨に言葉にはしないが、ほんの僅かにつかれたため息を龍人の優れた聴覚がことごとく拾った。おそらくキューにも聞こえている事だろう。
学園代表として壇上に上がるのは、意外かもしれないが三位のアルバ・タクトだ。彼こそが勝利の立役者であり、彼なくしては作戦もままならなかった。その功績は、一位であるヘルネストを差し置いて壇上に上がる事に誰一人不平不満を言わないほどである。
「今回の闘いぶり、本当に素晴らしいものでした」
「勿体ないお言葉であります」
アルバは深々と頭を下げる。
片膝をつく際に外套がフワリとはためく。それはまるで演目の一幕のようであった。
目を奪われるとはいかないまでも、その場の多くが感嘆の声をあげた。
アルバの尽力によってもたらされた勝利である事に疑う余地はなく、それは周知の事実だ。その堂々とした立ち居振る舞いは、彼の自信を如実に表していた。
国の重鎮も注目するこの場において、満点とすら言える態度だ。
——しかし、それに待ったをかける声が上げられる。
「異議を申し立てます」
今まさに拍手がされようとしていた直前の静寂に、その言葉はよく響いた。
決して大きく叫ばれたわけではない声だが、その場の誰もがその方向に目をやる。
「レア・スピエル……!!」
アルバが苦虫を噛み潰したような表情をしているというのに、対照的にレアは平然としていた。
唖然、呆然。
何が起こっているのかとほうける者がほとんどの中で、ダライアスだけは笑っていた。
何が起こるかなど皆目見当もつかないが、何かが起こる事だけは確かなのだ。
何も起こらない日常を過ごしていたダライアスにとって、それは充分に楽しめる事だ。まるで吟遊詩人の唄に目を輝かせる子女のように、ダライアスはキラキラとした瞳でレアを見つめる。
この場で間違いなく起こる何かが、楽しい事であると願って。
予想外に放たれたレア・スピエルの声に、アルバはわずかに眉をひそめた。彼女が何をしようとしているのか、理解したからだ。
「私たちは勝利に、不満を持っています」
ハッキリと、そのように紡がれた言葉は、彼女たちの最後の足掻きだ。
勝利する唯一の手段は不正の暴露ではあるが、彼女たちの手元に証拠はない。
ならば、下手に出る必要など微塵もない。
「何が言いたい!」
「不正の存在を提言します!」
アルバは、口元が緩むのを抑えるのに苦労しなくてはならなかった。
愚かだ。全てが手のひらだという事に気が付きもしない。
会場がざわつく。何の事なのか、何を言っているのか。
その中に何故という言葉があり、その声の主がキューであると認めると、視線を送って黙るように伝えた。
意味が通じたのかはわからないが、ともかくとしてキューは口を閉じる。
この場でおおっぴらに咎める事などできないが、あとで言い含める必要があるだろう。
「何の事だ! 私たちが不正をだと!」
この場はとぼける。どうせ、レアにはそれを証明すべき証拠がないのだ。
見つかるはずはない。見つけられる事など、決して。
対抗戦第三戦。
その闘いは、その対戦が開始されるよりも少し前から純粋な力比べとは一線を画していた。
その内容は、最後に魔導具を持っていた方の勝利。
実際の対戦がヘルネストの必勝である限り、この対抗戦全体の勝敗は、不正魔導具を手に入れられるかどうかにかかっていた。
ならばこの勝負、すでに決している。
代表会の中に裏切り者がいて、その裏切り者がエルセ神秘学園の代表会へ引き渡さなければならない。
それを見逃すほど、アルバはマヌケではない。
では、なぜレアは無意味な事を行なっているのか。
口頭での説明くらいで、勝敗が覆るはずなどないというのに。
「言いがかりだ! 証拠はあるのか!」
あるはずはないと分かっていながら、わざと挑発的な事を言う。
自信の表れだ。彼女たちは、間違いなく証拠を持っていない。
「待て、そもそも不正とは何の事だ!」
「エルセ神秘学園、根拠もなしに言っているのなら大問題だぞ!」
方々からそのような声がかかる。
当然だ。この学園間対抗戦は大きな注目を集めている。国内外から有力者が集まり、次世代の国を担う逸材の品定めをしているのだ。
そんな場所での横暴な振る舞いなど許されるはずがない。レアの行動は一見して、負けた事に対する悪あがきにしか見えないのだから。
「第一戦のキューさんとハンナさんの闘いで使われた黒い棒状の魔導具は、不正利用される為の物であったと進言します」
アルバが思った通り、レアはその事に気がついていた。
「あれは初めから壊れるようにできており、ハンナさんが破壊したわけではなかったものと思われます」
「一体何の証拠があってそんな事を言っているんだ! 負けた事への腹いせじゃあないのか!」
アルバが言うまでもなく、どこからか反論がなされた。
周りからはヤジが飛び、人々は口々に非難をぶつける。
しかし、当然レアもそこでは引き下がらない。そんな程度で引き下がるくらいなら初めから物言いなどしない。
まず間違いなく、なんらかのあてがあるのだ。そして、そのあてについても、ある程度の見当がついている。
「あなた方が持っているはずです! 今、不正魔導具はあなた方が肌身離さず所持している!」
レアが高らかに宣言する。それこそが、エルセ神秘学園の秘策。アルバの策を看破したレアの奥の手。
多少強引ではあるが、それを晒せば逆転なのだ。悪い手ではない。
しかし、アルバは笑う。
何せ彼らは今、魔導具を持っていないのだから。




