彼女は勝利する
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読みにくいとのご指摘を受けて一章を改稿。
「は?」
間抜けな声が漏れる。それはアストのそしてディーラーの、さらにはリリアとライラのものだ。
「残りの二ゲーム全てを降参すると言ったんです」
レアは平然としているが、何故そんなことをするのか、他の誰一人理解できていない。なにせ、ここからが登り調子だというところだ。
勝ちに手が伸び、欲が出始め、そしておそらく勝ち越せるだろうというこの勝負で、何故降参などという言葉が発せられるのか。
疑問に答える気などないのだろう。レアは手持ちから10枚のチップを差し出す。この時手元を見ていない。
確かにそのチップは、残り二回全てを降りた場合に発生する損失に等しい。
「失礼します」
礼儀正しくお辞儀して立ち去ろうというその振る舞いが、あるいは間違えているのは自分なのではないのかという錯覚すら感じさせる。
そのために、ディーラーとアストは呼び止めることをしない。ただ眺めているだけだ。
もしかしたら、レアは当たり前の事を行っているのかもしれないのだから。そう思っている。
「リリアさん」
「ふァい!」
不意だ。
正面から、特に唐突でもなくかけられた声ではあったが、ぽかんとしていたリリアにとっては充分に不意の一言だった。ただし隣にいたライラはリリアの声にもっと驚いた。
「そんなに怖がらないでください。これを渡そうと思っただけです」
そうしてリリアの手に落とされた物は、まさしく予想どおりのものでありながら、しかしリリアは驚いてしまった。
それは20枚のチップだ。
「これじゃあレアさんの勝ち分全部じゃないですか!」
「足りませんでしたか?」
レアは見当はずれな疑問を浮かべる。
しかし首をかしげて腕を組むその様は、心底それが本心からくる行動なのだろうと感じさせる。あえてふざけているわけではないと。心から不思議なのだろうと。
「多すぎですよ! 本当だったら1枚だってもらえませんよ!」
根が真面目であり、一般人としての常識的な金銭感覚を持ち合わせているリリアにとって、20枚のチップを顔色一つ変えずに渡すその行為は信じられないものであった。
驚愕のあまり怒りにも近い感情を覚えるが、その場にいるリリア以外の人間には(アストやディーラーの男はもちろん他の客すらも)いまいち理解できないことだ。
このままではお金の大切さを半日がかりで語りだしそうな雰囲気であったため、レアは賭博中よりも説得に対して必死に頭を使うことになった。
「はじめから数枚の勝利だったと考えてください。現に私の懐は痛んでいません」
「始めと結果だけ見るなんてナンセンスですよ。自分の責任で空っぽになったところに手を差し伸べられたことが重要なんです」
「泡銭にそんな気を使う必要はありませんよ」
「どんな銭でも金は金ですよ」
しかしこうなると話は平行線であり、どちらが先に折れるかの精神力勝負だ。
両者一歩も引かない攻防であったが、アストがそろそろ追い出したほうがいいだろうかと思い始めた頃、ようやく折れたのはリリアの方であった。
「借りです」
リリアが考えた落とし所はそこだ。
「無償では受け取れません。これは私がレアさんから受けた大きな借りとして、いつか必ず返します。私忘れませんから!」
リリアの大声による宣言は、あちらこちらで賭博を行っている客の目をよく引いたようだ。皆が怪訝な目でレアたち三人を見ている。
「ともかく部屋に帰りましょうか」
現状、悪目立ちすることの利点にレアは心当たりがない。目立たないようにと、三人は勝利したにもかかわらず、目を盗むようにしてそそくさとその場を後にした。
この時にレアがチップを換金していない事に気がつかなければ、リリアはそのまま持ち帰ってしまっていただろう。
そして自室に戻るや否や、レアは質問攻めにあうことになる。
好奇心旺盛なライラが、レアをキラキラとした目で見つめるのだ。あれはどうだ、それはこうだ、よくも口が回るものだと感心する暇などない。
レアは必死に口を回して、目を白黒させながらもひとつずつ質問に答えていくのだ。ただ、その仏頂面では、レアが気圧されている事実が二人に伝わらなかった。
「イカサマだったんですかぁ!?」
リリアの驚愕の声はレアが「隣の部屋に迷惑ではないだろうか」という心配もよそによく響いた。
とりあえずまだ苦情は言われていない。
「魔法が苦手なんて嘘じゃないですか! 付加魔法をそんなに使いこなせる人なんて聞いたことがありませんよ」
リリアは憤慨しているが、もしそうだとしても怒られる所以はない。
ただし、彼女の気が立つのも仕方がないし、八つ当たりしたい気持ちも分からなくはないので追求はしない。
「いえいえ、不得手に間違いはありません」
なので、言うことは訂正にとどめる。
「苦手を克服するのは骨なので、魔導具によって補助しているのですよ」
そう言って見せるのは右手の人差し指だ。
厳密には、そこにはめられた魔導具。細い糸のような指輪だ。
「ライラさんには説明したのですが」
それは自在に付加の魔法を扱うことが出来る魔導具であり、入学に際してきっと役に立つだろうと義母が持たせてくれた物の一つだ。おそらくは本人の思いとは全く違う方向性だろうが、確かに役に立った。
魔法を使った時にどれだけ疲れるかという感覚を一般に『波力』というが、レアはこの魔法的体力とでも言うべき値が低いわけではない。
指輪の魔導具は術者の波力を肩代わりするような高等なものではないが、それでも充分に活用できる。
「これがあれば付加の魔法は自在なんですよ」
「それで勝てましたのね! カッコいいですわぁ」
どうやら理解していなかったらしい二人への説明は、思いのほか時間がかかった。
窓から見える景色は、もう何分もせずに暗闇になる事だろう。
「格好いいなんてよしてくださいよ。照れてしまいます」
結局は道具に頼った力だ。それを評価されたからといって、レア自身のものではない。
それがどうにも居心地が悪く感じてしまうのだ。
そう言いつつも顔色は変わらないのは、やはり義母にすら認められたポーカーフェイスと言ったところか。
義母本人がいたならば、そのことでまた小馬鹿にされそうである。しかし、表情に出ないからといって、それが心根までそうかと言われれば否と言わざるを得ない事など、昨日今日出会った二人には知る由もない事だ。
「何を言っていますの! 相手の不正を知りつつも正々堂々と勝負するところなんて最高ですわ!」
そしてそんな言葉を言ってしまうのも、やはり昨日今日の付き合いだからだ。
レアが正々堂々と言う言葉を嫌いな事を、二人は知らないのだ。
「ライラさんは勘違いをしていますよ?」
だからわざわざ否定する。
必要もない事ではあるが、初めてできた友人に心を開いている証拠として、自分というものを知って欲しくて、好意的な思い違いを、それでもレアは否定する。
「え?」
「私は正々堂々となんてしていませんよ?」
それは二人にとって意外だったらしく、揃って閉口してしまった。
なんと言おうか。そう悩むのは一瞬だ。なにせたった一言で済むのだから。
「すり替えをしていたんですよ」
たったそれだけで、伝わるはずだ。
そもそもなぜ、全捨てを繰り返していたのか。それは当然、一枚でも多くの札に触れて、より多く付加を残すためだ。
多ければ多いほど、相手の不正が機能しなくなっていくのだから。
しかし、たったそれだけではない。
全捨てを行えば、それだけディーラーが回収すべき札が増える。
アストの手札も合わせれば、毎回十五枚以上の札を回収しなくてはならないはずだ。その中から、たったの二枚か一枚札が抜かれていたとして、果たしてあの練度の低いディーラーはそれに気がつけるだろうか。
そうして目ぼしい札を手に入れ、死角を縫って手札と入れ替えたのだ。
その証拠として、服の袖から何枚かの札を出して見せる。山札に紛れさせる機会を見失ってしまったので、必要ないが持ってきてしまったのだ。
「手にカードを隠し持つ技術の事をパームと呼ぶのですが、私の手では完全にカードを覆い隠す事はできません」
これはレアが特別手が小さいという事ではなく、十三歳の少女ならば当然の事だ。
「なので、このローブは非常に役に立ちました」
そもそも魔術師の外套とは、所持している魔導具を相手から隠し、手の内を晒さないために使用するものであり、それが見事に今回の目的と合致した形である。
そして一学年故のぶかぶかの袖も、合わない丈も、何かと都合が良かった。
「重要なのは死角なんですよ。相手が見えない位置にカードを持てば、バレるわけなんてないんです」
もちろん動きの不自然さなどの要因から看破されることもありはするが、アストたちの様子ではそれも心配いらないように思えた。
そして複数の意味を一つの行動に持たせるというのは、その真意を隠すためにとても都合の良いことだ。
全捨てを不自然に思ったアストたちは付加を行うためであると納得したようだが、しかし実際にはその陰に隠れた「すり替えを隠すため」という目的を見落としている。
「……ぁあ」
二人は唖然としている。
当然と言えば当然なのだろうか。レアのような境遇でもない限り、貴族だろうと商人だろうと農夫だろうと、たかだか十三歳の少女がそんな知識を持っているのは不自然というものだ。
軽蔑されただろうか。
ほんの少し不安になるレアであったが、それが杞憂であることはすぐに分かる。
「カッコいいですわ……」
ライラがそう呟いたからだ。
「え」
「やっぱりカッコイイじゃありませんの。歴戦のギャンブラーって感じですわ!」
ニコニコとした笑顔でリリアと顔を見合わせるライラには、なんら一切の悪意を感じない。
決して大きく無法な生活を送ってきたわけではないが、相手がそう感じるかどうかはレアの知るところではない。
下手に否定をしたからといって、それを事実となぜ言えるだろうか。だから、おかしな言い訳はしないつもりだった。相手が距離を置こうとするのなら、それは仕方のないことであると。
しかし、それは必要ないらしい。
想像外の好印象とライラのテンションに、思わず顔を赤らめてしまう。「照れてしまう」というさっきの言葉はすでに忘れられてしまったようだ。
「ツワモノって感じですよね!」
リリアもそんなことを言い出す始末である。
その後は二人にせがまれて、いくつもの遊戯をして過ごした。トランプを所持していたのは手が寂しい時に混ぜたりする我ながら変わった癖を満たすためであるが、それが予想外のところで役に立った。
しばらく毎週土曜日に投稿します。
執筆が追いつかなくなったら不定期になります。