彼女たちは対抗戦をする14
圧倒的な実力差があったエルエクシスとナターシャの対戦は、大方の予想に反してナターシャの圧勝という結果に終わった。
ものの一分にも満たない時間での攻防は、会場中の観客全員の記憶に強く焼きついた。
「やあやあやあ、どうもぉ〜」
ナターシャが歓声に答える。彼女に掛けられる全ては、華々しい勝利をたたえてのものだ。
あまりにも見事で、圧倒的だった。観客たちには、そう見えていた。
「…………」
エルエクシスは、微動だにしなかった。いや、できなかった。すでに砂の拘束は解かれ、体は自由になってる。失意の中にある彼は、動こうという考えにすら至らないのだ。
「君! こら、エルエクシス君!」
「…………っ」
審判の言葉に、ようやく上体を起こした。それでも目は虚ろで、何を見ているのか分かったものではない。
「対戦は終了だ。戻りたまえ」
そう言われるがままに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで歩き始める。
そして、観客に笑顔を振りまくナターシャを見止め、ほんの少しずつ思考力を取り戻していく。
「なぜ……一体、なぜ……?」
そう呟きながら、エルエクシスは控え室に戻っていった。
ナターシャの勝因は、決して高い実力などではない。正攻法ならまず間違いなく敗北していたし、エルエクシスはナターシャの実力を見誤っていなかった。
ならば何故、ナターシャは地面に魔法をかける事ができたのか。
一体いつ、地面を支配下に置いたのか。
答えは単純。対戦が始まった時には、すでにあの場はナターシャの魔法の影響下にあったのだ。
「どういう事だ!? まさか運営が不正に協力したわけでもあるまい!」
エルエクシスは叫ぶ。控え室に戻ってようやく落ち着きを取り戻した矢先に、アルバに思いもよらない言葉をかけられた。そしてそれは、とてもではないが聞き流せる内容ではない。
「落ち着け。運営が協力などしていたなら、私はすぐさま告発してやるとも」
肩で息をするエルエクシスを宥めるように、優しい口調でアルバが言った。
「告発、しないという事は、不正ではないという事か?」
「そうだな。正攻法ではないものの、規定違反は何一つ存在しない」
アルバの言葉に、なおさら頭がこんがらがった。
「対戦が始まる前ってこたぁよ、やっぱりそりゃズルなんじゃねえのか?」
ゴルドが首をかしげる。
「そうですよ。実力じゃあないじゃないですか」
キューが眉間にしわを寄せる。
「もちろんそうだ。対戦とは関係のないうちに仕掛けられていたのだとしたら、それはとんでもない違法行為だろう」
勿体つけて、アルバは肩をすくめる。そして、その間にダライアスが答えにたどり着いた。
「一戦目……か」
「? ダライアスさん、どういう事ですか?」
「俺にも説明が欲しぃぜ」
皆が一様に首をかしげる。
一戦目といえばキューとハンナの対戦だ。しかしキュー本人ですら、何を言っているのかさっぱりだった。
「つまり……」
「待ってくれよダライアス。まずは押さえておかなくてはならない事がある」
ダライアスの言葉を遮り、アルバが待ったをかけた。ダライアスは特に怒るでもないが、訝しげにアルバを見る。
「随分と勿体つけるな?」
「前もって言っておかなくては、きっとエルエクシスは怒るだろうからな。前提をしっかりしておく必要がある」
「待て! そんな危うい事だったのか? 合法と不法の境界にあるような、そんな綱渡りの手なのか?」
エルエクシスの言葉には、明らかな怒気が滲んでいた。ようやく収まりかけていた怒りが、アルバの言葉で再燃してしまったのだ。
しかし、アルバはあくまで落ち着いている。
「違ぁう、違う、違う、違う。落ち着け、間違いなく不正じゃあない」
「だったらなんだ! 早く本題に入れ!」
「例えばだ。例えばの話、この対抗戦が武器の使用を禁止していたとするだろう?」
「……だったらどうした?」
渋々、といった様子で、エルエクシスは耳を傾ける。
「あくまで例えばだが、地面の砂を握り込んで、相手に投げつけたとしたら、それは規定違反か?」
「お前の言いたい事は分からないが、その程度では不正にならないだろう」
「そうだ!」
我が意を得たりと言わんばかりに、アルバはエルエクシスの言葉を肯定する。
「この闘技場では、例え前の試合で壊れた武器のカケラを拾い上げたとしても違反にはならない。当然、それを使用した事によって勝負が決した剣闘も多い」
「それはそうだが、それが一体なんだというんだ!」
「そうですよ、一体どんな関係があるんですか」
「ナターシャが使ったなぁ武器じゃねえ、魔法だ」
三者三様の言葉。しかし一様の反応。
全員がアルバの言葉を理解できずに、全員が真剣に耳を傾けている。
「ここで、一戦目なんだよ」
「くっそ、焦ってぇ……」
「まあ聞けよゴルド。一戦目、相手は何をしてきたんだ?」
「おかしな魔導具を使いました!」
キューが手を挙げ、宣言する。
一戦目。キューの対戦相手であったハンナは、使い捨ての奇怪な魔導具を使っていた。多彩な攻撃と変幻自在の制御は、実力では勝るはずのキューをして苦戦を強いられてしまうほどだった。
「勘がいいじゃないかキュー。その魔導具だ」
「?」
「何だあ?」
キューと、ゴルドは、首をかしげる。しかし、エルエクシスは違うようだった。
目を細め、腕を組み、思い当たる節を、確かに発見したようだった。
「なるほど、魔導具か」
一戦目。ハンナが扱った魔導具は、全てが同じ形状の物だ。砂状の特殊な魔導具であるため、それは全員が覚えている。
しかし、対抗戦の規定重量分の砂が、あの一戦だけで使われただろうか。ハンナは手の平で簡単に包み込める程度の砂を木でてきた小瓶に入れて運用していた。容量はせいぜい数gという程度だろう。
つまり——
「ハンナは魔導具を使いきっていなかった、というわけか」
必要以上に砂をばら撒き、その内の一部のみを使用する。使用されていない分はそのまま捨て置き、しかる後に活用する。
初めからそのつもりだったのだ。
それこそが、ナターシャが初めからあの場を支配下に置いていた理由。
「何と小賢しい。しかし小賢しくあっても、これは不正ではない」
「そう、物言いは通らないだろう」
圧倒的優位にあったファルハン魔術学園が、現在戦績五分と五分。
エルセ神秘学園は、思っていた以上に強敵だ。賢しく、それでいて大胆。侮っていたわけではないが、見くびっていた事は否めない。
「最後の対戦、一位でも危ういやも知れんな」
ダライアスのその言葉には、全員が同意する。ともすれば、敗北もありうるのだと。
彼は、代表会の手伝いに来ている生徒の一人だった。
彼は、運営を手伝うためにあてがわれた内の一人だった。
そして彼は、自校の情報を相手校に流す——いわゆる内通者だった。
しかし、それは彼だけではない。彼は、幾人もいる内通者の中の一人でしかないのだ。
「全員、手筈通りに行動せよ」
代表会三位のアルテア・ハイドが、勇ましく指示を出す。
その内容はファルハン魔術学園にして無視できるものではなく、すぐさま伝えねばならない事だった。
その言葉を聞いた全員が真剣な面持ちでうなづく。彼もまた、あたかも真剣な風を装ってうなづいてみせた。
それぞれがそれぞれの役割を果たすため、散り散りに控え室を出て行った。彼もまたそれに従う。すぐさまに、この事を内通しなくてはならないからだ。
内通のために渡された魔導具を服の裾から取り出す。この魔導具による内通は決して勘づかれる事のない方法であり、勘づかれたとしても証拠はない。本当ならば衆人監視の前で行われようとも構わないのだが、念には念を入れて人目のつかない場所に移動した。
その魔導具は、手のひらに収まる程度の小さな物だ。とてもこの内通の肝であるようには見えない代物ではあるが、単純な動作しかしないゆえにそれが盲点となる。
彼は、魔導具に魔力を流す。決められた法則に従って、順序を守ってそれを行う。たったそれだけで、相手との意思疎通が可能なのだ。
「——何をしているんですか?」
「……!!」
声が、掛かった。見つかったのだ。
「レア……スピエル……」




