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彼女たちは対抗戦をする13

 エルエクシスは、対戦相手の情報を正確に記憶している。

 ナターシャ・ステン・ハング。歳は十六。多くの魔導具を所持してそれを使い分ける魔導具戦士(アイテムファイター)。身体能力が高いわけでもなく、魔法の制御が特別うまいわけではないが、その分魔法の出力は高い。

 かつての授業や模擬戦の情報から見れば、相手から距離を取る戦術が得意なのだと考えられる。魔銃(マガン)や魔弓のほか、相手に投げつけて使用する特殊な魔導具などによって攻撃を行い、自らの身体能力を補助する魔法の足飾り(マジックアンクレット)反重力短上着アンチグラブジャケットによって相手から距離を置く。

 扱う魔導具の違いはあれど、多くはそのような戦術をとっていた。

 

「両者構えて!」


 審判の声がかかる。

 二人の距離は、およそ10メートル。ナターシャが得意とするはずの距離だ。

 ナターシャは、何やら円盤状の魔導具を手にしている。中央に穴が開けられており、そこに指を通して待つ。黒々とした表面に走った金色の線は、彼女が扱う魔導具に共通で見られる魔法式の特徴だ。左右でわずかに大きさが違うが、概ねは同じ物であるようだ。

 形状から考えれば、飛輪(チャクラム)の類いだろうか。投擲武器としての性能はもとより、手放さなければ近接戦にも転用できる。

 あとは手首と肩と足。それぞれに正体不明の装飾がつけられている。エルエクシスとアルバの調査では浮上しなかった魔導具ではあるが、傾向から考えれば身体強化の魔導具であると思われる。

 対するエルエクシスは、見るからに近接の武器を持っている。その棒は身の丈ほどの長さを持つために攻撃範囲は確かに広いが、しかしだからといってナターシャの魔導具とは比べるべくもない。

 それを分かっていながら、エルエクシスは構える。すでに対策は終了しており、勝利に疑う余地はない。


「始め!」


 審判のその言葉を合図に、対戦は開始する。

 そして——瞬く間に決着が付いた。




「それはどうでしょうか?」


 エルセ神秘学園の控え室。ナターシャの事を案じるアルテアに対して、レアはそんな言葉を放った。


「ハング先輩は滅多な事では負けたりしません。相手の森人(エルフ)龍人(ドラゴニュート)並みの力を持っているのではないのなら、おそらく勝利するでしょう」


 表情も動かさず、平然と、当たり前のようにレアはそう言う。もしもアルテアが人の表情を読む術に優れていなかったのなら、レアのそんな態度に混乱してしまっていた事だろう。

 なにせ、レアは普段から表情など動かさず、あたかも平然としているように見えるのだから。その顔を見て、事実平静であると判断できる者は少ない。


「……根拠があるのだな?」


 決して戯れているわけではないと見て、そして楽観でないと見て、そのように問いかけた。根拠のない言葉を言うような人間でないと信用しているからだ。


「はい。先輩は、早めに準備を済ませておいたほうがいいかもしれませんね」


「あっけらかんと、いった風だな。……いいだろう、それならば深くは聞かない。それよりも、私は自分の心配をせねばなるまい」


 アルテアは、自らにあてがわれた規定衣装を手に取る。服を着るだけならばともかく、その上から自前の魔導具を装備しなければならないとなれば手間だ。時間がかかる事を考慮して、早々に着替えてしまう事にした。

 男性の着替えを覗く趣味のないレアは、足早に控え室を後にする。

 ただ、扉を超える直前——


「長期戦にして下さい」


 ——そんな事を言う。


「何……?」


「最終戦、これは長期戦を狙って下さい。それが最適解です」


 振り向きもせずにそれだけを言うと、レアは扉を閉めてしまった。




 ナターシャの初手は、飛輪(チャクラム)を投げつつの後退。エルエクシスが予測したままの行動に、思わず笑みが漏れそうになる。

 飛輪(チャクラム)は炎を纏い、ただ投げただけではあり得ない曲線を描きながらエルエクシスへと飛来する。

 その動きは、さながら円。ナターシャとエルエクシスの立ち位置のちょうど中央を中心とする真円。そのような動きで飛び込んでくる飛輪(チャクラム)を、エルエクシスは難なく打ち落とした。

 飛輪(チャクラム)は勢いを失って地面に転がるが、その転がる勢いのままにナターシャの手元まで戻っていく。炎はその途中で搔き消える。


「…………」


 エルエクシスは、内心ほくそ笑んでいた。

 全くもって予想通りだ。

 ナターシャは、エルエクシスが予測していた通りに行動している。距離を取りつつの攻撃など、近距離戦用の魔導具を持ち込んでいるエルエクシスに対しては当然の対処だ。

 当たり前の行動であり、必然の結果。

 ナターシャがそのような行動をとるようにさし向けるにはどうするべきかという考えのもとに導き出した答えこそが、今のエルエクシスが取る行為だからだ。遠距離戦を得意とするナターシャに対して近距離武器を用いれば、こうなる事は明白だ。

 普段から長杖術による戦闘を得意とするエルエクシスが、まさかその武器を持ちながら全く異なる行動に出るとは思うまい。


「——!!」


 ナターシャの顔に、驚愕が浮かぶ。

 突如として、眼前に握りこぶし大の火球が飛来したからだ。


「……ッ!」


 口元からは息が漏れ、眉間にしわを寄せて火球を避ける。

 魔導具によって強化された肉体ならば、決して不可避の攻撃にはなり得ない。余裕を持ち、安全に対処する事が可能な程度のものだ。しかし、それが思わぬものである場合においてはその限りでなく、ナターシャの回避は辛うじてのものとなってしまう。

 なぜ、唐突に火球が出現したのか。

 エルエクシスは優秀な魔術師ではあるが、今の魔法は魔導具を介さないものではなかった。もしそうであったならば、ナターシャは避けるまでもなく正面から受け止められていたはずだ。不意を打つために発動速度ばかりを重視した制御では、規定衣装の防御すら突破できない。

 ならば、一体どんな魔導具を使用したというのか。

 エルエクシスはその長杖の重さによって、他の魔導具は持ち込めないはずではないのか。実はほんのわずかに余裕があって、そのほんのわずかな余裕の分だけの魔導具を持ち込んでいたのか。あるいはエルエクシスの魔法制御が、ナターシャの予測を上回って高度なものだったのか。

 否、それは断じて。

 エルエクシスが長杖以外の魔導具を持ち込んでいないのは間違いなく、使われた魔法は魔導具による補助がなされたものである。その事実に偽りはない。

 エルエクシスはほくそ笑む。ここまで、全てからの思うがままだ。

 火球は、エルエクシスの長杖から放たれたのだ。

 一見して近距離武器にしか見えないその魔導具は、ナターシャの不意を打つ事に特化した騙し武器だ。その見た目に反して、魔法制御を強力に補助する。


「ッ……ゥ!」


 不意を打たれたナターシャに生じた隙は、ほんの僅かなものだ。流石は代表会四位の実力者であり、これ以上うまく対処できる者は限られているだろうと感じさせるだけの対応をした。ほとんど体勢は崩れず、故にほとんど隙はない。

 ただ、そのほんの僅かばかりの隙が、実力者同士の戦いでは致命的となるのだ。エルエクシスは、まるで針の糸を通すかのように正確な魔法制御をもってしてナターシャに追撃を行う。不意打ちの優位性を失わないうちに、勝負を決めてしまうつもりだ。

 ただでさえの実力差。ここから繰り出されるエルエクシスに連撃は、まず間違いなくナターシャに対処できるものではない。

 勝利

 エルエクシスの脳裏に、その言葉が垣間見えた。

 ——が、しかし


「——ぐッ!!」


 何者かが、エルエクシスの足をすくった。

 いや、何者かなど、明白だ。この場には、審判とエルエクシスの他にたった一人しかいないのだから。

 すなわち——


「ナターシャ・ステン・ハングッ!」


 無様に、不恰好に、エルエクシスは仰向けに倒れる。


「はぁい?」


 口元に笑みをたたえ、ナターシャは小首を傾げる。あまりにも憎らしく、ことごとく白々しい。

 見ると、エルエクシスの足には砂が絡み付いている。あたかも意思を持っている粘体かのような動きをするそれは、粘性生物(スライム)と呼ばれる魔物によく似ていた。魔法による干渉である事に、疑う余地はない。

 その砂は、地面に倒れるエルエクシスを瞬く間に拘束してしまった。腕も、脚も、首も、指先に至るまで、エルエクシスが自らの自由にできる器官は存在しない。

 エルエクシスは、ただの一瞬もナターシャから目を離していない。であるにも関わらず、どの瞬間に魔法を行使したのか分からなかった。あたかも、初めから地面がナターシャの支配下にあったかのようだ。


「そこまで!」


 審判の声がかかる。いつの間にやら眼前に来ていたナターシャが、余裕の笑みでエルエクシスを見下ろしている。これが実戦であったならば、ナターシャは好きにとどめをさせる。

 勝敗は、決した。


「勝者、ナターシャ・ステン・ハング!!」

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