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彼女たちは対抗戦をする 11

「シス先輩、あまり気落ちしないでくださいね!」


 シスが疲弊した体を引きずるようにして控え室に戻ると、既に規定衣装を見に纏ったナターシャが出迎えた。

 控え室の中は多くの人員がせわしなく動く。対戦者である代表会員と違い、雑用のためについて来た生徒や役員たちは各々の運営の手伝いなどの様々な仕事がある。


「二位、対戦終わりで申し訳ないが、彼らを手伝ってやってくれないか? 一位まで繰り出して手伝っているのだが、誰一人戻らないところを見るに随分と忙しいようだ」


「ああ、はい、分かりました」


 本音を言えば今すぐにでも休みたいところだが、敗北したという負い目があっては断る事など出来ない。ナターシャとアルテアは対戦を控えている以上、この場を離れるわけにはいかない。

 二人の緊張は、肌で感じられるほどだ。

 当然だ。ファルハン魔術学園代表会二位エルエクシスといえば、名の知れた長杖術の名手だ。その名は国外まで轟き、現役の騎士との模擬戦にすら勝利した経験がある。

 正攻法なら、勝ち目はないといえる。


「あ、ハイネ先輩お疲れ様です」


 ちょうど部屋の扉が開き、レアが入ってくる。その手にはなんらかの資料と思われる羊皮紙が携えられており、彼女も仕事の途中なのだという事が分かる。


「スピエルさん、手伝いましょう。何をしますか?」


「そうですか? お疲れでは?」


 気を使うように、レアは声を返す。

 ただ、その間も足や手を止めないところを見るに、やはり忙しいようだ。


「問題ありません。何かありませんか?」


「そうですか……」


 レアはわずかに逡巡し、しかしすぐに答えを返す。


「では、お願いします」


「はい」


 二人は控え室を後にし、廊下に出る。


「レアちゃん、私がんばるわ!」


「あぁ、はいそうですね」


 ナターシャには適当な言葉を返して、手早く扉を閉める。その向こうで何かを話していたようだが、レアに気にする様子はない。

 魔導具によって明るさを確保された廊下には窓一つなく、閉鎖的な圧迫感がどうしても拭えない。シスはこの場所が嫌いだ。冷たい壁も、硬い床も、学園に戻れば見る事はない。壁には温度とは全く別の温もりがあり、床は硬度とは全く別の柔らかさがある。どこまでも無骨なこの場所は、あまりに息苦しくて仕方がなかった。


「何を手伝いましょうか?」


「差し当たっては掃除ですね。掃除要員はどれだけいても困りません」


 人の出入りが多い闘技場(コロセウム)のなかでは、様々な問題が発生する。そのなかでもより慢性的であるにも関わらず、多くの場合対処をあと回されてしまうのが清掃だ。人間は多少の埃や汚れ程度で死んでしまったりしないため、この問題は軽んじられてしまう。


「通路の砂埃を掃き出してください。お客同士の喧嘩などを見つけた時は仲裁もお願いします」


「分かりました」


 血の気が多く、気分が高揚した客たちは何をするかわからない。まるで酒気を帯びているかのように気が昂り、ほんの些細なやり取りが喧嘩に発展する。それを収めるのも運営の仕事であり、当然その手伝いを行う代表会の仕事でもある。


「では、この辺りはお任せします」


 最後にそれだけ言うと、レアは足早に通路を進んでいった。対抗戦に参加しない代わり、彼女は常に忙しなく働いている。

 シスは近くにいた生徒たちと合流し、協力しながら清掃を進めるのだった。




「流石だ、流石は龍人(ドラゴニュート)


 ダライアスは拍手で迎えられた。ファルハン魔術学園の頭脳たるアルバ・タクトは、ダライアスに惜しみない賞賛を送る。


「何が流石なものか、手を抜いていたろう」


 ダライアスは苦言で迎えられた。ファルハン魔術学園の次席たるエルエクシスは、ダライアスに不機嫌そうな視線を向けた。


「いや、手厳しいな。勝ちはした。大目には見てもらえないのか?」


「貴公ならばより迅速に下せていたはずだ。何故そうしなかった?」


「しかし勝ったぞ? 貴様らは私に勝つ事を願ったが、それ以外は何も聞いていないな」


「そのあたりにしておけ。エルエクシス、次はお前の出番だぞ」


 アルバが諌め、エルエクシスは押し黙る。納得したわけではないが、相手がアルバとあってはこれ以上の問答のつもりはなかった。

 アルバは、言ってしまえば今回の立役者だ。

 由緒正しい魔導具師の家系である彼は、市場には流れない特異な魔導具を多数所持している。ゴルドが使った帯も、キューが使った短刀もアルバの提供である。

 さらに、ダライアスを準格一位に推薦したのもアルバだ。交換留学に来たダライアスにいち早く目をつけ、多少強引に対抗戦の人員に加えてしまった。これにより、エルセ神秘学園側は完全に不意を打たれてしまったのだ。


「応援している。次の相手は第四位、ナターシャ・ステン・ハングだ」


「四位……特に気にするような輩ではない」


「足元をすくわれるなよ。()()()()()によれば、やはり油断ならない相手のようだ」


 向こうの話。

 この場の全員に通じ、それでいて濁す必要のある言葉。すなわち、内通者によってもたらされた情報である。

 ここまでの情報戦で常に優位に立ち続けてきた理由がそれである。

 代表会の手伝いという名目で同行している生徒の中に、内通している者がいる。それも一人や二人ではない。周りの目を盗んで流された情報であるために余す事なくとはいかないが、現時点においてはこれ以上にない成果を挙げている。

 そんなアルバの言葉ならと、エルエクシスも普段の傲慢さを控えて答える。


「油断せずとも、侮るものか。心せずとも、手を抜くものか。私は全霊の全力で勝負に挑み、我が学園に勝利をもたらそうとも」


 しかし、彼は部屋の隅で縮こまるキューに視線を向ける。


「貴様があんな不甲斐ない事をしなければ、私の出番を待つ必要はなかったのだがな」


「す、すみません……!」


 キューは、その言葉に一層萎縮してしまった。

 しかし、誰一人としてそれを諌めない。対戦では勝利を収めたキューに対してあまりにも辛辣な言葉であるというにもかかわらず。

 一同はの視線は、部屋の隅に置かれた魔導具に移される。五つの形状が違う魔導具があり、しかし使われる様子もないままに捨て置かれていた。その中の一つは第一戦においてキューが使用した物に相違なく、()()()()()()()()()でそこに置かれていた。

 まるでそんな事は起こらなかったと主張する様に光沢が光り、つなぎ目の様なものも見当たらない。


「あのまま続けていても勝てたろうに、貴様があれを使ってしまった。一度目ならばともかくとして、二度目三度目となればさすがに怪しまれよう。あれはもう使えん」


 エルエクシスの言葉こそが、キューが責められる理由である。

 その魔導具は、決してハンナに対する手加減のため用意された物ではない。確かにそのつもりで用いられた物ではあるものの、本来の意図はそうではなかった。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 特殊な形状と魔法式による絡繰仕掛によって、刀身が塚の部分から切り離れる様になっている。その仕掛を知らない者が見れば、一見して壊れた様に思う事だろう。事実、審判はその様に判断した。ほかの魔導具にも全て同じ仕掛けが施されている。


「アラドミスにすら勝利の可能性があったと言うのに、貴様のせいで全てが水の泡だ」


 そう何度も魔導具が壊れては怪しまれてしまう。一応は全員が持てる様に五種類も用意したものの、実際にこの不正を利用できるのは一人だけだろうと事前に打ち合わせていた。それをたかだか準格程度に使ってしまうなど、本来ならあってはならない事だった。

 理想を言うならば、ヴェルガンダ戦で使えていればよかった。鬼人の遠縁である彼の身体能力はダライアスにすら差し迫るほどであり、ダライアスにほんのわずかな敗北の可能性があるとすれば唯一それだろうと思われた。事実、対策を立てていたゴルドですらあっけなく敗北してしまっていたのだから。


「だが、どうせお前は勝つだろう? ならばそれで私たちの勝利だ」


「ふん、当然だ。しかし、本来なら我々の全勝だった。それだけは覚えておけ」


 キューとゴルドは目を伏せる。己の不甲斐なさを深く恥じていた。


「ハング嬢は魔導具師を目指している四学年だな。さまざまな魔導具を所持しているため、その戦術は予想がつかない」


 アルバが資料を読み上げる。内通者からの情報であり、おそらくは正確なものであると思われる。


「仕方がないから今までの戦術を全て記憶した。当人の実力がずば抜けていると言うわけではないのなら、私に敗北はない」


「そうだな。そのための訓練だった」


 エルエクシスの訓練相手は、もっぱらアルバが担当していた。ナターシャと同じ魔導具師であるアルバなら、仮想敵としては最適だからだ。

 あらゆる状況のあらゆる戦術を想定し、その対応を模索した。

 エルエクシスは自信家ではあるが、その自信は過剰なものではない。自らの高い実力を理解し、しかしそれに驕らず努力を惜しまない。彼の自信にあふれた態度は、それに伴った力の裏付けなのだ。

 不遜であれど油断なく、不敬であれど不備はない。


「勝ってくる」


 振り向きもせずにそう言うと、エルエクシスは控え室を後にした。代表会の全員に、次にこの場に戻るのは勝利した後になるだろうと感じさせた。

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