彼女たちは対抗戦をする 7
「別にね、構わないとも」
代表会二位のエルエクシスは、静かに声を発する。ただし、それは優しげなどではない。その声色が優しさなどとは、断じて言えない。
「所詮小人だ。期待など無い」
「…………」
ゴルドは、言葉を返さない。返せるはずなどない。対策を立て、大見得を切り、自信満々で、それでいての大敗だった。弁明の余地はなく、弁解の意味はない。
「そのくらいにしておけ」
そう声をかけられなければ、いつまでも話し続けていたに違いない。
「三位……」
代表会三位アルバ・タクト。此度の対抗戦の指揮を取る、代表会の頭脳である。さまざまな身体的特徴を持つ亜人を退けて代表会に君臨する、ファルハン魔術学園二番手の純人である。その頭脳は、代表会全員が認めるところである。
「相手は一位ヴェルガンダ・ジークハイド・アラドミス。万全のつもりではあったものの、完全ではなかったという事だろう。しかし少なくとも、最悪の事態は避けられただろう?」
その言葉に、異を唱える者はいない。策を上回られてなお、打ち破られてなお、敗北してなお、想定されていた最悪の事態からは程遠いというのだ。当然、敗北を見据えていたはずなどあろうはずもないが、しかし、万が一の敗北すら考慮に入れられていたのだ。ならばこの現状は、決して悲観するようなものではない。
なにせ——
「あと三戦は、全てこちらが頂く」
華々しく、そして圧倒的な勝利を飾ったヴェルガンダは、しかし全く誇ることなく控え室に戻った。ヴェルガンダにとって、先ほどの勝利は努力の賜物などではなく、ただ当然の出来事だったからだ。
「順調ですね」
この場にいる最弱、レア・スピエルが発言する。その場の誰もが、反応を返さない。一勝一敗が順調であると思えないのだ。
代表会第二位、シス・ハイネが衣装に身を包む。まるで固められているのかと思うほど固く結ばれた髪も、全身を彩る魔導具も、彼女がどういう人物であるのかを如実に表している。
対称だ。あたかも鏡写しであるかのように、彼女の左右は全くの対称なのだ。少なくとも、レアの肉眼ではその違いを見つけることはできない。まるで装飾品であるかのように装備した魔導具すらも、完全な鏡写しの場所に同じ物をつけている。この様子だと、おそらく隠し持っているだろう他の魔導具も、服の内側で対称になっているかもしれない。
「ハイド先輩、次の相手は誰ですか?」
シスが万端であると判断し、レアは代表会の頭脳アルテア・ハイドに問いかける。アルテアは返事をする代わりに、相手選手についてまとめられた資料を差し出した。次に選出されるだろうとアルテアが考えている選出予測だ。
「第三位アルバ・タクト……ですか」
「魔導具の使用を得意とする、いわゆる魔術技師ですね」
エルセ神秘学園代表会でいえば、五位であるマティアス・ロベルト・ダイクロフトと同じ傾向を持つ魔術師だ。棒状の魔導具を複数所持し、それを持ち替える事によって様々な傾向の相手に対応する。
「シス先輩の得意な相手ですね」
「そのようにあてがった」
不満げに、アルテアが言う。
シスの苦手とするのは、ヴェルガンダのような圧倒的力を相手に押し付ける輩だ。技術自慢は、格好の仮想敵といえる。
しかし、アルテアの反応はすぐれない。
「思うところでも?」
ほとんど分かっていながら、レアは問い掛ける。
「ここまで、選出予測がことごとく外れている」
アルテアはため息をつく。
彼が予測した第一試合の選出は、一位ヘルネスト・デュウ・ロートリア。まず間違いなく敗北するハンナを、相手の最高戦力にぶつけようと考えていた。
しかし、実際に戦ったのは四位であるキュー。ハンナが予め全ての対戦相手の情報を記憶していたからそれなりに善戦できたものの、まんまとしてやられた形である。
そして第二試合の選出は、二位エルエクシス。ヴェルガンダがより上位の実力者を下す事ができれば、残りの試合は当然相対的に有利となる。
しかし結局は、最高戦力であるヴェルガンダに相手の五位を合わせられてしまった。
こちらの残りは二位から四位。あちらは一位から三位。どちらが優勢なのかは、言うまでもない。
「さらには、相手校の五位が持つ魔導具も違う物だった」
アルテアは、自らが持つ情報を信用できないでいた。
「今回の予想も、外れているかもしれない」
情報戦での後手。これは、当然圧倒的な不利だ。これからの三戦もそうなのだとしたら、この一勝一敗は決して互角などではない。
「——でも、それだけですよ」
肩を落とすアルテアの前で、レアは肩をすくめてみせる。まるでどうでもないと言う風に、彼女はその無表情をアルテアに向ける。
「有利と不利がそのまま勝敗になってしまうのなら、実際に勝負する必要なんてありません。代表会の序列が高い方が勝ちという事で良いじゃないですか。でも、実際にはそうじゃない。負けはしましたが、ハンナさんは大健闘でした」
事実、最後に見舞われた不運がなければ、ハンナは勝利を手にしていたかもしれない。その勝利は数々の幸運に支えられたものかもしれないが、圧倒的な不利から勝利の目前にまで手をかけた事はまぎれもない事実だ。
「不利と負けじゃ、天と地ほどの差がありますとも」
「そう、だな……」
「お前は少々心配性すぎる。思い悩んだところで、解決するものとしないものがあるさ」
ヴェルガンダが優しげな口調で励ます。まだ少し元気のないアルテアは、多少の笑顔を返せるようになったようだった。
その時、控え室の扉が勢いよく開かれる。
「皆さぁん、次の対戦者が発表されましたよぉ」
代表会四位ナターシャ・ステン・ハングである。
その場にいる全員が、彼女のもとに駆け寄る。なにせ彼女が持ち込んだのは、今現在にこの場でおいて最も価値の高い情報だからだ。
「やだぁ、モテる女わつらいわ」
その場の誰一人、ナターシャの言葉に反応しない。
例え選出予測が外れようと、今から試合までのわずかな時間で辛うじての策を弄する事はできる。ハンナがキューの対策を立てられたのも、このわずかな時間があったからこそだ。それは付け焼き刃には違いないが、決して軽んじられるような事ではない。
——しかし
「……これは」
準格一位ダライアス・エンドラゴ。聞いた事もない名前だった。
「準格一位はこんな名前でしたか?」
「いや、聞いた事もない」
レアは周りの顔を伺うが、誰一人として思い当たる節がない様子だ。レアの記憶が正しければ、相手側の準格一位はとある子爵家の次男が務めていたはずである。
「……これは、やられたな」
おそらくは、選手申請のギリギリで準格に指名されたのだろう。全くの無名生徒を出場させるのならば、当然ハンナの時のような即興で対策を組み上げるような雑な対応は効かなくなる。対する相手は、おそらく情報豊富だろうシスの対策を十全に備えている事だろう。
「一応聞くが、このダライアスという生徒について知っている者は?」
ヴェルガンダの言葉に、レア達はただ互いの顔を見合わせる事しかできない。誰一人、それは聞いた事のない名前だった。
準格が試合に出るという事例は、実はそう珍しいものではない。本来なら、レア達のように出場する事のできなくなった選手がいる時に行われる方法だ。レア達がそれで揉めたのは今年の準格が二人とも一学年という非常に珍しい事例であったためであり、過去を見ればいくらでも前例が見つかる。
だが、ダライアスという生徒は事情が違う。元々の準格を出場させたわけではなく、急遽準格に指名された彼を出場させている。まず間違いなく、出場させるために準格へと任命したのだろう。
全く注意圏外からの選出。情報という面において、完全に後手に回ってしまった。
「しかし」
ヴェルガンダが言う。
「悪い事ばかりではないだろう」
「それは確かに」
この作戦のために、相手は全くの無名選手を選出する事となった。それはつまり、残りの対戦から有力選手が一人減った事を意味する。単純に考えるのなら、間違いなく戦力低下だ。
対応力の高いシスにその相手があてがわれたのは、ある意味では幸運だったとも言える。
「勝ってこい」
「無論」
いつもの通りの様子で、シスは部屋を後にする。その背は、不安はおろか自信すらない全くの自然体だ。背筋はピンと伸び、体幹には寸分のブレもない。足音の間隔は常に一定で、歩幅も肉眼で確認できるほどの差が存在しない。
それこそが彼女、シス・ハイネである。
細身であるはずの彼女の背中は揺るぎなく、学園二位の実力を確かに感じさせるものだ。




