彼女たちは対抗戦をする 6
ヴェルガンダとゴルドは、全くの正反対だ。観客が初めに抱いたのは、そんな感想だった。
まず、その背格好が違う。
一見して細身でひょろ長に見えるヴェルガンダに対し、ゴルドはまさしく対照的と言えた。山人の血を引いているために背が低く、それでいて隆起した筋肉がよく目立っている。
次に身なりが違う。
両者ともに闘技場の規定衣装であることは確かなのだが、ゴルドはその上に無数の魔導具を装備している。
両手から肘までを覆うように、長い帯を手袋のごとく巻いている。腰の左右には細長い棒のような物を差していて、その棒は紐のようなもので繋がっている。そのほか、外套の内側には装飾品のような無数の魔導具が隠されている。
対するヴェルガンダは、両手に手袋をつけている事以外、何一つ魔導具をつけていないのだ。
当然、そのように偽装されているだけだという可能性はあるが、対戦相手であるゴルドはそうではないだろうと判断していた。第三位のアルバから知らされた情報から、ヴェルガンダは小細工を好まないと聞いていたからだ。
その軽装は、自信の表れなのだろう。それで充分に勝てるという自信。そしてそれは、間違いなく過信の類だ。
なぜなら、ゴルドは対ヴェルガンダを想定した策を立てているのだから。
「両者、控えて!」
審判のその言葉を合図に、ゴルドとヴェルガンダは相手を見据える。第一試合の時と同じように、二人は一定の距離をとった。
「構えて!」
その声に合わせて、二人は同時に構えを取る。
ヴェルガンダは、両手の拳を顎の高さまで上げる。ゴルドを正面に見据え、脇を締める。両手は同じ高さではなく、右手が若干高い。知っている者ならば、拳を使った格闘技の構えに似ていると感じるだろう。しかし、ヴェルガンダはそこから腰を落とし、まるで豹が獲物に飛び掛かる直前かのように前傾姿勢となった。
開始した次の瞬間にいかなる行動に出るのか、まるで隠そうとしない。それは、一試合目のキューと同じような考えからだ。それだけの自信と実力を持ち、小細工は必要ないと考えている。
対するゴルドはというと、これもまた独特だ。
屈み込み、地面に両手をつけている。行動が魔法であるか体術であるかという違いはあるものの、これもまた次なる行動を隠蔽しない行為だ。すなわち、開始の瞬間に地面に干渉を加える。
両者、相手の行動を全く意に介していない。自らの行動を完遂する限り、勝利する事は揺るがないと考えている。それは、ある意味では傲慢。しかし、それが高い実力に裏付けされているのならば、それは弱点となり得ない。むしろ自らの力を最大限に発揮する一助とさえなりうる。
下手に手の内を隠そうとするよりも、その小細工に対する労力でほんの一瞬でも早く一手を打つ。それこそが最善手であると判断したからだ。
誰の目にも、体術と魔術のぶつかり合いが起こる事は明らかだった。
だが——
「始め!」
その声によって飛び出したのは、ヴェルガンダのみだ。
卓越した魔術と身体能力によって得られる膂力は、瞬間的にだが、猫獣人のキューすらも上回る速度を出した。
まさしく一瞬。そのうちに、ヴェルガンダはゴルドの眼前へと肉薄していた。
後手だ。ゴルドは、その瞬間まで一切の行動を行なっていない。
そう、その瞬間まで。
「——!」
突如地面が隆起して、ヴェルガンダの行動を阻害する。ゴルドの四方を囲うように現れた壁は、ヴェルガンダから彼を守る強固な鎧だ。いくらヴェルガンダといえど、一時的に距離を取らざるを得ない。
そして——
第五属性:辛—七等級《アース・ゴーレム》
強固な、鎧。その印象を受けたのなら、言い得て妙だ。なにせ、ゴルドを囲んだ地の壁は、そのまま人の形をとって巨人の風態となったのだ。ゴルドはその中に包まれ、体の一切を覆い隠してしまった。
まさしく攻防一体。これこそが、ヴェルガンダに対してゴルドの用意した万全の策である。
元来、アース・ゴーレムは六等級に値する魔法だ。しかし、魔法の等級とは危険度のみならずその行使難度も参照される。ゴルドは山人の血を引くため、第五属性に高い適性を発揮する。故に、その属性に対しては純人よりもはるかに容易に魔法を行使できる。
ゴルドのゴーレムは、距離を取ろうとしたヴェルガンダに即座に手を伸ばす。
巨岩だ。
ヴェルガンダの体の半分にもなる岩石が、勝利を掴もうとその手を振るっている。ヴェルガンダは逃げ切ることができず、その腕の軌道に捕まってしまった。
振り抜けられた腕の軌道上に、ヴェルガンダはもういない。
それを目撃した観客は、一瞬最悪の史実を想像した。ヴェルガンダの死。つまり、ゴーレムの腕に散り飛ばされてしまったのだと。しかし、瞬間にそれが間違いであると知る。ヴェルガンダは、まるで絡み取られるかのようにゴーレムの腕に体の半分を沈めているのだ。
「ヒィィィヤァァアアア!!」
ゴーレムの内部から、ゴルドの叫び声が響く。
彼は、人体ではあり得ない角度で腕を振りかぶり、ヴェルガンダを地面に叩きつけた。
本来なら、それで試合は終了だ。ヴェルガンダの敗北でなく、過剰攻撃による強制終了として。しかし、審判の声はあげられない。
なんと、地面をわずかに抉るような衝撃を受けてなお、ヴェルガンダが無傷だったからだ。
「はぁ……、ふぅ……」
息も絶え絶え、という風ではない。それはため息。なんでもないという風に立ち上がるヴェルガンダは、ゴルドを座った目で睨みつける。
「シャァァァアア!!」
その巨体からは想像もつかない速度で、ゴルドは左右の腕を振るう。魔術で操作されるその巨岩は、既存の常識や法則にとらわれない動きを可能とする。
ゴルドはまるで生身のようにその巨体を操る。ヴェルガンダを押し潰さんと、両腕を払い続けている。
今この瞬間のみを目撃した者ならび、これを試合と感じる事はないだろう。どう見ても、命を奪おうとしている。もしもヴェルガンダが一撃目を受けていなかったなら、試合は審判によってすぐに止められていた事だろう。ゴーレムの攻撃をまともに受けて、ヴェルガンダがほとんど無傷であるために過剰攻撃ではないと判断されているのだ。
さらに言えば、たった一発もあたっていない。
右へ、左へ。ヴェルガンダは、初撃以外の全てを足運びのみで避け続けている。
「逃げるだけでは……勝てん!」
一撃ごとに速度を増す連打は、悉くを避けられ続けている。しかし、ゴルドの言葉もまた事実だ。ヴェルガンダは、避け続けてはいてもわずかずつ後退を余儀なくしている。ならば、壁を背にした時、勝負は決してしまうだろう。
そしてヴェルガンダもまた、その事を理解している。その上で、あえてゴルドの思惑にのっているのだ。その思い上がりを、正面から打ち砕くために。
「終わりァァアア!!」
壁を背にして、退路を失い、もはや回避不能となってしまったヴェルガンダに、ゴルドは容赦なくゴーレムの拳を振り下ろす。本来であれば過剰攻撃となってしまう一撃ではあるが、ヴェルガンダの実力を考えれば問題とはならないだろうと判断した。事実、命中した一度目の攻撃は完全に無傷であったし、審判も止めはしていない。ならば、それを超える力が必要なのだ。
規定された魔法の使用制限を犯さない場合の過剰攻撃は、相手への傷害によって判断される。ゴルドの攻撃が猛烈であるということは、すなわちヴェルガンダの実力を高く評価していることの表れでもある。
しかし——
「——舐められたものだな」
瞬間、ゴーレムの腕が粉々に砕ける。下方向から突き上げられた土塊は、汚らしい雨のようにパラパラとその場に舞い落ちる。
第五属性:庚辛—七等級《アース・ガントレット》
それは、ヴェルガンダの代名詞とも言える魔法だ。
両腕を手甲のように覆うのは、見間違いようもなく硬質な岩塊だ。指先から肘のあたりまでを保護するそれは、ヴェルガンダが実戦において唯一使用する武器。ただの一度も砕けた様を晒したことのない攻防一体の手甲。
顔と上半身を守るように拳を構える。それは、格闘技の経験があるヴェルガンダが独自に改良を加えた構えだ。知っている者ならば、海を越えた先の国に伝わる「ボクシング」という格闘技であることがわかるだろう。そこからさらに、魔法の補助無しにはありえないほど重心を低く保ち、全身のバネを限界を超えて活用する。
一対一の勝負において、ただの一度も敗北をしたことのないヴェルガンダの基本体勢である。
「重拳闘士……」
それが、他校にも伝わるヴェルガンダの通り名である。
「まさか、勝てるつもりだったのか。その程度が、俺の対策になると、そんな事を考えていたのか」
「……!」
「侮りだな……! 俺を対策しようとしたその結果がその程度だとしたら、全くの奢りだ。「果たしてこの程度で」と、「まさかこんなもので」と、考えもしなかったのだとしたら、まさしく侮辱に相違ない!」
ヴェルガンダがゴーレムの腕を破壊するのに、まるで一切の策を弄する必要はなかった。ただ魔術を行使し、腕を振り上げただけだ。
それは正しく、ヴェルガンダの実力がゴルドの魔術を凌駕した証拠——ではない。
「何だよそりゃあ! 効かねえよ!」
砕かれた腕を、否、砕かれたはずの腕を、ゴルドはそのまま振り下ろした。
確かに砕かれたはずの腕が、ヴェルガンダの頭上に振り下ろされた。
幾度となく振り下ろされる拳を幾度となく打ち砕き、しかし同じように幾度となく新たに形取られる。ヴェルガンダはただの一度の例外もなくその腕を破壊するが、ゴルドはその破壊のたびにゴーレムの腕を再生するのだ。
「どうだよ……!」
これこそが、ゴルドが用意した対ヴェルガンダへの策。わざと脆くした巨体でその身を包み、攻防一体の戦術をとる。あえて砕けやすくする事によって、衝撃が内部に届く事を防ぎ、それと同時に魔法の等級も下がる。相手を過剰に傷つける事がないという事は、過剰攻撃による反則を受けないという事でもある。本来ならば扱う事の許されないはずの高位魔法を、そのような下方調整によって運用しているのだ。当然制御も容易になり、ゴルドが今行なっているような瞬時の再構成も可能である。
硬く、強く、砕けない事を重視するヴェルガンダとは真逆の思想をもってして、ゴルドはヴェルガンダを討とうと言うのだ。
打ち付け、打ち砕き、叩き付け、叩き砕く。一進も一退もなく、ただただ攻撃を続ける二人は、しかし決して対等ではない。
「ルァァァァアアアッ!!」
ゴルドは叫ぶ。それは意思の表れ。勝利への渇望が喉を震わせる。
——だが、打ち破れはしない。
ゴルドの猛攻を、ヴェルガンダは難なく打破し続ける。一歩も退く事なく、一撃も仕損じる事なく。
——故に、撃ち抜く事はできない。
「……なんだよそりゃ?」
「——!」
ヴェルガンダの攻撃速度が、にわかに速くなる。ゴルドはすでに全力の天井が見えていると言うのに、今もってヴェルガンダには肩慣らしでしかない。そう思わせるだけの余裕が、確かにそこにはあった。
「効かねえよ」
わずかに小突かれるような軽い一撃は、速くはあっても威力はのらない。ただ相手の体に触れるだけの結果に終わり、それはまるっきり無意味な行為だ。
その筈なのだ。
「何ィィ!?」
ただ触れるだけであれば、いかな強度を弱く調整されたゴーレムとて砕けるような事はない。それでは鎧としての役割を果たせないし、自重に耐える事すら出来ない。しかし、それが魔法としての接触であったならば話は別だ。強力な魔法的接触によって、ゴルドの魔術に干渉したのだ。
間違いなく過信の類。果たしてそれは、どちらの事だったろうか。
砕け落ちたゴーレムの中から、ほとんど無防備のゴルドが現れる。その身にはいまだ無数の魔導具を所持していながら、それは全くの無手となんら変わらない。そう思わせるだけの力を、ヴェルガンダは持っている。
「こういうものは、二位が得意なんだがな」
なんて事はないという風に、ヴェルガンダは肩をすくめる。
その身にまとう魔導具を取り落とし、ゴルドは膝をついた。彼我の実力差を、今ようやく理解したのだ。
腰に差された細い棒は、両手に持ってゴーレムの稼働を補助するための物だった。腕に巻かれた帯は、その棒と連動する仕組みだ。外套の内側に隠された無数の魔導具も、より効率的にゴーレムを運用するための制御補助を行う。それぞれが全て、ゴーレムをより簡易的に運用するための物だった。ゴーレムを完全に無力化された今、ゴルドが打てる手は何一つとして存在しない。
「……降参だ」
腕の帯を解き、ゴルドは両手をあげる。




