彼女たちは対抗戦をする 5
非常に惜しかった。後ほんの少しで、確かにハンナは勝利を手にしていたのだ。
満身創痍の状態ではあったものの立ち続けるハンナ。意識は失っていないものの倒れ伏すキュー。どちらが勝者なのかは誰が見ても明らかだ。
ただし、それはキューの魔導具が無傷であった場合の話だ。
キューの魔導具は、柄の部分、すなわち剣であれば刃にあたる場所の根元からぱっきりとへし折れてしまっていたのだ。
キューの持つ魔導具は、相手を打ち付けることを目的とした警棒のような形状の物だ。これがハンナの魔導具のように、元来より強度を求めての物でなかったのなら、たとえ粉々になっていても問題にはならなかった。
だが、キューの魔導具ではそうはいかない。試合前の魔導具検査によって設けられた基準によって、キューの魔導具を破壊するような魔法の行使は過剰攻撃であると定められた。これは覆ることのない決定であり、すなわち意味するところは、ハンナの敗北である。
「惜しかったですね」
「…………」
息も絶え絶えで控え室に戻ったハンナに、レアがいつもの通りの無表情で話しかける。それに対して、ハンナは返事をしなかった。
「想像以上の大健闘よ! 相手は上級生だっていうのに、頑張ったじゃない」
ナターシャもレアに続き、ハンナの健闘を賞賛する。事実、そもそもまともな戦いになること自体が奇跡であるほどの実力差があった。
にも関わらずの惜敗。結果的に敗北したものの、それは誰もが驚くような結果だ。
「私は、勝つつもりでしたし、それができるだけの運にも恵まれました。それでも勝ちきれなかったのは、ひとえに未熟のいたすところです」
ハンナの声は震えている。あまりにもの悔しさに歯を噛み合わせているのだ。
事実、キューは誰の手を借りることもなく控え室に帰っていった。つまり、ハンナの攻撃はすぐに立ち上がることができる程度でしかなかったということだ。確かに、ほんの少しの間だけ意識を手放したのかもしれないが、それは決め手とはならなかった。倒れていたのも、起き上がる必要がなかったための油断に他ならない。すぐに立ち上がらなくてはならない状況下だったとすれば、多少の無理を押して立ち上がり、その体で充分にハンナを下していたことだろう。
「あれは事故みたいなものよ。気にしてはいけないわ」
ナターシャが励ます。いくら自由人といえど、気落ちする後輩を放って散歩に出掛けたりはしないらしい。
「魔導具が壊れる事による決着は過去にほとんど事例がありません」
「いい事言うわ、レアちゃん。そうよ! あれくらいで壊れるあっちの魔導具が悪いのよ」
「しかし……」
「気にする事もあるまい」
ハンナの敗北を気にする様子もなく、第一位ヴェルガンダが準備を済ませている。それはハンナを励ますことを目的としてのものではなく、高い自信によるものだ。一月前にも言っていたように、自分が勝利するのなら戦績は五分であるという計算によって、ヴェルガンダは大したことじゃあないという判断を下している。
そして、その自信が過剰でないことは、この場にいる全員が理解していることだ。
「行ってこよう」
彼は、勝負をする気などない。
彼は、勝利をする気だからだ。
「無様だったな」
控え室に戻ったキューにかけられたのは、そんな心ない言葉だった。それは、勝利者を迎える凱旋などではなく、ただ相手を見下すだけの侮蔑だ。
「か、勝ちましたけど……」
「勝ったな。余りに無様な勝利だった」
その高圧的な声は、代表会二位のエルエクシスだ。森人である彼は非常に自尊心が高く、一学年であるハンナに対して辛勝であったキューに不満を感じていた。
「本当なら、あんな魔導具は必要なかったはずだ。お前の未熟の所為だぞ」
「それは……そうですが」
「ですか? ですが、何だ? 一学年にまんまと踊らされた貴様は、一体どんな言い訳をする」
「あ、あんな魔導具は見た事がありません。変幻自在で、予測不能で、とても強力でした!」
それが、キュー自らが受けた印象だ。相手が一学年だったから勝てたものの、もしもより実力の高い者があれを使っていたならば勝敗は分からなかった。彼女はそう考えている。
「馬鹿が……」
しかし、そんな言葉を、エルエクシスは一蹴した。
「あれは確かに特異な物だが、決して強力などではない。苦戦を強いられたのは、貴様の過度な警戒のせいだ」
キューは、言い返す事ができない。エルエクシスの言葉を、確かに正しいと感じたからだ。
「その辺にしねぃ。次ぁ俺だぜ?」
エルエクシスにそう言うのは、半山人のゴルドだ。
このままでは話が終わらないと感じた彼は、わざわざ意識して口を挟んだ。
「俺が奴らに王手をかけてやるよ」
「自信満々じゃあないか小人。油断していると、こいつみたいに足元をすくわれる事になるぞ」
小人とは森人が使う山人の蔑称であり、この場合はゴルドのことだ。森人と山人は歴史的に不仲であり、森人であるエルエクシスも山人の血を引くゴルドのことをよく思っていない。
ゴルドはエルエクシスの言葉を気にした様子もなく、軽く肩をすくめる。いちいち彼の言葉に反応をしていたらきりがないと考えているからだ。そもそも純粋な山人ではないゴルドにとって、種族間の不仲など気に止めるような事柄ではない。
「行って来るぁ」
山人である父から受け継いだ筋骨隆々とした肉体を魔導具の装束に包み、ゴルドは控え室を後にする。純人である母から受け継いだ魔力への適性を武器として、彼はこれから戦いに臨む。
山人と純人の双方の特徴は、どちらも純血には及ばず、ともすれば単なる器用貧乏でしかない。しかしゴルドは、代表会の末席に身を置くほどの担い手だ。その事実が、彼の実力を如実に表している。
故に、彼をヴェルガンダにぶつけるのだ。
例え一位相手であろうと、決して引けを取らないことを信じているからこそ、彼は二番手で試合に臨む。その実力への理解だけは、エルエクシスも認めるところだ。
勝てる、と
その場の誰もがそう思っている。なにせ、対策は既に立てられているのだから。
闘技場は、幾人かの従業員の手によって地ならしが行われていた。ハンナとキューの戦いは予想を裏切り激しいものとなったため、急遽整備が必要となったのだ。
ただし、それもすぐに終わる。つまりは、すぐにでも第二試合が開始されると言うことだ。
ならしを終わらせた従業員と入れ替わりに、両校の代表が姿を見せた。
エルセ神秘学園第一位ヴェルガンダ・ジークハイド・アラドミス。第一位の席に相応しく、あらゆる面に高い才覚を発揮している。機転がきかず、多少融通の効かないところもあるが、こと実践においては圧倒的な実力を見せる。
ファルハン魔術学園第五位ゴルド。山人の父と純人の母をもつ半山人だ。山人の血を引くために体躯に似合わない腕力を持っている。個人の才能も相まって、単純な力比べならば代表会五人の中で彼に勝てる者はいない。それは獣人のキューと一位のヘルネスト・デュウ・ロートリアを含めてもだ。
力と力のぶつかり合い。開始前から、第二試合は第一試合を凌ぐ熾烈さを予感させた。
「なあ、第一位さんよ」
観客か試合の開始を今か今かと待ちわびる中、ゴルドはまるで気負う様子もなく相手に話しかけた。
その言葉に、ヴェルガンダは返答しない。
「知ってると思うけどよ、俺ぁ五位なんだわ。正直よ、楽勝だとよ、思ってるだろぅ?」
「…………」
「つれねぇな、返事もなしかよ」
ゴルドの言葉は、あながち嘘とも言えない。実際のところ、エルセ神秘学園の面々は相手が五位ならばヴェルガンダが負けるはずはないと考えている。むしろ、一位に五位を合わせられてしまったとすら感じている。本当なら、もっと強い相手に勝ってほしいと思っているのだ。なにせヴェルガンダは第一位であり、つまりは最高戦力なのだから。
そして、それはすなわち、ゴルドを見くびっているということだ。
「楽な勝負じゃぁねぇよ? あぁそれは間違いなくな」
「……中々よく喋るな」
入場から初めて、ヴェルガンダが言葉を発する。
「弱い犬程とはよく聞くが、ひょっとするとそれか?」
「なんだよ。無口なのかと思ったら、結構達者じゃぁねぇか。少なくとも口はな」
無表情のヴェルガンダに対し、ゴルドの口元は笑っている。余裕を見せるように。それを表すように。
「もう一回言うがな、この勝負は楽じゃぁねぇよ」
「楽かどうかはお前次第だ。ただし勝利は頂いていく」
その言葉にゴルドはニヤリと笑う。
まだ審判の合図があったわけでもないのに、二人は自然と構えを取っていた。臨戦だ。ここが戦場であると無意識下に判断したのだ。
戦いが、始まる。




