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彼女は鍛える

 今日から毎日更新です。

 対抗戦

 魔法学園同士が親善目的で行う競争事で、その都度観光名物として国内外から注目を集めている。

 だが、親善目的、観光名物などは外部の見解だ。実際に競技を行う生徒自身にしてみれば、それは全く異なる目的が見えてくる。

 簡単だ。自らの有用性を示すという、その一点。

 対抗戦を見物するのは町民や観光客ばかりではない。王族、貴族、その護衛の騎士や魔術師、大商人をはじめとした富豪。対抗戦での活躍は、それらの人物に覚えのめでたさに直結する。現在の近衛の中には、魔法学園から勧誘されて入団した分隊長がいるくらいだ。

 笑いながら歓声をあげる観客の対して参加する生徒たちの真剣さたるや、まさしく筆舌に尽くしがたい。

 そんな一大行事に、私——ハンナ・S・ムーアが参加することになるとは思いもよりませんでした。


「では、始めますよ」


 無愛想な同輩、レア・スピエルが何らかの魔導具を取り出した。

 今私がいるのは、第二廊下の二階にある『第二実習室』です。この場所で、対抗戦に向けての特訓を行うところです。

 本当なら、私などでは戦力たり得ないのは明白なのですが、レアには何やら策があるらしく、不本意ながら彼女と二人きりの秘密特訓と相成ったわけです。


「それは何です?」


 レアの取り出した魔導具は、手のひらにすっぽりと収まるような小瓶でした。木製なので外から中身を伺うことはできませんが、レアが軽く振ったところ、その音によって中身がどうやら砂状の物であると言うことがわかります。

 それを三つ。


「今日はまだ使いませんが、対抗戦本番までにこの魔導具を扱えるようになることが目標となります」


 レアはそれぞれの蓋を外し、中の砂を手のひらの上にのせます。


「もったいないのでこの場では使えませんが、これらはそれぞれが特殊な効果を及ぼします。発火したり、帯電したりといった具合に」


「なるほど、理にかなってますね」


 対抗戦には、生徒の安全を守るために多くの禁止事項が設けられています。七等級以上の魔法や魔術、目突きなどの危険行為、試合中の仲間からの助言、そして「合計10キログラム以上の魔導具の持ち込み」。

 かつて大量の魔導具を装備して、その力だけで戦った者がいたためにできた決まりだと聞きました。対抗戦とは財力を誇示する場ではないので当然のことです。

 そしてこの決まりの中では、レアの持つ魔導具には最適な環境だと考えられました。本来、より大きな魔法の干渉力によって掻き消されてしまいそうな小細工ではありますが、対抗戦では一定より強い魔法は使われません。それにこれならば多くの種類を持ち込むことができるため、状況に合わせた使用ができるなら心強い武器になるはずです。


「理解が早くて助かります」


「……ええ、どうも」


 レアに褒められたところで嬉しくもなんともありませんが、ともかく私でも多少戦える様にはなりそうです。




 まず行われたのは基礎の基礎、砂状の物体の操作です。


「そもそもこれができない様では話にもなりませんから」


 レアはそう言いながら風呂桶一杯の砂を用意していました。

 正直なところ、馬鹿にしているのではないかと感じました。初歩的すぎて、たった一時限で終わってしまう様な授業内容です。それだけで、学級(クラス)全員が覚えてしまった様な、そんな程度のことです。


「簡単ですね、これくらい」


 不満に思いながらもしぶしぶ従いますが、私の中での彼女の評価は下がる一方です。

 砂状の物の操作は、固体操作と液体操作についでの三番目に教えられたものです。というのも、砂状操作は液体操作からの技術の転用で充分に効力を発揮するからです。実際には細かな差異が存在することは確かですが、同じ流体として考えた場合、二つは似た特性を持ち合わせていると言えます。


「どうですか?」


 円、輪、球、大小様々な形に砂の流れを変化させていくのは、授業でも行ったことです。先生からもお墨付きをもらった学年第二位の成績を収めた技術は、目の前の最下位には逆立ちしても真似のできないことです。

 そのはずなのですが


「あぁ……ダメです」


 レアにはあっけなく否定されてしまいました。


「授業で習った様にしないでください」


「……じゃあ、どうすれば?」


 堪えます

 先人の経験から幾度となく最適化されてきた結果である現代の魔法教育を否定するようなその言動には、正直少なく無い反感を覚えるのですが、相手の意見を聞かずに異議申し立てをすると言うのは知的とは言えません。なので、一応はレアの言葉を聞くこととします。


「砂の一粒一粒を操作するような感覚で、より高度な動作を行えるようになってもらいます」


「無理でしょう」


 ですが、はい、聞いた上で断じます。


「なぜ学園がその方法を教えないのかわかりますか?」


 表情一つ変えないその腹立たしい顔に、私は言葉を続けます。


「非効率だからです。あまりにも」


 魔術師にとって、目の前の桶に用意された3キログラムほどの砂程度を操作するのは訳のないことです。しかし、それが数千数万の小粒をいちいち意識したとなると話は別になります。左右の手で三拍子と四拍子を同時に取ることが難しいように、魔術制御においても別の物体に独立させた行動を取らせることが難しいことなのは、想像に難くないでしょう。当然、経験や訓練次第だと言えばそれまでですが、今回に至っては砂の粒。とても人間が行える限界の範囲を超えているように思えます。

 人間が持てる最高の知覚を持ってすら、そんなことは不可能ではないでしょうか。


「もちろん、ある程度卓越した技術を持つ魔術師は確かに存在します。しかし、学園の授業は多肢に渡るため、いちいちその専門技術を学ばせることなどできないのです。多くの場合必要のないその技術は、それでいて難易度が高すぎるため、真っ先に授業内容から切り捨てられる部分です。わかりますか? それだけ難しいということですよ。私は魔術行使に自信がないわけではありませんが、それでもあと一ヶ月ではとても覚えられるものではありません」


 当然のことです。それはまさか奥義とまではいかないまでも、一朝一夕でどうにかなる技術ではないのですから。


「……はぁ」


 しかしレアは、なんと私に対してため息をついたのです。まるで我儘な子女をあやすかのごとく、彼女は優しげな口調を努めます。ただし、「優しげな」というのはいつもとの相対評価であり、それを聞いた人間がそのように感じることはまずないでしょう。


「良いですか? 当然、一ヶ月程度で砂一粒一粒の完全制御を行えるはずはないです。ですが、それに類するような、いわば「一歩前」くらいの技術を扱えるようになってもらわなくてはならないのです」


「一歩前……?」


 返事もせず、レアは桶の中の砂を操作し始めます。量は少なく、全体の半分も動かしませんが、当人の目を見ればその集中力が見て取れるというものです。彼女は瞬きをしていません。

 何故たかだか少量の砂を動かすのにそこまで気をすり減らしているのかなど、気に留めるわけがありません。彼女の言動を鑑みれば、それが完全制御だという事実を疑う者などいるはずもないのですから。


「このままでは……分かりにくいと思うので、これを混ぜ……ます」


 その言葉は途切れ途切れで、レアは砂からも目を離したりしませんでした。彼女が右手に持つ筒状の入れ物は、先ほどの魔導具のようにも見えましたが、形状がより簡易的でした。中から出て来たのは赤く着色された少量の砂で、それを今操作している砂の中に混ぜていきます。

 茶色く濁った水たまりに、たった一滴の水が落ちた時と同じように、その赤色はたちまち目視が困難になりました。よく目を凝らせば、その砂の粒の中に色の違う物が混ざっている事を確認できるのかもしれませんが、レアが操作していて絶えずうごめいている砂の塊を見てそれを発見することができる者はいないでしょう。


「……驚きました」


 私は無意識に、そう呟いていました。

 一体何に驚いたのか? 単純です。赤い砂が、あまりに綺麗に混ざったことについてです。

 粘土という物で遊んだことがある、あるいは、お菓子づくりの経験があるという人ならば、きっとわかることでしょう。物を混ぜるという行為が、意外に手間のかかることだということを。

 生地を練るとき、まとめ、伸ばし、折り返すのを繰り返し、生地の具合が均等になるように苦心します。ですがどうでしょう。レアの操作する砂は、まるで液体であるかのような挙動をもって、瞬く間に赤い砂と混ざり合ってしまいました。


「……まだですよ」


 しかし驚いた事に、レアはさらに干渉を続けようとします。その額には大粒の汗が浮き、やはり目は瞬きをしていません。

 そして私はもう一度、彼女に驚かされることとなります。


「…………っ」


 とうとう息すらも止めて、彼女は魔法制御に挑みます。

 一体何をするのか。そんな事を考える間も無く、事はすでに終了してしまいました。

 一度混ざった二種類の砂が、あっという間に選り分けられてしまったのです。


「——はぁ」


 レアが息を大きく吐き、どっかりと椅子に座ると同時に、砂の操作は解けて器の中に元どおりに収められました。

 魔術を扱えない方には、これがどれほどの意味を持つのか分からない事でしょう。しかしこれは、見た目よりもはるかに高度な技術なのです。

 例えるなら、針の切っ先で砂の一粒ずつをより分けるような、そんな高度な事を瞬く間に行ってしまったのです。私が驚いてしまうのも仕方がないことでしょう。

 レアは息も絶え絶えで、汗を拭うことすら億劫そうな様子です。本来魔術の行使で体力を失ったりはしませんが、それほどまでの精神集中だったということでしょう。


「はぁ……」


 レアがようやく息を整えたのは、椅子に座り込んでから数分も後のことでした。


「まあ、これくらいは出来てもらわなくては話になりません」


 その様子とは裏腹に、レアは偉そうにもそんなことを言います。しかし私にはレアの真似事など出来はしないので、この態度に腹を立てたとしても言い返すことすら出来ません。


「ええ……そうですね」


 今はまだ(・・・・)、下手に出ることしか出来ません。ただし当然、そのままのつもりなど毛頭……


「やらせてもらいましょうか。本番まできっちりと」


 悔しいことですが、私はまんまとレア・スピエルに乗せられてしまったのです。

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