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彼女はまくられる

 レアにとってそれは、一見して不運に見えた幸運だった。

 現在取られている札は両者合わせてたったの十二枚だが、既開札の数を思えば充分中盤戦というところだろう。そして、レアはここまでたったの一度も組み合わせの失敗をしていない。

 これこそが不運。本当ならもっと取れていても良いはずだと誰もが思っていた。

 誰が見ても泥試合だ。当てられる限り必ず当てているということは、その十四枚は組み合わせのもう一枚が未開ということであり、それゆえにすべて異なる組だということだ。

 そして、これが幸運。取ることができなかった故に、多くの組みの()()()()を開くことができた。

 正直なところ、レアはその全てを覚えているわけでは無い。むしろ、不正によって覚える必要はなかったのだから、ほとんど覚えていないとすら言える。札の内容を覚えるよりも、アドミナの挙動に気をつけなければと、そればかり考えていた。

 だが、それが正解だった。


「ダイヤの8」


 レアが引いたのはその(カード)組み(ペア)となるのは——


「ハートの8。赤の8成立」


 偶然ではない。ハートの8は既開札だ。

 そしてその後も……


「黒の7、黒の3、赤の2、黒の(キング)、赤の4……」


 いずれも既開札との組み合わせである。

 その場にはもはや代表会員しか残っていないが、その誰もが目を見開いている。

 序列一位のヴェルガンダも、普段動揺したりしないシスも、代表会の頭脳であるアルテアも、そしていつも悠々とした調子を崩さないナターシャも、レアのその行為に目を見張っていた。平然としているのはアドミナだけだ。


「おいおいこれは……」


 ヴェルガンダが思わず声を漏らす。そう、これは紛れもなく不正である。しかし、その方法は皆目見当もつかない。

 すり替えではない。レアは札の端をわずかに持ってめくっているので、札が手で隠れてしまうようなことはないし、左手は下ろしていて卓上にはない。これで札をすり替えることはできないだろう。

 不正札でもない。事前にレアは普通の札を用意してほしいと要求していたし、札は勝負の直前にアドミナも確認している。そもそもそんな不正であったなら、初めの一回で勝負を終わらせることすら可能なはずだ。わざわざ泥仕合にする必要がない。

 ならば一体どうやって。

 それに初めて気がついたのは、代表会の頭脳アルテア・ハイドであった。


「……魔導具、か」


 その言葉は、意図してではなく自然に漏れ出てしまったものだ。そして正しく、その真相に迫る一言だった。

 ヴェルガンダとシスは、アルテアのその言葉につられて卓上の魔導具に注目した。

 魔導具には、直接触れていなくともその発動と制御が可能な物が存在する。例えば、「一定範囲内で特定の魔法が行使された場合に発動」と言うような条件付けをすればいい。魔法の発動を感知するだけの機構があるのなら、それは充分可能な事だ。問言が増えることによって製作難度は相応のものとなるが、アドミナ魔導具師(マジック・メイカー)ならば不可能とは程遠い。

 そういった類の不正だろうか?

 つまり、手に持っていない魔導具を遠隔制御して、何らかの魔法を発動させるような。そう思い、ヴェルガンダとシスは円周上に並べられた魔導具を見たのだ。


 第八属性:(きのえ)—八等級《魔法探知》


 現在発動中の魔力を「目視」できるようになる魔法。

第七等級に当たる《看破》より下位の魔法ではあるが、魔導具の動作を確認するだけならばそれで充分だ。

 だが、その考えは全くの見当違い。魔導具が使われている様子は皆無だ。二人は魔術によってそれを確認した。

 ——ならばどうやって?

 魔導具は使われてはいない。が、アルテアは魔導具だと言う。

 ——いや……

 まずはヴェルガンダが、ついでシスが、ようやくその事実に行き着いた。アルテアに遅れること数秒、ようやくだ。




 これはもともとアドミナが仕掛けていた不正だ。レアはアドミナの挙動を観察、記憶することによって、そのことに気がついたに過ぎない。

 この不正の鍵は、アルテアが言ったようにアドミナが持ち込んだ魔導具にある。彼女自身の申し出によって円卓の円周上に並べられたその魔導具は、レアの物を除けば大小合わせて二十六個。半円にわずかばかり及ばないほどの範囲となる。

 この魔導具にそれぞれ札の数字と(スート)の色を対応させ、札をその向きに置くだけと言う、いたって単純な不正だ。

 レアが観察したところ、どうやら一番左が赤の(エース)で、右にいくたびに数字が増え、ちょうど半分で赤の(キング)から黒の(エース)となり、そのままの法則で一番右が黒の(キング)らしい。言うならば、その札が何であるか()()()()()()させていたのだ。

 アドミナは開始時点からこの不正を行い、勝負を有利に進めようとしていたのだ。積極的に既開札をめくっていたのも、レアに情報を与えないためというのはもちろん、レアが触れて角度がずれた札を元の角度に戻すためであったのかもしれない。

 そして、レアの手番である現在、既開札は全て記憶されている状態であった。

 まず始めに、未開札をめくる。これが既開札と組み(ペア)になる確率は二十六分の十四だから、充分に現実的な数字だ。そして一度目に成功した場合二枚目は、二十四分の十三となり、これもそれなりに期待できる。

 ここに来て、レアに運が向いている。


「スペードの(クイーン)……」


 七回目、クラブの(クイーン)がまだ未開なので、既開札の中から適当な物をめくって手番を終了させる。その一回のみで手に入れた札は実に十二枚。この一回で、レアの手持ちは二十枚まで膨れ上がったのだ。

 まさか六回も連続で当てられるとは、当のレア自身でも思っていなかった。場の残りはあと二十八枚しかないが、二人の手札は四対二十。アドミナは二十二枚以上を我が物としなければ勝利することができないのだ。それはつまり、レアがたった六枚取っただけで敗北してしまうという険しい道だ。レアは、たった三組揃えるだけで敗北を免れる。

 勝ちはほぼ決まった。既開札の多くをレアが取ってしまったので、アドミナの不正はその効力を弱めてしまっている。

 せっせと準備していた不正を潰され、さらにここまで差をつけられて、とてもではないがアドミナに勝機は残っていない。強いて挙げるとするならば、驚異的な豪運で未開札の中から組み(ペア)を当て続けるくらいだろうか。

 勝ったと、誰もがそう思った。

 レアは胸を撫で下ろした。ヴェルガンダを筆頭とした代表会の面々も安堵した。勝ちを確信していた。

 そう——()()()

 それは、アドミナですら……


「惜しかったね」


 アドミナのその言葉をすぐさま理解した者は少ない。何せレアは素晴らしき幸運で連取を決めたばかりなのだ。それゆえに、「惜しい」という言葉は全く似つかわしくないと思わざるいられなかった。


「あと少しだったのにね」


 しかしアドミナはそう続ける。まるでレアは勝ち得ないと、そんなことを言いたいが如く。


「どういう意味だ」


 思わずヴェルガンダが問いかける。


「そのままさ」


 アドミナは肩をすくめて返答する。


「あとほんのちょっとで勝てたのにねって言ったんだよ。好機(チャンス)は唯一この一回だったのにね、物に出来なかったねって、私はそう言っているんだよ」


 アドミナの手番。

 彼女の言葉をそのままに受け取るのなら、レアはすでに敗北していることになる。アドミナの不正によって残り八枚の既開札を全て正確に言い当てることができるレアに対して、それはハッタリの類なのだろうか?


「さて、まずはクラブの2だね」


 先ほどまでの無言の進行から一転。それは勝ちの宣言だ。相手に「このようにして負けているんだ」と教えるためのものだ。レアがそうしていたように、アドミナもまた、レアに知らせているのだ。

 自分は不正をしている

 レアの場合は、アドミナの不正を利用しているということであった。気がついたことを、アドミナに知って欲しかったのだ。

 ならばアドミナは……


「黒の2!」


 めくられたのはクラブの2から近しい、レアから見て左下方向にあった札だ。そしてそれはスペードの2。組み合わせ(ペア)成立。不可思議なことに、そのどちらもが未開札だ。

 それが何を意味するのか、そんなこともわからない者はこの部屋の中にいない。魔導具によって札の数字を記憶するアドミナの不正は、今この時においては使用されていないということだ。


「黒の(エース)! 赤の(クイーン)! 赤の5! 赤の7! 黒の6!」


 アドミナは次々と、不明な当たりを続けていく。

 それはつい今しがたのレアが行なった所業にも似ているが、その本質は全く異なる。

 第一に、レアはアドミナの手口を全く理解できていないのだ。レアが行なった時は、アドミナもきっとその方法は一目瞭然だったことだろうと思うが、今現在、レアは見当すらつけられていない。これは状況的にはもちろん、精神的にも大きな不利だ。

 第二に、これが幸運によるものではないということだ。レアはほとんど運に頼るようにして有利を手にすることができたわけだが、勝負が決まったとすら言った以上、アドミナは二十二枚以上をこの一回で取ってしまうつもりなのだろう。本人にそのつもりがあるのなら、少なくとも本人は確実だと考えているということだ。

 敗北だと、認めざるを得なかった。


「スペードの(クイーン)で最後」


 今、場に出ている札は全てアドミナの物となった。

 決着である。完膚なきまでに。


「……何てことだ」


 アルテアが頭を抱える。アドミナから借り受ける予定だった魔導具が、対抗戦への隠し球となるはずだったというのに、レアの不甲斐なさが原因でその望みも潰えてしまった。「どちらにせよ心配はいらない」と豪語するヴェルガンダを除いて、この問題を軽視する人間はきっと代表会内にいないはずだ。


「一体……?」


 ……どうやってなのか、レアには判断がつかなかった。


「簡単だよ?」


 ことも無げにアドミナは言う。ただし、その内容はとても聞き流せるようなものではなかった。まさしく、そうとしか判断できないような内容だったからだ。


「並び方に規則性があったと言う、たったそれだけの事だよ」

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