彼女たちは不正をする
当日
レア達がアドミナを呼び出したのは、代表会の会議室であった。
しかしその様子はといえば、前日にレア達がいたその時とは大きく変わっている。
「随分と賑やかなんだね」
アドミナがこぼす。
そう、本来ほとんど誰も立ち入らないはずの会議室だが、今この時のみは十や二十ではきかないほどに人が溢れているのだ。
その全てが生徒で、興味深そうにアドミナとレアを眺めている。
「野次馬というやつです」
目を開ければ人を見ないことなど不可能なほどの混み合いの中には、レアのよく知る顔も見受けられる。ライラとリリアを見つけた。そしてあまり見たい顔ではなかったがリスリーも。
「そんなことよりも、今日は何をするんですか?」
今この時に重要なのはそれであると、レアはそのように強調しなくてはならない。
「そうね、決めないとね」
幸い、アドミナは気にした様子もなく話を進める。これは僥倖だった。なにせ、指摘しようと思えば不自然さなどいくらでも見つかってしまうのだから。
「じゃあ、君」
そしてこれもまた、つくづく幸いだ。
レアの予想通り第三者に決定権を委ねることにしたアドミナが指をさしたのは、なんとナターシャだったのだ。
「勝負を決めてくれるかい?」
レアは自分の予想をある程度信じてはいたが、実際問題今回に限り気まぐれを起こすことも充分に考えられた。挑戦者はレアなのだから、どんな内容の勝負か決める主導権はアドミナにあると言われれば反論は難しかったかもしれない。
「私で良ければ」
ナターシャは微笑み、顎に手を当ててほんのわずかに思考した。
この幸運を逃す手はないと、そう考えてのこと——などではない。
確かにこの場所には無数の人物がおり、誰がアドミナの目に止まるのかは見当もつけられない。ならばそんな可能性の中でまさかナターシャという明らかなレアの協力者を選ぶというのは、すこぶる幸運だから起き得た偶然なのだろうか?
否、であると断じよう
なにせこの会議室内には明らかな協力者の他に、密やかな内通者も存在しているのだ。
会議室
アドミナならば「そこの窓から見える校庭の生徒をここに呼んでほしい」などと言い出してもおかしくはない。窓のないこの場所は、アドミナの選択肢を削ぐ上で最適だったのだ。当然完璧とは言えないが、実際のところからは十全に作用した。
結果、アドミナが指名するのは室内の人物となったのだ。
そしてそれこそがハンナの提案した策、その核である。
充分だった、たったそれだけで。室内の中の誰かという漠然とした誘導だけで充分なのだ。まさか代表会員が指名されるなどとは思いもしなかったが、もしこの部屋にいる中のレアが言葉を交わしたことのない見ず知らずの誰かが指名されていても全く問題なかった。なにせ、この部屋にいる全員が協力者なのだから。
代表会員はレアを除いて全員が有力な貴族だ。学園内での権力と家同士の繋がりで、部屋一つ分の協力者を用意するくらいはわけない。これを実行するにあたって、部外者が入り込む余地のない「会議室」という場所は非常に都合が良かった。
これが、ハンナが考えた秘策。必勝の一手。
「神経衰弱、なんてどうかしら?」
計画された通り、充分な間をとってその遊戯が宣言された。
神経衰弱
伏せられた札をめくり、同じ数字の物を探し当てるという極一般的な遊びだ。遊び方を説明されるまでもなく、アドミナとレアはその内容を把握している。
たとえ誰が指名されたとしてもそう答えられていた。そのように手筈が整えられている。
「分かった、問題ないよ」
それを知らないアドミナは、深く考えることもなくそう答える。大した反応も示さずに、のこのこと罠に足を踏み入れたのだ。少なくともレアにはそう見えた。
「じゃあアイギス、絵札を用意してちょうだい」
ナターシャにそう指示を受けて、返事もせずにアイギスが部屋を出た。きっと第三棟の賭場から借りてくるに違いない。
「さて……」
ナターシャが手を叩いて場の注目を集める。
「ディーラーはこのまま私と言う事で良いかしら?」
どんな勝負でも当たり前だが、互いに相手が札に触れるのは望ましくない。今回についても同じだ。相手が魔術師であることを知りながら、混ぜる、配る、といった行為を相手に任せるのをよしとするはずがない。
「構わないよ」
だから間違いなくそう言うだろうと、レアも思っていた。
「私もです」
ナターシャは二人の同意を受けて話を続ける。
「折角なので追加の取り決めを設けましょう。ただの神経衰弱じゃあすぐに終わってしまいますもの」
「追加ぁ?」
ナターシャの言葉にアドミナが首を傾げる。突っぱねられるかと心配したが、正直なところそれは致命的な問題にならない。なにせこれはたんなる保険だ。勝てる勝負をより確実にするための、最後のだめ押しというだけに過ぎない。
「名付けるならば色違い神経衰弱。極単純。数字と一緒に色も当てると言うだけ!」
絵札の柄は、多くの場合赤と黒に色分けがされている。ダイヤとハートが赤、スペードとクラブが黒という具合にだ。ナターシャの提案は、めくる札同士をこの色まで一致させるというものだ。
つまりめくったのがハートの7だったならば、本来スペードとダイヤとクラブの7が一組となるわけだが、今回の場合はダイヤの7のみが組み合わせとして成立する。
ナターシャは「すぐに終わってしまわないように」などと言っているが、実のところ不慮の事故を避ける以外に意味はない。レア達が用意したのは確実に勝てる策ではなく、圧倒的に有利になる策であるため、何かとんでもない幸運、あるいは不運によっては負けてしまう恐れがあるのだ。それを避けるための色違い神経衰弱。
「分かった、良いよ」
これも大して反応を見せずに承諾するアドミナ。
しかし、彼女が出される要求を鵜呑みにし続ける無能などではないことは、養女であるレアが一番よく知っている。
「ただし……」
そう始められた言葉は、間違いなく警戒心の表れだった。自分の娘が正々堂々となど勝負するはずがないという、ある意味の信頼。
それは
「お互いに魔導具を解除する事。これは飲んでもらう」
現状いくつか考えられるだろうレアの不正の可能性を、たった一つだけ確実に潰す言葉だ。
実際には見当違いだが、アドミナから見た場合、レアがどんな手を講じているのかは無数に考えられる。その中で最も簡単に阻止できるのが魔導具だ。レアが持っている魔導具は全てアドミナが造った物なので、たとえ隠し持とうと隠し通せるような物ではない。さらに言えば、アドミナが本気で隠そうと思った場合、レアはそれを看破することなどできないのだから、これはつまり一方的にアドミナが有利になる申し出だと言える。
「分かりました」
だが、この申し出を突っぱねることはできない。一見して公平さを欠かないこの言葉は、一見して公平なこの勝負において断ることのできる相応の理由が存在しないのだ。
だからレアは、愚かしく無意味であると思いながらもその言葉を承諾するしかできないのだ。
お互いに身につけていた魔導具を相手に見えるように円卓の上に並べていく。決して使っていないことの証明として、その所在を公にしているのだ。
一見おかしな模様のついただけにしか見えない布切れや装飾品が卓の円周に整列した。半周をやや過ぎるくらいの位置まで並べられたその魔導具は大小様々ではあるが、その数は実に三十八にも及ぶ。そのうちの十一がレアの物だ。
アドミナは外套も帽子も外しているので、いつになく薄着だ。
「そして次に、めくる物以外の札には触れない事」
これもまた、不正防止のためだ。めくられた札を記憶することが重要なこの遊戯において、場所をすり替えたり入れ替えたりといった行為は不正に当たる。
「構いません」
それからいくつか条件が提示されたところで、アイギスが戻ってきた。手に持っている絵札は、見た所未開封の物のようだ。
「お疲れ様アイギス」
「待って」
ナターシャがアイギスから受け取った絵札を開けようとしたところで、アドミナからそう声がかかった。一体どうしたのかと、その場にいる全員の目がアドミナに集まる。
「ぜひ先に確認がしたい」
「ええどうぞ」
その言葉は、レアにとっては大したものではなかったがそう思えない者もいるようだ。ナターシャが平然とにこやかに返した陰で、ヴェルガンダの顔が強張っているのが見える。アドミナからは死角となる位置でよかった。
危なかった、と
そう思っているに違いない。何せもう少しだったのだ。昨日の会議があとたった四半刻短かったのなら、不正は山札へのもので充分であると結論づけられていただろうから。実際にはそうでない物を未開封の物であると偽り、確認もおざなりにさり気なくそのまま使用すれば良いのではないかと。
意を唱えてよかった。アドミナはそんな間抜けではないと、レアが進言したのだ。それがなかったのならと考えると、この時点でレアの敗北であった。
「なるほど確かに……」
アドミナが山札の確認を終える。
「レアも見る?」
「……はい、一応」
投げ渡された山札は、アドミナによってすでに開封されていること以外は不自然さのない代物だった。もっとも、アイギスが用意した物なのだからそれは当然なのだが。AからKまでの札が四種類の柄にそれぞれ一枚ずつ存在する五十二枚と道化師が一枚。裏の模様も怪しげなところはない。
「ごく普通の物です」
言って、それをナターシャに返す。
ナターシャは意外に慣れた手つきで山札を切り、札がそれぞれ重ならないよう円卓の上に満遍なく広げた。円卓が意外と広いので、札同士はそれなりに間を離しての配置となる。
「では、色違い神経衰弱——」
——開始である




