彼女たちは企てる
さて
レアとしてはすぐにでも始められるように心構えをしていたのだが、意外にもアドミナは日を改めようと言い出した。真意の程は定かではないが、一応「代表会の事柄なら、他の代表会員にも話を通しておかなくてはならない」というそれらしいことを言われたならあえて逆らう理由もない。
「魔導具師がこの学園に来ているらしい」
廊下からそんな風な声が聞こえて来た。
魔導具師とは、ここ五年ほどのうちに名を上げている魔術技師の術師名だ。一目見れば彼女の物だとすぐに分かるほど特徴的な外見と高品質な魔導具を製作することで有名で、とある商会を通じてのみ商品の売買を行うことで知られている。多くの貴族が出資者契約を申し出ているが、その全てを断り続けている。おそらく学園内においても、知らない者は少数派だろう。
現在、実力派の魔術技師といえば必ず名の上がる人物であり、学園内の魔術技師志望の生徒のほとんどの憧れだ。
そして何より、レア・スピエルの育て親である。
「……はぁ」
思わずため息が出る。お忍びのはずのアドミナの来園がどこから知られたのかは不明だが、一度漏れ出てしまったのなら広まらないはずなどない。彼女の一挙手一投足が注目の的となり、遠からずレアの義母であることも周知の事実となってしまうに違いない。
億劫であった。
ただでさえ自力ではまともに魔術も扱えないような不良者であるというのに、これ以上悪目立ちするのはレアの望むところではない。それは間違い無く、アドミナの不名誉となるからだ。
いつになるかわからないその時を思い、レアの気分は落ちる一方だ。なにせそれはいつなのか不明でありながら、確かに眼前に迫っているのだから。
「そう不景気な顔をするべきではないと思うがね?」
その声は代表会一位ヴェルガンダ・ジークハイド・アラドミスだ。
「勝負事の前からその調子だと、運気まで逃げてしまいかねない」
今レアがいるのは、アドミナに呼び出しをくらった時にいた代表会の会議室だ。
アドミナと別れた後、言われた通りに事の次第を報告しようと足早に帰還したのだ。レアが戻った時点でまだ話は進展していなかったらしく、まるで手洗いに出ていた程度しか席を外していないかのように錯覚した。
ともあれ、現在会議室にはほとんど全員の代表会員が集まっており、対アドミナ会議を行おうというところである。
「そう言えばナターシャはどうした?」
「義母は今夜ここに泊まるらしくて、ナターシャ先輩は客室に案内に行きました」
著名人というのは得なもので、学園側からの許可は簡単におりたそうだ。
かくして、ナターシャと怪我人であるマティアスを除いた代表会員五人による知恵の出し合いの開始である。
「具体的に何をするのかは決まっているのか?」
その問いはヴェルガンダからだ。
これは最もするべき質問だ。前提を決めておくだけで、対策の立て易さは段違いとなる。
「いいえ、まだです。義母さんとこういうことをするときは公平を期すために、直前で決めるのが我が家の恒例になっています」
対するレアな返答は否。
ならば、
「どういった方法で決めるのですか?」
次に声を出したのはシスだ。
これがわかれば、もしかしたら勝負の方向性を操作できるかもしれない。
「その時によって違いますね。話し合いやくじ引きといった、その時々で違う方法をとります。ただ今までの傾向から言えば、今回は第三者に決めてもらうという方法で決めると思います」
第三者。それは比較的望ましい答えに思えた。この学園内において学園関係者の介在を許すというのは、当然代表会員の意思を通しやすくなるということだ。代表会の影響力はそれだけ大きい。
「魔導具師の得意と苦手を知っておきたい」
アルテアの言葉だ。
裏をかこうというのなら、やはり相手のことをよく知らなくてはならない。この質問はその最低限だ。
「言うまでもないことですが、魔導具の製作が非常に得意です。義母さんが魔導具を隠そうと思ったなら、そうそう見つけられないでしょう」
レアは右手を開いて全員にその掌を見せる。正確にはその人差し指を見て欲しかったのだが、どうやら代表会のうちでそれを察した者はいなかった。
「先輩方は私がずっと魔導具をつけていることに気づきましたか?」
右手の人差し指。その付け根には、細い糸のような指輪がひっそりとはめられている。軽くて柔軟なそれは、レア自身ですらたまにつけていることを忘れてしまうような代物である。驚くべきことに、この表面には確かに魔術回路が刻まれているのだそうだ。アドミナ曰く「回路自体は単純なもの」らしい。
「……それがか?」
「とても信じられないな……」
「…………」
ヴェルガンダとアルテアは眉間にしわを寄せ、シスにいたっては絶句している。魔導具の授業においても優秀な成績を収めている三人は、その恐ろしいほどの技術を正しく理解したのだ。
「これ自体には大した魔法がかけられているわけではありませんが、参考程度に義母がどのくらいの人かは理解してもらえたと思います。あの人が本気で不正をしようと思ったのなら、私では見破ることはできないでしょう」
レアを含めた全員が頭を抱える。先程から発言のないハンナも、こればかりは深刻そうな顔をしている。
「ただいま戻りました!」
その場の誰もが口をつぐむ中に入った能天気な声は、むしろ望ましかったとすら言える。
代表会四位ナターシャ・ステン・ハングである。
空気を崩すようなその声のおかげで、取り敢えず話し合いを再開しようと言う気分にはなった。レアとしてはそうでもないが、少なくとも他の代表会員は。
「……ともかく出来ることは何かね? 何かあるだろう」
ナターシャが腰掛けるのと同時にヴェルガンダが切り出す。「不景気な顔をするな」と言うだけあって立ち直りも早かった。
「どんな勝負になるのか分からないのなら、出来るだけ汎用的な物を隠し持つしかないだろう」
代表会の頭脳であるアルテアが答える。
「多種多様な用途に使える物か。幸い私たちは六人もいるんだ、全員で持ち寄ればある程度の物は確保できるだろう」
「例えば糸、例えば紙……他には何かないだろうか?」
紙も糸も貴族にとっては消耗品だが、決して安価な物ではない。代表会側で用意してもらえると言うのなら言葉に甘えることとする。
「合図か、暗号を決めるのはどうでしょうか?」
シスも話し合いに参加する。
「誰かが何かに気が付いた時、あるいは何かに思い至った時、それを伝える事が出来たのなら非常に有利です。何せ私たちは六人もいるのですから」
相手がアドミナ一人に対して、こちらは全員で相談できるようなものだ。単純に考えれば六対一で有利と言える。
その後も様々な案が出ては消え、口々に言葉を発する代表会員たちをアルテアが諌めるのは一度や二度ではなかった。しかし着実に効果的と思われる策が出来上がっており、アドミナのことをよく知るレアをして「もしかするかも知れない」と思わせていた
——そんな時だ
「……少し宜しいでしょうか?」
ほとんどだんまりで俯き続けていたハンナが意見を出そうとしたのだ。控えめに手を挙げて、至極行儀良く。
「何だね? 遠慮せずに言うといい」
ハンナ・S・ムーア。彼女がレアのことをひどく嫌っていることは、ほとんど会話のないレア本人ですら強く感じるものである。そんな彼女がレアの助けをしようと言うのは、当然彼女自身のために他ならない。何せ対抗戦に出場するのは十中八九ハンナなのだから。なので、意図的にレアの言葉を無視したり、ふと目が会うたびに睨みつけたりしている彼女ではあるが、その言葉にレアを貶めようと言う魂胆がないことは明白だった。
「まずは——」