彼女たちは会議を開く
マティアスに起きた事故現場にいち早く駆けつけたレアによって、代表会は迅速に招集された。準格であり最下級生であるレアが代表会員を呼びつけるなど本来ならあり得ないことではあるが、今回に限って言えば英断であった。アストの賭場に出向いているアイギスにも手を貸してもらい、最大限の速さで集まってもらったのだ。
しかしたった一人、ナターシャだけが未だ姿を見せていない。
「全員とはいかないが、ともかく話を始めさせてもらう」
代表会三位アルテア・ハイドによって、この会議は開始された。
「なにぶん急がなくてはならない。最も理想的に解決策を考え出さなくては」
このままマティアスが参加できないためにそれを不戦敗とすることはできない。対抗戦とは学園の実体を校外へ見せる行事だ。これによって大手の商会や騎士団から勧誘されることも珍しくはないのだ。たった一試合すら飛ばすことなど許されはしない。なにせ自分だけでなく、相手校の生徒も見せ場を与えられないと言うことなのだから。
「代わりを立てるしかあるまい。五位はしばらく保健室への泊まりだろうからな」
「なら他生徒からの選別が必要です。時間はありますか?」
一位ヴェルガンダの言葉を、二位シスが切り落とす。
対抗戦までは、あと一月を切っているのだ。ただ代わりを探すだけならば訳ないが、訓練を済ませなくてはならないとなればたった一日でも惜しい。対抗戦は実戦ではないために、相手を傷つけない技術が必要なのだ。一朝一夕でどうにかなることではない。
唸る。言った本人であるシスも、代表会の頭脳であるアルテアも、現状では代役を立てることが困難であることを理解しているのだ。
だが、
「ならば準格を参加させる」
ヴェルガンダは事も無げにそんなことを言うのだ。
「何を……っ!」
普段物静かなシスも、流石にこれには声を上げずにいられなかった。
本来準格とは、それだけで他者より劣ることを表すような不名誉な役職ではない。代表会に選ばれなかった者から選ばれると言う性質上、他の代表会員に実力で劣ることは確かだが、しかしだからと言って優秀でない者が代表会に入ることなどないのだ。
そう、普通なら。
例年ならば全く違いないその認識も、今年に限って言うのならその限りではないだろう。何せ二人とも一学年だ。著しく実力が劣ることに間違いはない。
しかし
「準格には務まらないと?」
ヴェルガンダは肩をすくめる。
「当然ですよ。校内で五番目の実力を持つマティアスの代行なんて、一学年の二人には荷が重いでしょう」
それは何一つ侮りを含めるものではなくただの事実だ。現にレアも、対抗戦への出場など冗談ではないと思っている。
「一分一秒を争う今だが、枠を埋めるだけで構わないのだったら犬にでも務まる事になる」
アルテアがシスに続く。まさかそんなはずはないだろうという意味を言外に込めて。
しかし
「その通りだよ三位」
ヴェルガンダはそれを肯定する。
「今回は相手生徒と立ち会うだけでいい。相手の自慢の魔法を披露する場に置かれた的で充分なのだよ。あとはその犬が血統書付きであれば問題にはならない」
対抗戦の形式は、両校から出場する五名が一回ずつ戦う単純なものだ。一対一を五回行い、勝ち星の多い方が勝利となる。ヴェルガンダは、この形式ならば一人が負けても校の敗北にはならないと言っているのだ。
ただ居るだけでいいのなら、その者が信用のおける人物である限り誰でもいい。当然、代表会員であるのなら文句のつけようはない。
「そんな単純な話では……」
シスは言い淀む。ヴェルガンダの物言いに呆れ、あるいはどう説得すべきか悩んで。
「単純だとも。負けたりしないさ」
ヴェルガンダのその言葉にあるものは圧倒的な自信。それは自分たちであれば勝ちを逃すことはないという仲間への信頼からだろうか。
シスはそうでないだろうと予感し、事実それは正しかった。
「私は負けない。なら差し引き五分だろう?」
そんなことを言ったのだから。
準格が対抗戦に出るとしたならば、その一回は間違いなく敗北するだろう。だとしたら本来五回中三回勝たなければならないところが、四回中三回となってしまう。負けがたったの一回しか許されない厳しい勝負だ。しかし、ヴェルガンダが必ず勝つと仮定するならば、それは初めから三回勝負と変わらない。勝ちと負けで差し引き五分だからだ。
「差し当たって準格一位のハンナ嬢にお願いしたいのだが?」
全員が呆然とする中、ヴェルガンダだけは平然と話を続ける。急に話しかけられたハンナは固まってしまい、とても返答ができる雰囲気ではなかった。
だから、普段から雰囲気を壊しているその声は喜ばしかった。
「遅れてすいませぇん」
代表会四位ナターシャ・ステン・ハングである。
「あら、もう始まっているの?」
自分本位のその態度も、この時に限って言えばまるで救いのようだった。ヴェルガンダ以外何を言っていいかわからずにいる中にいつもの通りの調子の彼女は、誰もが冷静になるのに最適なのだ。
「座ってくれ四位。手短に説明しよう」
「いいえ、ちょっと急ぐからこのまま聞かせてもらうわ先輩」
ナターシャがレアを見る。ほんの一瞬、盗み見るような動作だったが、見られた本人には充分察知できた。
「マティアスが負傷した話は聞いているか?」
「ええ、ここに来る途中に生徒が噂していました」
「なら話は早いな。彼はどうも対抗戦に出られそうにないようだ。なので、代わりを立てようという話になっていたのだが……」
「準格一位であるハンナ嬢を選出する事と決まった」
アルテアの言葉をヴェルガンダが遮る。
ナターシャは首を傾げる。これはその場にいる全員と意思を同じくする反応だ。
「流石に彼女には重荷では?」
「しかし時間が無いのなら、務まらずとも参加してもらわなくてはならないと思うがね?」
「待て、そもそもその話はまだ決まっていない。一位が意見を出し、誰一人として承認していないのだから」
アルテアが慌てて会話に割り込む。このまま決定事項という体で話を進められるのは困ると判断したからだ。
そこからの話が長くなるだろうということは、二人のことをよく知らないレアですら予感するほどだった。よくもまあ言葉がああも湯水のように沸くものだと感心していると、ナターシャは興味が失せたらしくレアに近寄ってきた。
「ちょっと良いかしら」
疑問の体をなしてはいるが、レアにそれを断ることはできない。ひどく不満げながら、「何でしょう?」と短く答えるしか選択の余地はないのだ。
「良い娘ね」
ナターシャはそう言うと
「ちょっとレアちゃんをお借りしますわ」
と、レアの手を引いて部屋を後にしてしまった。
その場に残された全員は反応する間も与えられず、仕方なしに話し合いを続けるほかなかった。
「な、何ですか!」
普段声を荒げたりしないレアも、これには驚いてしまった。この人は意外に力が強いのだななどと取り留めのないことを考えながら、両脚は強引な先導に解れてしまわないよう大忙しだ。
「そんなに急ぐんですか? 対抗戦の会議よりも重要な?」
「貴女にとっては相違なく」
足早に廊下を歩き、階段を降り、驚いたのは第四棟を素通りしたことだ。てっきりナターシャの部屋で二人だけの話をするものとばかり思っていた。
途中で保健室の前を通った時に、寝具に寝かされているマティアスを発見した。一番窓際の場所に寝かされていた彼は、布を巻き付けられた右手を目線の位置まで持ち上げていた。きっとその布の下には火傷で真っ赤になった皮膚が隠れているのだろうが、彼はそれを構いもせずに魔法を行使しようとしている。
真面目なのだな、と
そう思った。一分一秒も無駄にはしないと言う意思を感じた。
「ここよ」
気がつくと、レアは第一棟の廊下に立たされていた。ナターシャが「ここ」と指差した場所はレアが入学の日に待たされた部屋の向かいであり、あの日はここもレアがいた部屋と同じように新一年生が詰め込まれていたことだろうが、普段は応接室として使われている場所だと記憶している。
つまり、レアへの要件とは……
「貴女へお客様よ」
と言うわけである。
戸の前に立ち、レアはナターシャを見やる。
心当たりは、正直のところある。はっきりと明確なものが、確かに。しかし何と間が悪いことだろうか。ここ数週間の中で最も来てほしくない瞬間だ。
レアが一向に部屋に入らないのを不思議に思ったナターシャは、おそらく促されていると思ったのだろう。つまりは「客とは誰か」と問いかけられていると。
「貴女のお母様よ?」
だから、そんなわかりきったことを言うのだ。レアは、仕方なしにその戸を開く。要件が終わり次第もう一度会議に出向こうかと考えていたのだが、どうやらそれはできそうもない。




