彼女は聞き分ける
結局のところ、レアはマティアスの不正を見抜くことはできなかった。しかし、何も講じていないのかと言われれば、それは否であると断言できる。五発目。その時に弾が出ることを、事前に予知することができたのだ。
方法はいたって簡単。ただしそれは、レアにとってという注釈が入る。何一つ前準備を必要とせず、身一つで可能な事だ。
ただ、聞いただけだ。
音を聞き分けることに関して、レアは並々ならない自信を持っている。普段は自己評価の低い傾向にあるレアをもってして、それだけはそうそう負けないという程の自信だ。
では何を、聞いたというのだろうか。
かつてレアはこの才能を活かした不正を行なっていた事があるが、その時は音の種類を聞き分けていた。
重い音、軽い音。それによって伏せられている札を把握するのだ。
しかし今回はそうではない。まさか弾倉それぞれに音の違いがあり、それをことごとく記憶していたなどあるはずもない。一体いつ、そんな事を憶える暇があったというのか。
ならば、一体何だろうか? レアは、その稀有な才能を持ってしてどうしたと言うのか。答えは、驚くほどに単純なものだ。
数えたのである。音の、数を。
回転倉を回転させる際の、カチカチという空回りの音を一つずつ何回なのか正確に、ただ数えただけなのだ。
レアの感覚が正しいのなら(間違いなく正確であるとレア自身は確信している)、音の数は十三回。一周と五発分だ。
ともすれば、ここからすでに不正の範疇なのではないかと疑ったレアだったが、気付いた時にはもう遅かった。もしも一発目に仕込まれていたなら、多少強引にでも先行を貰う他なかっただろう。
と、ここで、レアに唯一とも思える光明がひらめく。あまり格好の良いことではないが、負けないためなら仕方がない。
イチャモンを付け続けるのだ。何度もやり直しを強要し、その都度思いつく限りの不正の可能性を潰していく。いわば虱潰し作戦。
まずは、思い浮かぶところから潰す必要がある。この勝負の不正など、概ね回転倉を「好きな場所で止める」か「どこに弾があるのか知る」かの二つしかない。
そう言えば、回転倉はマティアスが回したのだった。それも一人で。レアが後から回す余地もなく勝負が始まった。
まずはこれを潰そう。一先ず、レアの行動が決まった。
ならば適当な事を言って、勝負を仕切り直しさせよう。次は自分が回すと申し出れば、マティアスに断る正当な理由などないのだから、簡単に銃を受け取る事ができるはずだ。
そして、これも重要だ。銃を確認した時には不正の痕跡はなかったように思えるが、それはあくまでレアがそう感じただけだ。レアの知らない魔導具や仕掛けなど掃いて捨てるほどあるのだから、あるいは気が付かなかっただけで何か高度な技術が使われているのかもしれない。その確認も必要だ。
では、そのために何をしなくてはならないか。
もし、回転が常に意図した場所で止まるような仕掛けなら、つまりこの場合は「必ず弾が五発目に来る」ような仕掛けという事だが、対策は比較的容易に済むだろう。回転倉を手で止めればいいのだ。自然停止する前に、軽く指で触れるだけで良い。だいたい半回転分くらいはずらせるだろう。
そして、弾の位置が変えられるような仕掛けなら、この場合は「五発目に弾があるはずだが、二発目や三発目に変わってしまっている」と言った物のことだが、こちらはどうも難しそうだ。正直言って、これならば手も足も出ないだろうという程に。
どうも消極的な対策はレアの好みではないが、今この時ばかりはそうならざるを得ない。つまり、その可能性を消しておく、という方法。
ようは五発目に弾があるという事が確認できたのなら、おそらくそのような仕掛けはないのだろう、という希望的観測に基づいて楽観してしまおうという事だ。
こめかみに銃を当てる段階になってレアはようやく気がついたのだが、これが中々上手くできている。いちいち相手の番に回さずに五番目まで全部自分が撃ってしまったのなら、きっとマティアスは「撃つのは一回だ」と言うので、それで仕切り直しさせる口実になる。同時に五番目に弾が入っている確認にもなるではないか。
賭けの色が強いが、今回は必勝が狙えない為、致し方なしとする他ない。負けたなら惨めにナターシャの足元にすがってライラとリリアだけは在学させて欲しいと頼もう。そのくらいの覚悟だ。
ここまでを、ほんの十秒も経たないうちに思考したレアだったが、この半分ほどが杞憂であった。仕切り直しを持ち出す段階で、マティアスは呆気なく負けを認めてしまったのだ。
これ幸いと、レアはあたかも勝ち誇った態度でそれに対応する。
「遊戯内容の時点で、勝負は見えていましたね」
まさか今ここに至ってなおマティアスの手の内が分かっていないなど、そんな様子をつゆほども見せずにしゃあしゃあと言ってのける。
「……お見通しだったと言うわけか」
全くもって否である。
しかしレアは、そんな悔し涙すら浮かべそうなマティアスにこう言う。
「わたしと勝負するには、ちょっと内容が単純すぎですね。もう少し駆け引きがある方が好みですし」
嘘は言っていない。見通したと言ったわけではないし、言葉自体は好き嫌いについてだ。何一つ、そこに嘘はない。
手に持ったままとなっていた魔銃を丁寧に返し、早めにその部屋を後にする。もし長居して勝負の事を追及されでもしたら、どこかでボロが出かねないからだ。
「失礼しました」
その言葉は、ともすれば敗者に一切の興味を示さない強者の姿に映ったかもしれない。少なくとも、マティアス・ロベルト・ダイクロフトと言う男子生徒ただ一人には、そんな風に思えた。
レアが部屋を後にして数分。マティアスは軽い放心状態だった。
「ここは私の部屋ですよ先輩。早くお暇して欲しいものだわ」
そんな上級生に対するものとは思えないナターシャの声でようやく意識を取り戻す事ができた。
意識を? ああ、それではまるで、気を失ったようではないか。そんなはずは無いのだが、それは何となく、言い得て妙な気がしてならない。
「そうだね……済まない、失礼した」
いつもなら躍起になって口論に発展してしまう言葉遣いであったはずなのに、なぜか今はそんな気分にならない。
落ち込んでいるのだろうか? いや、むしろこれは……
「彼女、凄いでしょう?」
漠然とした、ナターシャらしい感覚を中心に添えた表現だ。普段は意味が分からないと反論するところではあるが、この時ばかりはそうもいかない。これ以上なく、同調したのだから。
「……ああ」
自然に言葉が出ていた。確かにレア・スピエルは思っていたよりもずっと「凄い」生徒であった。
「彼女、面白いでしょう?」
「ああ……」
同意せざるを得ない。確かにレア・スピエルは思っていたよりもずっと「面白い」生徒であった。
「私が入れ込むのも、分かると思わない?」
入れ込むと言う言い方は如何なものかと思ったが、それについても言い分は理解できる。
レアが代表会との対戦を聞かされたのは先ほどすぐだ。彼女自身感づいていたようだが、マティアスはこの瞬間を狙って勝負を仕掛けた。何か準備をされる前に勝負に出たかったからだが、実はそれだけでは無い。心理的不意打ち、とでも言うのだろうか。「早く戻って準備をしなくては」と、思っているところに、「そんな時間は与えない」とばかりにマティアスが現れるのだから、動揺を誘えるだろうと言う思惑があってだ。
しかし、実際どうだっただろうか。レアは終始落ち着き払い、その態度に心を乱されていたのはマティアスの方だ。勝った後どうしようか、何と声をかけようか。今思えば恥ずかしい限りだ。
正直に話そう。マティアスは……マティアス・ロベルト・ダイクロフトは、彼女に魅了されてしまったのだ。異性としてではなく、あの風格に、当てられてしまったのだ。
レアの入学から間も無くの頃、アスト・アイナスという生徒が同じような心境になったことなど、マティアスの知るところでは無い。
「どうかしら? レア・スピエルの代表会入り、賛成して下さる?」
ナターシャの尊大な態度にも、申し訳程度にしか混ぜられていない敬語にも、今日この時ばかりは気にも止まらない。
「賛成しよう」
その一言を言うことしか、マティアスの頭にはなかったからだ。
次回は次の土曜。
ちょっと空くけどごめんね。




