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彼女は連射する

 マティアス・ロベルト・ダイクロフト

 学園の中で彼を知らない者はそう居ない。

 それは当然のことだ。彼はそれなりに大きな領地を治める貴族なのだし、何よりも代表会に所属している。この学園の中で、代表会員の名を、その中のたった一人でも失念するような輩はいないのだから、もちろん彼だってそのはずだ。

 そう確かに、彼は代表会員である。そして名門の貴族でもある。しかし、彼が有名なのは、それだけではない。例え貴族でなかったとしても、代表会に選ばれなかったとしても、彼は学園内にその名を轟かせていただろう。現に、第二学年以上の生徒には有名な話だ。マティアスのその特殊な()()()()は。

 扱うのは銃だ。それも二丁の。

 しかしたったそれだけなら、何もおかしなことはない。訓練をしたとか、両利きだとか、そんな理由で充分に通る話だ。それならば、彼の名はその他の凡百と並べられ、代表会にも選ばれなかったかも知れない。

 彼が学園でも指折りの有名人なのは、その両手に持つ魔銃(マガン)の性質によるものだ。

 右手に持つ『六つの幻影(シックス・ヴィジョン)

 左手に持つ『八つの災難(エイト・カラミティ)

 それぞれその名に含まれる数字と同じ種類だけの魔法を発動するという、不可解な特異性のためだ。

 六つの第八属性の魔法を使い分ける『六つの幻影(シックス・ヴィジョン)』。第一属性二つと第二から第七属性までを一つずつの魔法を発動させる『八つの災難(エイト・カラミティ)』。これが、彼を学園屈指の才人足らしめている。

 さて、「複数の魔法を使い分ける魔導具」。それの何が特異なのか。

 本来魔導具とは、その性質を刻まれた魔術回路に依存するものだ。例えばレアの『エレメント・アッパーNo2(ナンバーツー)』に刺繍されている金の模様は、うまく誤魔化されてはいるがこれにあたる。これはほんの少しでも欠けては問題なので、殊更頑丈に、あるいは殊更柔軟に作るものだ。当然、魔銃(マガン)は前者だ。

 ここに、マティアスが持つ魔銃(マガン)の不思議が存在する。一つの魔術回路で複数の魔法を使い分けるとするならば、その用途に応じてその都度組み替えるしか方法はない。なので、魔術回路が頑丈に作られているのなら、複数の魔法を発動することは不可能なのだ。

 否、一応と前置きするのなら、不可能と言うのは大袈裟かも知れない。実際のところ、マティアスをよく知る生徒達は、一つの答えを用意していた。

 一つの魔導具に、複数の魔術回路を刻むという方法。

 マティアスの魔導具の授業に関する成績は、他の追随を許さないほどに圧倒的であり、自らが扱う二つの魔銃(マガン)も自作の品だ。その彼ならば、互いに干渉し合わないように魔術回路を刻み込むことなど容易いだろうと考えられているのだ。

 ただ、この方法には魔導具的に致命的な欠点がある。

 そんな複雑に絡み合った魔術回路に魔力を与えるのは、可能なことなのかということ。

 全て同時なら、何も問題はない。刻み込んだ魔術が全て作動するだけのことだ。しかし、どれか一つというのは困難ではないだろうか。

 魔銃(マガン)に刻まれている魔術回路は、表面に露出しているわけではない。当然の事ながら、表から目視することはできない。その状態で魔術回路を作動させるというのは、花畑の中で目隠しをして、目当ての花だけに水を与える行為に似ている。

 訓練すればできないことではない。世の中には、目隠しして球投げする大道芸人もいるのだ。

 しかし、今度は魔導具を使う必要はあるのだろうかという疑問が生まれる。普通に魔法を発動した方が良いのではないか。それは、本末転倒ではないのか。

 しかし「その通り」が、彼の友人達の答えだ。

 詰まるところはハッタリ。

 彼は一見して不可思議に見えるその魔導具で、相手の動揺を誘っているのだと、そう思われている。

 ——喜ばしい限りだと

 口には出さないまでも、マティアスは常々そう思っている。その、思い違い(・・・・)に対して、これ以上はないと。

 その何一つが勘違いだ。

 何せマティアスの魔導具は、疑う余地もなく正確に効力を発揮しているのだから。

 そもそも、魔術技師の技術を有するマティアスが、騎士志望の生徒にすら引けを取らないほどの闘い振りを見せているのがその証拠だ。ただのハッタリで常勝できるほどに、魔術師の道は柔ではない。

 それはたった一つの小細工だ。そしてそれが、レアと行っている勝負の裏につながる。

 そう、外見からはわからないように造られてはいるが、マティアスの魔銃(マガン)回転倉(リボルバー)式なのだ。

 レアが見た弾倉の中に刻まれた細かな魔術回路。あれはこのためだけに苦心して刻んだわけではなく、普段からマティアスが行なっている作業精度と同等のものなのだ。つまり、普段使いの二つの魔銃(マガン)は、それぞれの弾倉に一つずつ別々の魔術回路を刻み込んであり、魔法が発動するのは銃口の魔術回路と一繋がりになる一つだけ。そのように設計してあるのだ。別の魔法を使う必要が出るたびに、その都度回転倉(リボルバー)を回して適した魔法を選びとっているのだ。

 その為には、手元を見ずに回転倉(リボルバー)を回し、望んだ場所で回転が止まるように力を加減しなくてはならないが、それにはマティアスの天性の器用さが幸いした。

 レアがわからないのも無理はない。何せマティアスにとって、回転倉(リボルバー)を好きな場所で止めることなど、細工を施す必要すらないのだから。




「じゃあ、次は君の番だ」


 これでもかというほどにこやかに、マティアスは銃を手渡す。

 本来五分五分の確率で勝利し、同じく敗北するような運に任せた勝負で笑顔など見せられるはずもないが、しかしマティアスにとって、この勝負はすでに勝っているものだ。弾は五発目の位置にあり、二回先のマティアスの番でレアに向かって引き金を引けば終了。それはまさしく予定調和だ。

 ただ、こうもうまくいくとは正直思っていなかった。計画は立てたものの、実際にはうまくいかないのではないかと不安だったのだ。

 それもその筈だ。この不正を働くには、回転倉(リボルバー)はマティアス自身が回さなくてはならない。しかも、その前にも後にも動かされてはダメだ。それでは不正が成立しなくなってしまう。説明を交えながら実演することによってある程度は自然に仕込みを行えたが、内心は穏やかでいられなかった。レア・スピエルと言う少女は、意外に抜けているのかもしれない。

 そんなことも知らずに、涼しげな顔で銃を受け取る目の前の下級生は、一分後の敗北を知らされた瞬間にはどんな表情をするのだろうか。先程から言葉少なに不機嫌さを隠しもしない彼女の挙動には、いささか不快感を覚えているのだが、その後の態度次第では放免とすることもやぶさかではない。レアは負けたその瞬間に代表会ではなくなるので、もしかしたらその場で首を垂れて許しをこうかも知れない。今まで失礼しましたと、尊大な態度の謝罪を始めるかも知れない。

 もしそうなったなら、上級生らしい落ち着いた態度で許してやろう。こういう場合は、目上の者が折れてやるものだから。

 そう考えると、レアの態度にいささかの苛立ちも覚えなくなる。不思議なものだ。心に余裕ができた為だろうか。

 今まさに、かったるそうな悠々とした動きで銃を受け取ったが、そんなことは気に止めるまでもない些事だ。

 レアはほんの少し悩んだようだが、やがてこめかみに銃口を当てる。滑稽だ。悩もうが悩むまいが、勝敗はもう決している。

 カチリ、と

 その弾倉が空であることを知らせる音がなり、回転倉(リボルバー)が一つ分回転する。

 知っていることだ。加えて言うのなら、次もまた空だ。

 マティアスは悠々とした態度で手を差し出す。魔銃(マガン)を受け取り、今度は自分が空撃ちする為に。

 だが、その時だ。レアが奇怪な行動をとったのは。

 カチリ、カチリ、もう一度、そして二度、その音が聞こえる。


「何を……?」


 意味もわからずあっけにとられているうちに、レアはさらに引き金を引く。しかしその銃口は、今度はマティアスに向かっている。


「ばん」


 レアのその言葉に遅れることほんの一瞬、魔銃(マガン)からよく知る破裂音がなった。

 それは、レアに対する勝利の祝砲だ。


「は……? は? ……え?」


 言葉が出ない。酷く混乱している。困惑している。この場でなんと言えばいいのか、深く考えなくてはならない。

 二発以上撃つことは違反行為だ。そんなことだろうか?

 否。レアはきっとこう返す。「そんなの聞いていません」

 それは確かに詭弁だが、しかし事実でもあるのだ。それに反論しようものなら、今の今まで静観を決め込んでいたナターシャはきっとこう言うことだろう。「間違いないわ。先輩はそんなこと一言も言ってない」

 ナターシャはこの勝負の立会人ではあるが、対等な立場にいるわけではない。レアの言葉が少しでも正しい限り、そちらに味方することだろう。

 完全な落ち度だ。違反者であるとして反則負けにはできそうもない。

 ならばどうだ? いっそのこと、仕切り直しを要求しようか。

 こちらの説明に不備があったのなら、それが適切な落としどころではないだろうか。

 だったら、マティアスの言うべきことは一つしかない。


「どうやって……?」


 一体全体どうして、弾の入っている場所がわかったのか。

 マティアスの言葉は簡潔すぎるものではあったが、レアにはそれで通じたらしい。その感慨というものを産まれてこのかた感じたことがないような声色でもって、つまらなそうに乾いた答えを言った。


「音、ですね」

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