彼女は射撃する
冬休み終わったら毎日投稿やめようかと思ってたけどキリがいいところまではやる事にしたよ。
半端になっちゃうしね。
ロシアンルーレット
銃の弾倉に一発だけ弾を入れ、弾が出るかどうかわからない状態で(多くの場合こめかみに)発砲するという遊び。ならず者の度胸試しに行われたとされる。
ただ、実際に回転倉に弾を入れた場合、穴を見れば弾が入っているのかは一目瞭然であるため、実際に行われていたかどうかは甚だ疑問である。
「だが、この魔銃は違う」
マティアスは、手に持つ魔導具をレアに見えやすいように掲げる。
「見てわかるように、弾倉が外から見えないんだ」
銃身が手元に向かって大きくなっており、回転倉の部分にいたっては不恰好に膨れている。回転倉が露出しているのは側面だけで、確かに外側からは弾倉の中を覗き込むことはできない。
「わざわざこのために造った特注品さ。安全性も保証する。こめかみどころか口の中に撃ち込んでも怪我一つしない」
マティアスは銃口を左手で塞ぎ、迷うことなく引き金を引く。もしそれが通常の銃であったなら、マティアスの左手は二度と使い物にならないほどの惨事であっただろう。しかし銃は破裂音を部屋中に響かせながらも、一滴の血を流すことはなかった。
「音は派手だけどね」
それは空砲。例えば動物を威嚇して追い払う道具として使用される物だ。魔術的には、第四属性の十等級か十一等級の魔法だろう。
「これで勝負をしよう」
レアはその言葉を(一見して)快諾する。
まずはその魔銃に何らかに不正な仕掛けがないかの確認を行うこととなる。この勝負において不正は違反行為ではないが、何が行われているのかの確認は当然の権利として保証された。
始めに回転倉を開く。弾倉は全部で八つ。その弾倉には弾丸のような詰め物が入れられていたが、これが魔銃であることを思えば見た目通りの用途ではないだろう。
「これ、外してもいいですか?」
「大丈夫だよ」
留め具などはなく、素手で簡単に外すことができた。弾倉の内部には細かな魔術式が刻まれているが、それは小さな範囲だからこそ小さく刻まなければならなかったというだけで、扱いの難しい魔法を発動するためのものではない。ひとまず回転倉を閉じて引き金を引いてみると、やはり空の弾倉では魔術は行使されなかった。もう一度引き金を引いて見ると(詰め物のされていた弾倉で撃って見ると)、マティアスが始めに撃っていた時のように派手な破裂音が響いた。回転倉を開けて確認すると、その弾丸を模した詰め物はやはり失われてはいない。
おそらく魔銃の魔術式は初めから欠けたものになっており、その詰め物をすることによって欠けた部分を補う仕組みになっているのだろう。本番ではこの仕掛けによって勝敗が決する。
なるほど、これは正しく「このために造られた」魔導具だ。
そもそも魔銃には引き金も回転倉も必要ないし、あらかじめ魔術式を欠けさせて置く意味も存在しない。本来ならばたった一つの魔術式を書き込むだけのところわざわざ分割している点から考えても、実用性からは程遠い。
おそらく今日この一回しか使わないだろう魔導具を、全く他に流用出来ない形で造ってしまうという豪快さには、さしものレアでも内心驚いてしまう。
マティアスが常日頃からロシアンルーレットを嗜むというのならば、こんな物の一つも持っていようかと思うところなのだが。
銃身は膨れていることもあって大振りだ。しかしそれ以外には授業で取り扱った魔銃と大した差はなく、銃口を覗こうかと思ったが穴は開いていなかった。その代わりに二重構造となっており、上に被るようになっている蓋の部分を取り外せば、そこには魔術回路が書き込まれている。と言っても、それは一般的な魔銃と比較しても特筆して難解であったり細かかったりするわけではない。発動するのは単純な魔法であるために、むしろもっと単純で然るべきである。弾倉内の魔術回路と連動させるために、意図せず複雑化してしまった結果だろうと予想される。
撃鉄はなく、引き金もほとんど飾りだ。何か特殊な仕掛けが眠らされているのかと勘ぐっていたが、レアはこれをただの可笑しな魔銃であると判断した。
最後に回転倉を閉じ、勢いをつけて回転させる。カチカチという小気味の良い音を立てて回る金属は、しかし一秒もしないうちに止まってしまう。
レアは逆にも回転させて、それで満足という風にマティアスに魔銃を返した。
この銃に不正は仕掛けられていない。
「じゃあ、一応取り決めを確認しよう」
レアが何も言わないことを肯定として、マティアスはこれから始められる遊戯の説明をする。
「入れる弾は一つだ」
マティアスは回転倉から弾を六つ取り出す。レアがすでに一つ取り出しているので、入っている弾はたった一つとなった。
「弾を取り出したなら、回転倉を無作為に回転させ、何回目に弾があるのかを分からなくする」
指で軽く弾かれた回転倉は、レアが確認した時と相違なく小気味のいい音を立てながらカラカラと回り、しかし一秒もせずにその動きを止める。目視によってどの弾倉に弾が入っているのかを確認することは不可能だろう。
「そしてそれをこめかみに向けて引き金を引き、魔術が発動した方の負け……ですね?」
「そうだね、その通りだね」
レアの言葉を、マティアスは笑顔で肯定する。
だが、しかしそれでは
「ただ……」
レアの疑問が口から出る前に、マティアスは言葉を続ける。
それもそのはずだ。このままでは、勝負というにはあまりにも粗末にすぎる。
「基本的にこめかみに撃つけれど、一回だけ相手に向かって撃ってもいい」
マティアスは銃口をレアに向ける。引き金に指はかかっておらず、ただ説明に動作を乗せただけだ。
「この時に魔術が発動したなら、自分の勝ちになる。ただし、空だったら、その時点で負けになる。簡単なことだろう?」
特に奇をてらったものでもないが、なるほど妥当なところだろう。
もしただ交互に引き金を引くだけの勝負ならば、回転倉を開いて弾が何番目に入っているのかを確かめるだけで勝負の結果を見ることができる。偶数か奇数かという二分の一だ。そんなことならばわざわざ銃を用意するのは手間だし、賽子や硬貨を使えば同じ確率で勝負ができてしまう。
それではあまりに味気ない。
「了解しました」
内容に一定の理解を示したレアを見て、マティアスは満足げにうなづく。
「まずは一回目だ」
そして緊張感もなくその勝負は始められる。
最初の一発に弾が込められている確率は八分の一。マティアスは躊躇なくこめかみに銃口を押し付ける。
カチリ、という軽い音が魔銃からなり、たった一発で勝負が決まってしまうという事態とはならなかったことが知らされる。
「じゃあ次は君の番だ」
マティアスの嘲りを巧妙に隠した笑顔を向けられて、レアは人知れずに不安を感じていた。
——全く分からない
相手が何を企てているのか、図りかねているのだ。マティアスから受け渡される手が震えなかったのを、我ながら褒めてやりたいと思う。
思考は多く、それでいて一瞬だ。
まず第一に、不正を働いていない可能性。完全な運否天賦の勝負を仕掛け、駆け引きを排した場合だ。
これに関しては考慮の必要はない。というよりは心配の必要はない。もしそうならば、勝てる確信があるからだ。なので、仮に「相手は不正を働いている」という前提で考察する。もしそうであった場合、取り返しがつかない事態となる可能性があるために。
では第二に、銃に不正を仕込んである可能性。例えばどこかの部品を押し込んだ状態で回転倉を回すと、必ず決まった回数目に弾が来るなど。
これは、銃を確認した時に否定している。レアは魔導具にはそれなりの知識を持っていると自負しているが、マティアスの魔銃には不正の痕跡はなかった。専用の構築をしているためにいたるところが歪だが、それは不正に関係がないものと思われる。
ならば第三に、何か銃以外の道具を使う場合。例えば糸や針のような物を使い、回転倉を任意の場所で止めるといった細工。
これについても、まず間違いなく否であると断言できる。マティアスはその手に何も隠し持ってはいなかった。マティアスが実は裏賭場の常連の凄腕ゴト師であった、などという事実がない限り、札を隠し持つ特技があるレアの目でも確認できないというのは考えられない。
まずい
この勝負、負けるかも知れない。
答えを出せないままに、レアは銃を構える。思考は目まぐるしく回るものの、それはほんの一瞬の例外もなく悪循環だ。ついには、負ける可能性ではなく、負けた後についてを考え始める。それは間違いなく、勝負師の思考ではない。
引き金に欠けた指には、大した力が入らない。負けに対する恐れが、ほんの少しでもその瞬間を遠ざけようと抵抗しているのだ。しかし、それは無意味で、下らない小細工以下の行為だ。魔銃の引き金はそれを引けば魔術が作動するという装置に過ぎず、通常の銃のようにどこかが連動するような物ではないため、驚くほど軽い力で弾くことができる。なので、レアが無意識下に力を弱めようとも、充分に弾くのに事足りるのだ。
覚悟など、決まるわけもない
まるで千年にも錯覚するような一瞬が過ぎる。きっとそれは、この部屋の中でレアだけの感覚だろうが、それでもレアはそう感じた。
バン、と
そんな風に、破裂音が木霊した。
俺の……俺の、書き溜めがぁ……
すっからかんだ……
一体誰がこんな事を……




