彼女は組み立てる
番外ばっかやんけ!
何も考えずに書くとこうなる。皆さんも気をつけましょう!
レアが代表会に選ばれて、早いことで一月が経った。この一ヶ月間はとても平和に過ごしたレアではあるが、あれからナターシャからの音沙汰が何一つないことだけがひどく不思議であった。
ナターシャに無理やり入れられたようなものではあるが、連絡すらないとなると、謀られたのではないのかという疑いすら生まれる。レアとしては、このまま何もしなくていい方が望ましいが、ふとした拍子に何やら面倒ごとが流れ込むのではないかと身構えてしまう。
そしてその予感は、当人の願いに反して当たってしまうことが往往にしてあるのだ。
肌寒さはすっかり過去の事となり、少しでも温かい格好をしていればいつの間にかひたいに汗がうっすらと滲んでしまうようになった夏目前の二時限目。第二廊下に立ち並ぶ実習室の一つに集まったレア達は、魔導具についての授業を行なっている。
今回の授業は、「魔銃」の構造の理解と使用する際の制御だ。
魔術師の持ち物と言って最初に思い浮べる物といえば杖や杖と呼ばれる魔導具だが、魔銃は制御のしやすさから魔導具の基礎を覚えるために重宝されている。
「本来、銃というのは多くの部品で構成され、さらに火薬で弾丸を飛ばす関係上、強度もそれに見合うものでなくてはならないのだから、とても精密な構造で成り立っている」
教師のトロント・マクミランが、実物の銃を解体した見本を前にして生徒達に説明をする。銃口、撃鉄、銃把などをはじめとして大小様々な部品に分けられている。
「そしてこれが今回学ぶことになる魔銃……」
そう言ってバラバラにされた銃の横に置かれたのは、一見して通常の銃と差異はないように見える物だ。まだ魔導具についての知識が浅い一学年の生徒では、その二つの違いは分解されているかされていないかしか分からない。
「まだ魔導具への造形が浅い君達にこの二つの違いを初見で見つけろというのは正直難しいと思うけれど、これも部品ごとに見れば一目瞭然だ」
喋りながら手際よく解体されていく魔銃を見ていると、なるほど確かに通常の銃とはまるで違うということがよくわかる。
「まず見ての通り部品が少ない」
その数は大体半分ほどだろう。
「魔力制御を前提としている魔銃には、弾倉も排莢口も遊底も安全装置も必要ないからね」
一部、通常の銃では取り外せる部分が個別の部品になっていない。
「さらに言えば銃身に銃口が開いていない。魔銃においては、一見同じような形の部品でもそれぞれが独立した魔導具なので、こうして部品一個ずつを見比べれば細かな形状に違いがあることがわかる」
弾丸を飛ばすのと魔法を発生させるのとではその性質に大きな違いがあり、部品の形が似ていたとしてもその用途が全く異なる場合もある。ならば当然形もそれに最適化された物となっているのが自然だ。
マクミランは説明の片手間で手早く銃をもう一度組み立ててみせる。女生徒を中心に黄色い声が上がるが、当人はそれが煩わしいらしく、若干の苦笑いで返した。
「一学年の終わりまでには君達にも出来るようになっているよ」
それからは学園の用意した魔銃を貸し出されての授業となる。レアは幾つもの魔導具を持つためにあまり実感がないが、魔導具は決して安い物ではなく、本来生徒に貸し出したり出来るようなものではない。それも生徒に一つずつと言うのだから、物の価値を知る貴族や商人の家の者は感嘆を通り越して絶句してしまった。
「それは学園から君達に貸し与えられるものだ。五年後の卒業の日に返してもらう事になる。壊したら弁償なので整備と点検を覚えて大事にするように」
壊したら弁償。
貴族と商人に加え、リリアのような平民も口を押さえる。当然、弁償などできないのだろう。
と言うわけで、さしあたって覚えるべきなのは整備だ。魔導具の構造を理解する上でも、平民が弁償をしなくて済むためにも、それは最重要となる。
「私これ苦手ですわ……」
ライラが魔銃の部品を眺めて肩を落とす。分解だけなら意外に誰でもすぐ覚えるが、それを組み立てるのは手間だ。その部品がどの部分なのかを正確に知る必要があるためだ。
「……この部品はどれの事ですか?」
黒板に書かれた注釈を読みながら、実物と見比べて眉間にしわを寄せている。ライラは何事にも真剣に取り組むので、ここまで目的意識が低いのは意外だった。若干派手好きなライラは、それだけに地味な作業が苦手なのかもしれない。
「上下が逆だと思いますよ?」
見かねたレアが横から口を出す。
「はまりましたわ!」
「興奮して部品を落とさないように気をつけてくださいね。無くしたら大変ですよ?」
その後何度かレアに話を聞きながら、ライラの魔銃はようやく完成を迎える。文句をこぼしながらの作業ではあったが、完成してみれば他の生徒よりも随分と早く終わった。
「やりましたわ!」
「私もできました!」
ライラとリリアは感極まって両手を繋ぐ。
レアはそれに混ざろうとせず、つまらなそうに周りを眺める。頭を悩ませ四苦八苦する生徒の様子を見て、特に感情も持たずに残りの授業時間はどうしようかと考えていた。
すると
「暇なのかい?」
授業を見回っていたマクミランが声をかけてきた。
不意だったので驚いたが、それが他者に伝わることはない。レアの能面は筋金入りであり、授業以外の接触がない人間にはそうそう看破できないだろう。
「まだ分解もしていないのかい?」
マクミランは机の上に置かれた魔銃を見て言う。
「組み上げたんですよ、既に」
その言葉は偽りでないものの、マクミランはどうやらそうは思っていないようだった。
「ならもう一度やって見てくれるかな? 私の前で、今ここで」
生真面目なマクミランは公平性を重んじる。そんな彼は、疑ってはいても自らが思い違えている可能性を捨てず、生徒の言葉を大っぴらに否定することはしない。だから、できるだけ当たり障りのない言葉を選んで、偽りかどうかを確かめるのだ。
レアは軽くため息をついて魔銃を手に取る。
その手つきに淀みなどは全くなく、マクミランと遜色ないような早さで魔銃はただの部品となった。マクミランが分解した時と比べると外せていない部品があるように見えるが、それは本来外すように設計されている物ではなく、整備に不要であるから覚える必要はないと注意されたところだ。
部品を並べたその瞬間に、今度は組み立てを開始する。あまりに流れるような動作だったため、ライラとリリアには一体いつまで分解でいつから組み立てなのか分からなかった。
「……できました」
時間に表せば二十秒ほどのことだ。レアの実技の授業の成績を覚えているマクミランは、正直予想外だったらしく目を瞬いて驚いている。
レアは魔銃を使い、自分の手の平に低等級の第四属性魔法を打ち込んで動作を確認する。
「完璧だ……」
「レアさん格好良いですわぁ!」
驚くマクミランを気にも止めずに、ライラはレアの手を握った。あたかも課題を終わらせたかのように振る舞うライラだが、きっともう一度しろと言われてもできないだろうとレアは予想している。
「意外な特技があるものだ」
「経験があるからですよ。もしも一目で構造を全て理解するような天才だと思われているならそれは勘違いです」
肩をすくめて否定する。しかしマクミランはどうも納得していない様子で、目を細めてレアを見つめる。
まあ、そうだろう
普段から便利な魔導具を使いながら生活している貴族はいるが、まさかだからと言ってその構造を把握しているわけではない。壊れたなら職人に修理を依頼するか、あるいは新しい物を買ってしまうからだ。現に貴族の子女達は未だに四苦八苦している者が多い。
ならば、魔導具への造詣が深いように見受けられるレアは一体なんなのだろうか。商人ですら職人から卸される商品を扱っているだけだと言うのに、一体どこでそんな技術を身につけたのか。
「先生! 出来ました」
他生徒からマクミランへのお呼びがかかる。
「分かった、すぐに行く」
マクミランは「これからも励むように」と一言添えてその生徒の元へ行く。
特に食い下がられることがなくて、レアは安心した。マクミランが抱いた疑問、それ自体に大層な秘密があるわけではないが、詮索されると言うのは気分の良いものではない。
「レアさぁん、私も出来ましたよ! ほら!」
どうやら自分も構って欲しいらしいリリアが自分の魔銃を見せてくる。
それからは何事か起こるわけでもなく、ただ授業時間いっぱいまで分解して組み上げてを繰り返していた。ライラとリリアは少しずつ早く組めるようになり、コツを掴んでからはどちらが早く組めるか競争をするようになった。
ただ、二人がどれほど上達しても、レアにはどうしても及ばない。そんなことは学園生活の中で初めてであり、何かしらの実習が行われるたびに補修を受けるレアにとっては、それは唯一の得意分野であった。




