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彼女は勝負を挑む

 入ったその空き教室は、とてもではないが学校に似つかわしいものではない。


「賭場ですかここは」


 つい本音が出てしまった。


「金を払って遊ぶってところはその通りだね」


 一体どうしてそうしているのか分からないきらびやかな照明と、わざと作り出されている濃い影が実にあやしい。

 部屋の中には幾つかの机を並べた(テーブル)がいくつも置いてある。その片側には机一つにつき上級生が一人。もう片方に下級生が三人か四人。トランプやチップを広げてやり取りをしている。


 見るからに賭場カジノである。概ねどころかほぼ完全に。


「とば、て何ですの?」


「気にしなくていいです」


 レアにとっては信じられないことだが、ライラの反応を見るに賭場カジノを知らない者も多いのだろう。


 やはり怪しさは本物だった。


 そもそも賭場カジノとは、ほぼ全てがディーラー側が有利であり、賭場カジノ側に利益が出るようにできている。客側はまず間違いなく負けるようにできているし、当然勝つまでにそれ以上の損をしているものだ。賭場カジノも商売であるために、そのようにゲーム難度が調整されている。

 なので当たり前だが、新入生歓迎会という場には相応しくない。

 何も知らない新人から毟ろうという魂胆が見て取れる。


「じゃあ何をする? バカラもポーカーもやっているよ?」


 見回すと、確かにそこに見えるのは遊戯ゲームを楽しむ新入生の姿だ。しかし、それは自分がカモであるということすら理解できていない哀れな無知者だ。負けて賭け金を差し出す時も、笑いながら「もうひと勝負」などとのたまっている。なるほど一見すると、楽しく遊戯ゲームを楽しむ先輩と後輩に見えなくもない。


 そうして落ちていくのだと、彼らを白い目で見るレアだが、しかしそんな彼らの中に知った顔を発見する。


 周りの者と違い、能天気に金を落としている者と違い、肩を震わせて顔を伏せていてなお、彼女が彼女であることは間違いがない。この学園に来て間もないレアが、知っている顔が、そこにある。


「リリアさん?」


 ライラも気がついたらしい。

 そう、そこに居たのは二人の 同室者(ルームメイト)たるリリア・エルリスだ。


 二人は急いで駆け寄った。

 リリアの様子が尋常ではないと察したからだ。彼女は卓についているにも関わらず、その前には()()()()()()()()()()()()()()


「……リリアさん」


「……あ」


 さらに合わせて彼女の表情を見れば、現状の把握は簡単だ。

 リリアの手元にあるカードは五枚。スートも数字も揃わないバラバラの手札だ。


「ポーカーですね」


 レアはリリアの手札を手にとって確認する。クラブの2、ハートの5、ハートの7、スペードの4、スペードのJジャック、その五枚だ。


 ポーカー

 それは五枚の札で役を作り、その強さを競う遊戯ゲームだ。一回勝負ワンゲームでは運の要素が強いために強弱の概念はない。


 だが、不自然だと、そう思った。


 ポーカーは自分の手札が弱い、勝てないと感じたのなら、それ以上負けを増やさないために降参ドロップすることが出来る。そしてその時、()()()()()()()()()()()()

 しかしリリアは、役無しハイカードで手札を公開している。


 つまり——リリアはルールを知らないのでは無いか。

 つまり——まともに説明を受けていないのでは無いか。

 つまり——強要されたものなのでは無いか。


 様々な方面からの長年の働きにより、民間の生活水準はここ数年だけでも飛躍的に改善されている。

 しかし、プラスチック製の物を使った娯楽など、とてもではないが民間に馴染み深いとは言えない。なにせ、プラスチックの生成には魔法が不可欠なのだ。専門の職人がその技術を使って生成された物質を、おいそれと誰もが手にするような価格で売買することなどできない。


 リリアがトランプの経験が無いということは充分に考えられる。自らの常識のみで行動し、右も左も分からないような初心者に、場の空気だとか、勢いだとかで強引に賭けさせた可能性は、充分にあり得る。


「賭けないんだったらどいてくれよ!」


 見ず知らずの生徒に怒鳴られて、リリアは慌てて席を立つ。

 そしてリリアと代わった生徒は目の前にチップを積み上げて楽しそうに賭けるのだ。愚かしいと、レアは思わずにいられない。今泣いている者を押しのけて、なぜそんなことができるのかと、不思議でたまらない。


「何故ここに?」


 出来るだけ責めないように、優しく聞こえるように、そう思ってレアは声をかけた。しかしそれは、沈んでしまっているリリアの心には響いていない。「お前は何を馬鹿なことをしたんだ」と、責められていると感じていることだろう。


「わたし、は……断ったんですけ、ど、どうしてもって……! こ……こわくて……っ」


 彼女はわずかに肩を震わせて、泣き出しそうな声でしか答えられなかった。


 何だろうかと、不思議に思った。

 腹の奥にたぎるこの感覚は、覚えの無いものだった。だがそれでも、疑問は一瞬だ。分からないはずが無い。気がつかないはずが無い。

 これほどの“怒り”を。


「なるほど」


 彼女の声は、カジノの騒がしさに紛れて消えてしまいそうだったが、それでも一切聞き逃さなかった。“友人”の声を、レアは一切聞き落とさなかった。


「ど、どうしましたのリリアさん! 何かありましたの!?」


 慌ててライラが声をかける。レアとは違い、状況の理解からは遠いようだ。


「知り合いかい?」


 横からかかるその声は、レアにとって天井無しに腹立たしいものだ。


「負けちゃったようだね。大丈夫、次は勝てるさ」


 無責任な言葉、悠々とした態度。何もかもが腹立たしくて、今すぐにでも鼻をへし折りたい衝動に駆られながらも、レアは努めて冷静な対処を心がける。

 こんな時には、感情が表情に出なくてよかったと思う。もしそうでなかったら、レアは今頃鬼となっていただろうから。


 こんなに怒りを感じたのは初めてだった。まさか、自分がここまで怒りを覚えることが出来るなんて思わなかった。

 生まれて初めてできた友人を、ここまで大切に思うなんて思わなかった。


「次は私も勝負がしたいですね」


 だから、相手を見据えて、鋭く睨んで、こう言うのだ。


「あなたと、アスト先輩と勝負ゲームがしたいです」


 アストは思いもしない言葉だったらしく、わずかに首を傾げている。その様子もレアの怒りを逆なでする。何故思いもしないのか。これだけの事をして、怒りを感じないはずなどあるはずないというのに。


「いいよ。後輩を楽しませるのも先輩の仕事さ」


 アストをこの賭場カジノヘッドだと思ったことに、大した理由はない。

 ただ、賭博に直接関わらない勧誘という仕事は、最も安全な代わりにカモを探す重要な役割だと感じたからだ。安全だけど重要というのは、いかにもな役職ではないだろうか。アイギスという護衛を連れていることもあり、なんとなく「元締めっぽいな」と、そう感じたのだ。


 もし勘違いでも大した問題にはならない。この賭場にいる全ての人間は同罪なのだから。


 彼らにとっては、端た金を落とさせているだけなのかもしれない。

 たかが銀貨数枚だと思っているのかもしれない。そしてその考えは、この場所にいるほとんど全員共通のものなのかもしれない。しかしそれがリリアにも同じなのかと言われれば、まさかそんなはずは無い。


 ここにいるほとんどが貴族だ。そしてそうじゃ無いほとんどが名の知れた商人の子だ。銀貨数枚を端た金だと笑えないのは、おそらくリリアだけだ。


 リリアは魔法の勉強をしたい一心で、身を削ぐような節制の末にようやく入学金を絞り出したのだと言っていた。辛うじてこの学園の縁の部分に手をかけた庶民の懐など、彼らの感覚では想像もつかないのだろう。


 だがそれが免罪符となるだろうか。

 レアは否だと断じる。


 無自覚が無実であるなどと、そんな馬鹿な話は無いと。


 ——だから


「よろしくお願いします」


 全力を賭して。


「じゃあ何をしようか? さっき言ったように、バカラもポーカーもあるし、他にもブラックジャック、レッドドッグ……」


「ポーカーで」


 即答だ。

 大した意味では無いが、リリアがやっていたのがポーカーなのでそれで挑戦しようかと、そう思っただけだ。


 アストは笑顔でうなずくと、一番近くの空いているテーブルに着いた。レアもそれに従う。それを確認した上級生が近寄ってきて、ディーラーの位置についた。


 皺一つないタキシードと短く整えられた髪は、とても清潔感があり好印象だ。

 しかし、やはりそれが十代前半の子供であるために、大人びた、というよりは背伸びをした、という印象を受ける。右と左の手首にはめられた別々のリストバンドは、右は赤色の獅子、左は青色の鮫を模した刺繍がされており、材質もまるで絨毯のように丈夫でありながら柔らかい物だ。それは素人目にも見事な作りで、きっとこのディーラーも庶民とは違う人種なのだろうと感じさせる。


 しかし、ディーラーとしては一流とは言えない。

 本来ならプレイヤーを待たせるようなことはあってはならないし、立ち振る舞いもイマイチだ。本物の賭場(カジノ)で働く本職(プロ)というわけではないのだから当然なのだが、やはりというべきか、練度の低さがうかがえる。


「ポーカーをお願いするよ」


 アストがディーラーに宣言して、勝負(ゲーム)開始だ。


 まず双方の目の前に、100枚のチップが差し出される。これを賭け金として勝負ゲームを行うのだ。


「本当ならお金をチップに交換してから遊ぶんだけど、部屋までお金を取りに行くのも面倒だから、ちょっと変わった取り決めにさせてもらうよ」


 つまりは勝負ゲーム終了時、この初期金額100枚を上回っただけが利益になり、下回っただけ損失になる。そういうルールだ。今回は第五勝負フィフス・ゲームまで行い、総計の勝ちの大きさを競うことになる。


 当たり前だが、貴族にとってのほどよい金額は、当然庶民のそれとは大きく異なる。この100枚のチップを見て、一般人代表のリリアは思わず息を呑んだ。


「構いません」


 レアは鋭く相手を見つめる。まだ付き合いは昨日からであっても、これからを共に過ごす大切な友人であるリリアを傷つけた相手を。


 勝たなくてはならない。


 リリアにとってはそうであったとしても、レアとアストにとっては驚くほどの大金がかけられているわけではない。これに負ければ人生が終わるという瀬戸際であるわけでもない。


 それでも

 ここは負けられない

 クローズドポーカー

 5枚の手札を持ち、その全てを相手に伏せて行われるルール。最も古いルールであり、日本でポーカーといえば一般的にこれを指す。

 現代のカジノでは見られないルールである。

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