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彼女はルールを聞く

 賭場の親分によって呼ばれてきたのは、驚くべきことに一人の少女であった。あたかもなんの感情も抱いていないような瞳で、たどたどしい足取りで、呼ばれるままにアドミナの向かいに座る。

 六歳か、七歳。おそらくはそのくらいだ。

 服は男たちのものよりもさらに汚く、髪は伸び放題で、その歳で肌も荒れているように思える。


「その子がやるの?」


 とてもそうは見えないと思ってアドミナは聞いたのだが、少女自身が無言でうなづいた。細い腕、力のない四肢、まともな教育など受けていないだろう彼女が、一体どんな勝負(ゲーム)を行うというのだろうか。


「見た目で判断すんなよ姉ちゃん、そいつぁおったまげる程ツエェぞ!」


 後ろで見ている客がおそらく常連なのだろうということは、さっきからの話を聞いていればなんとなくわかる。その常連客が言うのだから、少なくとも呼んでくる人物を間違ったとか、バカにされているというわけではないのだろう。

 しばらく、というほどでもないが、やがて勝負(ゲーム)の道具が運ばれてきた。

 分厚い木の板。大きな物が一枚、小さな物が十四枚。

 両方長方形で、大きい方は長い方の辺に溝が掘られている。その溝がちょうどアドミナと少女の前に来るように板を置く。どうやらその上で行われる勝負(ゲーム)らしい。

 小さい方はすべての大きさが統一され、裏面からでは一見して違いが判断できない。しかし表側の中央に、丸や三角といった図形が描かれている。丸の物が二枚、三角の物が三枚、バツの物が四枚、星の物が五枚。それを全て裏向きにして、どれがどの模様がわからないように混ぜていく。


「……この中で、手札は四枚ずつ」


 か細い声で、少女が話し始めた。


「自分の手札は自分で見ずに……絵が書いてある方を相手に向けて並べる」


 そう言って裏向きのまま取った四枚の板を、少女は目の前の溝にはめていく。絵柄をアドミナの方に向け、少女からは確認できない。左から丸、バツ、星、バツの絵柄だ。


「……四枚取って」


 さて、ひとつ思うのは、この札選びに有利不利があるのかどうかだ。さらに言えば、あったとしてそれを判別できるのかということ。今の段階ではこの勝負(ゲーム)の詳細がわからないので判断つかないが、裏向きのまま選ぶというのなら、少なくとも選ぶ段階ではそこに作為が絡んでほしくないのだろうと予想できる。

 深く悩みすぎても仕方がないので、少女に促されるままにアドミナも四枚を自分に背を向けて並べる。


「これで良いんだね?」


 少女は頷きもしないが、特に否定もしないなら間違えてはいないのだろう。

 これで両者四枚の手札と、場には六枚の札が余った。


「半分は開く」


 少女は余りの札のうち三枚を公開する。丸が一枚、星が二枚。板同士がパチン、カチン、カチンと小気味の良い音を立てる。


「残りは使わない」


 残りの伏せられている札は脇に退けられる。この時もカチン、カタン、カタンと音が鳴る。

 そうして、自らの手札四枚、相手の手札四枚、未公開札三枚、公開札三枚の場になった。その中でアドミナ自身が把握できるのは相手の手札四枚と公開札三枚の合計七枚。内訳は丸が二枚、バツが二枚、星が三枚。

 確認できない札は三角が三枚、バツが二枚、星が二枚。


「二人で順番に柄を言って、自分の札を当てる……先に言って良いよ」


 少女のたどたどしい口調はそこで続かなくなった。アドミナの顔をじっと見つめ、宣言を待っている。

 なるほど面白い遊戯(ゲーム)だ。

 知略ではなく思考勝負の、純粋な論理的思考ではなく程よく運を絡めて、チェスや将棋にはない面白さを感じる。


「じゃあ……」


 アドミナは考える。

 見えている札は丸が二枚、バツが二枚、星が三枚。丸は全て見えているため、宣言の必要はない。見えていない札は三角が三枚、バツが二枚、星が二枚。

 となれば……


「三角で」


 単純な確率として、そう宣言するのが最も効率的だ。

 少女はその細枝のような手を伸ばし、アドミナの手札から三角の札を取り出す。その札を公開札の中に加えた。


「当たったらもう一度」


 少女の瞳が、伸び放題の髪の間からアドミナを見据える。その様子は不気味で、同時に神秘的でもあった。


「じゃあ次はバツ」


 今度は手を伸ばさない。


「……ない」


 なるほど、これは面白い遊戯(ゲーム)だ。戦略性や心理性もさることながら、自分の手札を見ないという物珍しさが素晴らしい。相手の心を掴むという目的ならば、それ以上に重要な要素は存在しない。

 しかし——

 アドミナはほんの一瞬生まれた思いを振り払う。その気付き(・・・)は、相手が平に徹する限り活用すべきではない事柄だ。

 次は少女の番。


「星」


 その短い宣言を受けて、アドミナは少女の手札から星の札を抜き取る。そのまま公開札に加える。


「……あ」


 そこで、ひとつ疑問を思い至る。そしてわずかな思惑も。


「これさ、宣言された札が二枚あった場合は、どれか一枚だけを抜くってことで良いんだね?」


「…………」


 少女は口頭では答えず、うなずくことで回答とした。そしてほんのわずかに沈黙する。

 一度目の宣言では即答であったにも関わらず、この序盤において沈黙。アドミナはこれを思考のためであると予測する。これは僥倖。偶然に思い至った疑問に孕ませた罠に相手がかかったということに他ならない。


「……星」


 少女の宣言。それに対するアドミナは当然……


「ないね」


 アドミナの疑問を聞いた時、彼女はおそらくこう思ったのだ。

 ——その疑問を今抱いたのは、今その情報を必要としているからではないか?

 つまり、星の札を引いたアドミナが、「もう一枚は引くべきなのだろうか?」と迷った。そう解釈したのだ。

 なるほど奥深い。

 今のは遊戯(ゲーム)内とは関係のないやり取りから発生した駆け引きだが、細かな動作で同じようなことは起きうるはずだ。

 例えば


「丸はどうかな?」


 当然少女は首を振る。そもそも少女の手札と場に二枚見えている丸の札は、アドミナの手札にあるはずはないのだ。そしてそれはアドミナもわかっている。

 では何故、わざわざ自分の番を不意にするのか。無意味ではないのか。

 相手もきっとそう考えるだろう。しかし、それは相手が自分の手札を知っている場合だ。

 相手は自分の手札の内容を知らない。つまりアドミナの宣言は一見して矛盾などなく、それゆえに相手はこう考える「丸を宣言するということは、自分の手札に丸はないのだろうな」と。


「三角」


 少女の短い返事に首を振りながら、アドミナは内心ほくそ笑む。

 ただ、ほんの少し失敗したかもしれない。これでは「策にはまった」のか、「特に気にせずの宣言」なのかわからない。

 さて

 現状見えていない札はバツと三角と星が二枚ずつ。バツが無いことは前の番で確認済みなので、答えは実質の二択となる。


「星はどうかな?」


 疑問で答えはしたが、残りの手札が三枚であることを思えば、これは当たって当然のことだ。三角が二枚で星が一枚か、星が二枚で三角が一枚のどちらかの組み合わせしかありえないのだから、少なくとも三角と星が一枚ずつはある。

 少女が無言で星の札を取り、取り敢えず三角も宣言する。これで手札はあと一枚。星か三角かの二択となった。

 そして


「三角でどうかな?」


 それはたかだか五割の賭けで、勝っても負けてもおかしくはない二択だ。

 この場で当てればアドミナの勝利だが、当てられなくとも勝負は続く。そしてアドミナは次の宣言で確実に手札を当たることができるのだ。この勝負はアドミナの圧倒的有利だと——果たしてそうだろうか?

 少女は今までも同じように静かな声で宣言する。


「ない」


 その答えは、アドミナにとって望ましくはないものだ。

 一見すれば三対一で大きな優位に思えるが、実際にはこの時点で大きな差はない。

 少女の手札は丸が一枚とバツが二枚。たった一枚しか言い当てられていないが、今までの宣言から星と三角がもうないことは本人もわかっている。

 そして彼女目線で見えていない札は、丸が一枚、三角が一枚、バツが四枚。

 三角が手札にないので、あと見えていない札である伏せ札にその残り一枚が眠っていることは明白。つまり彼女は、自分の手札をバツ三枚かそれともその中に一枚だけ丸が入っているのかの二択にまで絞れるのだ。

 ほぼ五分。

 しかし、アドミナは笑みをこらえる。

 二巡目で行った「丸の宣言」が、今この場所で生きるはずだと。彼女の視点で言えば、丸は無いと暫定できているはずなのだ。ならば、きっと彼女は手札全てがバツだと判断することだろう。

 その罠の分、アドミナ有利。

 アドミナは祈らない。勝ちを思って。勝ちを信じて。

 ひとまずバツ二枚を宣言した少女は、特に迷うことなく次なる言葉を口にする。アドミナが目を細めて息を飲むように待つのに対して、それはまるで自然体であった。

 果たして、その言葉とは——


「丸」


 紛れも無い、敗北である。

 ドメモ


 ヨーロッパの有名なボードゲーム。

 本来は1から7までの数が書かれたタイルを使う。現在ではタイルは廃版となっており、木製や紙製の物が売られている。

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