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彼女は興味を持つ

あっれ? また番外だ




 土日に「これから異世界にボードゲームを登場させる人へ」を投稿します。物語ではなく、異世界の異世界感は遊びによって作れる! っという私見のようなものです。

 異世界を描く作者様に呼んでもらえれば嬉しいです。

 ある女性の話をしよう。

 深みのある茶髪を長く伸ばし、頭の後ろでひとつにまとめている。どこか達観したような顔立ちと表情は、彼女の高い身長と相まって実際よりもずっと大人びて見える。

 年の頃は十五と半年、二ヶ月前にエルセ神秘学園を飛び級で卒業した鬼才である。

 卒業と同時に家を飛び出し、親の反対を押し切って自立した。生まれ故郷から離れて、現在有り余る才覚を生かす仕事を模索中である。

 趣味は散策ともう一つ。故郷の街の中で彼女が立ち寄った事の無い場所は、おそらく存在しないだろうというほどの散歩家である。

 それが彼女、アドミナの概ねである。

 今日この時も、普段は通らないような裏道を風の向くままに足を動かしているところである。目には片眼鏡(モノクル)、全身をいくつもの魔導具で飾り立て、装飾過多な帽子に服にさらに外套(ローブ)にと非常に目立つ出で立ちは、繁華街から離れた無法者どもの巣窟において危険以外の何物でも無いが、曲がりなりにも魔術師であるならば、道の脇で野垂れ死しそうになっている浮浪者程度に遅れをとるはずも無い。まして彼女のような一流ならば、街の中でも最も腐敗の酷い無法地帯であったとしても、昼間の屋台への買い物となんら変わり無い心持ちで問題にはならない。

 今一度、アドミナにその魔の手を伸ばそうとした荒くれ者が一人、彼女に触れることなく膝をついた。

 アドミナの持つ魔導具の力である。

 装飾過多な帽子と耳飾りの能力は感覚の補強。自分を中心とした一定範囲の人物の動向を正確に察知することができる。その制御は困難で、常人が練習なしに扱えるものでは無いが、アドミナには問題となり得ない。

 外套(ローブ)自体も魔導具であり、その過多な装飾や派手な模様によって刻まれた様々な魔法効果を扱う。今回使用されたのは、第八等級の魔法によって対象の動きを抑えるものだ。大して強力な魔法では無いが、魔法を扱えない者にとってはそうではないだろう。

 これらの魔導具は、全てアドミナの手製だ。

 しばらく歩き、その道中で幾人ものならず者を地に倒しながら、彼女はとある建物の前で足を止める。

 別にそこが目的地であるわけではない。どこかを目指して歩いてなどいないからだ。しかし、絶えず人が出入りし、中からざわめきが聞こえるその建物に興味を持ったのだ。

 大きな建物だ。当然、アドミナの実家とは比べるべくもないが、辺りの廃墟同然の家々と比べれば別格だ。倍はあろうか。

 古い家だ。木の骨組みに板を貼り付けただけの簡素とも言い難い作りに見える。恐らくまともに手入れなどされていないのだろう、壁板が歪んで隙間ができている。

 よく見ると、入り口の戸の横に看板がある。色あせ擦れ、ほとんど見えなくなっているが、それは賽子(サイコロ)と木杯の絵のように見える。

 貴族、商人、研究者などの一部の知識層を除いたならば、この国の識字率はほぼ無いと言って過言ではない。当然アドミナは一部に属する者であるが、憲兵も見回らないような貧困区の住民が文字を扱えるはずが無いという常識くらいはわきまえている。それが、絵によってこの建物の役割を示す物であると察する事に、なんら苦労はない。民間にはありがちな手法だ。

 興味の赴くままに、アドミナはその戸を押し開ける。

 中は外見からの想像通り、小汚く薄暗い掃き溜めのような場所だった。ただ、それはアドミナの感覚であり、ここに住む者からしたら、これが正常なのだろうという事が、そこにいる人々の格好から見て取れる。

 いるのは十数人の男達。床という概念はなく、むき出しになった地面に草を編んだ敷物をしてその上に座っている。手には賽子(サイコロ)と木でできた杯。あるいは厚手の札のような物を広げている。奥にも部屋があるようだが、戸はない代わりに暖簾がかけられており奥を覗く事はできない。

 派手で小綺麗な格好をしたアドミナは明らかに場違いで、その存在に気がついた何人かの男の視線が釘付けとなる。

 アドミナはその視線を気にもせず、壁際に立って男達の様子を観察する。懐から貨幣を取り出し、賽を振ったり札をめくったりとした動作の後にそれのやり取りをしているその様は、やはりこの建物の役割がアドミナの想像と相違ないということの証明だった。

 賭場だ。

 勝負の勝ち負けで金のやり取りをする場所。金持ちの道楽としても知られているが、まさか貧困区で見かけるとは思ってもみなかった。

 興が乗ったので一つ、小遣い稼ぎとでも行こうか。アドミナは一番手前の男に声をかける。


「ここ構わないかい?」


「別に、勝手に座れ」


 男は愛想のない答えを返す。この時、よく考えもせずに怪しげな客をとったことを男が後悔するのは、二十分ほど後のことだ。




 賭場の胴元を務める大男は、客からは見えない奥の部屋で売上の勘定を行っていた。今日の午前中の売上を鑑みるに、昨日よりも幾分か落ちるかもしれないと不安を抱え、そのシラミの沸いた頭を乱暴にかきむしる。

 男の太い腕も、厚い胸板も、切った張ったの荒事で培われたものだ。そんな自分がなぜこんなことに頭を悩ませなければならないのかと、人生の数奇さにはほとほとため息が出る。力尽くで奪うよりも安定した利益が出るこの仕事に文句があるわけではないが、それを十年も続けていれば弱音の一つも吐きたくなる。

 部下はどいつもこいつも脳みその代わりに胡桃でも入っているのかというほどの能無しだ。そしてそれをまとめる自分だって、その中では一番マシだというだけに過ぎない。数字を足したり引いたりができるというだけでずば抜けて頭がいいわけではないというのに、たったそれだけで自分ばかりが割を食っている気がしてならない。

 当然、だからと言って今この場で全て投げ出そうなどと言うつもりは毛頭ない。人を殴るより人を騙す方が利益を得る上で賢いという事は、この十年でよく知っていることだからだ。


(かしら)ァ!」


 未だ半分残る小銭の山を睨んで午前の売り上げにおおよその見当をつけている時に、手下のやせ細った男が大部屋のほうから声をかけてきた。


「でけぇ声だすな聞こえてるぁ!」


 売上を袋に詰めて手下に答える。立ち上がる時に関節がパキパキと音を立てる。座り仕事は体が鈍って仕方ない。

 客の相手をしているはずの手下がわざわざ声を掛けてくるのは、自分たちでは対応できない事態である場合のみだ。下らない理由で呼ぶなと言ってあるのだから、少なくとも手下自身の中では相応の事態であるということだ。


「何かあったか」


 ただでさえ売上の心配をしているというのに、そこに一々心配事を増やしてくれるなという思いを込めた問いかけであったが、残念ながら彼の思いは不意に終わる。


「客に一人べらぼうに強ぇヤツがいるんだ! このままじゃあこっちの手持ちが全部持ってかれちまう!」


 手下の言葉は、まさに最悪と言って間違いないものだった。

 短い舌打ちを一つして大部屋へと顔を出す。いっそ頭を抱えたかったが、手下の前で「頼もしい頭」という自分を崩すのが嫌だった。決して見栄を張るわけでなく、腕ばかりに自信のある荒くれ者をまとめるために、頼り甲斐のある者でなくては都合が悪いからだ。


「そりゃあどいつだ?」


 だから、あたかも悠々と構えて大部屋を覗き込む。たとえイライラして仕方なかったとしても、それをおくびにも出さずに、一見して瞬く間に解決してしまいそうな雰囲気を演じる。

 ただ、どいつだと聞きはしたものの、誰がそうなのかは一見して瞭然だった。

 一番に目に入ったのは、常にいくつもの勝負を同時に行っているはずの大部屋に似つかわしくない人だかりだ。自分の勝負も行わず、何人もの客がたった一人の勝負に目を奪われていた。

 そこに居るのは女だ。しかし見るからに、ただの女ではない。やたらめったらと模様や装飾のついた外套(ローブ)を身にまとい、左右で互い違いの耳飾りをつけ、大きな三角帽子をかぶった女性だ。その格好は、あまりに露骨であった。


「ありゃ魔術師だな」


 しかしそれにしてもあからさますぎると、男は首をひねる。男はかつて王城の魔術部隊を見たことがあったが、あれほど目立つ格好はしていなかった。外套(ローブ)には王国の国旗の模様を刺繍されていたが、それ以外は割と簡素な作りで、素材はもちろん一級の代物だろうが個々で見た場合には意外に地味なのだなと思った記憶がある。当然部隊として一糸乱れぬ隊列維持は圧巻ではあったものの、キラキラしさならば街の大店の商人たちの方が上なくらいだ。


「なるほど酷え」


 その魔術師にしてはケバケバしい女の手元に目を移すと、現時点までの午後の売上のほとんどだろうという貨幣が積まれている。手下の言葉は嘘でも誇大でもなく真実らしい。

 明らかに危機的状況ではあるが、男はあたかも自信たっぷりという風に歩きだす。ノッシノッシと力強く歩く様にどうやら安心感を覚えたらしく、手下の表情はいくぶん穏やかになった。


「なかなか楽しそうじゃあねえか」


 相手が魔術師と知りながら、決っして下手には出ない。

 努めて不遜に。この賭場を初めて立ててから十年間、常に心がけていることである。


「楽しいね、儲かって仕方ない」


 女魔術師は唐突に現れた大男に全く怯まず、不遜な態度を崩さない。


「お前がここの親分か? だったらこの敷物を新しい物にしてくれ。自慢の外套(ローブ)が汚れて仕方ないんだ」


 悠々として腹立たしいが、まさか力に出ることなどできない。相手は魔術師だということもあるし、「相手が賭けに強かったから暴力に訴えた」というのは聞こえが悪い。この場には何人も客がいるし、すぐに話は広まってしまうだろう。


「綺麗な敷物なんてありゃしねえよ。貧困区(こんな場所)にある賭場なんぞ、そう余裕のある経営じゃあねえんだ」


「どうやらそのようだね」


 彼女は口元に薄ら笑いを浮かべ、今稼いだばかりの貨幣の山を撫でる。


「さっきから払いが細かいのなんの。これじゃあ持ち帰るのにも苦労するよ。なにせ私の腕は二つしかないから」


「なんなら持ち返らなくてもいいぜ。俺らが代わりに使ってやろう」


「ありがたいけど遠慮しとくよ。見ず知らずの君たちに悪いしね」


 下らない会話をしながら、男は頭を悩ませる。このまま賞金を持ち帰らせるのも、このまま居座られて稼がれるのも好ましくはない。最良は、今この場で貯めた賞金を巻き上げてしまうことだが、どうにも女はかなり勝負強いらしい。

 ある

 正直を言えば、絶対に負けないという自信のある賭け(ギャンブル)が存在する。ただ、この女のようにしたたかな相手を、警戒されずに誘導する方法は思い浮かばない。

 男自身は特別知に優れているわけではない。相手を陥れる話術など、操れるはずなど決っして。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、その助けは予想外な場所からかかった。


「おい大将、今日はアレはしねえのか?」


 目をやると、野次馬の中の常連の男と目があった。そして幸運なのが、どうやら女はその言葉に興味を持ったらしいことだ。


「あれ……と言うのは?」


 しめた

 男は笑いをこらえ、平然を装って答える。


「ウチでたまぁにやってるある博打のことさ。勝ちも負けもでけぇウチの目玉って所だな」


 今まで一度も負けたことのないその賭けを、その事実を隠してさもさらなる稼ぎの好機のように振舞う。この勝負は、乗せることができたならまず間違いなく勝つことができるというほどの自信がある。押しすぎて怪しまれないよう、引きすぎて興味を失せさせないよう、それに気をつけることが最大の勝負だ。


「ウチで一番でけぇ勝負ってなると、やはりそれだろうなあ」


 その瞬間に、女の口角が上がるのを見た。獲物がかかったのだ。


「いいね、それは。一つやってみようか」


 久方ぶりの挑戦者の登場に、常連連中が一気に沸き立つ。


「どうも、まいど」


 男は満面の笑みで手下に指示を出す。勝負(ゲーム)に使う道具を取りに行かせ、それともう一つ——


「アイツを呼んでこい」

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