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彼女は呼び出される

あ、この章は勝負しません。

でもすぐ終わるので愛想尽かさないでください。たった三話です。

 事の始まりは、その一言によってであった。


「レア・スピエルは居るか?」


 間も無く授業の予鈴がなるだろうかと時計を気にしながら月末の試験のための予習復習に集中している一学年の教室に、不可思議な訪問者が現れたのだ。

 フードで頭を隠し、手袋を着用し、口元以外の露出は全く存在しない。一見してその外套ローブは制服のようではあるが、胸元には校章がない。身長は173か4㎝くらいだろうか。初見で判断できるのは、あとは男性であるということ程度だ。

 学友(クラスメート)の視線がレアに集中する。


「……誰ですの?」


 不思議そうに首をかしげ、レアに問いかけるのはライラだ。年頃の娘にふさわしい好奇心で、レアに用を持つ異性のことが気になって仕方ないらしい。


「誰でしょう……?」


 しかしその答えを、レアは持ち合わせていない。全くもって身に覚えはなく、相手が誰なのかは見当もつかない。


「居ないのか?」


「あ、います。わたしです」


 ともかく無視するわけにもいかず、控えめに手を挙げ返事をする。


「何でしょう?」


「……代表会の呼び出しだ。着いてきてもらいたい」


 その言葉は、レアからして非常に予想外なことだった。

 代表会

 全校共通の試験によって選出される上位五人と、その五人の推薦二人の合計七人によって構成されるその組織は、果たして直接生徒を呼び出すような活動内容だっただろうか。


「代表会……」


 レアの記憶では、例えば学園が主催で行う慈善活動とか、他校と行われる対抗戦などで駆り出される組織だったように思う。確かに教師からの信頼が厚いことを理由に、生徒からの相談を学園側にあげたりすることもあるが、まさか代表会がわざわざ使いを出してまで一生徒を呼び出すような要件を、レアはいまいち思い浮かべられない。


「今から授業なのですが……」


 時計を見ると、その針は授業までの時間は間も無くであると告げている。前日を丸一日ベッドで過ごしたレアとしては、これ以上欠席を取るのはひどく躊躇われる。

 先日行われたリスリー・ペル・イスマイルとのいざこざが原因だ。魔導具の並行使用によって酷使されたレアの体は、放課後から翌日の夕方までまともに動くことができなかったのだ。

 なので、検討の余地もなく断ろうと思っていたのだが


「心配の必要はない」


「えぇ……はぁ、そうですか……?」


 逆に反論の余地もなく言い放たれてしまった。


「急いでくれ、あまり暇ってわけでもないんだ」


 そう言うと彼は急ぎ歩き出してしまう。よほど時間が惜しいのか、長めのローブが派手にバサバサと翻った。

 もしこれが街中の出来事であったなら、迷わず憲兵の詰所に駆け込むところだ。それほどに不審だ。主に格好が。

 ただ、ここは学内であるし、近づいてその格好をよく観察して気がついたこともある。とりあえずはそれほど警戒するほどのことでもないと判断する。

 ライラとリリアに一声かけて、早足で男を追う。ライラは手を振り返してきたが、リリアは教科書とノートを広げてにらめっこ大会を開催している。優等生は予習と復習に余念がない。


「あの……待ってください!」


 レアよりも頭一個分を越えて背の高い男は、やはり歩幅も相応だ。ただついていくだけでも時折早足にならざるを得ない。それに気がつかなかった彼にエスコートの経験はなさそうだなどと、失礼なことを考えつつ、その背中をじっと見つめる。

 どうも歩くのが速い事に自覚はないらしく、レアが呼べば足を止めるものの、歩調は変わることがない。


()()()()()()!」


 やがて耐えかね名前を呼ぶと、想像以上に機敏な反応でレアの方を振り向いた。


「なんだ……気付いていたのか」


 アイギスの表情はフードを被っているため伺うことができないが、その声色からは動揺が感じ取れる。

 変装というのは、決して見た目を覆い隠すだけで成立するものではない。人間は顔だけで個人を記憶したりはしないし、些細な動作の一つを取っても、それは「雰囲気」として相手に伝わってしまうものだ。

 なくて七癖とはよく言ったもので、人は個人を表すその「雰囲気」を機敏に察して日々を生活しているのだ。正体を欺こうというのなら、歩き方、走り方、立ち方、座り方、話し方、手や足の動かし方、重心の置き方など、気にしなければならないことは無数に上がる。

 そこを考えれば、アイギスの格好はとても変装などとは言えない。話したり歩いたりといった取るに足らない挙動が、嫌が応なく彼がアイギスであると告げている。声を聞いたことのないレアですらそうなのだ。彼をよく知る者ならば、一目で判断してもおかしくはない。


「きっとバレバレだと思いますよ? 少なくとも知人には」


「そうか……どうもこういう小細工は得意じゃあなくてなあ。まあ、そうそうすることでもないから気にしていないが」


 彼がため息を吐きつつフードを取ると、やはり現れた顔はあの賭場(カジノ)に居たアイギスその人のものであった。


「三ヶ月も経ってからいったい何の用ですか? 賭場(カジノ)と代表会に何か関係が?」


「あぁ、いや……」


 アイギスは軽く手を振って否定する。何となく、賭場(カジノ)に居た時よりも若干表情が豊かに思える。


「今回アストの奴は関係ない。純粋に代表会の要件だ。ただし、俺は詳細を伏せて連れて来いと言われている」


 おや、と。

 アイギスは賭場(カジノ)の従業員ではなかったのか。レアはわずかに首を傾ける。ただ、どれほど複雑な事情であったとしても、そして逆に大した事情でなかったとしても、それはレアの興味の範疇外だ。


「つまり、ついて来なくては何の用かすらわからないと」


 数秒と待たず思考は移り、ひとまず重要と思える事柄を問いかける。アイギスの鋭い目つきがわずかに垂れ、申し訳なさそうな表情となった。


「まあ、そうだな……すまんな、感じ悪くて」


 アイギスはもう一度深くため息をつく。レアの頭に「苦労人気質」という言葉が浮かんだ。

 何となく自分が申し訳ないような気分になって「気にしないで下さい」とレアが発言して以降は特に会話もなく、ただアイギスの後ろに続いて歩いて行った。

 案内されたのは第四棟、寮として使われる第二棟の隣に位置する棟である。第四と第五棟は授業とは関係のない用途で使われるため、基本的に一般生徒が訪れることはない。中には一度も立ち入らないまま卒業する者もいるほどで、実際レアもこの時まで近付きすらしなかった。

 連れられたのは四階の、いつもは代表会が会議に使っているらしい部屋だ。

 扉自体は特段気になるところはない普通の押し戸だ。材質は木、人が通るのに何不自由のない大きさとなっている。ただ、左右を見れば少し違和感を覚えるかもしれない。一見して違和感のない環状廊下が続いているが、隣の部屋の入り口となると思われる扉がどうにも遠い。レアの教室と同じように前後に一つずつ扉があるのだとすれば、広さは倍ほどになるだろうか。たった七人しかいない代表会の会議が行われるにしては、いささか大きすぎる。

 謀られたかと疑うも、まさか今から走って逃げ出すわけにもいかず、促されるままに部屋の中に入って行った。

 まるで抵抗を見せずにレアを迎え入れた扉は、あたかも全く摩擦がないかのように滑らかであった。室内は、やはり外から想像した通り、レアの教室を倍するほどの広さだった。しかし窓もなく、見るからに分厚くて頑丈な壁や天井のせいで、むしろ息苦しさを感じるほどの圧迫感を感じる。それが会議の機密性を求めてのものであるならば仕方のないことであるが、この部屋にはそれでは説明がつかないことがある。

 あまりにも雑多なのだ。

 漠然としてはいるが、そう表現するのが最も近いはずだ。壁際には特に敷き詰められているわけでも法則があるわけでもなく本棚や洋箪笥(クローゼット)が並べられており、しかしそれでいて片付けられているわけではない。本は並べられているというよりも放り込まれているというような入れられ方で幾つか床に落ちている。戸が閉められている洋箪笥(クローゼット)は一つもなく、中の服はシワが伸びていない。さらに注意深く見たならば高価な魔導具が多く見受けられるはずだが、本来すべからく大切に保管されるべきそれらは一つ残らず床の上を転がっている。

 とても会議室には見えない。

 レアの入学式の時に控え室として用意されたのは、普段会議室として使われている部屋だと聞いたが、あの簡素な空間と今この場所はとても結びつかない。


「待ってました!」


 聞いていた話との違いに困惑していたレアに声がかかったのは、背後の扉が閉じたその時だった。振り向けばアイギスがいない。退室してしまったらしい。

 レアは声の主人を探す。

 別に意図的にそうしていたのではないのだろう、その女性はすぐに見つかった。脱ぎ散らかされた色とりどりの洋服が彼女の寝間着(パジャマ)と重なり、保護色になっていたらしい。その女生徒は、盛大に身体を床にこすりつけながら這い出てきた。


「待っていたのよ!」


 同じ文句をもう一度言い、寝癖のついた頭を直しもせずにレアの両手をとった。


「あなたは……」


 頬が裂けているのではないかと思うほど口角を吊り上げ、まさしく満面の笑みを浮かべるその女性に、レアは見覚えがあった。面識があるわけではないし、なぜ相手側が自分を知っているのかなどは皆目見当もつかないが、彼女は代表会四位のナターシャ・ステン・ハングに間違いはない。

 代表会七人の構成員のうち、五人は全校生徒の成績順に決まる。もし辞退する者がいれば繰り下がりだが、今年は上位五人に辞退者はいない。つまり序列四位のナターシャは、この学園四番目の実力者というわけだ。

 第四学年にしてその位置に就いているということは、彼女よりも上位の上級生がたった三人しかいないことを意味している。現時点において、まず間違いなく最も優秀な生徒は彼女だ。

 その、代表会一位よりも注目されているナターシャが目の前にいる。それも自分の手をとって「会いたかった」と。どうやら代表会の用であることに偽りはないようだが、レアはイマイチ状況がつかめないでいた。

 ただ、ナターシャもレアを困惑させるために呼び出したわけではない。身なりも整えずのままだが、レアを部屋の中央にある(テーブル)へと促す。


「ゴメンね散らかっていて。片付けは苦手なのよ」


 ナターシャは(テーブル)の上にあった下着や本を無造作に床に落とす。床を落ちていた球体の魔導具はそれに弾かれて部屋の隅へと転がってしまったが、壁にぶつかってまたナターシャの足元に戻る。強固な黒い水晶のような物の表面に金の三角形が重なったような幾何学模様が描かれており、窓から差し込む光を乱反射させながら動く様は確かに綺麗ではあるのだが、その魔導具の価値がわかるレアはその光景に頭を抱えたくなった。


「……ここは会議室じゃあないんですか?」


 レアは魔導具から目を逸らし、とりあえず気になっていることを問いかけてみる。アイギスはそう言っていたはずだ。


「ああ! 確かにここは会議室として使われていたわ」


 過去形で、ナターシャは答える。


「でも私が貰ったの。だから二つ目の私室みたいなものね」


 ほら、私優秀だから。

 最後にそう付け加えて、ナターシャはウィンクした。

 優秀であることが私室を与えられることにつながるというのは初耳だ。せっかく与えられた部屋の使い方と同じくらい驚いた。

 レアが本題から関係のない話を振ってしまった事を後悔するのは、それから一分もしないうちだ。あたかも山中を流れる氾濫した大河のようにとどまることを知らないナターシャの口は、目紛しく話の内容を変えつつそれから一時間も続いた。レアは二時限目の授業も欠席することを余儀なくされたのだ。

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