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彼女は敗北する

 入学から二月(ふたつき)もすれば、授業形態にも慣れて、得意不得意、出来不出来、好き不好きの方向性がよく見えてくる。

 レアは始めから全てが不得意で不出来で不好きであったわけだが、しばらく学園で生活するにつれて、その中でもマシなものというものが出来てきた。


「レ〜アさんっ!」


 妙に機嫌よく肩をたたくのは、たった二人しかいない友人の一人、ライラ・ルゥジだ。今日も美しい金糸の髪をヒラヒラと踊らせている。


「今日こそは負けませんわ」


 腰に手を当てて、すでに女の兆候が見え始めている胸を張る。それはここ最近何度も聞いている言葉であり、レアも同じようにいつも通りため息で返した。


 ライラが言うのは魔法競技の授業のことだ。

 元々は大都市エト・カナックにある幾つかの闘技場で度々行われる催しで、かつての偉人が未熟な魔術師の訓練に取り入れて以来、現在では息抜きと訓練を兼ね備えている授業として生徒から大人気だ。


「競技はなんでしたっけ? 風球(かざだま)は前回で終わりだったでしょう?」


 風球(かざだま)

 一定の間隔で投げ入れられる(ボール)を相手の陣地に打ち込む競技だ。その時、(ボール)に触れることは禁止されており、第四属性(風属性)の魔法を使って吹き飛ばすことになる。


 この授業で、レアたち三人は順番に組み合わせを変えて試合を行っていたのだが、ライラはついに一度も勝ち星を上げることができなかった。

 魔法の技術でリリアに敵わないこともさることながら、レアにまで惨敗であった。


 (ボール)に触れることを禁止されているということは、つまり相手が(ボール)に触れたら勝ちになるということだ。

 それを狙ってライラに(ボール)を集中したのだが、どうやら飛んできた(ボール)を避けるのというのは、下級といえど貴族の令嬢には初めての体験であったようだ。


 (ボール)自体は軽い造りなため、ぶつかったとしても大事には至らない。貴族の通うこの学園で、まさか顔に傷でもついたとあっては事だからだ。しかし、体は無事であってもライラの心はひどく打ちのめされたようで、その後慰めるのに大変な苦労があった事をここに記する。


 わざと負けたのなら、その時はその時で機嫌を損ねてしまうのだからタチが悪い。


「今度は水球崩しですわ! 負けませんわぁ〜!」


 水球崩し

 同人数の個人、または団体戦で、水の球体を魔法で維持しつつ、対戦相手の水球を散らせるという競技だ。物質の形状を維持する訓練としては理に適っている。

 ただ——


「わたしじゃ勝てるわけないじゃないですか」


 水球を維持するには当然魔力を使うわけだが、つまりそれを崩すというのは、固められた魔力に打ち勝つということだ。単純な力押しでどうにかなるのは大人と子供ほどの力量差がある場合であり、そうでないのなら、やはり魔法を利用するしかない。


 そして、レア程度の魔力出力ではライラの水球を砕くことはできないだろうということは、容易に想像できることだ。

 ライラは笑う。嘲笑うわけではなく、無邪気に、輝くようなものだ。これなら自分は勝てると知って、今にも跳ね回るような勢いで。


「勝負とは非情なものですわ! 手加減しませんよぉ」


 面と向かって「お前は自分より実力が劣る」と言われたようなレアだが、不思議と悪い気分にはならない。

 よほど風玉(かざだま)で勝てなかったことが悔しかったらしく、魔法競技の授業はまだあと三時限分も後だというのに、両手を握りこんだり、腕を振り回したりといった想像訓練(イメージトレーニング)を始めた。


 ライラのこの子供のような一面は、普段澄ましている姿からは想像もできないものだが、二ヶ月も一緒にいる経験から、恐らくこれが本来の彼女なのだろうと感じる。


「じゃあ私も手加減なしです!」


 と、自信に満ちたことを言うのは、レアのもう一人の親友、リリア・エルリスだ。

 大人しい性格の彼女には珍しい言動に思えるが、どうやら前回までの授業で高成績だった為、自信がついたようだ。これまで自分を過小評価しがちだったことを思えば、それはいい傾向と言える。


「今回はリリアさんにも負けませんわ!」


 ライラはその女性的曲線の出始めている腰に右手を当て、左手のすらりと綺麗な指をリリアに向ける。


(わたくし)は第三属性を専攻しますもの。負けてなんていられませんわ!」


 専攻

 生徒は二年次において、自分がどの属性を重点的に学ぶのかを決める。これを専攻という。

 ライラが言う第三属性は水であり、これを使う競技で負けるわけにはいかないと言いたいらしい。


 ただし、専攻は完全な自由制であり、たとえ成績が悪かったからといって、まして魔法競技で誰かに負けたからといって受けられなくなるものではない。


「望むところです!」


 二人は何やら盛り上がっているようであり、わざわざそれに水を差すつもりは無いレアは、楽しげに二人の言い合いを眺めることにした。




 レア達がいるのは、五角形に並ぶ棟の内側、通称を校庭と呼ばれる場所だ。

 様々な行事で使用されるその場所はすでに何度も使用しただけでなく、今後何度も訪れることになるが、正直レアは嫌いだった。


 棟を頂点とした五角形の辺部分。その五枚の巨大な壁は、この場所を広く囲みながら、それでいてどうしても圧迫感を否めない。広大な空を臨みながら、同時に感じる息苦しさを、不快に思わずにいられなかったのだ。

 この場所に立つたびに漏れてしまう無意識なため息は、授業に夢中な他生徒の賑わいの中に消えていく。

 そして間もなく、授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえる。


「勝ちましたわ!」


 というライラの宣言で終了した五時限目。その言葉通り、三人のうちでライラの実力は目を見張るものがあった。当然レアは相手にならないにしても、成績優秀のリリアにまで勝ち越し、ライラは非常に上機嫌となっていた。


「勝率にして実に八十三%! (わたくし)の時代が来ましたわ!」


「計算が早いですね」


 加えて言うのなら、レアはやはり一勝もあげられなかった。

 これは案の定というべき事態を起因としており、なんの意外性もなく、レアの脆弱さではライラの水球を砕くことはできなかったのだ。


 ただ、総合的な成績ではライラを上回るリリアにも勝ち越しているところを見るに、前回とは打って変わった高成績は決してレアの弱さが原因では無い。間違いなくライラの実力によるものだ。

 元来豊かな才能を持っていながら、これまでの学園生活ではそれを振るうことができなかった。ライラはようやく得意を見出したのだ。


 よほど嬉しく、そして楽しかったらしく、今にも小躍りしそうなくらいにはしゃいでいる。その姿は貴族の子女というよりは活発な年頃の娘といった感じで、とても淑やかさとは結びつかない。

 それが下品にならないところは、ライラの恵まれた容姿によるものだ。漂う品格は、貴族としての教育の賜物なのだろう。


 レアは友人が喜ぶ姿が嬉しくて、休憩中はしばらく眺めていたかったのだが、どうにもそれに水を差す人物がいた。


「おやぁ?」


 驚くべきほどの既知感(デジャブ)

 おそらくそうであろうと思いながら、三人は声の方向を向く。そうだ、魔法競技の授業は他クラスと合同で行う為に、「こういう事」も往々にして起こりうる。

 レアよりも10㎝近く高い身長。表情や声から感じる女性的な色気。腰まで伸びる赤い髪には一切のくすみなどなく、少し気の強そうな顔立ちと合わせて、まるで烈火のようだという印象を受る。体つきは外套(ローブ)に隠されていてよくわからないが、おそらくはレアにはない女性的曲線を描いているに違いない。あと五年もしないうちに、出会う男を片端から魅了する魔性の女と化すことだろうその女性は、たしかに一度話した事のある人物だ。


「御機嫌よう、リスリー・ペル・イスマイル様。お久しぶりですわ」


 王国でも有数の貴族であるイスマイル家の長女。一ヶ月と少し前、レア達が『ニイチ』のカフェでお茶をしているときに、声をかけてきたその人に間違いない。


 ライラは意図してか、はたまた偶然か、あの時と同じ受け答えをしている。先程までの無邪気さとは縁遠い、貴族然としたすまし顔だ。


(わたくし)達に何かご用ですか?」


「あらぁ、そうねそうだわ。今日は貴女に」


 リスリーの笑顔は、今日はレアではなくライラに向けられている。前回のような薄ら笑いでなく、感情の読み取れない貼り付けたような表情だ。


(わたくし)に?」


 てっきり、魔導具を使って課題を達した事でまた何か言われるのだと思っていたので、少し間の抜けた声になってしまった。


「貴女の時代が来たのでしょう? 是非、お手合わせ願いたいわ」


 リスリーは真っ直ぐと、強くライラを見つめる。


 気のせいだろうか、そこに在る感情が、レアやリリアですら見て取れるほどに現れているのは。

 しかしそれが何なのか、レアもリリアも計りあぐねる。敵意だろうか、対抗心だろうか。兎も角、善意のもので無いのはたしかだが、それでもなぜライラにそんな目を向けるのかは皆目見当もつかない。


 イスマイル

 その、同学年に並ぶ者の居ないほどの名を持ちながら、なぜライラのような弱小貴族にわざわざ声をかけているのか。何か目的や事情があるのか。レアの時のように、自らの思想によるものか。


 相手の素行も読めないままに、しかし黙っているわけにもいかずライラは笑う。貴族たる者、相手に感情を見せ過ぎるものではないと。


 それにどちらにせよ、上位者を前にして断れるはずはないのだ。


「喜んでお受けいたします」


 喜んで、その言葉に嘘のないように、努めて声色に注意した。


 まるで図られたかのように、授業の開始を告げる鐘の音が鳴った。五時限目と六時限目の間にあるわずかな休憩時間が、その時で終わりを迎えたのだ。

 校内に余すことなく響き渡る重々しいその音だが、実のところ、その鐘がどこにあるのかは誰も知らない。教師ですら首をかしげる。


 ライラとリスリーはそれを合図としたように、互いの距離を詰める。利き手の反対側には、すでに水球が形成されている。


「では……」


「……早速」


 間も無くして、試合は開始された。

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