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彼女はハンカチを握る

知らない間にユニークPVが100越えてる……

すっごい嬉しい

 場所は第一棟と第三棟の間、第二通路に移された。


 この場所には実習室と呼ばれる魔法解禁領域(エリア)が立ち並ぶ、生徒が教師の同伴なしで魔法を行使できる数少ない場所の一つだ。実習の授業のほかに、休み時間や放課後の数時間ほど、生徒の自主練習のために解放されている。


「ここで行いましょう」


 そろそろ予鈴のなる時間だ。

 余裕を持って教室へと移動していく優等生たちを尻目に、レアは人の居なくなった部屋を無造作に選んだ。魔法が使えるのなら、部屋はどこでも良いからだ。


 エイブルと、ライラとリリアの二人がそれに続く。

 内装はレアたちが授業を行った第三実習室と同じだ。机はなく、椅子は後方にわずかな数があるだけだ。黒板はなく、無骨で頑丈そうな壁が四方を囲っている。


 軽い足取りで、レアが部屋の中央まで歩く。

 その場で振り向き、エイブルをじっと見つめる。


「単純なことです」


 レアはローブのポケットを探り、一枚の布を取り出す。一見するとただの手巾(ハンカチ)だ。橙の生地を紅で縁取りされたそれは、商人の息子であるエイブルから見てもそれなりの品のように思えた。


「早い話が、これを取り合うというものです」


 たったそれだけ、と言葉を続ける。


「予鈴までの短い時間ですが、それまでの間にわたしからこの手巾(ハンカチ)を奪うことができたら、わたしが持つ魔導具を今日の放課後までお貸しします」


 その手巾(ハンカチ)はというと、特に力を込めて握っているとか、エイブルから離すようにしているとかは全くなく、むしろエイブルに差し出しているのではないかというほどに優しい手つきだ。


「たったそれだけ」


 エイブルは繰り返す。


「はい。ただし、揉め事(トラブル)の起こらないようにいくつかの決め事(ルール)を設けたいと思います」


 レアは指を一本立てる。


「まず、部屋から出ないこと。前後の扉は、わたしの友人に立っていてもらいましょう」


 ライラとリリアは互いに顔を見合わせるが、特に反論することなくそれに従った。前の扉にリリア、後ろの扉にライラだ。

 レアは指をもう一本立てる。


「次に、相手を傷つけないこと。魔法でも、暴力でもです」


 これは当然のことだろう。レアはエイブルの後輩であるし、まだ妙齢には遠いと言っても女性だ。間違っても傷などつけられない。

 レアは三本目の指を立てる。


「そして、予鈴が鳴ったら終わること。鳴ったらその時点で終わりです。鳴り終わったらではありません」


 そこは明確にするべきところだ。後になってエイブルが「まだ鳴っている」と子供のような駄々をこねないとも限らない。彼は必死なのだから。


「それくらいですね」


 しゃあしゃあと言う。


 それはあからさまにレアが有利となる取り決め(ルール)だ。

 それ自体は問題ではない。そもそもレアの物を貸してもらおうというのだから、対等な条件を求める方が厚かましいというものだろう。

 しかし、それを何のことないように言っているのは、一種の(したた)かさを感じる。


 そしてさらには、それだけではない。


 エイブルはレアを睨みつける。彼女の狙いが読めたからだ。確実に勝利する方法を、完全に察したからだ。

 部屋から出ない。これが重要だ。これにより、レアの勝機は確実となる。


 なるほど、策士だ。エイブルの中で、レアという存在の位置が決定した。


 それでも


「分かった」


 あえて、それに乗る。

 相手の勝機を指摘したとしても、レアにしてみれば「なら止めにすればいい」というだけだ。それはエイブルとしても望むところではないのだから。


 ゆっくりとした足取りで、レアを見据えながら一定の距離を保ちつつ回り込む。レアはそれに大きな反応を見せることなく、ただエイブルを見返しているのみだ。

 そしてエイブルは部屋の対称側、レアを挟んで扉の反対側に立つ。


 ここだ

 ここが最善

 この方向にいるだけで、レアの思惑を潰すことができるのだから。


「…………」


 両者数秒の沈黙。


 まず、この勝負(ゲーム)決め事(ルール)だが、そもそもレアが手巾(ハンカチ)を持って始まるという点からしてエイブルに不利な条件だ。

 極端な話、レアは手巾(ハンカチ)を懐に(いだ)いたまま床に伏せるだけで手巾(ハンカチ)を奪い取るのは非常に困難となる。尤も、レアにその気はないようだが。


 そして相手を傷つけないというものも、どちらかといえばレアよりの決め事(ルール)だ。いくらエイブルの魔法が不出来だからと言って、流石に入学して一月も経っていないレアに遅れをとるはずはない。エイブルの力押しを防ぐためのものだろう。


 細かいところを言えば予鈴についても、レアに有利に働く。制限時間を少しでも短くしているのだから当然だ。


 そしてここまでくれば、『部屋から出ないこと』という最初に提示された決め事(ルール)も気になる。()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 不自然なのだ。

 狭い部屋の中よりも、当然無制限に動き回れた方が逃げやすいに決まっている。なのにわざわざ制限を設けるというのは、決して公平(フェア)精神に基づくものではない。


 間違いない。

 これもまた、レアの有利に対する決まり(ルール)なのだ。

 エイブルはレアを鋭く睨む。今の場所を維持するために、決して背後を取られぬために。


 レアの後ろにはライラとリリアが見張る扉があり、現在閉じていて予鈴がなるまで出ないことになっている。レアは無表情でエイブルを眺め、強い余裕を感じる。そしてエイブルは動かない。動くなら、それだけ注意しなくてはならないからだ。


 そして、エイブルの後ろには()()()()


 それほど大きなものではないが、日の光を取り込むには充分だ。

 窓枠は木でできており、あまり絢爛さに富むわけではないが、滑らかで混じり気のないガラスは職人すら感嘆の声を上げることだろう。

 例えばそこから手巾(ハンカチ)を飛ばしたとしたら、その布は心地よい風に乗りつつ五メートル下の地面にひらりと舞いおりることだろう。


 風に流されているため、窓の真下よりも少し遠くに。もしそうなったら、部屋から出ずに取ることはできない。レアの狙いは、おそらくそこにあるのだろう。


 勝てる

 依然状況は変わらないまでも、それを看破したのなら充分に勝機はある。


 ほんの数秒にも永遠にも感じる息苦しい沈黙を破ったのはエイブルだ。

 一歩、レアの様子を伺いながら歩を進める。駆け出しては咄嗟の判断に対応できないと考えてだ。駆け出していたならば、体は慣性によって進行方向に引かれることになる。速ければ速いほどに。

 予鈴までという短い時間が許す限り、エイブルは慎重にことを運ぼうというのだ。


 そしてレアも、それは変わらない。

 ゆっくりとだが近づくエイブルを見ながらも、しかし全く微動だにしない。早く動けばそれだけ隙ができる可能性が高まるのなら、その逆、遅いのなら隙が少なくなるということだ。


 当然、極端な言い分ではあるが、つまり動かないというのは、その究極系と言える。レアは今、どんな動きにも対応する息積りだ。


 しかし

 そう、しかし

 果たしてそう上手くいくだろうか。


 あたかもレアの思惑を看破したために現状は互角かのように思えるが、本当にそうだろうか。

 否だと、エイブルは断じる。これを互角と呼ぶには、いささか語弊が多い。

 対等な立場であるならば、地力の勝るエイブルが俄然有利ということだ。


 エイブルから見るに、華奢で小柄なレアは自分よりも腕力に優れるとは思えない。魔法的にも、時期から考えて、第一学年が教わっている魔法など九等級の何か一つと言ったところだろう。遅れをとるとは思えない。


 口を歪ませる。

 距離は充分と判断して。勝ちに手が届くと、そう確信して。


 その場でまだ足は止めない。相手に誤認させるためだ。攻める瞬間を、ほんの数瞬だけでも。

 もしここで止まったなら、それはつまり攻める距離が足りたと相手に伝えることになる。今から攻めると、準備はできたと、相手に漏れる可能性がある。


 だから行動は変えない。攻めのその瞬間まで、変わらぬ行動を続けるのだ。


 右腕に力が集まるのを感じる。それは筋力のことではなく、自らの扱う『波力』、そしてそれによって生み出される『魔力』の存在。

 一年もかけて覚えたたったの三つの魔法の中の一つ。第三属性(水属性)の一桁台の内、最も下位に存在する物の力だ。エイブルの一年の学園生活の中で、九等級程度の魔法をここまで頼もしく感じたのは初めてだった。


 魔力も、そして波力も、通常他者から見て感じられるものではない。相手から見たら、どんな魔法を待機させているのか、そもそも魔法を待機させているのかどうかすら不確かなのだ。言わば完璧な暗器。向かい合っていながらの完全な奇襲。


 レアの顔を見つめる。正確には目だ。

 その上質な玻璃(ガラス)玉のような碧眼を注意深く眺め、タイミングを計る。そしてそれが閉じる瞬間、瞬きに合わせ、自分に出来る限りの無動作(ノーモーション)で、エイブルはその力を発動させる。


 第三属性:(かのと)—九等級《スプラッシュ》


 ただ水を打ち出すだけの魔法だが、本気で行使すれば体重七十kg(キログラム)の成人男性を二メートルは後退させるだけの衝撃となる。エイブルが唯一無詠唱で発動できる魔法だ。


 今回は相手に怪我を負わせては反則となるので、その威力は著しく抑えられている。等級としては十二、最低クラスと同等程度だろう。ただ水を飛ばし、ただ物を濡らす、その程度だ。


 エイブルから飛沫した水分が捉えるのはレアの瞳だ。

 瞬きのその一瞬、たったの一瞬目を閉じたその時だけは、自分を含めたすべての場所が死角になる。当然だ、目を閉じているのだから。


 レアは正面という、本来あり得ない死角から放たれた水分を避けることができなかった。慌てて腕をかざすも、間に合わずに辛うじて顔を拭うので精一杯だ。そしてそれは、大きな隙になる。

 駆けた。瞬間を無駄にしないようにと。

 たった三歩の距離。そう何秒もかかるものではない。


 手を伸ばし


 歯を食いしばり


 勝ちを確信した


 ——その時だ


「——!!」


 言葉を失った。まさかと。あまりにも慌て、自らの足につまずき、無様にレアの足元に倒れこんだ。


「な……! なっ」


 声にならない。なるはずも無い。レアの手元の光を、そして崩れ落ちる物を、呆然と見上げるだけで精一杯だ。


 レアは一歩も動かずに、勝ちを確定させてしまった。

 エイブルの奪うべきレアの手巾(ハンカチ)は、小さな炎に包まれ焼き切れてしまった。

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