「いい人になりたい」「……なれたら、いいね」2
「その話し、あの話しだね」
「そう。あの話し。聞いてくれる? あれのあれをするとき、あれがいつも邪魔でさー。いつもうまくできないの。どうしたらいいかなー」
少考したが、思いつかなかった。
「好きにしたらいいんじゃない」
「いや、答えになってないって」
「そうかな」
「そうだよ」
彼は笑った。
「この感じ。わかる?」
すると彼はにへらと笑った。
「わかるわけないじゃん。この感じなんてわかる奴いるのかよ?」
挑発するように語尾を強めていた。
机上に肘をついて、手のひらで頬をついたままその言葉を脳裏で反芻する。この感じなんてわかる奴いるのかよ? それはいったいどういう意味だ。いるかいないかの、二択を選べばいいのだろうか。
「いる」
言葉にしたあと、あれが一瞬にして静まった。それもそのはず。この教室には二人しかいないからだ。
「これかわいいよね」
「お、ほんとだ。おまえに比べてかわいいな」
「酷くない?」
「おまえに比べてたら、酷くないが?」
「……」
辛辣だった。まったく。相対してるあいつには、絶対的なあれがないのだろうか。
「それ取って」
「それってどこの座標のことを指してるんだ?」
「X506.Y8432.Z20.のところだよ」
「基準は?」
基準を言うのを忘れていた。いや、彼に対して言っているのだから、彼が基準だと気づいてもよさそうなものなのに。まあ、いいか。
「あれをやってくれ」
「わかった」
四時間後。
「おい。言われたことはちゃんとやれよ。あれを早くやれよ。いつまで待たせる気だ。バカ」
「時間を言われなかったんで」
激怒した。
「そんなのすぐに決まってんだろ。わからないなら聞けよ。まったく」
「あの……」
逡巡していた。
「なんだ?」
「どうやってあれをやればいいのかわからないんだけど、どうしたらいい?」
「自分で考えろ」
四時間後。
「おお。やってきたか。どれどれ」
「やりました」
「あれ」
やってなかった。完。
「これってなんなんだろうね」
「これとは?」
「わかんないならいいよ。そもそも、わかってもらうために言っているわけじゃないし」
「それじゃあ、話しにならないだろ?」
「別にいいよ。話しがしたいわけじゃない。生きるってなんなんだろうね」
「今言ったな」
「しまった」
彼はにやりと笑った。
「幼少期の体罰はよくない」
「幼少期の体罰はいい」
「このことは秘密にしといてくれ」
「いったいどこまでなら話していいのでしょうか。個人名を伏せて吹聴してはいけないのでしょうか。いったいどこまでなら問題にならないのでしょうか。このこととはどのことでしょうか」
「家族なんだから」
「家族でも、いいじゃないか」
「家族だからこそ」
「さみしいじゃないか。付き合ってよ」
「なんで、私があなたのさみしさに付き合わないといけないのですか」
「あの人は孤立している」
「そーかなー」
「私だけでしょうか」
「そーでしょう」
「生きにくい時代になった」
「生きやすい時代になった。生き甲斐の少ない、生きやすい時代に、ね」
「生きにくいよ」
「そうか? 生きやすいだろ」
「生き甲斐は自分で見つけろ」
「やり甲斐のある仕事をやりたい」
「ほら。やってみろ」
「うーん。やり甲斐ないなあ」
「他の仕事だったらやり甲斐ある?」
「いい人というものがいいものだとは限らないということがわかっているぼくにとって、いい人になりたいと言うあなたの『いい』がみんなにとってのいいではないことで、現場で空気が読めなくて疎外感を感じて勝手に傷ついて、悪者を決めつけてしまうのを予感して怖い。なにせ、正義感が強い人だから」
「なにもかも、うまくいかない」
「なら、いまからなにかやればうまくいくよね」
「意味がわからない」
「頑張ろ」
「うん。……頑張ろっか」
「頑張る」
「うん(なんの為に? とは言わない)」




