第2章 謎の王女スナイパー 【Ⅱ】
施設中がクロエの復活で盛り上がる中、
クロエは独り、会場を離れて行った。
巨大窓から地球で見る架空の景色が臨めるデッキ。
クロエは、
窓の前に設置された長椅子にポツンと座り
地球の懐かしさ薫る田舎の景色を眺める。
その表情は寂し気だった。
時より、ホロリと涙が頬を伝う。
パーティー会場にいたアレックスは、
クロエのいない事に気づく。
アレックスは、
デッキでクロエの後ろ姿を見つけ、
ゆっくりと近づいた。
「クロエ、大丈夫?」
アレックスはクロエの隣に腰掛け、
優しく問いかけた。
「う、うん、ちょっと疲れただけ。
まだ体力は戻ってないみたいね」
クロエは本音を隠した。
心の葛藤を打ち明けて周囲の空気が暗くなるのを恐れ、
仲間に余計な心配をさせて、
彼らの任務に支障をきたすことを避けたかった。
「そうか、盛り上がりすぎちゃって。
気づけなくてごめんね」
アレックスが優しく気遣い、
クロエは穏やかに微笑んで首を横に振った。
アレックスはクロエを部屋に送った。
アレックスはクロエが何か悩んでいる事に気づいていた。
しかし、しつこく聞こうとはせず、
自分から話してくれることを待った。
パーティーは、シックス復活も兼ねていたため、
クロエが部屋の戻った後も、夜通し盛り上がり続けた。
クロエの回復は著しく、
日を重ねるごとに以前の能力を取り戻しつつあった。
リハビリ期間を終え、
他の救世主達に混ざって訓練に参加するようになっていた。
クロエは、必死に訓練を続け、
並みの救世主レベルにまで実力を回復させた。
ある日の正午前。
クロエはまた、
誰もいないテラスで田舎の景色を眺めていた。
クロエの能力は順調に回復しているものの、
心の傷は癒えていなかった。
そこへ、アレックスがやってきた。
「ここはいつも空いているな。
人気がないのか?」
クロエがアレックスの声に振り向く。
アレックスが優しい笑顔で近づき、隣に座る。
「お昼前はいつも空いているのよ」
「君は、最近いつもここにいるね」
アレックスが優しく問いかける。
クロエは何も言わず景色を眺めていた。
「クロエ、僕には何でも話してくれていいんだよ」
クロエはしばらく黙り、
徐々に瞳が潤んできた。
そして、静かに打ち明け始めた。
「私は一度死んだわ。
今の私はもう人間じゃない。
偽物よ。この景色と一緒」
アレックスは、クロエの肩をそっと抱き寄せた。
「何言ってる?
君は生きているじゃないか。
それでいいだろう?」
アレックスはそう言って、
クロエの片手を彼女の心臓部にあて、
もう片方をアレックスの心臓部にあてた。
「君の心臓、ちゃんと動いているだろう?
僕のも。僕らは生きてる。一緒だ」
アレックスの言葉で、
クロエは微かに笑顔が戻ったが、
まだ暗い表情であった。
アレックスはクロエの手を握って、
立ち上がった。
「おいで。連れて行きたい所があるんだ」
アレックスはクロエの手を引き、
どこかへ連れて行った。
そこは、施設の最上階にして、
最上級の景色を臨める場所。
ドーム型の巨大ガラス窓に囲まれた
宇宙デッキだった。
ここの椅子は、田舎窓のデッキと違い、
クッション性の高いリクライニング式のサンベッドが並ぶ。
施設内でも比較的人気のスポットだ。
アレックスとクロエは、サンベッドに腰かけ、
仰向けになると、宇宙を見上げた。
窓の外に広がるのは、プラネタリウムでも、
リアルなバーチャル映像でもなく、本物の宇宙。
クロエは息を呑んだ。
アレックスが横にいるクロエを見る。
彼女は景色に見とれてリラックスしている様だった。
アレックスは静かに優しい声で、クロエに語り掛けた。
「この景色は本物だ。
本物じゃないところなんて一部に過ぎない。
君は君だ。君は、とても個性的で、
魅力あふれる素敵な女性で、
一番自慢できるのは、僕の彼女ってこと」
クロエが照れるように笑った。
クロエは、アレックスの言葉で心が楽になった。
アレックスの言う通りだった。
考えてみれば、同じ人間などいない。
それは当たり前の事だ。周りと違う面は個性である。
自分に自信がなくなっていたが、
今の自分が、今の自分らしさ。
恥じることはないのだ。
自分の殻にこもり、
こんなに簡単な事実に気づかなかった。
クロエは、深刻な顔をして
悩んでいた自分が笑えてきた。
「アレックス、ありがとう」
クロエはアレックスに笑いかけた。
アレックスも微笑み返した。
そして、見つめ合うと、
無数の星が輝く宇宙の空の下、
二人はゆっくりと顔を近づけ、
キスを交わした。
クロエは、
半年に1度行われるプレミアムズの試験を受けた。
クロエの挑戦は、
シックスのメンバーも見守りに来た。
この試験コースは、
上級に近い難易度で攻略が難しい。
引退した元救世主の講師が見守る中、
クロエは意を決し、試験コースに飛び込んだ。
慎重に進み、障害物を避け交わした。
以前の滑らかさまではなかったが、順調に進んだ。
危なっかしい箇所もあったが、何とかゴールした。
クロエは振り返り、安心した様子で笑顔を見せた。
クロエの挑戦を見ていた者全てが喜んでいた。
「クロエ・ジョンソン、合格だ。
プレミアムズ復帰おめでとう」
講師が言い、
シックスの五人はクロエのもとに駆け寄り、
大喜びで祝福した。
久々に6人揃い、最上級コースでの訓練に入った。
クロエ以外の5人は勢いよくコースに飛び込み、
いつも通りにスイスイと障害物をすり抜けて行く。
そして、あっという間にクリアした。
クロエは、未だスタート地点で怖気づいていた。
「クロエ、どうした?」
フランクは、
クロエが出遅れているのに気付き声を掛けた。
「ごめんなさい。
今日はちょっと調子が悪いみたい。
気分も少し悪いの」
ゴール地点にいる5人が顔を見合わせ、
心配してクロエのもとへ駆け寄った。
「今日は休んでいた方がいいかもしれないね」
フランクが言い、
クロエはコース袖のベンチに座り、
メンバーの訓練を見ていた。
クロエは自分の能力を、
他のメンバーと比べ、負い目を感じていた。
また以前のようにできるはずなのだが、
自信をすっかり失っていた。
目の前に隙間がほとんど見えない程
入り組んだ障害物の数々を見て、
どうしても足を踏み出せなかった自分が悔しかった。
その夜、メサイア・アーミー中が寝静まる中、
クロエは独り、最上級コースを繰り返し練習していた。
まずはスタート地点に立ち、
コースをどう攻略して進むかを考えた。
そして、慎重に突き進む。
最初の数回は、
コースに入ってすぐに動きが止まってしまっていた。
障害物一つ一つを確実に、
そしてスムーズにクリアできるまで、
何度も繰り返し挑戦した。
クロエの個人練習は夜通し続いた。
そんな彼女の姿を影で密かに見守る者がいた。
クロエが苦しんでいる姿を見て、
グリフ博士は心を痛めていた。
生き返らせたことが、
本当に正しかったのか自問自答した。
翌朝のプレミアムズ、
救世主達は訓練に打ち込んでいた。
そこへ、シックスの6人。
クロエは再び最上級コースに挑戦した。
シックスの他メンバーはいつも通り軽快にこなす。
クロエは自分を信じ、
思い切ってコースに飛び込んだ。
昨夜の練習の成果か、
スムーズにこなしていった。
ゴール手前の複雑な鉄棒ジャングルに差し掛かる。
一番の難関だ。
クロエは、
これまで順調にクリアできたことで自分に自信が戻り、
以前のようなしなやかさも出てきた。
しかし、
ここで安心して気を抜いてしまったせいか、
ある1本をよけきれず、
クロエはハッとして顔を守るように両手をクロスさせる。
そのまま、パイプに突っ込んでしまい、
ぶつかって、下に敷かれたマットに落下してしまった。
辺りは騒然とし、クロエの安否を心配した。
シックスのメンバーがクロエに駆け寄る。
クロエに怪我はなかった。
鉄パイプが当たった腕は少し痛むようだが、
その腕はアンドロイド部位のため、
ほとんど支障はなかった。
それよりも、やはり心の傷が問題だ。
メンバーは、クロエを励ました。
「でも、クロエ、
前よりも断然うまくなってるんじゃないか?」
セスはびっくりした様子で、クロエを褒めた。
「そうよ。
それに、ほら、昨日の今日だし」
「ああ、病み上がりなら、
これだけできりゃ、スゴイよ」
アリスが言い、フランクが続けた。
それからというもの、
クロエは誰よりも長時間、熱心に訓練した。
そして、失敗して心が挫けると、
最上階の宇宙デッキで心を落ち着かせた。
グリフ博士に、
シックスのメンバーが呼び出された。
次の任務だ。
「今回の任務は、ある国の王女様を
スナイパーの魔の手から救ってもらう」
その王女は日曜の朝に開催されるイベントで
スピーチをする予定である。
そのときを狙って、
あるスナイパーが王女暗殺を企んでいる。
このスナイパーは
あるテロ集団の中心人物として恐れられているが、
その正体ははっきりしていない。
「今回は、君たちが向こうに行って、
敵の正体を直接調べてほしい」
グリフ博士が軽く点呼をとり、
任務の内容を告げた。
「そういうのって、
CSIとかMI6とか、
スパイの仕事じゃないの?」
アリスが言った。
「事情が少々複雑でね。
君らにしかできない任務だ」
グリフ博士がそう言うと、
六人の顔はたくましくなったようだった。
シックスは、
実務用のコスチュームに着替え、
標準装備の武器を身に着けた。
準備が整うと、ワープ台に乗る。
しかし、ただ一人ワープ台に乗ろうとせず、
その場に留まっていたメンバーがいた。
「クロエ、どうした?」
フランクが振り返って言った。
クロエは、
自分が任務の足手まといになる事を恐れていた。
「私、まだ本調子じゃないの。
気を使わせて足を引っ張るのも嫌。
今回はパスしたい」
シックスの他のメンバーは返す言葉がなかった。
「でも、6人だからこそのシックスでしょ」
アリスの言葉も、今のクロエには
彼女の『いつもの優しい気遣い』に思え、
素直に受け止められなかった。
「じゃあ、
クロエは指令室からの参加って事でどうだ?」
グリフ博士の提案に、
クロエは悩みながらも了承した。
グリフ博士とクロエは指令室へ。
グリフ博士の指示で、
クロエが5人をワープさせる。
クロエがコンピュータの前で、
ドキドキしながらワープのボタンに手を伸ばす。
「そうだ、言い忘れた。
向こうに着いたら、
まず整備士のジャックに会え」
クロエがワープのボタンに押す寸前、
グリフ博士は慌ててワープ室のシックスに伝える。
ワープ室のシックスは、
「ジャックって誰?」
と頭にクエスションを浮かべたまま、
クロエの操作により、
5人はワープしていった。
《つづく》