第1章 愛の結晶、仲間の絆 【Ⅰ】
4人は光の中で悲鳴をあげていた。
足がつくような地面はなく、まばゆい光の中で、
ただ浮いているのか、どこかに向かって飛ばされているのか。
経験したことのない現実に、ただ怯え、どんな形にしろ、
今の状態が終わるのを待つしかなかった。
数秒後、4人を包んでいた光が消えていく。
叫ぶのに夢中だった四人が、それに気付き、辺りを見回す。
そこは、見知らぬ場所。
オフホワイト一色の清潔そうな部屋だ。
「これって……夢……じゃないよな?」
アレックスが言い、セスがツッコミを入れる。
「みんなで同じ夢を見るわけないでしょう」
すると突然、聞き覚えのある声が聞こえる。
「そう、これは夢なんかじゃない」
さっきの男が入ってくる。
先ほどの腕時計型液晶画面ではわからなかったが、
なかなかの大男だ。
事態を飲み込めず放心状態の4人。
男は簡単に説明を始めた。
この男は、自分をグリフ博士と名乗った。
彼は、この建物の最高責任者で、
遺伝子工学を得意とする天才科学者兼医者だと言う。
今この5人がいる部屋は、
メサイア・アーミーと呼ばれる
宇宙空間に存在する施設の中にあるワープ室と説明した。
今の時代にワープという技術があり、
この施設は宇宙にあるとは、まさにファンタジーだ。
4人は、行かれた男の厄介な世界に巻き込まれたと思った。
確かにこの部屋は異世界感に満ちているし、
胸元の名札にも『Dr.グリフ』とあるが、
フルネームで記載されていないところには、
うさん臭さが伺える。
グリフ博士の話は、
4人がさらに驚く内容へとどんどん進んでいく。
このメサイア・アーミーという場所は、
4人の故郷だと言う。
4人は、ここで生まれ、地球で教育を受け、
そして4人とも17歳になった今、戻ってきたらしい。
4人は、
ここに来た瞬間の出来事に説明はつかなかったが、
グリフ博士の話は信じがたく混乱した結果、
思考回路がフリーズしていた。
「つまり、俺達は宇宙人なの? あんたも?」
セスの突飛で、それでいて確かに気になる質問に、
グリフ博士は、苦笑いで答えた。
「いや、私は地球人だ。
君たちも人間に変わりない。
特別ではあるがね」
まるでファンタジーな話を、
4人は信じられるはずもなかった。
しかし、その反面、
ここに来るまでに味わった
自分たちの周りで突然起こった
天変地異や不思議な光の中の体験もあり、
現実なのか夢なのか、
頭の中は混乱という文字が渦巻いていた。
「これでわかったかな?
君たちは地球の人間ではなく、ここの人間なんだよ」
ここへ来たときの衝撃的な出来事を考えれば、
今の話が理解出来ないわけでもない。
しかし、
幼い頃の地球で過ごしたごく普通の平和な記憶があるのだ。
ここが自分たちの故郷だと言われても、身に覚えがない。
言うまでもなく、4人は混乱していた。
辻褄が合わないのは確かだが、グリフ博士の話を聞いているうち、
不思議と彼の話を信じそうになっていた。
グリフ博士の優しい話声に、
まるで催眠術を駆けられているような感覚だ。
「グリフ博士……」
クロエが、ふと、グリフ博士に話しかけてみる。
「私たちは、これからどうなるの?」
「もう地球に戻ることはできないのか?」
クロエとアレックスが、冷静に、グリフ博士に尋ねる。
セスとアリスも不安で仕方がない。
「私たちのパパやママや友達はどうなるの?」
グリフ博士は、アリスの肩に手を置き、
励ますように、優しく微笑む。
「これからいろいろ案内する。それで全部わかるよ。
そんなに急がなくても平気さ」
4人は顔を見合わせる。
何もわからない以上、とりあえず、
このグリフ博士とやらに、ついていってみるしかない。
4人は、グリフ博士の解説を聞きながら、
廊下をしばらく歩く。
案内された先は、大きな研究室のような場所。
そこには、ガラス張りの小部屋があり、
その中には、何十体もの膜のような袋が吊るされ、
その中で赤ん坊らしき物体が丸くなっていた。
この数十名の研究員が、
この空間を観察・管理しているのだ。
「ここで、君たちは生まれた」
4人は耳を疑った。
「驚くのも無理はない。だが、君たちに聞こう。
体育の成績は、幼い頃から、
ずっと人間離れしていると言われるほど、
ずば抜けていなかったか?
喧嘩も強かっただろう?」
グリフ博士の言葉に、4人は顔を見合わせて驚いた。
アレックスは、
高校でアメリカンフットボールのスター選手。
クロエは、
新体操で幼い頃からオリンピック出場も
期待されていた程の実力。
セスは、
陸上部で世界大会に何度も出場し、
優勝を逃したことがない。
アリスは、
チアリーディング部に所属し、
プロのチームにピンチヒッターで
お呼びがかかるのは、毎度の話だった。
「ここで最強のDNAを組み合わせて、
君たちのような救世主の子供を作り出している」
「じゃあ、私たちの地球のパパやママは誰なの?」
4人の誰もが気になっていたことをアリスが切り出す。
その答えは、
ひ弱で誰よりも両親を愛していたアリスには、
特にショッキングな内容だった。
グリフ博士は、地球にいる夫婦や家族から、
ごく普通で、人間離れした子供にも
他と変わらぬ愛情を注げる里親候補を見つける。
その親たちの記憶や思い出を操り、救世主の遺伝子を持つ子供を、
最初から自分の子供だと思い込ませていた。
そして、救世主の子供が成長し、17になった頃、
メサイア・アーミーに呼び戻す。
ちょうど、身体的にも大人になり、
自分の将来を考え始める頃である。
その後、地球上では彼らの存在はすべて忘れられる。
「つまり、今頃、地球にいるパパやママは、
私が自分の子供だったことも覚えていないの?
今では最初から、私達はいなかったことになっているの?」
アリスは泣きそうになっていた。
では、4人の本当の親は誰に当たるのだろうか。
遺伝子操作で胎児を作っているのは、
ここにいる研究員たちであるが、
その頂点に立つのは、グリフ博士である。
では、そのDNAは誰の遺伝子を使っているのか。
グリフ博士の話は実に信じられない内容だった。
人間の遺伝子だけではなかったのだ。
ベースは見た目に必須な人間の遺伝子。
足が速いチーターや身軽なヒョウのDNA、
腕力や握力の強いゴリラやクマ、
バランス感覚に優れた遺伝子を持つ猿などの類人猿。
未来の救世主を作ることに成功した。
この四人があらゆるスポーツの分野で、
人間離れした優秀な成績を収め続けてきたのは、
これら動物の遺伝子が働いていた能力だったのである。
4人は、これまでのグリフ博士の話を聞き、
ようやく真実だと理解し始めていた。
研究室を出て、次に案内されたのは、
丸くて広い、エレベーターホールのような場所。
そこには、アーチ構造の出入口が7つ。
そのうち6つに、
AからFのアルファベットが割り振られ、
少し離れた入口には、何やら独特な印がついている。
その7つの出入口を、
4人と同い年くらいの若者から
4、50代ぐらいの中年の男女までが出入りしていた。
ここは救世主の養成・訓練所であった。
6クラスに分かれ、新人救世主を養成し、
体がなまらぬように鍛え続ける。
知識のみならず、実技プログラムも豊富に揃う施設だ。
グリフ博士は1つの教室をのぞいてしゃべり始めた。
「この世界に来てからは、ここが君たちの学校だ。
だが、ここでは数学や社会を学ぶんじゃない。
救世主として任務を果たせるように、
ここで頭と身体を鍛えるんだ」
グリフ博士は、ゆっくり歩き始め、
印のついた入口の前に4人を連れてくる。
まず、新人は6つのクラスに振り分けられる。
「新人研修は3ヶ月程度で終わり、
その後は、救世主講習や、
本格的な実技訓練に参加できるようになる」
4人が訓練の様子を見学していると、
訓練生たちは、人間とは思えないような動きで、
複雑な障害物の迷路を平然とした顔でこなしていた。
コースがそれぞれ見分けられないほどゴチャゴチャしている。
捕まるポイントがなさそうな高所に亘る崖に、
通称鉄棒ジャングルと呼ばれる、
鉄パイプがジャングルジムのように組まれている。
これはコースの難易度が増すにつれて、
鉄棒の数は増え、複雑に入り組んだ設計になっている。
他にも様々な障害物がコース上に配置され、
それを飛んだり乗っかったりして、素早く避けながら、
ゴールにより早く到達する事を目指す。
崖と崖の間に、かなりの距離があっても、
軽く飛び越え、鉄パイプの複雑な迷路までも、
スムーズにすり抜ける。
どんな障害物をも、スピーディーかつ優雅に、
軽い身のこなしでクリアしていく。
さらに、
半年に一度行われる特選プロ試験に合格した者のみが、
あの印のついた訓練室で、
さらに難易度の高いコースで訓練できる。
このエリート集団に入ると、
『プレミアムズ』という称号を得る。
ただし、この称号は、毎試験ごとの更新となる。
つまり、一度プレミアムズになったとしても、
この試験に落ちるか受験を辞退してしまうと、
その称号は取り消されてしまうのだ。
「厳しい世界ね」
「つまり、プレミアムズは、クラスの成績上位の団体って事か」
「人数制限はないけど、そういう事になるな」
アリスとアレックスの反応に、グリフ博士が言う。
「プレミアムズだけが、任務を任せられる。
だから皆、必死なんだよ」
グリフ博士の話を聞きながら、
新人4人は訓練生たちの見せる数々のスゴ技に、
目を丸くし、開いた口がふさがらなかった。
グリフ博士のもとへ、
フランクとティナがやってくる。
さっきまで、
4人の目の前で素晴らしい動きを見せていた訓練生である。
グリフ博士は、2人の姿を見て、
ふと思い出したように口を開く。
「ああ、そうだ、忘れてた。
君たちの世話係を、この二人に頼んだ。
わからないことがあったら、
このフランクとティナに聞くといい」
グリフ博士は、そう言って、
自分の研究室へ去っていった。
「ここからは、俺達が案内する」
フランクとティナは、四人とそれぞれ握手を交わす。
フランクは大人びていて、
頼りになりそうな男らしいタイプの20歳。
ティナは18歳ながら、長身な上、
その風になびく黒いロングヘアが魅力的な
頭脳派クールビュティー。
通称ティナと呼ばれている。
フランクとティナについていくと、長い廊下に案内された。
そこは両サイドに、
訓練教室と同じようなアーチ状の入口が、
青と赤の2種類に分かれて、6つずつ並ぶんでいた。
右側に並ぶ赤い入口は女性、
左側の青は男性の部屋になっており、
入口の上には、それぞれAからFの文字が記されている。
「ここが、私達救世主が生活している寮よ」
「右側の赤は女性、左側の青は男の部屋だ。全員一人部屋だよ」
ティナとフランクはそう言うが、
救世主の数からして、一人部屋など可能なのか、
新人4人には疑問に思えて仕方がなかった。
ここでも、
まさに異次元世界らしい不思議な仕組みが働いていた。
ここからは、男女分かれて、小部屋を案内する。
フランクは新人4人の配属クラスを発表した。
クラスは6人皆バラバラであった。
アレックスはCクラス、クロエはA、アリスはD、セスはF。
そして、フランクはB、ティナはEであった。
女性陣担当のティナは、
クロエの部屋がある赤Aの入口から、
男性陣担当のフランクは、
アレックスの青Cの入口から案内した。
入口を入ると、円形の床に入口と同じ色の扉がいくつか。
壁はバーチャルの空が映し出されている空間だ。
どれか1つの扉の前に立つと、
自動的に体がスキャンされる。
個人が認証されると、自動的に扉が少し開き、
その向こうが、その者の部屋に通じている。
アレックスが扉を開け、中に入ってみる。
フランクが扉の外から声をかける。
「部屋に入ったら、必ずドアは閉めろよ。
メサイア・アーミー内ルールの1つだ」
また、スキャンをせずに、扉を開けると、
その先は真っ暗な空間が広がり、
中に入ることはできない。
バーチャル映像で、
そのクラスの在室メンバーの顔画像が並ぶ。
「訪問する在籍救世主を指名してください」
音声アナウンスの指示に従い、
部屋に入りたいメンバーを指名する。
ティナが、試しにクロエを指名して見せる。
「訪問先に接続します。ドアを閉めてください」
指示に従い、ティナが扉を閉める。
クロエは自分の部屋の中から扉のほうを見ていた。
扉の側にインターホンモニターらしきものが設置されている。
そこに、ティナの顔画像が映し出される。
「救世主ティナ・ターナーが訪ねてきました。
入室を許可しますか?」
「え、ええ。許可します」
クロエは、音声アナウンスにおどおどしながら答える。
扉の外では、ティナとアリスが待っていた。
クロエが訪問を承認した事により、扉が軽く開いた。
ティナに勧められ、アリスが扉を開けてみる。
扉の奥にいるクロエと、扉の外にいるアリスが、
目を合わせ、驚いていた。
一通り話を聞いたが、
まるで老人が孫にメールの仕方を教えられた時のように、
ほとんど頭に入ってこなかった。
新人4人と、フランク、ティナの6人は、
それぞれの部屋に入り、一息ついた。
一人部屋は設備も充実しており、快適ではあった。
クラスが皆バラバラになったことに、
新人4人は不安を覚えていた。
しばらくすると、フランクは、
アレックスとセスの部屋に連絡を入れた。
アレックスとセスの部屋モニターにフランクの姿が映る。
「夕食の時間だ」
一方、ティナもクロエとアリスにモニター連絡を取った。
「夕食の時間よ。食堂に行きましょ」
ティナが、クロエとアリスを連れて、食堂へやってくる。
食堂はとても広い。
食事はビュッフェ・スタイルで、
種類も豊富、まるで高級レストランのようだ。
クロエとアリスは、この光景に感動していた。
「これから、毎日ここで食べるの?」
「中庭にはカフェテリアもあるわよ。
どこで、誰と、どの料理を食べてもいいの」
クロエとティナが話していると、
アリスが遠くのテーブル席を見る。
「あ、アレックスたちよ!」
男性陣の3人は、既に席に着き、ステーキを食べていた。
セスが、アリスの声に気づいたのか、
まだ入り口付近にいる女性陣に笑顔で手を振る。
男性陣と女性陣が落ち合い、
1つのテーブルで六人が食事をしている。
「俺たち、今は17だけど、
いつまでここで救世主の仕事をするんだ?」
セスが尋ねると、ティナがそれに答えた。
「基本的に50歳で引退。
その後は、ここで講師をするか、
地球に戻って好きなように生活するわね。
寿命は普通の人間と変わらないわ。
だから気を付けて。ケガもする」
「そうさ、救世主だけど、不死身じゃない」
フランクが、なにやら物思い気に呟く。
こうして、メサイア・アーミーでの
初めての食事は無事終わり、
六人は少し仲良くなった気がした。
(つづく)