第2章 謎の王女スナイパー 【Ⅳ】
やがてセスは、
ジャックの建物に着いた。
ジャックを大声で呼ぶと、
車の下からジャックが現れた。
「おー、来たか」
セスがジャックの後をついて行く。
さび付いた中古車の前でジャックが止まった。
「これ?」
セスが眉を顰めて聞くと、
ジャックはニヤリと笑って、首を横に振った。
コンクリートの床を見ると、
車の周辺を円で囲ったような印が描かれている。
ジャックが車のセンサーキーのボタンを押すと、
車ごと印のついた床が回転し始め上昇を始める。
何の変哲もない中古車の下から、
秘密の部屋に通じるらせん階段が現れた。
ジャックがらせん階段を下り、
セスも後に続く。
すると、
自動的に中古車の乗った床がゆっくりと下がり、
秘密の部屋の入口が閉じていく。
秘密の部屋には、
任務で使うような様々な銃の数々から、
不思議な道具が並んでいた。
スパイに使う道具である。
セスは見慣れないスパイグッズに興奮気味だった。
セスがふと手にしたのは
テーブルに置いてあった緑色の小さな四角いケース。
一見、口臭対策の口臭予防フィルムのケースだ。
セスは思わず蓋を開け、口元に持っていく。
「おい、食うな! それが新しい道具だ」
ジャックが慌ててセスを止めた。
危うくセスが食べてしまうところだった。
ケースは緑色と透明色の二種類ある。
蓋を開けてみると、
縦四センチ、よこ2.5センチ程の
薄っぺらなプラスチックフィルムが数枚入っている。
「緑のチップは盗聴器で、透明なチップはカメラだ。
高性能過ぎて一緒にはまとめられなかった」
このチップはどんなところに設置しても、
その勢力を発揮する。
カメラチップを見えない場所に隠しても、
障害物を透視しるように、
ターゲットを捉える事ができる。
ジャックは棚に仕舞ってある本を取り出し、
チップを挟むと、再び棚に戻した。
「そんなところで良いの?
それでちゃんと映るのか?」
「セス、お尻のポケットで、
チョコが溶けているようだぞ」
ジャックが言った。
セスが慌ててポケットに手を突っ込む。
気持ちの悪い感触を覚え、すぐに手を出す。
指先にドロッとしたチョコレートがつき、
嫌そうに顔を歪ませるセス。
「なんで……」
セスが混乱していると、
ジャックは片目からコンタクトらしきものを取り出した。
「このコンタクトを、
片目に装着すると映像が見える仕組みだ。
指令室も同じ映像を見られる」
「へぇ、すげぇ!」
セスは唖然としていた。
その反面、
手にべっとりついたチョコとズボンの汚れが気になる。
「任務にチョコスティック持ってきたのか?」
「力の源なんだよ」
ジャックは少々飽きれながらも、
話を本題に戻した。
「チップは、このケースの蓋を
カチッと閉めた瞬間に起動するようになっている。
盗聴はこのピアスひとつだけで聞き取ることができる」
ジャックは、黒いポーチに
他にも様々な小型の道具をまとめ、
セスに渡した。
「ありがとう。他には何かない?
例えば、追跡装置とか!」
セスが思いつきで元気良く言った。
「追跡装置かぁ。それならあれかな」
ジャックはそう言って何かを取りに行った。
数十秒ほどすると、
ジャックはアメを手に戻ってきた。
「何だ? アメなんか持ってきて」
セスが不思議そうに言った。
「これはただのアメじゃない……はず。
追跡装置が埋め込まれている。
その様子はこのモニターで見ることができる」
ジャックの発言に、
セスはアメを取り上げ、
よくそのアメを観察した。
「普通のアメにしか見えない。
〝はず〟って?」
いくら鈍感なセスでも、
この二文字は気になった。
ジャックは頭をポリポリ掻きながら、
苦笑いで答えた。
「いやー、実は、その追跡装置は、
まだ試したことがないんだ。
……このアメをなめた瞬間に
その人の居場所が赤い矢印で表示される。
追跡をやめるときは、
このボタンを押すと自動的に追跡終了になる」
ジャックは、
アメを透明の袋に入れ、セスに渡す。
「ところでこの建物って何なの?」
セスは、黒いポートに飴を入れながら聞いた。
「ここは、スパイのための
スパイしか知らない秘密の店さ。
……まあ、まとめ買いする着が多いから
あまり人は来ないけど、
そこそこ有名な店だよ。
その名も『スパイス』!」
店名を『調味料』という
ダジャレに繋げたジャックのセンスはさておき、
品ぞろえは確かに天下一品だ。
知る人ぞ知るスパイの名店だ。
ジャックは、セスに替えのズボンを渡す。
救世主仕様ではない普通のズボンだ。
セスは、そのズボンに着替えて、
全身映る鏡の前に立って首を傾げた。
「なんか違和感あるコーディネートになっちまったな」
ジャックがそう言い、
ズボンに合いそうなシャツや靴を持ってきた。
セスはそれに着替えると、
救世主感のないB系ファッションの若造という印象になった。
「一度試してみたくて買ったのは良いが、
歳も歳だし俺には似合わなくてね。
箪笥の肥やし状態だった。
君には似合っているみたいで良かったよ、セス」
黒いポーチは裏側に強力なクリップがついていて、
ズボンのウエスト部分に差し込んだり、
ベルト通しにはめて装着できるようになっている。
セスは、ズボンのベルト通しにポーチを装着し、
バイクに乗ってその場を後にした。
アレックス、ティナ、アリスは、
まず手あたり次第聞き込みをしていた。
謎のスナイパーは街でも有名だという噂だが、
なかなか詳細が掴めない。
彼らが次に目を付けたのは、
とあるマンションである。
隣には廃墟になった工場のような建物が見える。
人の気配はわからないが、
壁はあちこち落書きだらけで不気味である。
3人はマンションに入ると、
手分けをして住人がいそうな部屋を
順番に訪ねて行った。
アリスは、
40代前半とみられる気の弱そうな男性に聞き込みをした。
男は王女暗殺疑惑の話を振ると、
しばらく沈黙し、やがて重い口を開けた。
「関係しているかはわからないが、
うちにサングラスをかけた怪しい奴が訪ねてきた。
遠距離用の銃を売ってくれと言われたんだ」
男は、国の許可を得ずに銃を売る違法販売人だった。
銃の登録をしなくても購入できるとあって、
護身用目当ての一般人も多く利用する。
アリスは詳しい話を求めた。
男は少し悩んでいた。
「王女様を救えるならいいけど、
警察には言わないでよ、俺の事」
アリスを家の中に招き入れると、
男は小さなリビングのイスに座り、
詳細を語り始めた。
その話によると、その者は、
すぐ側の古い工場をよく出入りしていると言う。
隣の廃墟同然の工場であろう。
性別は不明。
黒いキャップを被り、サングラスをかけていた。
背丈は、この男より少し低めらしい。
声の調子も考えて、女かと言えば、
そうかもしれないが、10代の男子なら、
少々声が女っぽく聞こえる子供もいる。
例え成人女性でも、
帽子で髪の毛や骨格を曖昧に見せ、
男装で女性らしい体系や喉仏の部分を
隠せる服装に身を包んでしまえば、
14、5歳の少年と間違えてもおかしくはない。
《つづく》