尻取り
夜の闇に、白い吐息が混ざって消える。
星も見えない空を見上げて、双子の姉と色違いのスヌードで口を隠した。
俺の後ろを歩く姉を振り返り、寒くないか問い掛ければ、平気、と返ってくる。
姉さんはよく、夜中なのに外に出たがる。
理由は分からないけれど、ふらりとコンビニに行ったり、意味もない散歩に出掛けたがるのだ。
まるで何かに呼び寄せられるみたいに。
――そこまで考えて、俺は目を伏せる。
余計なことは、考えるな。
「ねぇ」
姉さんが俺を見る。
片目が細められていて、俺は首を傾げながら「何、姉さん?」と言葉を発した。
利き手を出して荷物を持つか聞けば、いい、いい、と首を振られる。
「私が出掛けようとすると、ついて来るよね。何で?」
それ聞くんだ、なんて思いながら瞬きの回数を増やせば、姉さんも同じようなタイミングで瞬きをする。
「特に夜」と続いた言葉に、瞬きが止まり、口元が引き攣るのを感じた。
気付いているのか、気付いていないのか。
スヌードを引き上げている姉さんは、静かに俺を見つめている。
双子だけれど二卵生のせいか、男女の差なのか、あまり自分と似ているようには思えない姉さんの顔。
後ろ向きのまま歩いて、姉さんの顔を見ていれば眉を寄せられたので、笑顔を返す。
「心配だから」
「うん、ごめん。何が?」
俺の言葉に食い気味で反応した姉さんは、額を指先でなぞって溜息を吐き出した。
分からなくていいよ、心の中で呟く。
ガサガサと音を立てるコンビニの袋を見ながら、姉さんをしりとりに誘う。
また?と姉さんの口は形を作ったが、目を細めて笑えば、言葉にはならずに空気に溶けた。
強制的に参加させるために、しりとりのりから、と言えば、ちゃんとりす、と返ってくる。
姉さんは酷く流されやすくて、酷く扱いやすい。
しりとりのりから始まり、りす、すいか、かめら、らっこ、こあら、俺と姉さんで単語の応酬をしながら歩く。
らで始まる単語を探しながら、ぶつぶつと呟いていると、姉さんが俺を呼ぶ。
俺が足を止めれば、姉さんも遅れて足を止める。
「いつもしりとりするよね。何で?」
今日は、やけに聞きたがる。
いつもいつも日が落ちる時間以降、姉さんが一人で出掛けようとするのについて行くからか。
高校生にもなって、そう思われても仕方ないのは知っている。
それでも、と振り向く。
首を傾げながら、そりゃあ、と出した声、言葉。
浮かべた笑顔が凍り付く。
喉が締まり、ひゅっ、と変な呼吸音がして、続けるはずだった言葉が出ない。
姉さんが俺を呼ぶ。
俺の見ている方を振り返ろうとする。
ケタケタと不快な笑い声も、腐り落ちる臓器も、真っ黒な存在も、伸びてくる手も、恨めしそうな目も、姉さんには見えないもの、感じないもの。
知らなくていいよ、知らないで。
姉さんの手を掴んで走り出す。
これで振り向けない、これでいい。
ガサガサとうるさいくらいに主張してくるコンビニ袋の音を聞きながら、前へ前へ足を動かした。
「次!らすく!!」
「ちょっ、何、どうしたの……!」
半ば叫ぶようにしてしりとりを続けた。
姉さんの驚いた声の中に、変なノイズが聞こえるけれど、すぐなくなるから大丈夫。
スピードを落として、姉さんの腕から手の平へと掴む場所を変えた。
姉さんの手は冷たい。
「姉さん。しりとりは、大切だよ。凄く」
ね?と笑う俺に姉さんは疑問符を浮かべる。
そんな疑問をぶつけもさせずに、俺はしりとりの続きを促す。
くるま、姉さんの唇が小さく動いた。
まり、りか、からす、するめ、高校生の双子が色違いスヌードを身に付け、冬の夜に手を繋いで帰宅する。
カップルか何かに見えるのかな、なんて考えながら隣を歩く姉さんを見下ろした。
少し後ろを横目で見ている姉さん。
何も見えないんだから、見なくていいんだよ。
少しだけ強く姉さんの手を握った。
昔は同じくらいの大きさだった手は、俺の手の中にすっぽりと収まっている。
姉さんの手が俺の手をちゃんと掴む。
振り返った先、人ではない者達が、俺達を睨んでいて、笑ったり悲しんだり、言葉にもならない言葉を発していた。
聞こえないよ、大丈夫。
目を逸らして、また単語を吐き出した。