彼女の想い
「あなたのせいで私は死ぬ」
振られた時に言う台詞で、一番質の悪いものだ。この言葉を言われるだけで、心配になって、振るのを考え直そうかなと悩む。そんな、人の優しさに付けこむ言葉だと、僕は考える。
今回の話は、この台詞を言われたが、気にせずに別れた僕の友達の話である。
ある日のこと、僕は友人からの電話を受けた。高校の時の同級生からだった。
「もしもし、総ちゃんか? 俺だよ。俺」
「いやいや、誰だよ。僕はそんなオレオレ詐欺やろう知りません」
ボケたつもりだった。そして、電話をかけて来た彼は、クラスでもムードメーカーだったので笑うと思っていたのだ。
どうも様子がおかしい。彼は高校の時のキャラと違い、大人しくなっていたのだ。
「ごめん。水岸だよ。水岸 智哉だよ。久しぶりだな。総ちゃん」
「お、おう。どうしたんだよ水岸。元気無いなんて珍しいな」
「うん。最近、嫌なことが起きててな。それが原因なんだけど、それをお前に話したい」
「なんで僕に話すんだよ」
「……昔から、総ちゃんに悪いことを話すと救われた気がして、それにお前オカルト系の話好きだろ?」
どうやら、オカルト系の話のようだ。しかし、いつ僕がオカルト好きになったのだろうか。好きで聞いているわけではない、聞かされているのだ。
まぁしかし、知らない中ではないし、高校では仲良くしていたので、話を聞くことにした。
「分かったよ。話聞く、どうする電話でいいのか? それとも会うか?」
「電話で良い。すぐにでも話して許されたい」
彼は何に対して許されたいのだろうか。そして、彼はポツリポツリと話し始めた。
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桜が舞う四月。智哉は大学に入学すると、彼女を作ってやると決意していた。
クラスのムードメーカーと言われていた智哉だったが、そんな評価とは裏腹に彼女が出来たことが一度もない。大学に入ってからには、勉強よりも恋だ!青春だ!というような感じで、情熱を注いでいたのである。
そんな智哉は、サークルに入ると一人の女に一目惚れをした。彼女の名前は、櫻井 美穂。髪は肩ぐらいまで伸び、染めていない髪は純粋さが滲み出ているようで、何よりも可愛かったのが、彼女のはにかむ笑顔だった。
しかし、現実はそんなに甘いものではない。「可愛い子には、彼の一人や二人はいるものである」と、どこかのお偉いさんが言っていたように、彼女にも彼氏がいた。
叶いもしない恋に思いを馳せていると、美穂が彼氏と別れたという話を聞いた。そんな智哉は「今しかない」と思い、さりげなく美穂に元気づけようと、話しかけたり、遊びに誘ったり、彼女が喜びそうなことをたくさんしてみた。
一方、美穂はというと、智哉の好意に気付いていたが、信用していた彼氏に振られたこともあり、また裏切られるのではないかと、怯えていた。
智哉はそんな美穂の気持ちに気付かないまま、アプローチを続け、そして告白をした。
「俺は美穂の笑顔がいっぱい見たい。美穂が喜ぶところをもっと見たい。だから、俺と付き合ってください! 不幸にはしません」
美穂は悩んだ。智哉が言っていることを信じていいのか。智哉は私を裏切らないのか。こんな私を愛してくれるのだろうかと。
そして、美穂は思い出した。私が落ち込んでいる時に、隣で私を励まして、私の泣き顔を笑顔に変えてれたのは、智哉だったと。
美穂は返事をする。
「私で良かったら、智哉君の彼女にしてください」
こうして、智哉と美穂は付き合い始めた。
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「おい、もしかして僕は惚気を聞かされているのか?」
どう考えても惚気にしか聞こえない。でもやっぱりおかしい。惚気話なら、なぜ彼は声のトーンがいつもより低いのだろうか。
「いや違うんだよ。最初は本当に幸せだったんだ。でも、ある時から彼女の様子がおかしくなったんだよ」
「おかしくなった? どんな風に?」
「……俺が他の女の子と話すと、チェックをするようになったんだ」
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「智哉君。今日さ、美香子と話してたよね? 何を話していたの?」
「え。何話してたのって言われても。ただの世間話だよ……」
「智哉君、他の女を見るのね?」
彼女の様子が可笑しい。いつもと何かが違う。束縛は今までもあったが、ここまで怒りの色を見せることは、今までなかったのだ。
「いや、そんなつもりはないよ。美穂が一番好きだよ」
俺としては本心を伝えたつもりだった。
「本当に? 私を捨てて他の女のところに行くんじゃないの? あんたも前の彼氏のように私を裏切るの?」
「そんなわけないだろ!本当に美穂を愛してる」
「じゃあ、他の女と話さなくていいよね? 私を不安にさせないで。私、智哉君がいなくなったら生きていけない……」
彼女の愛が重たく感じた瞬間だった。その後も彼女の想いは重くなっていく。
「今日は○○と話してでしょ」
「私を捨てるの?」
「あの子が話してくるのなら、私が話を付けてくるね」
「もう智哉君は家から出ないでいいよ、他の女の子を見たり話したりするなら、私とずっと家にいよ?」
俺は限界だった。流石に異常としか言えない、愛情も薄れていく。そして俺は自室に呼び出し彼女に告げる。
「美穂。俺はもう限界だ。お前とは付き合えない別れてくれ」
彼女の顔は、まるでロボットのように表情を失い固まっていた。
「何を言っているの? あはは~。智哉君。面白い冗談を言うのね」
怖かった。彼女は表情を凍らせたまま淡々と口を動かしていたのだ。人間として見れなくなり、智哉は激しい動悸を覚える。
「……冗談じゃない。俺は美穂に縛られるのが苦痛に感じるんだ。お願いだ。別れてください」
「嘘つきっ!! あんたは裏切らないって言ったじゃない! なんでなんでなんでなんでなんでなんで…ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛っ!!」
美穂は絶叫をすると、糸が切れた操り人形のようにパタリと倒れた。
「お、おい。大丈夫か?」
「グスッ……ごめんなさい。許して。許して。ごめんなさい。私を捨てないで。1人にしないで……」
彼女はひたすらに謝罪をしていた。一目ぼれをした時のような笑顔はそこには存在しなく、泣き顔だけがあった。
(俺が美穂を泣かせてるのか)
そう考えると、こちらまで泣きそうになる。でも、もう無理なのだ。好きな彼女から信用されないことは苦痛でしかなかった。離れるという思考だけが、頭の中を埋めていく。
「ごめん……」
俺は一言だけ呟く。すると、彼女は泣き顔の表情から一変し、怒りの顔になる。
「あんたが私を捨てるなら、私は死ぬ! あんたが私を殺したのと一緒よ! 死んでやる! お前を恨みながら死んでやる! アハハハハハハハハ」
彼女はおかしくなってしまった。俺がおかしくしてしまったのかもしれない。でも、死ぬなんてのは、引き留めたいための出任せだろうと智哉は考えていた。
それが間違いだった。
彼女は、立ち上がると俺の部屋から出ていった。家から出ていくのだろうかと思ったが、追いかける気力もない。
しかし玄関のドアの開く音がしない。嫌な予感がする。
そして足音が聞こえてくると、再び彼女が入ってきた。
その手には包丁を持っていた。
「おい!あぶない」
と俺が声をかけた瞬間だった。彼女が自分のお腹に包丁を突き刺した。グチュグチュと肉が避け潰れる音。深紅色の絨毯を部屋に敷いたかのように、血で染まっていく床。そして、彼女の発する言葉が俺を襲う。
「お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ」
その言葉を繰り返しながら、彼女は何度も何度もお腹に包丁を突き刺す。刺しすぎで、腸みたいなものが引きづり出されている。
俺は放心状態で、その行為を見ていた。恨めしそうに俺を睨む美穂の目を、唖然と見つめながら。
気づいたら俺は警察に事情聴取をされていた。彼女は自殺と判定され、俺に罪が無いことが分かり、彼女の両親から複雑な表情を浮かべながらの謝罪を受けた。ただし、精神的に普通の生活を行えるよう状態ではなく、大学は休学にした。
その後、俺は半年間心療内科に行き、精神的にも落ち着きを取り直して大学に復帰した。
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「お前大変だったな。よく話してくれたと思うよ。そんなことがあったら罪悪感で潰れそうになるよな」
「おう……」
彼は元気がなさそうに返事をしていた。こんだけのことがあったら大変だろう。目の前で、包丁をお腹に付き刺す。なんて光景を見たら、トラウマで眠れなくなるどころか、生きているのも辛く感じると思う。
僕は、彼に良く生きて話をしてくれたと思った。
ふと気づく。どこがオカルトなのだろうかと。彼女が何かに憑りつかれていたということなのだろうか。
「話してくれたところ悪いけど、オカルトってのはどの部分なの?」
「……まだ話してない」
「え?」
「実はな、大学復帰して、友達が心配してくれてたみたいで、何人か励ましてくれてたんだよ。その時に、俺は生きてて良かったって思ったんだ。でも、美穂がそれを許してくれなかった」
許してくれない?美穂っていう子は、智哉の前では自殺したんじゃないのか?
「美穂って子は死んだんじゃ?」
「……生きてて良かったと思ったその日。その日の帰りに着信が来てたことに気付いたんだ。留守番電話もあった。誰だろうと思って再生してみたら、それは美穂の声でこう言ったんだ……」
「私は死んだから、いつでも智哉君のそばにいれるよ」