何で非モテの俺がこんな目に!
現代の世界というのは残酷なのだろう。少なくとも俺自身はそう推察する。
理不尽で、どうしようもなく、ただひたすらに押しつぶされていく人生。
抗えば周囲の奴らが褒め、流されれば大衆と変わらぬ身となる。
そんな人生を嘆く人間というのはどこにでもいる。こんなはずじゃなかったなどとのたまう奴もどこにでもいる。
齢十五の俺だけれど、そんな奴らをたくさん見てきた。
ある時は受験で。ある時はテストで。ある時は告白で。
ああしておけばよかったなどというのは過去の事。戻ることなど出来ないのだから先に進むしかない。
そんな当たり前のことを知らないふりして生きる同年代たちを見てきた俺は、いつしか興味をなくした。
というのも俺は目立とうとする気がなかったためなのだが。
容姿が平凡。一人称で『俺』を使っているがそこまで凄味があるわけではない。
影が薄い。さらっと輪の中に入ったところで誰も気付かない。
孤独である。いてもいなくても変わらない、モブのような存在。
そんな「あれ? お前何時からいたの?」と言われるような存在である俺自身を変えるなんて興味もなく、ただ流れる様に日々を過ごす―――はずだった。
入学式の帰りに古い神社で平穏無事を祈って帰るまでは。
祈った理由は特にない。強いて言うなら高校で恙なく過ごしたいと思い立ったからである。
無神論者であるが、なんというか時々あるのだ。虫の知らせかどうかは知らないが、「これは願った方がよさそうだ」と思う時が。
で、まぁ願った。ら、神社の賽銭箱の上に十二単を着た女の子(見た目が同年代そうだからという意味)が現れた。そしてこう言ってきた。
「お主。死にたくなければ童に力を貸せ」
……は?
「あほらし」
「って待つんじゃ!」
その言葉と同時に派手な音が聞こえたので反射的に振りかえると、その女の子が石畳にダイブしていた。とてつもなく痛そうだ。
もはやいきなり変な登場したとか言う感想は蚊帳の外に行ってしまい、良心の赴くまま駆け寄って「大丈夫か?」と声をかけた。
するとその女の子はよろよろと立ち上がってから鼻を抑えつつ、「だ、大丈夫じゃ藤塙実」といきなり俺の名前を当てた。
もちろん俺は驚く。今日日面識のない奴に名前を言われるという事実に。
こいつは一体何者だ…? と帰るのも忘れて訝しんでいると、「…少しあっちを向いてくれぬかの?」というので言われた通り視線を違う方向へ向ける。
と、後ろの方から鼻をかむ音や涙をふく音が聞こえたためやっぱり痛かったんだなと確信する。
それから少しして。
「もうよいぞ」
「そうか」
泣き止んだようなので振り返る。そこにいたのは泣いていた女の子。
とりあえず俺は訊いた。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「ふむ。当然の帰結じゃろうな。まぁ説明してやるぞい」
一々偉そうなのはどういう事だろうかと説明を待っていると、「童は神様じゃ」といきなり言ってきた。
「……頭でも沸いてるのか?」
「んなわけあるか!」
「だって自称なんてあまりにも痛すぎるから」
「い、痛くなんてないわ! 痛くなんてないんだから!!」
そんなに全力で否定するので、俺は「あー分かりました分かりました。で、神様が何の用で?」と先へ促す。
「う、うむ。実はな、お主これから一年以内に死んでしまうのじゃ」
「何言ってるんだ本当に。意味が分からん」
「お主があまりにも目立たずに生きておるから死神に好かれてしまっての。本来八十ちょいまで生きられるのが一気に寿命を縮められてしまったのじゃ」
「いやなんでだよ。訳わからん」
目立たずに生きることの何が悪いんだろうかと思いながら待っていると、向こうが不機嫌そうな顔をして怒った。
「お主が本来の生活をしておれば死神なんぞに目をつけられなかったのじゃ! そのせいでこんな事態に陥ったんじゃぞ!!」
「いやなんでだよ! 意味が分からん!!」
思わず叫ぶ。ちらっと嫌なことが頭をよぎったのもあるが、本気で要領を得ないのだから。
もっとちゃんとした奴連れて来いよ…と思いながらため息をつくと、「ちゃんと順序立てて説明しろよ、契」と女の子の後ろに現れた男がそんなことを言った。
服装が古臭い上に髪型も古い。怪しさ満点の男が出てきたことによりさらに警戒していると、「い、伊弉諾様!? ど、どうしてここに!?」と驚いていたので驚いた。
伊弉諾。その名前は日本の神様として有名。度々ファンタジーなどで名前が使われるそれは、確かイザナミの夫。それ以外は知らない。
現在の日本人でそんな名前を使う人間などいないので実在するとなると神様だけになるのだろうか。
またわからなくなってきた…と頭を押さえていると、「あぁ実際に見ると確かにこいつはヤバいな」と笑いながら言ってきた。
「何がだよ」
「お前さん、今にでも下手うったら死ぬぜ? 死神の鎌が喉元にかかってる」
「は?」
「でもギリギリで鎌が当たってない。よくもまぁこんな綱渡りで生活できるな、おい」
「話が全然見えん。教えろ」
「こらお主! 伊弉諾様になんて口を!!」
「あー別にいいってそこら辺は。ちゃんと説明してやるから」
そう言うとその男――伊弉諾はいつの間にかテーブルといすを広げており、「ま、座りな」と言って座っていた。
仕方がないので、俺も座ることにした。
「さて――順序立てて説明すると、君がある時期から平凡を装い始めてそのまま過ごしてきたら年々死相が濃くなっていた。んで、月読が急に未来が変わったとか神無月の時に去年言われて場が大騒然。あーだこーだとやって何とか目途がついたからこうして報告しに来たってわけだ」
「……」
なんだかまるっと説明された。座った意味などまるでないほどの簡潔さだ。
とりあえず俺は気になったことをいくつか質問することにした。
「なんで俺?」
「死神のタイプだから。人生明るい奴が目立たず無難に生きることを選択した奴が」
「……なんで」
「あとついでに言うと、お前が死神に殺されると未来の日本が滅亡する」
「!?」
本気で俺は驚く。俺の未来一つで日本の存続がかかっているという事実に。
けどそんなのおかしくねぇか? とすぐさま疑問に思ったところ、「そんなわけでお前が殺されるのはすこぶる悪いので、俺達はお前に力を貸すことにした」と話をつづけられたので仕方なく聞く。
「お前さんには目立ってもらう。とはいっても勉強とかスポーツとかじゃない。人助け――主に恋愛で、だ」
「は? ハァァァァ!?」
「ああ、詳細は家に資料を送付するのでそれを見る様にしてくれ」
「いやいやいや! なんでそうなった!! まるっきり分からん!」
「あとアドバイザーに契を置いておくから。よろしく」
「って、おい消えるな! 何がどうしてそうなったのかちゃんと説明しろや!!」
と喚いてみたものの、消えてしまったので文句は届かない。仮に届いていたとしても絶対に説明する気なんてないだろうが。
あの野郎ふざけやがって……と苛立ちを募らせた俺は、家族より先に荷物を回収するべくそのまま家へ走り出した。
「しかし伊弉諾様。なぜあやつにウソを言って煽ったのですか?」
先程まで実がいた神社の境内。置いて行かれた契がそう訊ねると、狛犬の近くにある巨木の枝に座っている伊弉諾は答えた。
「まぁああいうタイプは大言壮語を言わないとやってくれないからな。それに……」
「?」
「想いというものは気付いて初めて大切にできる。それを知れば彼は元に戻れるだろ」
「なるほど……」
「さ、早く行って来い。さすがに俺も時間的に厳しくなってる」
「分かりました」
そう言って契は姿を消した。
それを見ていた伊弉諾は空を見上げてポツリと呟いた。
「君は気付いた方がいい。君がどれだけ周囲に影響を与える人間なのかを」