スウィート・ラブ
作者:愛莉
担当:食欲
今回は王道ストーリー(?)
よろしくお願いします!
「ねぇ真理奈、これ行こうよ」
バイトの休憩中、私は真理奈に「食欲の秋! スイーツバイキング!」と書かれたチラシを見せた。
「隣町のケーキ屋さんが、期間限定でやる企画なんだけど。普段ショーケースに並んでるケーキが食べ放題で、それ以外にサンドウィッチも用意されるみたい」
チラシには、イチゴの乗ったショートケーキやフルーツロールの写真が掲載されている。ここのケーキ屋さんが美味しいことは、お母さんが買ってきたことがあるので知っていた。
さらに、このスイーツバイキングは時間制限なしで一人千五百円と、なかなかお得だ。普段は三百円以上で売られているケーキが食べ放題になるのだから、五個食べれば十分に元が取れる。
「でも私、ダイエット中なんだよね」
「何を言ってんの。モデル体型のくせにー」
真理奈は身体のラインが細く、脚はスラッと長かった。身長は百六十五センチくらいある。対する私は背も低いし、脚も短い(自分で言うのも虚しいな)。決して太っているわけではないけれど、背が低いために諦めたジーンズやロングスカートもたくさんあった。
「でも美紀みたいに小柄な子の方が、男としては嬉しいんじゃないかなぁ」
「えー。真理奈みたいなモデル体型の方が嬉しいでしょ」
ちょっぴりヤキモチ混じりに言うと、真理奈は「全然」と断言した。
「ヒール履くと、男の人より背が高くなっちゃうこともあるし。そういうの、何となく気になっちゃうんだよね。私は美紀みたいに小さい子の方がいいな」
身長が百五十センチに届くか届かないかの私から見れば真理奈が羨ましいし、彼女から見たら私が羨ましい。いわゆる「ないものねだり」ということか。
「話がそれちゃったけど、行こうよ。スイーツバイキング」
「ま、そだね。食欲の秋って言うくらいだし」
ということで、私たちはスイーツバイキングへ行く約束を交わした。
+++++
真理奈と約束をした当日。大学の講義が早く終わる日を狙って、私たちはケーキ屋さんに出掛けた。土日は店が混んで好きなケーキを選べなくなるかもしれない、そんな考えから平日に行くことにしたのだ。
「秋限定のケーキも食べられるみたいだし。楽しみだね」
真理奈はお腹周りが苦しくならないよう、ウエストがゴムのスカートをはいてきたという。私もたくさん食べられるよう、少しゆるめのワンピースを着てきた。
私たちがお店に踏み込んだとき、既にほとんどのテーブルが埋まっていた。主な客層は主婦らしい。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
対応してくれたのは、アルバイトらしき男の子だった。私たちと同じくらいの歳――ハタチくらいだろうか。爽やかな笑顔が印象的で、ちょっぴりドキッとしてしまった。その間にも、真理奈が「二人です」と答えている。
「当スイーツバイキングは、先払い制になっております。お一人様につき千五百円です」
レジでお金を払いながら、チラッと男の子の胸元に目を向けた。「渡辺」という名札が付いている。
「では、お席にご案内いたします」
渡辺君についていき、席でバイキングのシステム説明を受けた。私たちはチラシをしっかり見ていたため、特に分からないこともない。あとは食べるだけ、という感じである。
「ごゆっくりどうぞ」
頭を下げた渡辺君は去り際に、チラッと真理奈を見た。たぶん「綺麗な子だなぁ」と思ったのだろう。
真理奈はモテるタイプだし、こんなことはしょっちゅうだ。あんなカッコいい男の子に注目されていいなぁと思いつつ、私たちは席を立った。
「今日はいっぱい食べるぞー」
なんて気合を入れて、ケーキをお皿に取り始めた。
まずはやはり、秋限定のもの。サツマイモのモンブラン、和栗のタルト。秋らしい雰囲気に満足しながらテーブルに戻ろうとしたところで、身体に衝撃が走った。同時に、冷たい感覚が広がる。
反射的に目をやると、ワンピースにはオレンジ色の染みができていた。人にぶつかり、その人が持っていたジュースがこぼれたのだと悟った。
「大丈夫!?」
真理奈が私の様子に気付き、近付いてくる。私はというと、ケーキの皿を持ったまま突っ立っていた。ぶつかった相手は、先ほどの店員――渡辺君だったのだ。
突然の出来事で、頭は真っ白になっていた。渡辺君の方も、相当な慌て様だ。女の子だから身体に触れて拭き取ることもできない、だからと言って拭いても取れるものではない――どうにもできないためか、視線が私の顔と濡れた服の間を行き来している。
困惑している私たちの間に、真理奈が入ってきてくれた。
「取りあえず、タオルを持ってきてもらえますか?」
「あの、すみません、すみません」
青ざめた顔で謝る渡辺君を落ち着かせなければと、私は「大丈夫ですから」と微笑んだ。ひとまず、ケーキを持った皿を台の上に置く。
「私が余所見していたせいだから……」
「いや、僕が余所見をしていたので……」
――って、こんなことを言い合っている場合ではないか。今はとにかく、オレンジジュースまみれのワンピースをどうにかしなくては……なんて考えているうちに、真理奈の方が気を効かせてくれた。
「あの、このまま店内を歩き回るわけにもいかないし。美紀を事務室に入れてもらえませんか?」
「あ、はい」
渡辺君はもう一度謝罪を述べると、私たちを「staff only」と書かれた部屋へ案内してくれた。そこにいた従業員の女性が私のワンピースの汚れに気付き、ハッと目を見開く。
「すみません、僕がお客様にジュースを……」
渡辺君が言い終わる前に、女性店員さんが「申し訳ありません!」と声を大きくし、私をカーテンルームに連れていってくれた。従業員の更衣場らしい。
女性は私に、この店の店員と同じ服――白いシャツに黒いズボンを渡してくれた。ワンピースから着替えるように言い残し、カーテンルームを出ていく。すぐに濡れたワンピースを脱ぎ、与えてくれた服を着た。
ワンピースを適当にたたみ、カーテンルームを出る。女性店員さん、渡辺君、真理奈が待っていた。女性店員さんが私の手からワンピースを受け取る。
「このたびは本当に申し訳ありませんでした。渡辺君も、ほら」
グイッと女性店員さんに腕を引っ張られ、渡辺君は私の前に立った。恐縮してしまうほど、何度も頭を下げる。
「ワンピースに関しては、クリーニング代をお支払いいたしますので。それと、今日のお食事代も返金させていただきます。お連れ様の分も」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
遠慮したけれど、結局は押し切られることになった。
「いやぁ、ホントびっくりしたよ」
タルトを頬張りつつ、私は笑みを浮かべた。濡れたワンピースは軽く水洗いをしてもらい、あとはクリーニングに出すだけとなっている。
「美味しそうなケーキに夢中になり過ぎちゃって、店員さんが近付いてたのに気付かなかったんだよね」
真理奈はショートケーキを口にしながら、「そっか」と笑みを返してくれた。
「クリーニング代も出してくれるって言うし、バイキング代もタダにしてもらっちゃったし。なんか悪かったかなぁ」
「でもまぁ、店員さんも『自分が悪かった』って言ってたしさ。厚意に甘えちゃってもいいんじゃない?」
そんな会話をしていると、渡辺君がテーブルへ近付いてきた。食べる手を止め、彼を見上げる。
「先ほどは失礼いたしました」
「もういいですよ。ケーキも美味しいし、ワンピースの汚れもちゃんと取れそうだし」
そう言うと、渡辺君はもう何度目かのお辞儀をした。そして、二つ折りにされたメモ用紙を手渡してくれた。
「クリーニングが済んだら、連絡を頂けますか? 領収書と引き換えに、クリーニング代をお支払いしますので」
折りたたまれたメモ用紙を開く。このお店のものらしき番号が書かれていた。……これが、彼の番号だったらいいのに。ふと、そんなことを思ってしまった。
カッコいいなと思った店員さんとぶつかり、服にジュースがこぼれるなんて。まるで少女漫画みたいな展開だったし……これも何かの縁かもしれない。
申し訳なさそうにしている渡辺君を見上げ、私は思いきって口にした。
「あの! ……どうせなら、お兄さんの連絡先を教えてもらえませんか」
私の申し出に、渡辺君だけでなく真理奈も驚いたようだった。
「迷惑だったら、いいんですけど」
そう付け加えると、渡辺君は首を横に振った。
「迷惑なんかじゃありません。僕の携帯番号、メモします」
+++++
――。
あれから二ヶ月。私は渡辺君と付き合うことになった。
渡辺君とぶつかってジュースがこぼれたとき、彼の方も余所見をしていたと言っていたけれど……。
「実はあれ、美紀のこと見てたんだよね。美紀がケーキを取ってる姿を見てたんだけど、急に後ろに下がってきたから、避け切れずにぶつかっちゃったんだ」
私はてっきり、渡辺君は真理奈に興味を示しているものだと思っていた。でも実際は、私に興味を示してくれていたらしい。だからこそ、私が渡辺君の連絡先を聞いたときは嬉しかったそうだ。
もちろん、私たちの付き合いは真理奈にも伝えている。真理奈は「ホント少女漫画みたいな展開だよね」と、私と同じことを思っていたようだ。
ケーキ屋さんでバイトしている渡辺君と付き合うようになってからというもの、ケーキを食べる機会が増えた。お店で余ったケーキを持ち帰ったときに食べさせてもらったり、新作を社割で買ってきてもらったり。
食べ過ぎて太りそうだけど、甘い誘惑に負けてしまう私。そんな私の傍で嬉しそうにしてくれる渡辺君の顔を見るのは、美味しいケーキを食べること以上に幸せだったりする。
「スウィート・ラブ」(了)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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