体育祭彼女
作者:狂風師
担当:スポーツ
でもあんまりスポーツじゃない気がしなくもない。
「後輩くーん、こっちこっちー」
「つくも先輩も手伝ってくださいよー!」
現在、体育祭で使う看板の設置作業中。
普通は二人で運ぶものを俺一人に任せ、先輩は先に設置場所まで道具を運び終わって俺を呼んでいる。
小悪魔的というか、なんというか。
ようやく指定の場所まで辿り着くと、さっそく先輩が看板を地面に刺し始めた。
毎年作る体育祭の看板だが、絵は違うはずなのに去年と同じものに見えるのはなぜだろう。
ただ単に体育祭への興味がないからだろうか。
「ふー、終わり。それじゃ後輩くん、競争して戻ろっか」
看板を立てる道具を俺に持たせて、走り去っていく先輩。
一つ溜め息をついて、歩いて体育倉庫へと向かっていく俺。
先輩の走っていった方向は明らかに教室の方だが、俺はこれを返さないといけないわけで。
つまり、最初から競争が成り立っていないという事。
「はい、後輩くんの負けー」
「…そうですか」
教室で待っていたつくも先輩が元気よく勝敗を下した。
「負けた方は罰ゲームでーす」
「え、そんなの聞いてないですよ」
「後輩くんは罰として私が家に入っていく所を見送るように!」
いつも思っていたが、先輩の言い出す事は想像の上を行く。
一緒に帰ってほしいと言えばいいものを、なぜ回りくどい言い方をするのか。
「さぁ後輩くん、帰ろう!」
「はぁ…え、ちょっと先輩!」
俺の腕を鷲掴みにして、ぐいぐいと引っ張っていく。
そんなに引っ張らなくとも俺はちゃんと付いていくのに。
元気が余り過ぎているところが問題だ。
顔もいいし、運動も出来るし。
それでいて男との浮いた話は聞かない。
一部を除いて。
結局、バス停までそのままの状態で来てしまった。
半分恥ずかしく、残りはその状態が嫌ではない自分がいた。
「つくも先輩。先輩は進学するんですよね?」
「そーだねー。推薦貰って行くよ」
「先輩が推薦…?」
「スポーツ推薦」
あぁ、そういう事か。
先輩で推薦貰えるくらいなら、誰でも貰えるだろうな…。
そういえば先輩は陸上競技で表彰されていた気がする。
卒業したら離れ離れになるのかと思うと、なぜか少し寂しい。
いや…先輩に対してそんな感情なんて…。
「懐かしいよねー。後輩くんが体育委員に来た時」
「一年前ですね」
「後輩くんったら、私の方ばかり見てたよね」
「そりゃ、配られたプリントでキリン作ってたら誰だって見ますよ」
「そーかなぁ。あ、バス来たね」
バスに乗り込んで、二人掛けの椅子に座った。
体と体が密着する距離。
普段は全く意識しないのに、今日は不思議と恥ずかしくなった。
窓の外を眺める先輩の横顔は、なんだか切なそうに見えた。
バスは終点までやって来て、車内にいた人たちが一斉に降り始めた。
ここから先輩の家までは徒歩。
空はすっかりと暗くなっていた。
「後輩くんは私と同じ種目だっけ?」
「そうですよ。短距離です」
先輩が短距離なのは足の速さを買われたからで間違いないだろう。
それに対して俺ときたら、走る距離が短いから選んだだけであって。
被った奴とのクジ引きで、たまたまその種目になった。
先輩のクラスとはチームなので張り合う訳ではないが、先輩の相手になった人は負け確定である。
勝ち試合だというのに、先輩が楽しいというならそれでいいのだろう。
「明日だねー」
「先輩と一緒に出来る学校行事も、体育祭で最後なんですよね」
「そなの?」
「そうですよ」
三年生は受験が控えているというのに、秋になって体育祭をやるなんておかしい気がするが。
さらにそれ以降に学校行事を入れようものなら、保護者から苦情が来ても文句は言えないだろうな。
進学しない人や、先輩みたいに推薦で行くような人なら気兼ねなく遊べるかもしれないけど。
「そっかー…。なんか寂しいね」
「寂しいって、先輩は大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「学年末考査の話ですよ?」
「…。なんとかなるよー」
絶対にダメなパターンだよ、これ。
体育祭よりも勉強した方がいいよ。
「お見送りご苦労であった」
「明日は寝坊しないでくださいよ?」
「体育祭は寝坊しないよ」
「だといいですけど」
「じゃ、また明日ねー」
家の中に入って行く先輩の後ろ姿を見終わってから、来た道を引き返していく。
後ろを振り向くと、二階の窓から先輩が手を振ってくれていた。
こちらもそれとなく振り返して、木枯らしの吹く道を歩いていった。
自宅までは、ここから地下鉄で三駅ほど行ったところで、先輩の家は帰り道から少し外れただけ。
なのでよく送っていくことも多いのだが、家の中に入れてもらったことはない。
俺も男だし入ってみたくないわけではない。
それとなく聞いてみたことはあるのだが、付き合ってる人しか入れたくないらしい。
そういう対象として見られていないのかと思うと、それはそれで傷付く。
体育祭当日の朝。
前日のフラグをへし折るかのように、つくも先輩は運動場を駆けまわっていた。
頭に鉢巻巻いて、散歩を盛大に楽しむ犬のように。
体操着の上からでもよく分かる、普通走ったら揺れるアレが見当たらない。
故に、一部の男子生徒の注目の的となっている。
かくいう俺もその内の一人な訳だが…。
やっぱり走るのに邪魔だから成長してこなかったのか。
はたまた、無いから早く走れるのか。
どちらでもいいが、今、先輩と仲良く話をするのは好ましくない。
まだ高校生活を一年残しているのに、一部の男子生徒から恨まれたくはないからな。
なるべく目立たないところで離れていよう。
体育祭が始まったら会わないわけにはいかないし。
誰も聞きたくはないだろう選手宣誓が終わり、大多数の生徒のボルテージが跳ね上がった。
全員と書かないのは、俺みたいに楽しまない奴もいるから。
祭りと楽しむというよりも、楽しんでる雰囲気を見てる方がいい。
自分が出る競技くらいはちゃんとやりますけどね。
というより第一競技なので、もうさっそく準備場所に行かないといけない。
「楽しんでるかーい、後輩くーん!」
急に背中を押されてバランスを崩しつつも、その言動のおかげで見なくても誰だか分かる。
できれば今日は会いたくなかった人。
「まだ始まったばっかりですよ」
「ダメだなぁ後輩くんは。まだ、じゃなくて、もう始まってるんだよ?」
「もう始まったばっかりですよ」
「そうそう。ほら早く集合しないと」
誰が呼び止めてきたと思っているのか。
もうすでに敵視されてる感じがするのだが、俺の被害妄想だという事を願いたい。
先輩とは、別に体育祭から急に仲が良くなったわけでもないのに、なぜこの日だけ睨まれなければいけないのか。
去年から割とベタベタしてる気がするのだが。
各チームの第一走者がスタート。
第一走者は、各チームの一年男子。
第二走者は、各チームの一年女子。
で、俺は第三走者。
手を抜くつもりはないが、一位になれる自信があるわけでもない。
どうしても足の速さで負けるのは仕方ない事だ。
心の準備はとうに出来ているが、それでも緊張はする。
第二走者がスタート。
短距離だからペースが早い。
外野から応援する声が飛び交う中、後ろからも先輩のエールが送られてきた。
「一位だよ! 後輩くん!」
今、横に並んでるの、全員あなたの後輩くんな訳ですが…。
俺には伝わっているが、他の人は勘違いするんじゃないだろうか。
つくも先輩にはファンも多いし。
構えられるピストル。
スタートと同時にズッコケたら、卒業するまでずっと変なあだ名がつくのだろう。
それだけは嫌だなぁ…。
短く鳴る火薬の音。
後は走るだけ。
第六走者のつくも先輩もやってきて、堂々の一位。
分かり切っていた結果だ。
第十二走者まで走り終わって、第一種目は終わった。
一人一種目なので、もう出番は残っていない。
六時間近くも暇を潰さないといけないことになる。
しかしそれは先輩も同じ。
「暇だねー、後輩くん」
「先輩はチームの応援とかしなくていいんですか?」
「後輩くんこそ、応援しなくていいの?」
「俺はいいんですよ。どのチームが勝つかなんて、興味ないですから」
「じゃあ私も後輩くんと一緒」
急に俺の手を掴んで運動場とは反対の方向に走っていく先輩。
誰もいない校舎の影。
つくも先輩の顔が近付いてきて、汗の香りも一緒に漂ってくる。
体育祭の帰り、俺は初めて先輩の部屋に入った。
白身魚フライのような小説。
書き進めたら淡泊になったので、あえてそのまま書き進めました。
では次話、愛莉さんお願いします。