5話 『お墓参りに行こう』
思ったより早くヴィラントの秘密暴露
真一郎が自室へ戻ると、ミミットさんが、日本から持ってきた真一郎の荷物を整理していた。
「あ、真一郎様、お帰りなさいませ。お姉様方はどーでしたか?」
話ながらも手元はせっせこ動いていた。
「ただいま。とりあえずうまく挨拶できたと思うよ。皆いい人で良かったよ」
「それは良かったですね。姫様方も真一郎様に再会できて、さぞお喜びになった事でしょうね?」
「だといいんだけどね。そうだ、ヴィラントと父さんのお墓参り行くんだけどさ、日本から持ってきた靴あるかな?」
真一郎はごくわずかな私物のみを、わかるように自分で片付けたが、衣服などはミミットさんが「それは、私の仕事です」と言って奪っていったのだ。
「はい、少々お待ちを。お洋服はどうされますか?」
今真一郎が着ているのは高校の制服だ。普通の高校生にとって正装といえばこの格好だと思ったからだ。
「ん、服はこのままでいいや。靴だけおねがーい」
「かしこまりました」とやたら広い衣装部屋へ消えて行った。
ミミットさんが持ってきてくれた靴に履き替え、テーブルに出された紅茶を飲んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「真一郎様、ヴィラントです。お支度は終わりましたか?」
「終わったよー。じゃあミミットさん行ってきますね」
「はい、いってらっしゃいませ」
ミミットさんに見送られ部屋を出た真一郎だったが、扉を開けて見えたヴィラントの姿に一瞬時が止まった
「えっと・・・・・・ヴィラントそれなに?」
「背中の荷物ですか?これは酒樽ですよ」
当たり前のように答えるイケメン執事の背中には巨大なタルが背負われていた。
「えーっと、お墓にお供えするの?」
酒樽と言われてもサッパリ使用目的が分からない。
「いえ、これは墓守のドレイク殿への手土産ですよ。あの方は無類の酒好きですので、墓参りの時は必ず持っていく決まりになってるんです」
後ろから見ると完全に樽に体が隠れ、樽から足が生えている様に見える。完全に樽人間と化したヴィラントと共に双子と合流し、城内を裏の出入り口まで移動していった。
城の丁度裏手になる門の周辺は兵達の訓練場となっており、真一郎たちが通りかかった時も大勢の兵たちが訓練をしていた。
「真一郎様、あちらに昨日お話ししたガルルート嬢がおられますよ」
見ると兵達の中に紛れてオレンジ色のリザードマンが他の兵達に指導をしているようだった。
「へーあれがガルルートさん。ゾーイが言ったみたいに綺麗なオレンジ色だね~。こっからでも鮮やかなのがわかるよ」
遠目に見てもその夕日の様な鮮やかな体は美しく輝いて見えた。ゾーイがあれだけ褒めるのもわかる気がした。
「こちらにお呼びしましょうか?」
「いや、いいよ。折角訓練中みたいだしね、確か明日は師団長達との顔合わせがあるって聞いたから、その時会えるしね」
四人は訓練中の兵達の横を静かに通り過ぎて裏門まで向かった。
裏門から続く墓への道は、綺麗な石畳になっていた。その道なりに進めば頂上まで一直線で続いており、真一郎達はその道を進んでいた。
「ねぇねぇ兄様とヴィラントさっきがるるんの話してたけど、あれ何だったの?」
雑談の様な会話をしながら登っていたらミーが思い出した様に聞いてきた。
「ミー、ガルルートさんと知り合い?」
「いちお師団長達とは知り合いだよ。ちなみにがるるんと第五師団は私達の兵隊さんなんだよ」
「へ?そうなの?」
「王国には第一から第五師団までがあり、それぞれの師団には団長が居ますが、どの師団にも何かしらの形で姫様方が関係しているのです。お二人は第五師団の監督役という役職ですね」
そうヴィラントが説明してくれた。
「二人が監督役って大丈夫なの?」
「お兄様ひどーい!何かあったときは最終決定は私達の了解がいるのよ。偉いんだから~」
「あんまり無理な事は聞いてくれないけどねぇ」
まだ十三歳の二人の意見など軍にとってはまったく役には立たないだろうが、いちお形式的に彼女達が第五師団のトップになるのだ。ちなみにそれ以外だと第一師団はキキが師団長を務めており、第二師団はクレイルが副団長を務めている。第三師団には副団長補佐としてレイラが就いており、真一郎もこの第三師団に配属となる。第四師団はシャールイが監督役を務めている。
ジゼルは国王代理ということもありどこの師団にも属しておらず、チャーリーもまだ五歳なのでどこの師団にも属してはいない。
「真一郎様が配属になる第三師団は日本でいうところの警察にあたる師団です。王国内の様々な街に配属になりその地の治安維持や問題解決を主な仕事としています。人数も多いので戦などがあれば真っ先に召集される部隊でもありますね」
「そう言えば叔父さんがそんな事言ってたね。まー俺は下っ端からスタートだからせいぜいレイラに怒られないように頑張るわ」
「ははは、でもお兄様はレイラ姉より師団長のえんじぇるちゃんに気を付けた方がいいかもよ~」
「えんじぇるちゃん?それ本名?」
「まさかっ。本名もあるけどえんじぇるって呼べって言われてるのぉ。見た目はかなりキツイけどとってもいい人だよ。男の人に目がないからお兄様も夜気をつけてねぇ」
なんだろう、その名前の感じと男大好きの時点で大体正体がわかってしまう気がするのだが……
「なんかよく分からないけど気をつけるよ。明日にはどんな人かも分かるしね~」
そんな会話をしていたら、前を歩く樽から声がかかった。
「お三人様、そろそろ頂上に到着いたしますよ」
みるとそれまで周りに茂っていた背の高い草達がなくなって随分開けた場所にでてきた。
「ついたー!」「おーいドレイクジィ~いるー?」
二人は真一郎と樽を追い越して走って行った。その先に見えたのは巨大な石碑だった。巨大な岩をそのまま立てたような石碑の中央には王国の紋章が刻まれていた。
「おっきいなー、あれがお墓?」
「ええ、あちらの石碑は王国が今の形に落ち着いた三〇〇年ほど前に建てられたものと聞いております。高さは十五メートルほどで、北の山の大岩を半分に割りトロールやフォルモー族などの巨人の手でここまで運ばれたと聞いております」
近づけば近づくほどその巨大さに驚きをかくせなかった。ただの岩だが何も支えもなく大地に立つ姿はある意味神々しくもあった。そしてその石碑に近づくにつれて真一郎の目には信じられない光景が飛び込んでいた。
「「ドレイクジィ~おきてよー」」
二人が石碑の横側にあるドレイクの顔の横で大声を出していた。
「ん~うるさいのぉぉ」
ゆっくりと目をあけ起こした頭が石碑の真ん中くらいまで伸びていた。
「ねぇヴィラント、もしかしてあれがドレイクさん?」
おそるおそる隣の樽に確認を求めた真一郎だったが、樽からは「ええそうですよ」などと当たり前のように答えを返された。
今一度彼に目を向ければ、石碑を抱きかかえるように体を曲げている。おそらく石碑よりも巨大であろうその体は、真っ赤に燃える炎のような色をしており、ところどころが淡く光を放っていた。双子に顔を向け「なんじゃ双子姫かい」などとふたりを覗き込む顔は爬虫類の様な顔、頭には巨大なツノが四本生えており、その瞳は黄金に輝いていた。
彼こそはドレイグル・フェンフォンバート。フォレイティアス王国と古くから盟約を交わしているドラゴンだった。
「そうかそうか!お主がグラインの倅か!いやはや中々父親ににたよい魔力をしておるのぉ」
ヴィラントが酒樽を渡しそこから酒をすするドレイク。実に楽しそうに笑うその顔はなんかゾーイに似ていた。
「どお?お兄様、ドレイクジィ見て驚いた?」
「驚いたよ!だってドラゴンだよ~日本じゃ物語の中でしかしらないもん。まさかこんなまじかで見れるとは思わなかったよ」
「そうかそうか、確かあちらの世界のドラゴンはとうの昔に滅びたと聞いた事があるのぉ」
「え!?ドラゴンいたの?」
「かなり昔だな。あちらの世界はこちらよりヒトが力をつけすぎてドラゴンは滅びの道を余儀なくされたらしいぞ。何匹かはこちらに避難してきたらしいが、ワシは会った事はないのぉ」
自分の世界にもドラゴンが居たという事実に真一郎の心はおどりっぱなしだった。
「すげー。なんかこっち来てから自分が知らなかった日本の事どんどん知れてるや」
一人で興奮気味の真一郎をほっておいて双子はドレイクに最近の王国などの状況を報告していた。ドレイクはグライン亡き後この墓所で墓守としてこの山の上にいるためもう何年も王都にはおりていない。時々姫達が墓参りに来るときなどに王都の様子などを聞くくらいだ。
双子と話をしながら酒をすすっていると、急に自分の足にあり得ない感触が走った。
「な!!」
ドレイクはびっくりして顔を足の方に向けた。その先で真一郎が自分の足に触っているのが目に入った。
「坊主!何をしとる!と言うか大丈夫か?ワシに触って平気なのか?」
「あ、ご、ごめんなさいあんまり綺麗な鱗だったからつい。やっぱ勝手に触っちゃまずかったかな」
「そういう事を言ってるのでわないぞ坊主。普通の人ならワシに触った瞬間体が焼き尽くされるのだぞ」
「……え?」
「お兄様のバカ!普通ドラゴンに素手でなんか触らないよ!燃えちゃったらどーしたのよ!」
ミーとクーが半泣きで真一郎に抱きついてきた。
「えーと。ゴメン知らなかったもんでさ」
本人は対して大変な事でもないようにあやまっていた。
「ヴィラントも止めてくれればよかったのに」
後ろで控える執事に困ったように問いかけた。
「私は真一郎様は触っても大丈夫と分かっていたので特に」
当たり前の事のようにそう言いながら双子をなだめるように真一郎からはがしていた。
「もー!分かってるならそう言ってよ!」「そーよそーよぉ」
今度はヴィラントが攻撃され始めた。そんな三人を見ながら真一郎はドレイクに聞いてみた。
「ドレイクさん、なんで普通のヒトはドラゴンに触れないの?」
「お主はこちらの常識を何もしらなんだな。そうだのぉ、分かりやすく言うとだ、我らドラゴンの体の周りには常に強力な魔力がうずまいておる。そのお陰で普通の魔法攻撃などはまったく通じないのだがな。その体をとりまく魔力はあまりにも強力すぎて、普通のヒトならその魔力にふれただけで体を焼かれてしまうのだよ」
[アンチマジックボディ]ドラゴンに例外なく備わった能力である。ドラゴンはいわば魔力の塊。体の中も外も常に強力な魔力がうずまいている。その魔力が他者から放たれた魔法を打ち消す効果がある。
「どうして俺は平気なのかな?」
当たり前の質問であった。普通のヒトが触れられないのになぜ自分は平気なのか?
「それは私が説明いたしますよ」
双子をひきつれてヴィラントがやってきた。
「真一郎様はドレイク殿と同じくアンチマジックボディの持ち主なんですよ。ドラゴン特有の能力ですが、ごくまれにそれを持つヒトが産まれるのですよ。グライン様も持っていた能力なので、その息子たる真一郎様もそのまれな能力をひきついでいるのですよ」
なるほど。父さんの能力を引き継いだか。しかもかなりレアな能力っぽい。
「って!それもしかしてすごいんじゃない?」
「ええ、おそらく今の王都で持っているのは真一郎様だけですね」
「「お兄様すごーい」」
「そういえばグラインの小僧もアンチボディだったなぁ、倅の主が持っていてもおかしくわないわな」
ドレイクは楽しそうに笑っていた。双子もそれに合わせて「「すごいすごーい」」などと拍手をしていた。
「とにかく真一郎様、明日魔力測定をする予定ですのでその時もっと詳しい話も聞けると思います。が、これだけは気をつけて下さい。その能力は誰しも喉から手がでるほど欲しいレア中のレアな能力です。真一郎様の能力が明るみにでればその力を狙う輩もあらわれる事でしょう。私達がお守りするので心配は無用ですが、ご自身もその身の安全には十分注意してくださいね」
王宮にいればまだ安心だが、遠征などで遠出をすればどんな事がおこるか分からない。数日後には王国全体に真一郎様の帰還を知らせ、お披露目会も予定されている。父と同じ能力があるとすぐに周りに知れ渡る事になる。面倒事はできればさけたい真一郎はなるべく能力の事は人には言わないようにしようなどと考えていた。
「「ねぇねぇお兄様、あっちにクレイル姉様たちのお母様のお墓があるの。一緒におまいりいかない?」」
しばらくドレイクとヴィラントに色々と聞いていたが、どうやら双子は飽きてきたらしく真一郎の腕をひっぱっていこうとした。
「そっか、クレイル姉さんのお母さんにもお参りしとかないとね。ヴィラント、ドレイクさん、ちょっと行ってきます。
双子に引きずられるように石碑の横の方にある小さい墓石がたくさん並んだ方へ向かっていった。
「やはりあの倅も力をもっておったか」
「ええ、グラインの意思は彼の中に引き継がれて行くでしょうね」
三人が遠のいてから二人は静かに会話していた。
「ところでヴィラントよ。随分久しぶりだな、王国に属して三十年、ワシを避けてきたお主がよくもまぁここに来たもんだ」
どこか楽しそうなドレイクに対してヴィラントは冷たい笑顔で答えた。
「別に来たくて来たわけじゃない。真一郎様が来ると言うのだ。守護者がそばを離れるわけにはいかないんだ」
それまで聞いたこともないようなヴィラントの話し方だった。
「本当はすぐにでもワシを殺したいんじゃないのか?」
「グラインと約束がなければとっくの昔に殺してるよ。ドラゴンは結構殺したが本当に殺したかったドラゴンはあんただけだったからな」
ヴィラントは怒りと悲しみが混じる視線でドレイクを見た。
「お主をそうさせたのはワシや当時の王国だ。恨まれて仕方がない事をしたのだからな」
「今更そんな事言われても意味がない。それに俺の怒りはグラインがすでに浄化してくれた。彼のおかげで俺は百年以上感じる事のなかった幸福を、今感じていられるんだその代償に王国やドラゴンを守るのは対価としては安すぎるくらいさ」
「グラインの小僧には感謝しきれんな。全てを敵としたお主をこうも変えてしまったのだから」
かつてヴィラントは闇の軍勢に属していた。当時の彼の仕事はドラゴン狩り。自身の呪われた出生によりドラゴンを心から憎んでいた彼は当時千近くいたドラゴンを百近くになるまで滅ぼした。
ヴィラントがドラゴン狩りを始める少し前、王国の国土は今の三分の一ほどにまで減っていた。ドラゴンの援軍はあったものの敵の数が多すぎ、王国中にちらばった闇の軍勢に対抗しきれていなかった。この事態を重く見た当時の国王とドラゴンは魔術の技を使って最強の戦士を作ることを思いついた。つまりアンチマジックボディとドラゴンの強力な生命力を宿したヒトを造ろうとしたのだ。数々の失敗の先に、ドラゴンの血と魔力を母親の胎内に居る胎児に与え続けるという方法にたどり着いた。が、実際まともに産まれ育ったのはヴィラントだけだった。そのヴィラントも産まれるときに母親を体内から焼き殺しその死体の上に産まれ落ちたのだ。
最初は師団長のもとで養子として育てられたヴィラント。成長するにつれてその異常なまでの魔力と生命力のため十歳になる頃には最前線で戦っていた。
その後の戦いの中で己の出生の秘密を知ったヴィラントはドラゴンと王国を滅ぼすために闇の軍勢に下った。それからは王国の敵として長い時間を過ごすことになったが、三十年前グラインにより打ち取られる頃にはその心と体はボロボロになっていた。その疲れ切ったヴィラントを救ったグラインこそ彼にとって救世主であり、残りの命をささげるに値する主君となったのだ。
「お主はこれからも王国を守っていくのか?」
「ああ、俺が殺してしまったドラゴンや民の分までこの国の民を守ると約束したからな」
「そうか、お主がそれで自分を救えるのならそれもよかろう。かつてのお前を知っている者も少なくなったしな」
「ここ数年闇の軍勢はおとなしくしすぎている。いつ奴らが大群で押し寄せてくるかわからないからな。ドレイク殿も、いざという時は戦ってもらうからな」
「わかっとるわ、この老体朽ちるまで盟約は守らせてもらうわ」
「ふっ、せいぜい頑張れよ父上」
「なんじゃそりゃ、嫌味か?」
「そうだよ」
それまでの緊張した顔もなんとなく元の優しい顔に戻ってきたヴィラント。こんなに素直にドラゴンと会話したのは初めてだった。そんな彼の元に三人が戻ってきた。
「さーて、帰ろうかヴィラント、夕飯に遅れるなって言われてるしね」
「そうですね、そろそろまいりましょうか」
それまでと変わらない平静をよそおってヴィラントが答えた。
「「おなかへってきたー」」
双子はすでに夕飯モードだ。
「それじゃあドレイクさん、また来ますね。今度は父さんの話とかも聞かせてください」
屈託のない笑顔の少年はかつての盟友の姿を思い出させた。(そうか、グラインよりももっと前、こやつの父祖に似ているのか)もう忘れかけていた遥か昔の思い出がありありと蘇ってきた。
「あぁ、また来るといい。酒をわすれるなよ。はっはっはっは」
「わかりました。またヴィラントにしょってきてもらいますよ」
「お任せを」
ドレイクに別れを告げて三人は城への帰路に就く。その後ろ姿を見ながらもかつての記憶の海に沈むようにドレイクはまた静かな眠りについた。
ヴィラントのCVは森田成一さんきぼんぬ
次は義母たちが登場!!