第一章-一歩手前-
説明が多いです ごめんなさい
それにしても、だ。
入学試験というものは入学する前にやるものじゃないのだろうか?
中学という義務教育も終わり、若干無理して受験した高校。
それがこのヨーコドス魔術専門高校だ。
滑り止め無しの一発勝負に勝ったと思ったらこれだ。俺の人生には不幸が付きものらしい。
ヨーコドス魔術専門高校。
ヨーコドスという大きな街の西部に位置する全国での有名校の一つ。
腕に覚えがある奴からそうでないやつまで幅広く教育します!というキャッチコピーの元、卒業生の行く先は大企業だとか騎士団だとか……
代わりに生徒の態度がでかいことで有名でもある。
そんなこの高校の入学式の規模も凄まじいものでどこかの貴族の挨拶だとか何々の企業の挨拶とかで、入学式が終わったのが午後5時。
そこから入学試験のご案内が生徒全員に配られて、今に至るわけである。
フルカラーで印刷された入学試験のご案内を読んでみる。
「全部魔法のレベルテストかよ……」
この高校では魔法の実力こそすべて。
AクラスからEクラスまで存在し、それによって待遇も授業内容も違う。
Aクラスだと1人の生徒に対し数人の先生が付きっ切りで授業を執り行うが、Eクラスだと50人の生徒に対したった一人だ。
さらにこの高校は全寮制なので、クラスごとに部屋も違う。Eクラスは格安のホテル並みらしい。Aは……言わずもがな。
故に、3年間の高校生活を優雅に過ごしたい者は全力で実力を伸ばし、クラスを伸ばしていくわけだ。
最初のこの試験でどのクラスに所属できるかによって、今後の高校生活にかなり影響してくるだろう。
しかし。
「俺、魔法ダメなんだよね……」
そう。
俺は中学時代からずっと魔法の成績が最下位なのだ。
どんなに練習しようと、やはり変わらない。
そのせいか、こんなやさぐれた性格になってしまった。
割と田舎の地方から来たので、当然古き良き友人もいない。
友人はみんな地元の高校へ進学していった。
俺だけが唯一この高校に進学したのだ。今さらだが、とてつもなく後悔している。
そんなこんなで第2グラウンドにていよいよ入学試験開始である。
この入学試験の内容はシンプル。
目の前の人形に思うがままに気が済むまで魔法を撃つ。
それで教師が採点する。
もちろん気が済むまでなので弱い奴を一発撃って終わりを宣言すればそれでも大丈夫だが、
さっきも言った通り、この試験でできるだけアピールしておかないと今後の高校生活がとても不遇なものになってしまうのだ。
「それでは、はじめ!」
教師の合図と同時に激しい炸裂音、爆発音が辺りに響き渡る。
もうもうと砂煙が上がり、黒煙も上がり、さらにグラウンドが水浸しになる。それのおかげで砂煙は収まった。
なんか出遅れた感じがあるが、落ち着け。精神を集中しろ。
「…………」
教師が見守る中、片手を大きく空に掲げる。そこに魔力の光が集中し始める。
「……うおおおおっ!!」
気合を込める意味で叫ぶ。まだ片手は空に掲げたまま。
「……ぬぉおおおお!!!」
ようやく、片手に確かな温かさが生まれる。種火が出来たのだ。ここまでで10秒。記録更新だ。
「うおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!!」
喉が張り裂けんとばかりに叫ぶ。ようやく手に収まる程度の炎が完成する。
「……ハァ……ハァ……」
ちょっと叫び過ぎたせいか、疲れた。息も切れてきた。
ボウッとガスコンロで火をつけたような音がして、完成だ。
初級魔法 ファイアーボール。捻りもクソもないネーミングだ。
「……っだぁぁぁ!!」
それを思い切り投合する。
のろのろと飛んで行き、ワラでできた人形の胴の辺りに着弾。
そこから火が広がって、パチパチと豪勢に燃え上がり始める。
「ぜーっ……ぜーっ……」
キツイが、もう数発ぐらいなら撃てそうだ……と、また片手を空に掲げる――
結果 Dクラス。
下から二番目とはなんとも微妙である。
まぁ一番下よりはいいよね?
と、教師から受け取った結果の紙を丸めてポケットに突っ込む。
「あー……疲れたー……」
そのままグラウンドを立ち去り、ようやく寮室に入って休むことができた。とっくに日は沈んで月が昇っている。
簡素なベットに腰を下ろすと、その膝にちょこんと狐が飛び乗ってくる。
こいつは俺の親友、名前は"雪火"<<セッカ>>という。
雪のように真っ白な体毛に氷を連想させるつぶらな瞳。火の要素は皆無である。両親がどうしてもこうつけたかったらしい。
覚えたての東洋の文字が使いたかったのだろうか。それに雪火ではなく雪花が正しいらしい。
「疲れたなー……雪火。」
ぐりぐりと頭をなでてやると尻尾を振って気持ちよさそうにする。もふもふした感触にとても癒される。
小さい頃からずっと一緒にいて離れなかったそうだが、いつから一緒にいるのかは覚えていない。
言葉を理解できるようで、高位の魔物ではないかと疑われていたが
雪火は喋ることができないので本当に理解できているかどうかは今だ謎のままだ。
「うん、今日はもうとっとと寝てしまおう。」
色々考えて疲れた。
明日から授業も始まることだし。早く寝ることは悪いことではあるまい。
明かりを消してもぞもぞとベットに入り、目を閉じる。
「E-2クラス担当のロンガンだ!!みんなよろしくな!!!」
朝になり、さっそく始まったSHR。
まだ慣れていないのか静まり返った教室内で。
筋肉モリモリ、マッチョマンの先生が凄まじい声音で自己紹介をした。
ランニングのシャツにジーパンという恰好をしている。
もう少し格好の割に暑苦しそうな先生である。
くそったれ、不幸だ。
「それじゃあみんな自己紹介と行こうか!!!」
いよいよ始まった自己紹介タイム。
1人目が席を立ち、
「アルセフィー・エミアリンです。皆さんよろしくお願いします。」
「よろしくな!!ワハハハハ!!!」
……2人目。
「ザーヴィクス・ヴォサダルだ。ヴィクスって呼んでくれ!」
「ヴィクス!!これからよろしくな!!ワハハハハ!!」
3人目。俺の番か。
「クリフォ・ジュロドール。まぁ、よろしく。」
「おうおうクリフォ!元気が無いぞ!ワハハハハ!!」
なんなのこの先生。第一印象とまったく同じで暑苦しい。後すげー声がデカい。
そんなこんなで自己紹介も終わり、5分の休憩ののちいよいよ授業開始である。
「一時限目は俺からだ!!!ワハハハハハ!!!」
もうやだこの先生。
一時限目は学校案内ということで、いきなり教室を追い出される。
ちなみに他のクラスは普通に教室で授業をやっているようだ。どういうことなの。
「センセー、他のクラスは普通に授業やってるんですけどいいんですかー」
「おう!!俺はみんなが困るだろうと思って学校案内をすることにしたんだ!!!ワハハハハハ!!!」
とにかくうるさいので何事かと廊下の窓から生徒たちが顔を出してくる。
恥ずかしいったらありゃしない。
この学校は教室棟、魔法棟、教師棟、体育館、グラウンドエリアの五つに分かれている。
今いるのが教室棟。読んで字のごとし、全クラスの教室がここにある。上に行けばいくほど高いクラスとなっている。
その隣が魔法棟。人の魔力を計測する装置があったり、広めの魔法訓練所、魔法薬を作る大鍋が置かれる部屋などもある。
ちなみにこの棟にのみ、むやみに魔法で破壊されないようにやたら硬い壁でできているらしい。
もひとつ隣に教師棟。主に教師がここで授業の準備等をするらしい。一人一人に個室が用意されており、暑苦しい先生の個室を紹介された。
魔法で拡張されたその部屋は俺の部屋よりちょっぴり豪華なものであった。ベットも柔らかそうである。
魔法棟と教師棟の間に広がる空間がグラウンドエリア。
めちゃくちゃ広いものから公園並みの小ささのものまであり、
脇に運動器具やボール、ワラ人形を作るためのワラまで詰まっている倉庫もある。
グラウンドエリアのど中心にあるのが体育館であり、入学式から卒業式まですべてここで行われる。
しかもこの体育館は大規模なしかけがあるらしい。少し気になったが、
「ひ・み・つ!!」などと言われてしまった。イラッと来た。
「こんな感じだ!!!どうだ楽しかっただろう!!!」
楽しかったどころか、この学校は凄まじく広いのだ。
先生はともかくとして、俺たちはすっかり疲れ切ってしまった。
「ハッハッハッ!!みんなだらしないなぁ!!!ホラ、次の授業始まっちまうぞ!!!」
さぁ立て!!!と、俺たちを教室へと無理矢理連れていく。もう歩きたくない。
足取り重くみんな教室へと戻った。
その後も個性的な先生たちが俺たちを困惑させた。
昨晩徹夜で作ったという魔法薬をクラスの一人に飲ませ、体を消しゴムサイズまで縮めた後に、
「あっ、元に戻す薬作ってなかった!」
と、言い出したり。(ちなみにそいつは次の授業の終わり、先生が元に戻す薬を持ってくるまでずっと小さいままだった)
やたら武道家スタイルのくせにすごい字が丁寧でネクラだったり。
ガチャガチャと重い鎧をつけたままの先生で、実家の呪われた鎧を誤って装備してしまい、
解呪方法が見つからないので仕方なくこのままで生活している先生だとか。
とにかく個性で押してきている。普通の先生はいないのか。
ようやく授業も後一つで終了となった。
今度はどんな先生が来るのやら……と不安な気持ちのまま机にひじをついて待つ。
教室内では既に新しい交友関係が出来始めていて、会話でざわざわと騒がしい。
俺も話し相手ぐらい欲しいなぁとずっと席の下で寝ている雪火をちらと見る。
その時、廊下に足音が響き渡った。
コツ、コツとごく一般的なヒールの足音。これは女性か。
ガラッ、と扉を開けて教室に入ってきたのは。
「はーい静かにー」
ごく一般的な教師の制服を着て、真っ赤なメガネをかけた、
ロングヘアのナイスバディの女性だった。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
教室内の男子が色めき立つ。無論、俺も。
「はいはい、静かに。ね?」
一瞬にして教室内が静まる。
「えーっと……歴史科のクーテシア・レラリーズです。みんな、よろしくね?」
ニコッ。
「よろしくお願いしまぁぁぁぁす!!!!!」
なんだこの先生は。登場してからわずか数分で男子の心を奪い去りやがった。無論、俺のも。
「それじゃ、魔力が発見されたのっていつだっけ?じゃあそこの……うん、キミ。答えて?」
ごく自然な笑顔。とても魅力的だ。犯罪的だ。
「え、えっと、その、今から500年ほど前です!」
「うんうん、そうだね。じゃあ魔力が万能なエネルギーであることはみんな知ってるよね?」
「はい!!!」
クラスの女子はかなり引いている。そんなの知ったことか。
「魔力はどんなものにでも入り込み、力を与えます。植物とかなら、成長が早くなったりね」
「私たち人間が唯一魔力を"魔法"として発することができる」
「じゃあこれ。これなーんだ?」
先生がポケットからキラリと光る、白い指輪を取り出す。
「魔法触媒……も、もしかして!!」
「そう、"白雪の指輪"。魔法触媒の中でも五本の指に入ると言われる、最高級品。
この指輪を扱えるものはかなり限られているわ」
もしかしたら君たちの中にいるかもね?なんて言う。
ちなみに魔法触媒とは、自身が魔法を発する際にその発動時間、効力を促進させるものである。
体内で生成された魔力が魔法に変化し発するまでに必要な時間は、必要な魔力が大きければ大きいほど増える。
が、この魔法触媒を使えばその時間を短縮できる。
良質な魔法触媒を使用すればどんな強大な魔法も一瞬にして放つことさえ可能だ。
"白雪の指輪"は有名な魔法触媒の一つである。
しかしながら、良質であればあるほど属性の適性が必要になってくる。
魔力には属性がある。一般的ものは火、水、風、雷、土。
人間が生成する魔力には属性同士が混じりあっている。そこから必要な属性の魔力を取り出して魔法として放つ、という感じだ。
魔法触媒の良質であればあるほど取り出せる魔力の属性は限られる。
そしてその取り出す魔力にも属性の純度が高くなければ魔法触媒にうまく魔力が伝わらず、魔法すら発生しない場合もある。
"白雪の指輪"は伝説にすらなる魔法触媒だ。
取り出す魔力にわずかにでも別の属性が混じっていては魔法を発することはできないだろう。
「"白雪の指輪"……全クラスの人たちにハメさせたんだけど、適合者は出なくってね……」
なんだかハメの部分にやたらエロスを感じるんだが。意識してやってるのだろうか。
「みんなもハメてみる……?」
やっぱりエロい。だがそれがいい。
そう言うと1人の男子生徒の手を取って人差し指にそっと差し入れる。
「んー……ダメね」
その男子生徒は緊張と妄想で頭がいっぱいになっているのか、顔がすっかり気持ち悪い顔になってしまっている。
一人一人手を取り、指輪をハメるがやはりダメ。
そして俺の番。
「んふ、キミね。じゃあ手を出して……」
単語の一つ一つにエロさを感じながら右手を出す。
細い指が俺の右手をそっと掴み、そうっと人差し指に"白雪の指輪"を差し入れる。
奥まで入ったが、指輪は蛍光灯に反射して光るばかり。なんの変化も起きない。
正直そっちより先生の指の方が気になってたまらない。まるで雪のような白い肌……!!!
落ち着け俺、ポーカーフェイスを崩すな。
「!?……そんな……」
驚いたような呟きが聞こえ、思わず顔を上げる。
「う、ううん。なんでもないわ。じゃあ次ね……」
手早く俺の指から"白雪の指輪"を抜き取ってしまう。
あぁくそっ、余計なことをしなきゃもっと先生の指を感じられたというのに!と後悔した。
クラス全員試したがやはり適合者は現れなかった。
その後もクーテシア先生の授業は続き、チャイムとともに終了した。
「それじゃ、またねー」
「さようなら先生!!!」
最後に先生が俺をちらっと見たような気がした。まさか、俺のことが……!!!
なんてアホな妄想を繰り返していると、暑苦しい先生が入ってきた。SHRが始まる。
「どうだった!!初めての授業は!!!うんうん、そうかワハハハハハ!!!」
まだ何も言ってないのに一人で何か納得するように笑い出す。
そんなことより俺はさっきのクーテシアさんのことで頭がいっぱいである。
「ありえない、ありえないわっ!!!」
メガネを外し、机に叩きつける。
そのメガネは特別性の伊達メガネであり、自身の正体を隠すためのものであった。
彼女の名はクーテシア・ヨーコドス。
この学校の校長兼教師である。
「どうしてなの、何故なのっ!!」
静かな校長室に彼女の叫びが響き渡る。
「……とにかく、落ち着きましょう。何故、"彼"に適合しなかったのかしら?」
机のぐるぐる回りながら考える。
間違いなく、彼だ。彼のはずだ。
校長室の隅にある本棚から一冊の本を取り出す。
それは一般に売られている絵本の一つ、「ゆきやまのまもの」だ。
雪山に住む一匹の魔物を狩ろうと人間が何人も山に入るがその魔物の力は圧倒的で全員凍死してしまう。
そんな生活が何年も続き、もう人を殺したくないと自ら雪崩に巻き込まれて死んでしまう。
それからというもの、その山には雪が降らなくなってしまった、というお話だ。
その雪の魔物が付けていたというのが"白雪の指輪"だ。
魔物の強さの源であり、人間が奪おうとした魔法触媒。
その効力は絶大で、どんな魔法だろうと一瞬にして発動するだけではなく
その力を何十倍にも引き出すという効果もある。
「……わからないわ。」
確かに、彼のはずだ。そのはずなのだ……。
妄想というものは所詮妄想。
落ち着いて考えてみれば、俺はモテない男子高校生。
彼女いない歴=年齢だ。そんな男に一目惚れなんて都合のいいなんてパターンあるわけないか、と思い
蛍光灯に照らされた小さな寮室内のベッドの上で一人がっくりと肩を落とした。
その膝の上には相変わらず雪火が占領している。
「あぁーくそーどっかで美少女との出会えないかなー顔見知りぐらいでいいんだけどなー」
もちろんここは貴族も通う有名校。
美少女など探せばいるだろう。が、会う機会などほとんどない。交流もほぼない。
「ぐぐぐっ……くそぉーっ!!」
ベッドにそのまま倒れるようにして寝ころぶ。
そのままボーっとしていくうちに、瞼が重くなってきてしまう。
「あー……まだ8時……まぁいいや……寝るか……」
そのまま意識を手放す――
「ん……」
目を開ける。
座ったまま寝ていたはずだが、いつのまにかベッドの中だ。
むくりと起き上がり、窓の外をのぞいてみると、まだ日も昇っていない。
時計を見れば朝5時だ。早く起きすぎた。雪火は……まだ寝ている。
「まぁいいや……」
外の空気でも吸うか……と珍しく健康的な発想が浮かぶ。
雪火を起こさないようにそっと外へ。
「うお、さぶっ」
いつ着替えたのか覚えてないが、寝間着のまま寮の外に出る。
まだ日も出ていないので寒い。春の陽気もクソもあったもんじゃない。
ちなみに、寮の位置はだいたい中央の体育館から南西のところにある。
「どうすっかな……とりあえずそのへんぶらぶらしてみるか……」
身を縮めながら寮の周りを散歩することにする。
寮の側面は少し広く、暗い雰囲気はない。リア充がこの辺でアレなことをすることもないだろう。
ただ、裏はどうだろう?木も生い茂って薄暗いが……
と思いつつ角を曲がる。木は生い茂ってはいるが歩けないことは無い。
その時。
木の陰で何か動いた。
「っ!?」
素早くそちらの方を向く。
同時にドサッ、と倒れる音。
それは。
「なんだ幼女か……幼女!?」
ところどころ草がくっついてたりしている朱色のロングヘアーに隠れてしまいそうな小さな体。
間違いない、幼女だ。
「なんでこんなところに幼女が……」
肩を掴んで抱き起す。顔が若干土や雑草だらけになっている。傷も浅いがあるようだ。
「とにかく、保健室に連れてくか」
何故こんなところに幼女がいるのかはまったくわからないが、放っておいておくのも目覚めが悪い。
「んぅ……?」
げっ。
「……っ!!!」
「うお!」
目がパッチリと開き瞳が俺を捉えた瞬間、思い切り突き飛ばされる。
尻餅をつく。
「へ、へへへ変態!!!」
こいつは何を言っているんだ?
「ハァ?」
「ここここ、こんな場所に連れ込んで!やらしいことするつもりだったんでしょう!」
「いや、俺はただ散歩を……」
「変態!変態ぃぃ!!」
ダメだ全然話が通らない。
幸い寮は全面防音なのでこの幼女の叫びは寮内には響いていないだろう。そう信じたい。
「俺ロリコンじゃないし。幼女をそういう目で見れないしさ」
ピキッっと。
幼女の額に青筋が立つ。
「今……今、なんて?」
「は?……だから、幼女をそういう目で見れないって」
ボッ。
幼女の土だらけの手に炎が灯る。
その炎は徐々に巨大化していき、スイカぐらいの大きさになる。
それには収まらず、幼女は両手を空へ掲げる。火球はさらに大きくなる。
「……ちょ、何……何を……?」
「あたしは……あたしは……」
周りの木に引火する勢いで巨大化していく火球。
ついにはそこらの木の大きさを超えてしまう。
「幼女じゃなぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「んなぁ!?」
幼女がスーパーファイアーボール(仮名)を俺に向かって投合する。
位置がめちゃくちゃ近い。避けるのは無理だろう。じゃあ直撃するしかない。でも直撃したら大やけどじゃ済まない気がする。
「燃え尽きろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の叫びが、火球の光によって照らされた寮の裏に虚しく響き渡る。
「……?」
何も、来ない?
うっすらと瞼を開けると、眼前にちょうどスーパーファイアーボール(仮名)から俺を守るように氷の壁が建っていた。
「うおっ!?」
誰が、誰がこんな?
「こしゃくなっ!!」
「うわ、またっ!」
再び両手を空に掲げる幼女。
「おやめください、お嬢様」
どこから現れたのか、その手を後ろから掴むタキシード姿の男。
「は、離してっ……もうっ!わかったわよぉ!!」
幼女は少し抵抗していたが、諦めたように手を下ろす。
「それでいいのです。……そこの男」
「……なんだ?」
鋭い目が俺の全身を品定めするようにくまなく動き、
「お嬢様に何をしようとしたのです?」
最後に俺の目を見て……いや、睨んで問う。
「べっ別に……散歩してたら偶然見つけたんだ。倒れてたから保健室に連れてこうと思っただけさ」
「そのままベッドインしようと?」
「アホか」
「すみません、冗談です」
恰好の割にフランクな野郎だ。
「だそうですよ、お嬢様。この輩はお嬢様を助けようとしたようです」
「輩っておま「ふぅん、どうだか。襲おうとして目が覚めちゃったから嘘ついただけかもしれないじゃない?」」
だから俺は幼女趣味じゃねぇって!と言おうとしたがまた怒られてスーパーファイアーボール(仮名)を撃たれても困る。
悩んでいると、
「ほぉら、やっぱりそうなんじゃない」
「お前が怒るから言えんだけだっつーの……」
「何!?あたしが怒る?そんなわけなじゃない!」
「ほんの数分前にキレた後でよく言えるよな」
「いいから、言ってみなさいよ」
「……俺は幼女趣味じゃねーし、普通に女性のお姉さんとが好みだし」
「ほら!やっぱり!」
「なんでやねん」
埒が明かない。めんどくさい幼女だな……
「どうしましょうか……」
「決まってるじゃない。処刑よ処刑。みんなが見てる前で火刑に処すの!」
「ねーよ、っていうかやめろ。死ぬ」
「処刑ってそういうものよ?知らなかったの?これだから下級民族は……」
「知ってるわい!だからやめろっつってんだろ!」
「じゃあどうするっての?絞首刑にする?」
「だからなんで処刑なんだよ!そこから離れろ!」
「もう、わがままな犬ね!」
「まったくです」
「おまえらなぁ……」
まったくもって話を聞かない連中だ。これだから貴族は……ん?貴族?待てよ?なんか見覚えが……
「まぁいいわ!この犬の罰については後で考えるから!」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってくれ」
「何?質問は一つだけね」
「お前、お前の名前は?」
「ハァ……フィーテリーナ・カーリヴェルよ。」
呆れた様に幼女…否、フィーテリーナが言う。
カーリヴェル家。
このヨーコドスにも屋敷を持つ、知る人はいないとまで言われた権力を持つ貴族じゃないか。
こりゃガチで処刑されるかもしれん。
「ひょっとして今気づいたの?……まったく」
ゴォッとフィーテリーナの朱色の髪が突如燃え上がる。
"炎髪火勢"……カーリヴェル家に伝わる伝統的な魔法。
髪に魔力を纏わせることで髪自体を魔法触媒として扱う。
こうなってしまった場合、炎の一撃は大木をも一瞬にして炭に変えるという。
「この犬はどこまであたしを怒らせれば気が済むのかしらぁ!?」
やばいやばいやばいやばいマジで死ぬ。
「お嬢様。今は収めください」
「何よ!文句でも……」
「ここで焼き尽くすのは簡単ですが、後で……」
ごにょごにょ、とフィーテリーナの耳元で執事がささやく。
それを聞いたフィーテリーナがにやりと嫌な顔になる。なんだ、何を吹き込んだこの執事。
「決闘よ!」