嵐の前は静からしい
*投稿遅れましたが、自分の手元ではかなりできているので、暇を見つけて更新に来ます。不定期でほんとにすいません…
「お邪魔しまーすっと。うわ、綺麗じゃん案外!」
「案外…お前ひどいな…」
「いやーだって。普通の人間の実情しらないもんでね」
「隠し玉って、一種の世間知らずなんだな。てゆか、相模、男と同居って嫌じゃないの?」
「あー、相模じゃなくて橙香にして。別に嫌なんて言わないけど?仕事で何度かあったしね。それに変なことされたら殺すまでだし☆」
「本当に殺しにかかるから襲わない方がいいよ?空」
「おっ、襲わないって!!」
「本当にー?」
「うるさいな!!本当だってば!ほら、部屋あっちだから!」
「はいはい」
「姫妃、流石にいじめすぎ」
楽しそうに笑う二人を、疲れた目で見る空。
「……そういえば、お前らってどういう関係なの?」
「「双子だけど?」」
「……苗字違くない?」
「ああ、えーと…」
「離婚してるからねー」
「そ、そうそう!」
「……?」
妙に慌てる橙香を、空は不思議に思いながら見つめた。
窓を開けて隣の部屋にも繋がっているテラスにでると、月が綺麗に浮かび、夜風が気持ちよく吹いていた。
「姫ー妃、なにしてんの」
月光に照らされた人影が振り返る。
彼女には風が似合うと、黒夜は思う。
橙香のような短い髪の方が、風には靡くのだ。
「…怖い?」
橙香の肩がピクリと跳ねた。
「な、何が」
「人に触れるのが」
橙香は硬直して黒夜を見詰める。
「傷つけて、――殺してしまうのが」
硬直を解いて、彼女は引きつった笑みを浮かべた。
「そんなの気にしてないって。…うん、気にしてないって」
自分に言い聞かせるように言う。
「じゃあ、何考えてたの?こんなとこで」
「……知られる日は、何時だろうって」
俯いて、橙香は悲しげな、苦しげな、憂いのような表情を浮かべた。
誰に、とは、言わない。
誰であっても、変わらない。
彼女の影響力は、その空間に存在するものすべてに及ぶ。
それが、彼女から「人間」の部分を奪っている原因だと、黒夜は思っている。
「ほら、やっぱり怖いんでしょ。いい?姫妃。史上最強のマシカルだからって、殺人狂である必要はないんだ。たまたま『運命の番狂わせ』で、強い力を持っちゃっただけで」
「……うん……」
納得したような、していないような。曖昧な笑みでうなずく彼女を、黒夜は少し心配そうな瞳で見つめた。
翌日、橙香の席の周りには人だかりができていた。
昨日は始業式で時間がなかった分、今日質問責めをしているのだ。
「ねぇねぇ相模さん、どこから来たの?」
「黒世界だよ」
「へぇ、珍しーい!!五大世界出身なんだ!」
学院世界の人々は大概、リアル――要するに日本とか中国とかフランスとかアメリカとかがある空間から、この学校に入学する為に、五大世界と呼ばれる5つの国があるこの異世界にやってきた人々だ。五大世界出身の人間はあまりいない。
「そういえば昨日日野さんと帰ってたけど、仲いいの?」
「双子の弟だよ、黒夜は。…弟、だからね」
「苗字違うのに双子なの?……てか、弟!?男なの!?」
「親が離婚してるからね。あと黒夜に女みたいって言うと殴られるからよろしくね。結構美男子でしょ?」
自慢げに、にっと笑って見せる。
「うん、女だと思ったもんー!!あ、そろそろ鐘なっちゃう」
人だかりが散ったのを確認して、橙香はため息をついた。
自分は普通の人間じゃないと、橙香は思っている。
いまの子達もいつか、自分から遠ざかる。それがきっと、自分に定められた唯一の運命だ。
(人を、傷つけ、殺してしまうのが、怖い……?)
「んー…。一時間目、歴史?うわ、かったりぃ…」
「そう?俺歴史好きだけど」
「あー違う違う。あたしこっち出身だから歴史とかわかってんのね。だからかったるいの」
「ああ、そういうこと」
橙香は、隣の席の空と他愛もない会話をしながら休み時間をつぶしていた。
「んなこといったら、俺だってこっちの人だよ?」
「…嘘?」
「本当。俺、学院長の義息子」
さらっと爆弾発言をした空に対し、橙香は疑わしげな顔をする。
「…反抗期?」
「いや、そんな生半可な理由じゃないって、お前らと手を組んだのは」
「ふーん、あたしもね――」
ガラッ
「あ、先生きた」
空が、前に向き直る。
(あたしも――)
橙香の話は、先生の登場により中断を余儀なくされた。
歴史の授業は、基本的な『王家』の知識から始まった。
「まず、各『世界』の長たる王家がもつ特有の能力を王家能力といい――」
学院世界の長は学院長だが、空は王家能力は使えない。現学院長は、正当な「学院世界王家」である前学院長を倒して長の地位に収まった一般人だし、そもそも学院長と血の繋がりはない。
「王家能力と蝶能力は相性が悪いため、同じ人物が両方持つことは不可能とされ――」
王家能力がないから、空は学院長の一族という肩書きでも美上学院に居られるのだ。
「さて、黒世界の王家能力を畏怖を込めて『マシカル』と呼ぶことがあり――」
マシカル――massacre、「虐殺」。黒世界王家能力は、人を殺す能力とされる。一定の範囲内にいる人間を、有無を言わさず殺す、もしくは傷つける。逆に使えば復活させることもできるが、死亡させる程の力を持つ者は逆に使うことを禁止されているようだ。
死亡させられるのならば、生き返らせられる。傷つけるだけならば、傷を治すことしかできない。これが力の「逆」の公理だ。
そして、生き返らせることは神のみの所業であり人間が「創造」の域に踏み込んではいけないというのも、また公理なのだ。
「また、この世には『運命の番狂わせ』という、人間なら誰でも持っている<運命>を持たずに生まれてきた常識破りの人間が1000年に一度くらいいます。この『運命の番狂わせ』が黒世界王家能力を持ってうまれてきた時、その人物を『輝金光』と呼びます」
輝金光。それは、簡単に言えば「最強のマシカル」、「人間兵器」。1000年前に一度生まれ、15年前に史上二人目が生まれたという。――つまり。
「みなさんと同年代に、今現在輝金光は生きています」
先生の言葉に、教室がざわめく。
「いるならどこにいるんだろうな、輝金光」
「案外、近くにいたりしてねー」
空の問いに、橙香はおちゃらけたように答えた。
「んーっ、今日午前授業か…ってことは次で最後の授業か…。午後何しようかなぁ」
伸びをしながら橙香が呟く。
ちなみに最後の授業は、クラス代表を決める実技だ。
「余裕だねぇ」
「別にクラス代表なんてなりたくないしね。空はなりたいの?」
「別に。勝てるわけないし」
「え?あんた息子なのに身贔屓されてないの?」
その言い方はどうなんだ、と思いつつ、空は質問に答える。
「されてるよ。扱いでいったら俺が一番能力を使い慣れてると思う。だけどほら、渡野理桜――物理干渉にはかなわないからさ。いや、電撃は化学系だけど、素質があるから多少なら物理以外も防いじゃうんだよ、あいつ」
素質とは科学理論を超えるのか、と、橙香は少しズレた関心をする。
「それにしても面白そうな相手ね、渡野さんって。あたしちょっくら潰しちゃおうかな」
「頑張れー」
気のない返事をする空は、本当に潰してしまうとは、思っていなかった。