反現状同盟を結ぼうよ
「特捜部」地下。
地下室、というのがあるというのはなんとなくわかる。ただ…
「扉、どこ…?」
ついてきて辿り着いた先は、どう考えても壁だった。
「多分、想像するような扉はでてこないよ」
橙香の台詞に首を傾げたとき
ドドッ
と、壁の一部が崩れた。
花乃の指が触れたその場所を中心に。
「入って」
いらっしゃいませ、と言うような笑顔を浮かべて、黒夜が促す。
壁の向こうは、特に変わったところもない会議室だった。
そのわりに、セキュリティだけやけに頑丈だ、と空は呆れる。
いつも口数の少ない時斗は、やっぱり黙っていたが、瞳に驚きを浮かべたポーカーフェイスを作り出していた。
「取りあえず席ついて」
そう言う橙香の横で、花乃が壁の修復を静かにやっていた。
原子操縦、正式名原子操縦波動。名前の通り、万物を構成する原子を操る力。副産物として花乃はその物体を構成する原子を見抜く力をもっており、科学者の間で引っ張りだこだ。
それにしても、そんな花乃がいないと入れないここは一体何なのだろうか。
「ここは、極秘会議室。特捜部にも、ここを知ってる人は少ないよ」
訝しげに部屋を見回す空の視線に気付いたのか、黒夜がそう教えてくれた。
壁の修復を終えて最後に花乃が席につくと、橙香は話を切り出した。
「ご推測の通り、あたし達は隠し玉です」
「隠し玉って要するに、学院長の対他世界用秘密兵器、もしくは学院長のパシリってことだよね」
「うわっ酷い言いよう。事実だけど。しかも、あたし達はどっちも掛け持ちしてるけどね」
「最高級の隠し玉よね。まさに学院長のお膝元」
花乃がからかうように笑う。
「……で、今度は何のパシリをやっている」
「なんかすっごい棘があるなぁ。情報基地、あんた敵視しすぎだよ」
「学院長は俺らの敵」
「同時にあたし達の敵だから。敵の敵は味方っていうでしょ?」
「……隠し玉なのに?」
「その言い方やめようよ。好きでやってるんじゃないのに」
「では何故やめない?」
「やめられないの、止めたいのに。そういうなら、あんたたちだって学院長に特別扱いされてる身でしょ?なのに学院長を敵視するの?」
「……あいつの出す仕事は自己中すぎる。あいつのメンツを保つため、なんて。こっちはもっと有意義にこの力を使いたいのに」
「じゃあやめればいいじゃない。やめたいって言って」
「そう簡単に言えるものじゃない」
二人の間に火花が見えそうな勢いだ。
戦闘体勢の二人を見かねて、黒夜がため息混じりに言った。
「お前ら静かにしろ。そろそろ隠し玉も終わる。――それより、手の内を明かして交渉するべきなんじゃないの?」
「……ごめん」
「じゃあ、仕切り直すけど――」
やけに素直じゃないか?という感想を4人全員が持ったが、口には出さなかった。
「俺達は、ある理由である場所から誘拐されて、隠し玉に仕立て上げられた」
聞いた瞬間、花乃が苦しそうな顔をしたのは、取りあえず無視した。
「俺は空間移動、姫妃はコピーアンドペーストが蝶能力」
姫妃、というのは多分、橙香のニックネームなのだろう、と空は勝手に解釈して、黒夜の話を脳内処理する。
そして気づいた。
「……ちょっとまって。コピペって、『至高の能力』じゃなかった!?」
「至高の能力って?」
「花乃、知らない?学院長が『機械』以外で、別の数式に従って開発した、唯一の蝶能力。持ってるのは、隠し玉でも最高峰の能力者と言われるただ一人、といわれてる」
「物知りだね。そうだけど、正確にはあたしが前代未聞の落ちこぼれだったからその能力を与えられた、というかんじかな。貰ったら普通以上に操れちゃったから、『最高峰』になったという順番」
へえ、と花乃と空が頷くと、今度は美羽が質問した。
「落ちこぼれ?美羽が知る限り、橙香は頭いいけど」
これには黒夜が答えた。
「姫妃は、アシスタンスとして操る『透明な力』が殆どない」
「「「「!?」」」」
先述の通り、自分の中にある潜在的な「透明な力」に「色」を付けたのが蝶能力だ。
潜在的な力がない人はいる。そういう人は蝶能力も持てない。
なのに、橙香は、「透明な力」が無いのに蝶能力を操れるという。
しかも、普通以上に。
「本当に?」
「蝶能力が使えることは、私が保証する。見たことがあるから。……あ」
花乃は何か閃いたように顔を上げた。しかし
「どうしたの?」
「……ううん、何でもない」
そう言った。
その代わり、泣きそうな視線を橙香に向けた――
「……」
泣きそうな視線に気付いたのか、橙香は「心配しないで」と言いたげな笑顔を向けた。
花乃は、いや花乃も、特殊な地位にいた。
二重の意味で。
一つは、原子操縦波動という珍しい能力をもっていることだが、もう一つ。
橙香と、小さい頃から知り合いだったこと。
それは花乃が特別な身分であることを示しているのだが、彼女は自分がその身分にあることに引け目を感じていたので、思い出さないようにしていた。
少なくとも、ここで暮らすには関係ない身分だったから。
しかし、その身分が、今回真実を齎した。
橙香を守らなきゃ、という、強い思いと共に。
「…そんなこと…」
ありえるの?という台詞を時斗が口にしなかったのは、事実を冷静に受け止める性格からだろう。
ありえない、と反論したところで、実際あり得ているこの現状を変えることはできない。
「…それで?」
「言ったでしょ、敵の敵は味方。――あたし達と協力しない?条件付きで」
「条件?」
「うん。協力以外にあたしが求めるのは、あたしのこの性質を口外しないこと。私があなた達に提示するのは、あなた達に襲いかかる学院長の計画の存在と内容」
「…なにそれ」
「現に動いている計画はある。けど、それを教えられるのは交渉成立の後。情報の食い逃げはゆるさないから」
にこっ、と橙香は笑ったが、その笑顔は言葉に表すなら「脅迫」だった。
どうする?という視線を受けて、残り3人はそれぞれの意見を口にする。
「美羽は別にいいよ。敵意があるわけじゃないし」
「私も賛成。私は、橙香と動いていた方が都合がいいから」
「もともと、学院長にこき使われてる俺達だしね。一つ質問だけど、完全情報網を使う場合の保護はしてくれる?」
「完全情報網…?ああ、『犯罪者』の能力によって集められた情報が入ってる、『情報基地』ね。それはもちろん、なんなら護衛もやるけど?」
「時斗が殺されることはないだろうけど、よっぽど誘拐される方が質悪いもんねー」
『情報基地』時斗の能力は、無限人体記憶メモリだ。彼が歩くメモステ、生きたSDなんて言われる由縁は、時斗の「本能的にデータコードを読み取る力」と「中途半端な完全記憶能力」、そして「情報処理能力」、さらに「外部ディスク・メモリーへのコピー・移行能力」にある。
データコードとは、異世界で使われている要するに「暗号」の様なもので、詳しくは公表されていないが、データを記号と文字列で表すものだ。専用のリーダーにかけないと一般人には読めない。
完全記憶能力が中途半端なのは、「覚えよう」と思わないと完全記憶能力が働かないからだ。
「情報処理能力」は、自分の中にある全ての情報に一括検索をかけるもの。その時必要な情報をするりと抜き出す。特殊能力ではないのだが、出来る人はそう多くないだろう。
最後の力は名前通りだ。たとえばUSBメモリ、たとえばSDカード、たとえばメモリーキューブ(SFに時々出てくる、立方体のアレだ。学院長世界では一般活用されている)、たとえばハードディスク……手段を問わなければ、情報を記録できる全ての機械に情報をうつすことが出来る。移すことも、写すことも。
これらをあわせて、『情報基地』。彼にぴったりの呼称、ではある。
「…どうせ、こっちはそれだけの価値だから」
「いや、そんなことないよ?少なくともあたしには、あんたの違う使い方が見えてる。――最も、それで得するのはあたしだけかも知れないけど」
時斗は一瞬目を見開いたが、それっきりポーカーフェイスを崩さなかった。
「…拒否しない、それは肯定と受けとめていいな?」
今まで事の成り行きを観察していた黒夜が口を開いた。
「……別に、いい。ただいつ裏切るとも保証しない」
「裏切った時の対応はこちらも保証できないからなー、姫妃の名において。お互い様じゃない?」
「そうだね。裏切ったら処分するまで。余計な敵は作りたくないの」
それはもはや脅迫だったが、それを咎める者はいない。
皆、現実が命乞いの通じるものではないと、決断はリスクを伴うものだと、分かっていたから。
卒業停止計画。
橙香の口から零れた情報は、そういう名前だった。
「…知ってる、それ」
「流石、全情報掌握者。どこまで知ってるの?」
「卒業停止計画。
特殊科の数名を被験者に、能力開発と実用化を進めようという実験。
また、それには沢山の時間を有する為、なんらかの理由で卒業を止めさせるという計画。
そのためには手段を選ばないらしい。
……それ以上は」
「それだけ知ってるんでも、俺は学院長の機密性を疑うけどね」
「うん…秘密だったはずなんだけど…」
しばしの沈黙。
「でっ、でね、卒業停止計画の被験者なんだけど…。あんたたち、全員が、被験者とされたみたい。勿論、普通科の時斗を含めて」
「え…俺たち!?やるなら渡野とかだと思ってた!」
「渡野って、あの『物理干渉』の?」
「渡野…って、ああ、特殊科にいたねぇそういや。名簿に載ってた」
「でもさー、物理干渉の研究なんてイヤって程やってるじゃん。その割に成果でないし、そろそろ飽きたんじゃないのー?私の研究もそろそろ飽きてくれないかなー」
「…無理。お前の研究は順調以外言いようがないほど順調」
「うわっ、時斗ひどいよ!!夢も希望もないじゃんっ」
口々に何か言う5人を冷ややかな目で一瞥して、黒夜は話を元に戻す。
「とりあえず、このままじゃ不幸な結末になるの分かり切ってるわけで。学院長の元を離れたいっていう目的は一緒だから、不具合が生じるまで協力しあおう?」
「…そうね」
「手段を選ばない、ってことはどんな残虐な手段も使う、ってことでしょ?美羽、それは嫌なり」
「学院長の犬ってのも癪にさわるしなー」
「…同意」
「ま、手段を選ばないのはあたしも同じだけどねー。そうそう、あたし家が無い訳よ。空んち入れてくれない?」
にこにこ笑いながら、さらっと爆弾投下。
「……え?」
「だめ?」
必殺上目遣い発動。
「……それ、暗に断るなって言ってない?」
「どれが?」
「その行為」
「そうかなぁ…?ねぇ、だめなの?」
「…っ」
(やばい、黒い俺が匿って襲っちゃえって言っている!!だけど、白い俺は困っている人を無視するの?って言ってる!!…匿う以外の選択肢ないじゃん!)
「……負けました……」
Winner橙香。
「大丈夫、黒夜もいるから安心して!!」
そういう問題じゃないだろ、というツッコミを飲み込む。
「いいじゃん、美女と一緒で本音はうれしいんじゃないの?」
「な…っ、そんなことないって!!」
「本当に?本当に本当に?」
「……え?」
やけに慌てる花乃を、一同が同時に見つめた。