転校生と秘密
蝶能力はランダムだ。
学院ができた頃に「機械」に入れた基本的な蝶能力を、ある数式に基づいて「機械」の中で配合し続け、数え切れない種類の蝶能力が現在データとして存在する。
まだデータだけの蝶能力もある。
そんな蝶能力の中から、本当にランダムに、ガチャポンのような感覚で、その人に当てられる蝶能力が決まる。
初期の頃に出来ていた「瞬間移動」や「発火能力」などから、もはや何が混ざってこうなったのかわからない「仮想介入」まで、実に数万の能力からテキトーに選び出す。だから、歴史上一回しか出てきていない能力なんかもある。
ただ、歴史の長い蝶能力は、それだけ選ばれる可能性も高いようだ。
そうすると珍しい能力を持っている人は、必然的に学校側も大切に扱う。
そんな人達を集めたクラスが、特殊科だ。
空もこのクラスの生徒だが、「高校1年生」の初日、転校生が来た。
金の短髪の少女。見る人を呆然とさせる美貌と笑顔を持ちながら、笑顔に隠された感情を全く読むことのできない、不思議な転校生。
でも、空は確かにその顔を知っていた。
(あれ……昨日の『黒い鳥』……!?)
あの不思議な少女とそっくりなのだ。
「では、名前と蝶能力をお願いします」
先生が促して、彼女は柔らかい笑みを浮かべる。
「相模橙香です」
(相模橙香…?)
続きを待って、皆がシンと静まる。
――が、一向に自分の蝶能力の説明は始まらなかった。
「あの…相模さん?」
「はい」
「私は名前と蝶能力、と言ったはずですが…」
「そうですね。…え?じゃあみんなその説明を待ってるんですか?」
彼女はあからさまに「なんで?」という表情を顔に載せた。
表情をあまり崩さない、というわけではないようだ。
「ここでは言いたくないです。変なレッテルを貼られたくないので。…まぁ、あとで模擬試合をやるでしょうし、バレてしまうんですが」
自分の手札を見せてから戦うのでは面白くないです、と彼女は言う。
クラスで模擬試合をして、一番強い人がクラス代表となる。学校内で最高権力をもつ生徒機関は生徒会だが、生徒会会議に参加するクラスの代表が、今回決めるクラス代表だ。
「……それもそうね」
「渡野さん?」
桜色の髪(染めるのは校則上禁止のはずなのだが)を揺らして、渡野、と呼ばれた少女が立ち上がる。
「いいわ。私たちだって、クラス全員の能力を把握しているわけじゃないもの。公表するのは不公平よ」
「……それでいいですか?みなさん」
先生の問いに、否定の声はあがらなかった。――肯定、とみていいだろう。
「わかりました。では相模さん、神凪くんの隣で――」
かんなぎ、と聞いて、橙香の眉がぴくりとはねる。
「神凪空、ですか?」
「あら、知り合いですか?」
「……いえ、クラス名簿で、目についたものですから」
橙香はスタスタと空の横まで歩いてゆき、こう囁いた。
「『犯罪者』神凪空――」
「――!?」
その頃、<よくある能力>と評された人の集まる普通科にも、転校生がきた。
「日野黒夜です」
名前からしたら男だろう――が、男、と言い切る自信は誰にも無かった。
黒くてさらさらの長い髪。
透き通った白い肌。
夜を溶かし込んだような瞳――。
見た目は、どこからどう見ても(服を着ている間は)女にしか見えない。
誰もが黒夜の性格を掴み倦ねていると
「女だ、とか言った奴は――こうです」
にっこりと笑みを浮かべた瞬間、教室の後ろの方に雷が落ちた。
「日野くん、校内での蝶能力の使用は禁止――」
「正当防衛です」
「……。じゃあ、君の席は、流離時斗くんの隣で」
どこが正当「防衛」なんだ、という視線を浴びながら、黒夜は席につくと、時斗にこう尋ねた。
「『情報基地』…?」
「っ!!」
「なあ時斗ー、俺のクラスに転校生がきたんだけどさぁ……」
放課後、教室から出てきた時斗を空が捕まえて、下校を共にしていた。
時斗とは寮代わりのマンションで隣同士だ。彼は普通科だが、実力で言うならトップクラスで、よく空と一緒に「仕事」をする。
ちなみに美上学院の一学年は、特殊科2クラス、普通科2クラスで構成される。別に普通科と特殊科で校舎が分かれている訳ではない。
「…こっちにも来た」
「あ、そうなの?なんか俺さ、ずばっと『犯罪者』って言い当てられちゃってさ――あ」
「同じく。――あ、あいつ」
「え?」
横を通り抜けて行った二人組を指差して、声を上げる。
「あ、そうそうあいつ!金髪のあの子」
「…隣の奴が、こっちの転校生」
「へえー。知り合いなのかな?」
「かもしれない。というか、こっちの素性を知ってる時点で、問い詰めたほうがいいのでは」
抑揚に欠ける声で言って、時斗が駆け出した。
「あ、ちょ…っ、全く、なんであの性格で行動力あるかなー……」
「……日野黒夜」
「うおっ」
いきなり目の前に人が落ちてきたら、誰でも驚くだろう。
「何々?今純粋な身体能力で降ってきた?面白~い」
橙香が興味津々で覗き込む。
時斗はそんなこと気にも止めず、用件だけを口にした。
――この美貌に覗き込まれて気にも止めず、というのも図太い精神だが。
「何者だ」
そこに、追いついた空が口を挟む。
「ちょっと待てよ時斗。こいつら……、もしかして隠し玉……?」
「……え?」
カクシダマ。
彼らの身分を表す、的確な一言。
それなら、橙香のコードネームが聞いたことのない名前でも納得がいく。隠し玉は、隠された存在なのだから。
橙香は顔を僅かに歪め、皮肉で返してきた。
「流石は内通者、といったところ?……まぁいいや。説明めんどくさいけど、どうせ、『うんそうだよ』とわざわざ言った所で『あっそ』では済まないだろうし」
「済まさないね」
「済まして欲しいのも別に建前だけど。ここで話して聞かれると拙いから、場所を変えない?んー…あっそうだ。あそこ行こう」
あそこ、と言った後、橙香は黒夜に目配せして、「こっち」と黒夜が歩き出した。
黒夜についていくと、「特捜部」の本部についた。
蝶能力がはびこる学院世界では、蝶能力者の犯罪を一般人の手で捕まえるのは不可能だ。蝶能力者には蝶能力者を、というのがこの世界の掟である。
それに対し、蝶能力を持っていて学院世界に留まっている大人は、かなり少ない。需要に供給が追いついていないのが蝶能力者の就職現状だから、出て行ってしまっても仕方がない。
数少ない、学院世界の蝶能力を持った大人は、先生として、問題児や幼稚園児の制圧(?)に向かわなければならない。そうすると必然的に、「蝶能力者の育成」という大義名分の下、学院生が駆り出されるのだ。それが特捜部。
なんの問題もなく黒夜は正門を突破し、特捜部の本部に入っていく。
「……特捜部メンバーなの?」
「いんや?それこそ隠し玉のコネでね」
空の問いに、ニヤリとわらって橙香は答える。
中に入ると、空達もよく知る顔が出迎えてくれた。
「あれ?早々にばれたの橙香?」
「だから情報網掌握者を舐めるなって言ったのに」
パソコンの前の椅子に座ったツインテールの女の子と、その椅子に体重をかけて立っている長い金髪の女の子が、呆れるようなからかうような、微妙だけど明らかに面白がっている表情をのせていた。
「黙秘能力と鳥能力の助言は無視しちゃいけなかったか」
心にも思っていなさそうな台詞を笑いながら吐いて、橙香はふとまじめな顔になる。
『黙秘能力』花乃=レミオラール、『鳥能力』鳥張美羽。空たちよろしく特別扱いを受けている仕事仲間だが、こちらは美上学院女子部生徒だ。
美上学院は共学、女子校、男子校が併設されているというすごい学校だ。
その内の女子校が「女子部」というわけである。
「まあ改めて自己紹介するとして。地下室、入れてくれる?」
「いいよ。じゃあ私扉だけあけに…」
「なに言ってんの。美羽も花乃も来るのよ」
「え?…まあいいけど」