空と蝶能力
「異世界」に、とある町がある。
その街は、未来をシュミレーションしているようなものだった。
いつか、「蝶能力」と呼ばれる超能力が実用化される未来を、忠実に。
それは決して遠い未来ではないから、もはやこの街は完成型に近い。
しかしまだ、進化の余地を残している。
その「進化」を追究する学校がある。
美上学院。
私立とも公立とも国立ともつかないが、言うならば国立と私立のあいのこだろう。
さて、この異世界は、一つの空間に存在しているわけではない。
6つの空間をまとめて「異世界」と呼んでいて、6つのうち5つが自治組織をもち、それぞれ互いに「隣国」というイメージで関わり合っている。
美上学院が存在する「学院世界」という空間は、名前からわかるように「学院」だけで成り立っている。
言うならば、「学院国家」だ。
そんな大規模な学校の一年は、春――それも3月頃からもう始まっている。
高校0年生、という呼び名は、おそらくこの学校だけのものだろう。この場合0は無を表すのではなく、1のひとつ前を表す。
3月から4月の1ヶ月、新入生を0年生と呼ぶ。この学校では3月から入学準備を始めないと間に合わないのだ。
蝶能力は、4月にはある程度使いこなせなくてはならない。
これに関しては実践あるのみなので、3月から練習する。
ただし、練習するのは、その人本来の蝶能力ではなく、<アシスタンス>だ。
基本能力、とも呼ばれるアシスタンス。
蝶能力は、天性である自分の<力>を、ランダムで選ばれて入学時に与えられる能力の「色」に染めたようなものだ。元々の能力を「透明」とすると、自分の演算によって自分の能力色に染める。「色」のついた力が、蝶能力として現象を起こすのだ。
それに対しアシスタンスは、自分の持つ「透明」の力そのままを使用する。炎にも氷にも水にもならないが、力の形状をかえて攻撃、もしくは守備することができる。いわば「本当の実力」だ。蝶能力が守備系でも攻撃できることや、ありのままで使うので負担がかなり軽いことが長所である。これだけは天性なので努力では賄えない。
基本能力をうまく使えなければ、+αのついた蝶能力なんて使える訳がない。というわけで、新入生はアシスタンスから練習するのだ。
高校0年生を卒業したばかりである空は、はぁ、とため息をついた。
まだ蝶能力の制御は学校で習っていないが、使いたくてしょうがない、その気持ち故の溜め息だった。
その空の前に、すっ、と人影が現れる。
ん?と注視すると、人影はスタンガンを持った高校生だとわかった。
自分に突っ込んでくるのを見て、ああ、金目当てか、と理解する。
この世界で、ナイフなどの物理的攻撃は、ほぼ無意味だ。大概の学校では、物理的攻撃でそこまで傷がつかないように制服に仕掛けをしている。物理干渉という能力なのだが、色々な製品にかけられている割に研究が進んでいないことで有名だ。
だから蝶能力的分類上物理的攻撃に当てはまらないスタンガン、…なのだろうが、空にとっては最高の武器だった。
バチっ、と、押しつけられたスタンガンの火花が散って電撃が放たれるのを、肉眼で、観測して無効化する。
「…え?」
間抜けな呟きは、相手によるものだ。
空は、ニンマリと笑って、電流・電圧共に100を超える静電気を放電した。
もちろん、「100」につく単位はAとVだ。mAなんて甘ったれたものではない。
これが、彼が「慣れ親しんだ」彼の蝶能力。
一応名前を言うと、電子操縦。
空中にある電子を、+、-に関わらず操るもの。
彼は、自分に蝶能力があることに浮かれ、早く使いたかった訳ではない。
学院長の義息子、である彼にとって、アシスタンスなど操れて当然、蝶能力の操縦なんてごく普通の日常生活、求めるのは自分の能力をどう応用し活用するかである、という、普通の高校0年生や一年生より二段も三段も上の世界が自分の世界だったから、学校の実習がかったるくて仕方なかったのだ。
「わお、お見事」
どこかで拍手の音がした。
見上げると、軍の制服を着た女の子が、塀の上から見下ろしている。
「うまいね。高校0年生にしては」
自分と同い年くらいに見える少女は、やけに上からな口調で話しかけてきた。
塀が高くてよく見えないが、彼女は秋の稲穂色の髪をしていた。金髪というにはちょっと暗いだろう、という不思議な色だ。
誰だろう、この人は。
「誰だか教えて欲しい?」
「えっ?」
ちょうど考えていたことを言われ、空は動揺する。
「who are you?…って顔してる」
彼女はにっと笑い、こう言った。
「あたしは黒い鳥。コードネーム『黒い鳥』ね。これからよろしく」
そしてまた微笑むと、フッと宙に消えた。
(テレポート能力者…)
こんな風に消えるのは、テレポートしかできない。
それにしても、彼女は誰だったのか。空は、義父が学院長だった為に軍の事も多少知っているが、コードネーム『黒い鳥』なんて聞いたことがない。
新人なのか、それとも――。