涙の武甲聖装 ~ Amdo ~
自分の取った行動が如何に愚かな行為だったと気がつくのが遅かった。
ある兵士は首を跳ねられ、またある者は落馬した直後に魔物の牙に襲われて壮絶な最期を迎えた。
馬上で五体を裂かれた者や、全身に無数の風穴を開けられた兵士達の屍がその凄惨さを物語っている。
最後まで生き残っていた馬車の手綱を握っている兵が転がり落ちる様が目に入り、彼が魔物に食い千切れていく最期が目に焼きつく。禍々しい者達は死んだ彼等に対しても容赦なく牙を剥いていた。
事切れた肉体をばら撒いて大地を真っ赤に染めていく光景に、自分自身を見失っていたことを否応なしに自覚させられてしまう。そしてイスマリア皇女を守らなければならないというカイン王子から与えられた使命が、今になってようやく蘇ってくる。
――私のせいだ……大切な兵を……仲間を……
兵達を指揮する立場の者が冷静さを失って状況判断を誤れば部隊を破滅に招くと父に散々言われてきたのに、私はむざむざと兵士達を死なしてしまった。
殺された兵士達は私に対して偏見の目を持たない日頃から気心が知れていた者達ばかり。自分の部下というよりも、共に笑って泣いた大切な仲間だった。
なのに見殺しにしてしまった。
だったらその彼等の死を無駄にしない為にも、贖罪の意味も込めてイスマリア皇女だけは守り通さねばならない。
しかしペンダントの言葉への怒りが私を感情のままに突き動かしてしまう。いずれ圧倒的な数に呑み込まれてしまうと理解していてもそうせざるにいられない。無意識に短剣を振るい、魔物が吐き出した腐液を避けて魔法を放つ。
大きく揺れる馬車の屋根という不安定な足場での戦闘は、必要以上に全身を酷使するものらしい。落下を防ぎながらの体裁きもあり、脚の関節を軋ませて痛みが駆け抜ける。
そこへ頭上から迫る妖魔を眼前に捉えた時だ。鉈のような刃で首を跳ねようと薙いでくる。
痛みを堪えて迎え撃とうとしたが対処できない。もはやここまでかと思った瞬間――眼前に銀毛の巨躯が飛び込んでくる。
「ミック!」
塞がれた視界が広がると、首を跳ねようとした妖魔は弾き飛ばされていた。ミックが体当たりして窮地から救ってくれたらしい。
だが私と同様に数多くの妖魔や魔物を倒したことで疲労を隠せない。いつもの俊敏な動きに陰りが見える。
鋭く尖った牙を剥き出しに雄叫びをあげて自らを奮い立たせ、刃のように尖らせた豪爪で妖魔を切り裂いてみせるが致命傷までに至っていない。
ならばと鋭い牙で襲い掛かり、頭を食い千切った勢いで馬車の屋根へ降り立ってきたもの、体力は既に限界のようだ。
「もうダメだよ。リアナ、早くオイラ達と……。リアナァァッ!!」
秘めた力の解放を訴えられても素直に頷くことが出来ない。乱れた息を吐きながら必死の抵抗を続けている姿に構わず、呪文を唱えると妖魔達に目掛けて魔法を闇雲に放つ。無茶な戦い方をすれば魔力が忽ちに底をついてしまうのが分かっていても、何故かそうせずにはいられない。
――みんな、許して……私の所為で死なせてしまって。せめて、せめてみんなの仇だけでも討ちたかったけど……もう、そうもいかないみたい。だったら!
無我夢中に魔法を使いすぎた結果、全身が鉛のように重たく感じてしまう。
膝が震えて笑い、折れてしまうのを堪えるだけの有り様。体力を著しく消耗して立っているだけでも辛く、呼吸すら満足に出来なくて思うように動けない。
もはや生き残っているのは戦う力を失いつつある私とミック、それと命を賭してでも守らなければならないイスマリア皇女のみ。
この危機を乗り切ることが出来る唯一の力を拒んでしまった今、たとえこのまま最後まで抗っても事態を好転させる術がない。
いずれ私とミックは力尽き、妖魔や魔物達の餌食となってしまう。息絶えた後も引き裂かれた五体は骨までしゃぶりつくされ、おそらく髪の毛1本も残るまい。
そしてランガーナ王妃となられる姫君もこの場を支配しているであろう妖魔の糧として捕らわれた末、恐怖と苦痛の中で体液と法力を吸い尽くされてしまい、麗しい美貌の名残りすら残らない骨と皮膚だけの無残なお姿になってしまわれるだろう。
生きる気力を失ってしまった今、頬に一滴の涙が伝い、絶望だけが広がっていく。
「カイン様、イスマリア様をお守りするという使命、どうやら果たせそうにないようです。お預かりした大切な兵達も皆殺されてしまい、本当に申し訳ありません。ならば、この命をもって責任を取りとうございます。どうか、どうかこの愚かなリアナをお許しください」
死んでいった仲間の仇も討てず、イスマリア皇女を守れないのであればと覚悟を決めた。
愚かな自分に今できることはただ一つ――。
この命尽き果てるまで戦い、死をもってその責を償うしかない。
『そうか! さっきワシが言った事をまだ根に持っておったんじゃな。あれぐらいでヘソを曲げおってこの馬鹿もんが! 後でいくらでも謝ってやるわい。とにかく今は早く武甲聖装するんじゃ。このまま見す見すイスマリア皇女を死なせてしまうつもりか!! おいリアナ、聞いておるのか!?』
頑なに武甲聖装を拒絶した原因に、ペンダントが発する老人の声はようやく気がついたようだ。
しかし今更そんな事を言われても受け入れられない。幼い頃から大切にしていた想いを踏み躙られただけでなく、そのカイン王子まで侮辱されて私の心は深く傷ついてしまった。
――分かってる。そんなことは分かってる! だからお願い、このまま死ぬまで戦わせて……
ただ単に私情に流されているだけなのは十分に分かっている。故にこのような事態を招いたことに対する責任を命で償おうと思った。
ところがイスマリア皇女の名を出されてしまうと、その名が心に引っ掛かって思考がまた止まってしまう。
唱えていた詠唱を中断してしまい、手に集中させていた魔力が拡散していく。
そこへ巨大な妖気が迫ってくるのを感じた。想像を絶する強い力が遥か遠くから風の流れを乱しながら近づいてくる。
「あ……あれは!?」
禍々しいまでの黒く巨大な光の玉が見えて鳥肌がたつ。
今まで感じたこともない妖気を宿しているものが恐怖となって肌を通じて分かる。その軌道からして私とミックだけを飲み込むつもりだ。
襲撃を受けた時から感じていた巨大な妖気を放つ者の目論見通り、たとえ馬車の屋根が消し飛んでも車体は残る。
「は、早く武甲聖装するニャーーッ!」
「私に構わずミックは逃げてぇぇーーーっ!!」
恐るべき力を秘めた妖魔がイスマリア皇女を悠々と連れ去っていく光景が脳裏に浮かぶ。もはや巨大な死の玉を跳ね返す魔力が残されていない。
今から飛び跳ねて避ける体力すらもなく、両膝をついて叫ぶしかなかった。
――カイン様……こんな私でも、死んだら少しは悲しんでくれますか……。
死の予兆を感じる。
眼前に迫る黒い弾道が過ぎ去った後には、私が生きていた痕跡は失われてしまうだろう。この身体を血の一滴まで残さずにすべて消滅させてしまう筈。
ならば、せめてミックだけでも助かって欲しいと最後に願うしかない。
イスマリア皇女を連れて逃げ切ってくれるかもしれないという微かな希望と共に……。
「くっ……!」
歯を食いしばって身体を硬直させ、最期の刻を迎えるつもりだったが、既に巨大な黒い玉が過ぎ去った筈なのに何も起きない。
温かい何かだけを感じる。
――私、まだ生きているの!?
恐々としながら目をゆっくり開いてみると、妖魔が放ったであろう黒く巨大な光の玉は既に弾き消され、馬車の中から発せられた淡い光が私達までも包み込んでいた。
今も容赦なく襲う黒く巨大な光の玉を、その温かさをもった優しい輝きが何度も弾いて消し去ってくれる。
「こ、これは!? この光……まさか、イスマリア様が!?」
邪悪なるものを退け、心身に癒しを与える光に魔力を一切感じない。
慈愛に満ちたこの温かな輝きこそが、魔法とは異なる力ともいうべきアステルベルク皇家の血を受け継ぐ者だけが扱える“法力”と呼ばれし聖なる力なのだろうか。
私達ごと馬車を包み込む輝きが心に安らぎを与え、底をつきかけていた体力まで僅かながらも回復していくのを実感させられる。
「間違いない。これが法力……」
本来なら私達が守らなければならないイスマリア皇女が、皮肉にもこの危機的な状況で逆に私達を守ってくれていたようだ。想像を絶する力を宿した輝きは今尚この身を包み込んで禍々しい黒い玉を弾きつつ、疲労した心身を癒してくれる。
『私の法力はそう長くは保ちません。リアナ様、どうか今はご自分が生き延びることだけをお考え下さい。貴女には想い人に伝えなければならない大切な言葉があるのでしょう。だったら貴女はまだ死んではならないのです。さあ、生きる為の力を今ここで……。リアナ様の想いをその方に伝える為に使って下さい。だから、早く!』
イスマリア皇女の声が聞こえずとも心に響いてくる。
いつもの優しいまでの穏やかな口調ではなく、ご自分の意思を伝えようとする力強い言葉が確かに聞こえた。
法力が弱まっているのか、私達を包む光が少しずつ霞んでいく。
黒く巨大な光の玉が薄れつつある聖なる力に幾度もなく放たれ、ついには押し込む衝撃で馬車を弾き飛ばしてしまう。馬車の外装が崩れて乱れ飛び、イスマリア皇女が弾き出された姿が目に飛び込んでくる。
咄嗟にイスマリア皇女を守ろうと抱きかかえたもの、僅かに回復した今の体力では自分の身体で彼女を庇うことしか出来ず、飛び散った破片もろとも地面に叩きつけられるしかなかった。
傷だらけの全身に激痛が走る。だが、それは生きている証だ。手足があるのならまだ動ける。
「イ、イスマリア、さま……お、お怪我は!?」
痛みを堪えてイスマリア皇女を抱き起こしてみると、多少の擦傷はあっても大きな怪我はされていないようだ。
だが法力を使い過ぎた為なのか、目の下に隈がくっきりと浮かび上がり、呼吸が満足に出来ずに息が乱れている。酷く衰弱なさっている様子からして、かなり深刻な容態であるのは間違いない。
「わ……わた、くしは……だ、大丈夫です……。そ、それよりも……リアナ様の……お怪我の……ほうが……。血が、こんなに……」
苦しげな表情で見つめるイスマリア皇女の言葉が胸の奥にまで響く。
このお方は一言も責めの言葉を口にせず、ご自分よりも傷だらけになった私の身を案じてくださっている。熱いものが込み上げ、思わず彼女を強く抱きしめた。
――貴女は一国の皇女であり、ゆくゆくは我が国の王となるカイン様の妃となられるお方なのに。
言葉が声にならない。
心優しき姫君の言葉が意固地になった心を震わしてくれる。このお方の温もりに触れていると心が洗われていくように感じてならない。
――仲間を見殺しにしてしまい、貴女までも危険な目に合わせた私などに……。ご自分のことを気にもとめず、貴女に嫉妬し、挙句に自分を見失うような私なんかの身を案じるなんて!
胸を強く打たれ、熱くなった目頭からとめどもなく溢れる涙が止まらない。自分が如何に愚かだったとつくづく痛感させられる。
どうにか心優しい姫君だけでも助けたいという一心が、傷つき疲弊した身体に鞭を打つ。
そしてイスマリア皇女を抱きかかえながら立ち上がったその時――。
黒く巨大な光の玉を放っていたであろう大きな妖気を発する妖魔が私達の前に悠然と姿を現した。
他の妖魔達とは違って人間に近い風貌や身体つきをしているもの、鋭く尖った眼や長い耳が見る者を畏怖させるように感じられる。風になびく紅いマントと貴族のような衣装を身に纏って剣を腰に携えているその姿は、どこか落ち着いた佇まいを見せていた。
そして何よりも恐るべきは細身の体躯に似つかわしくない巨大な妖気だ。倒してきた妖魔など比較にならない。以前に戦ったことのある上級妖魔以上の恐ろしさを感じてしまう。
「フッ、フハハハーーーーッ! これはこれは、噂に名高いランガーナの聖騎士殿とお会いできるとは光栄ですね。すると貴女が抱いておられるのが本物のイスマリア皇女というわけですかな」
「だったらどうだというのだ!?」
「無論、ルキフェール様へ献上するに決まっているじゃないですか。我らを統べる王の完全な復活に一役買ってもらおうというわけですよ」
「そんなこと私がさせると思うか?」
「出来ますとも。いとも簡単にね。もはや体力だけではなく、魔力もほとんど残っていらっしゃらないご様子の貴女に、この私からイスマリア皇女を守れるとはとても思えませんけどねぇ。これまで幾多の同胞達を討ち滅ぼしてくれた聖騎士殿を討ち、更にイスマリア皇女までも頂けるとはなんという幸運なのでしょう」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、冷酷な笑みを浮かべる表情がこの妖魔の残忍性を物語っているようだ。強大な妖気をひしひしと感じ、今まで戦った妖魔とは比べものにならない力を秘めているのがよく分かる。
禍々しい黒く巨大な光の玉を放ったのはこの妖魔だと思っていい。そして下級の妖魔と数多くの魔物達がその背後で待ち構えている様子からして、おそらく大軍を率いていたのも間違いないだろう。
この状況では私に抵抗する力が無いと判断したのか、片笑みを浮かべながら目の前の妖魔は言葉を紡ぐ。
「おっと、申し遅れました。私めはジェグニーと申します。以後、お見知りおきを……っと言っても貴女には今ここで死んで頂きますけどね。その若々しい身体に溢れる血を、今からじっくりと堪能させて頂くとしましょうか。勿論、血の一滴も残さずにね。若き聖騎士殿の血を飲み干せば、ルキフェール様に及ばずとも究極に近い力を得られる筈。これこそまさに勝利の美酒というものですよ。フッ、フフフ、フハハハーーーーッ!!」
ジェグニーと名乗った妖魔は睨みつける私に対して勝ち誇っている。見下して声高らかに笑う様は勝利を確信したからであろうが、それは油断から生じる隙以外の何ものでもない。
そこにこの窮地を脱する術が残されていると信じて賭けに打って出る。
「そう思惑通りにいくものか!」
残された僅かな魔力を弾けさして妖魔達の目を眩ませる。
唯一ともいえるこの好機を逃さまいとすかさずイスマリア皇女を抱いたまま駆け出し、ミックと共に怯んだ隙をついて妖魔達の目から一時的に逃れることが出来た。
そして大きな岩影に身を隠して様子を伺いつつ、イスマリア皇女をそっと寝かせる。
呼吸が酷く乱れて苦しまれるお姿が心配でならない。ミックも同じ思いで横たわるイスマリア皇女に目を向けている。
「早く治療しニャいと!」
「今ここで治療しても時間がかかる。妖魔に見つかってしまえばそれこそ取り返しがつかなくなるわ。だから放っておけないのは分かるけど、まずは妖魔達を倒す方が先よ。早くあいつ等を倒して、それから治療しても間に合うと思うから」
自分が言った言葉に自信なんてものはない。イスマリア皇女の容態にミックの治癒魔法自体が効くのか定かではない以上、この場を切り抜けることを優先させるべきではないかと思った。
妖魔達の目を眩ませたといっても、それは一時凌ぎに過ぎない。岩陰に隠れているのが見つかってしまうのは時間の問題だ。この場から離れなければならないのが身を引き裂かれる思いに駆られても、既に心の中には確固たる決意があって言わしめた。
「姫様は本当に大丈夫ニャんだな。絶対に死なニャいよな?」
「うん、大丈夫。だから、もういこ……」
お互いの意思を確かめ合うと横たわる姫君に向かって一度だけふり返り、岩の頂に飛び上がって眼下を見下ろす。そこにはようやく目眩ましから視界を取り戻しつつある妖魔達の姿があった。
獲物を探し回っている殺戮者を睨みつけ、胸元のペンダントを右手で力強く握り締める。
「さっきの言葉を許したわけではないが、今はこの窮地を脱するのが先決だ。だから、力を使うぞ!」
私の声に応えるかのように、ペンダントに埋め込まれた真紅のクリスタルが淡く輝きはじめる。この揺るぎない意思がペンダントに伝わり、ミックの銀毛までも白銀に輝かせていく。
魔力や法力とは違うこの聖なる光こそ大いなる力の源――。
天の守護神と崇められる四神、西方を司る百虎の力を秘めし輝き。
それが今、聖なる衣と刃となってこの身に宿ろうとしている。
「フフフ、あの小娘、最後の足掻きと言わんばかりに手を焼かしてくれるではないですか。ん、なんですかこの光は!?」
妖魔ジェグニーが岩の頂に立つ私達の姿を見つけて醜悪な笑みを浮かべ、互いの目が合う最中に一陣の風が吹く。
ほんの僅かの間だけ静寂な時間が訪れ、静かなる怒りを眼下に見据えた冷酷な双眸に叩きつける。
「フッ、のこのこと姿を現して下さるとは探す手間が省けて都合がいい。ようやく観念したようですね」
「勘違いするな。ここで滅するのは貴様達の方だ!」
「ほう、えらく威勢がいいですね。その言葉、必ず後悔させてあげますよ。さあ、君達はいつまでぼやっと突っ立ったままでいるのです。早くイスマリア皇女を生け捕って私の前に連れてきなさい。それとあの小娘も殺してはいけませんよ。この私が血を吸い尽くして殺してさしあげるんですからね。フッ、フハハハーーーーッ!!」
これから極上の獲物にありつけると思ってか、ジェグニーが舌なめずりをした後に下級妖魔と魔物達を嗾ける。それに呼応して異形の物共が狂喜するかのように咆哮し、我先にと言わんばかりに群れをなして迫ってきた。
怒涛の荒波の如く押し寄せてくる禍々しい者達を前にして、私と白銀に輝くミックは構うことなく天高く飛び跳ねる。そこへ下級妖魔達が飛びつかんばかりに襲い掛かってきた。
「武甲聖装!!」
ペンダントの細い鎖を千切って天にかざすと、輝きを増した真紅のクリスタルが幾条もの閃光を放つ。白銀に輝いたミックと真紅の閃光が絡み合って眩しいばかりに輝き、ミックと私が一つに重なっていく。
この輝きの前にしては、たとえ妖魔といえど近寄ることは出来ない。目を瞑って闇雲に触れようとした妖魔を次々に蒸発させていく。
消滅から逃れたとしても弾き飛ばして近寄らせはしない。
退魔光の中では全身の傷が癒えていく私の衣服が透けて消え、ミックの巨躯が姿を変えて全身を覆って光輝く鎧となっていき、長剣と化したペンダントから真紅のクリスタルが外れて胸元に収まる。
そして体内に力が漲っていき、失った魔力までもが回復していく最中、長い刀身に映し出された私の髪と瞳が深緑の色から鎧や剣と同じ神々しいまでの輝く色に染まっていった。
真紅と白銀の輝きが入り混じる中、白銀の鎧が全身を覆っていく様を誰も見ることが出来なかっただろう。この全身を覆う百虎の紋章が刻まれた鎧と聖剣こそが、古き時代より聖騎士と認められし者だけが神々から与えられた大いなる力――。
ランガーナ王国創世より四神と崇められる四聖獣の力が宿った“武甲聖装”と呼ばれる聖騎士としての本当の姿なのだ。
――Thoroughly destroy apparition……。四神に名を連ねる百虎の聖騎士の名において、我、この世を闇に堕とさんとする者を討ち滅ぼさん!――
一度は拒絶したこの力を、今ここで使うことに何ら躊躇いもない。意固地になっていた心を優しく包み込んでくれた姫君の想いに応えようとする強い意志が、身体の奥底から力を溢れんばかりに漲らせてくれる。
白銀に輝くこの鋭い眼光で無慈悲な殺戮者達を見下ろし、百虎の紋章が刻まれた聖剣の鍔が光った刹那、刀身を一閃させた。
聖剣から放たれた閃光が眼下に群がる邪悪な者達を容赦なく切り裂いていく。その実体がない衝撃は乾いた大地に大きな亀裂を走らせ、周囲にいた妖魔と魔物達を怖気させた。
悠然と地に降り立って聖剣を構えぬままゆっくり歩を進ませると、波が引いていくように悪しき者達が後退してゆく。人を喰らう悪鬼といえど、恐怖という感情は持ち合わせているらしい。
だが巨大な妖気を発するジェグニーという妖魔だけは他の妖魔達とは違い、私の気迫に気圧されることなく余裕の笑みを浮かべながら待ち構えている。
「ジェグニー、私に後悔させると言った言葉をそのまま返そう。この白銀に輝く刃は、お前達を決して逃しはしない!」
「フフフ、なるほど、それが貴女を聖騎士と言わしめる本当の姿ですか。では見せてもらいましょうか。貴女に如何ほどの力があるのかをね」
射抜くように見据えた先にいる上級妖魔に断固たる意思を叩きつけ、切っ先が弧を描くように聖剣を構える。
剣気を放って誘いをかけてみたもの、ジェグニーは興味深そうに見ているだけで自分から手を出そうとしない。群がる妖魔と魔物に目配りをすると、軽やかに身を翻しながら後退していく。
離れた位置から傍観者に徹して私が再び疲弊するのを待つつもりだろうが、狡猾な妖魔の思い通りにさせるつもりはない。五感を周囲に張り巡らし、その一挙手一投足を注意深く伺う。
先程まで慄いていた妖魔達が殺気を漲らせて入れ替わるように間合いを詰めてくる。だが、こちらから先に仕掛けるつもりはない。
この状況に乗じてイスマリア皇女を攫おうとするかもしれないのだ。四方を取り囲まれていようとも、ジェグニーの気配だけは常にとどめておく。
じりじりと間合いを詰めてくる下級妖魔に従わされた魔物達が不気味なまでの叫び声を発したのを合図に、突如として視界を埋め尽くさんばかりに異形の者達が襲い掛かってきた。