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二人の皇女 ~ Princess ~

 宿で部屋をとったのちにミックから聞いた話では、イスマリア皇女はあれから黙って身動きもせず、椅子に座ったまま寂しそうにしていたらしい。愛嬌のある猫を演じてもまったく近づこうとせず、興味を示さないばかりか彼女には近寄りがたい何かを感じるとも言っていた。

 話で聞く様子からして気の毒なことをしたと思うが、護衛を任されている私の立場からして何も間違ったことは言っていない筈。だからこそ妖魔の襲撃を一度も受ける事もなく、陽が暮れてしまう前に我々はランガーナ辺境にある小さな町まで無事に辿り着くことが出来たと思う。

 イスマリア皇女をランガーナに招くことは隠密で行われている為に当然ながら彼女の身分は隠している。もちろん私や他の護衛の者達も身分を隠し、旅をしている商人の一行と称して宿をとった。

 町の人々や宿屋の主が我々の素性に気がついた様子が無かったことからして、変装は上手くいったと思っていいだろう。

 ただ、私の髪や瞳の色を好奇な目で見られていたのが何とも複雑な気分にさせられる。美しい姫君を見ていると何故かそう感じてならない。

「城のお部屋と比べたら狭いかもしれませんが、一晩だけですからどうかご辛抱なさって下さい」

「いえ、とても素敵なお部屋ですわ。見たこともない物がたくさんありますもの」

「そう言っていただくと助かります」

「あら、心底そう思っていますのよ。このお部屋とても気に入りましたわ」

 旅をする商人の娘らしい格好に似合わず、この姫君は気品溢れる物腰で微笑み返してくる。ようやく狭い馬車から開放されたことが嬉しかったのか、飾られた装飾品を楽しげに見つめていた。

 我々が何気なく手にしているこの地方独特の民芸品が、温室育ちの姫君にとっては何もかもが新鮮に感じられたのかもしれない。

「それにお城とはまったく違うお部屋の雰囲気も素敵ですわ。石で固めた冷たい壁と違い、この木で造られた壁には温かさを感じますもの」

 木造の壁を手の平で触れて振り返るイスマリア皇女が屈託のない笑顔を向けてくる。

煌びやかであろう自室よりも、この古びた宿の一室の方が居心地よく感じるらしい。

 どうやら城での生活と違って不自由をさせるかもしれないという心配は杞憂に終わりそうだ。このご様子であれば一晩泊まるだけなら大丈夫だろうと思いつつイスマリア皇女に背を向け、二人だけでは広すぎる部屋の中に異常がないかと調べまわることができた。

 この古びた宿で一際大きな部屋をイスマリア皇女の部屋に充てたのは、少しでも多く旅の疲れを癒してもらう為だ。部屋に備え付けられた浴場にしても十分な広さを確保している。これで妖魔の襲撃がなければ然したる問題はないだろう。

「部屋に異常はない。魔除けの護符も張り終えた。とりあえずはこんなものか」

 私とミックが彼女と同じ部屋に泊まることにしたのは、ただ単に間近で護衛するというだけの目的ではない。少しでも気分転換になればと話し相手も兼ねている。部屋から一歩も出せないのであれば、せめて会話の相手ぐらいしてあげなければ精神的に参ってしまうだろう。

 但し、窓はカーテンで閉ざし、扉も常に鍵を掛けた状態にしている。念の為にイスマリア皇女を窓や扉には近づけさせないように細心の注意を払う。これも妖魔に見つからない為の処置だから我慢してもらうしかない。

 あとは私とミックを除く他の護衛の者達は別室に部屋を取らせ、とりあえず呼べば直ぐに駆けつけられるよう手筈は整っている。兵達をまったく信用していないわけではないが万が一のことも考えられ、さすがに男を部屋の中には入れられない。

 それにイスマリア皇女も気になさってしまい、ゆっくりとお休みになれないだろう。彼女を一人にするわけにもいかない為とはいえ、嫌な役目だが私がお傍にいるしかない。

 ところが当のイスマリア皇女はしばし部屋の装飾品を楽しそうに眺めていたかと思えば、大きなソファへ座るとすぐに眠ってしまわれた。肘掛に両手を添えて枕代わりにし、うつ伏せのような格好になって深い眠りについておられる。

 今日一日中ずっと馬車に揺られながらお過ごしになられ、初めての旅というのもあって心身共に疲れ果てたのであろう。

 彼女を起こさないようにそっと毛布を掛けるとテーブルの前にある木製の椅子に座り、その無邪気な寝顔を何気なく見ているうちにようやく一息つくことができた。

「はぁぁ。こんなの、本当は性に合わないのに。もうお父様ったら、出発前にこんな役目を押し付けちゃって! カイン様もそうよ、どうして私に護衛を任せようと思ったのよ」

 ふと、思わず小さな溜め息と共に愚痴を溢してしまう。

 張り詰めていた緊張から解放されたからなのか気が緩んでしまい、人前で見せる“偽りの仮面”を脱いで素の自分へと戻っていく。

 臣民から聖騎士と呼ばれようが、こんな私でもあと数日で17歳の誕生日を向かえる年頃の女の子。たまには化粧をしてみたり、華やかなドレスで着飾ってみたいという美への願望だってある。

 一度でもいいから気兼ねなく、自分をめい一杯表現してみたい。

 なのに小さな頃から剣と魔法の修行に明け暮れ、人前で女性らしい振る舞いをしてしまえば父に叱られてしまう日が続いた。騎士として一人前と認められてからもそうだ。家名に恥じぬ振る舞いをせよと口酸っぱく言われたのを思い出す。

 気がつけば普通の女の子らしい振る舞いがどういったものなのか正直よく分からなくなってしまっていた。

 同年代の女の子達はどのようにしているのだろう。好きな殿方を想いながら恋の歌でも歌い、野に咲く花を恋人と一緒にでたりしているのだろうか。

 頭の中でいろいろな事を想像しても、男性が喜ぶ言葉使いや仕草をどうすればいいのか何一つ知らない。

 それだけでも正直辛いのに、添い遂げる伴侶を自分で選ぶことが許されないばかりか、王家の許しがなければ結婚をすることすら望めない。

 シェルフォートという家名、そして聖騎士としての責務が私から女性として当然の権利を奪い去っている。なのに私は終生仕えるべきカイン王子を愛してしまった。

 だが、この想いは叶うどころか伝えることすらも許されない。

 まして厳格な父がカイン王子を慕う気持ちを知れば、どうなるのかは目に見えている。親子の間だけでも素の自分を見せられないのだから当然だ。ならば、せめて誰も見ていない時だけでも本当の自分に戻りたい。

 それが唯一許される私の我がままなのだから……。

「ぐっすり眠っているニャ。でも、ベッドで寝かさニャくていいの?」

「いいのよ、そのまま寝かしてあげなさい。今まで城の外に出られたことがないのに、今日一日中ずっと馬車の中でお過ごしになられていたのよ。お疲れになって当然、無理もないわ。ミックも疲れているんなら、先に寝てもいいわよ」

「オイラは平気だニャ。リアナは眠たくニャいの? 食事も摂ってニャかったし、少しでも休まニャければ身体が保たニャいよ」

「平気、平気、大丈夫よ。私はもう少し起きているわ。それにお腹も減ってこないし……。クスッ、イスマリア様の寝顔って、ホント可愛いわよね。なんだか羨ましくなってきちゃう」

 肩の力を抜いて誰かと会話が出来る喜びが全身を駆け巡る。

 私から女としての権利を奪った聖騎士としての立場が、ミックという話し相手を与えてくれたのはなんとも皮肉な話だ。

 たとえ僅かでもこの自由な時間を満喫したいと思う反面、安らかな寝息をたてるイスマリア皇女に少しでも会話の相手をしてさしあげるべきだったと後悔してしまう。

「うん、リアナに負けないぐらいに可愛い寝顔だニャ」

「ありがと、お世辞でも嬉しいわ」

 無邪気な寝顔のイスマリア皇女をミックと一緒に見ているうちに、もしも彼女が普通に生まれてきたのなら、もっと自由に生きていたのではないかと何故か自分と重ね合わせてしまう。

 城内で大事に育てられた温室育ちの姫君が初めて下界に出られたというのに、これから隣国の顔も知らないひとの元へ嫁がなければならない。おそらく嫁ぐ前にもっといろんな物を見て、いろいろと触れたかったと思っていることだろう。

 お互いに自由がなかった身の上といっても、私はまだ多少なりとも自由があったのかもしれない。少なくともいろんな人達と出会い、物や野に咲く草花に触れることが出来た。

 たとえ許されぬ恋だとしても、私は心の底からカイン王子を好きになれたのだ。

 幼少の頃、他愛のない話に笑い、厳しい剣の稽古で共に泣きながら励まし合う姿が今でも鮮明に覚えている。

 そしてあの日の言葉で初めて自分が女だと意識するようになり、身分の違いを思い知らされたことも……。

――イスマリア様は誰かを好きになったことってあったのかなぁ?

 ふと、そんな疑問が何気なく頭に浮かんだ。

 だがイスマリア皇女はこれから私が想いを寄せるカイン王子の妃となられるお方――。本当はそんな人の護衛なんてしたくないと思うあまり、しばらく口をつぐんでしまった。

 幼少の頃から剣と魔法の修行を続けて今の立場となった私とはこうも正反対の人生を過ごされてきたのに、お互い自由のない者同士なのがなんとも皮肉なものだと思う反面、憎しみに似た嫉妬の炎を彼女に向けている。

 このお方はただ掟に従って好きでもないひとへ嫁いでいくのを頭では理解をしていても、女々しいまでの諦めきれない気持ちが嫉みとなって心を大きく揺れ動かしていく。

「リアナァ、このお姫様って本物ニャのかい?」

 ミックが突拍子もなく尋ねてこなければ、心が醜く染まって自分が嫌な女になっていたのかもしれない。

 そう思うとこの一言によって現実に引き戻されたおかげで、負の感情という闇の中に取り込まれずに済んだような気がする。

「本当は知っているんじゃニャいの?」

 私達が今回の護衛の任に就いた時の事を思い出せば、つい訊きたくもなる質問だろう。

 果たしてこの姫君は本物のイスマリア皇女なのか――!?

 それは彼女を護衛する我々全員が疑問に思っている事だ。私一人だけが父に連れられてアステルベルク皇王との謁見の場を与えられた最中でさえも、イスマリア皇女のお姿を一度も拝見する事が適わなかった。それならば静かな寝息をたてるこのお方が囮として用意された偽者だということもある。

 そう――すべてはあの時、父ファンヴェルが皆を呼び集めた時からこの疑念は生まれていたのだ。




 * * *




 父は私達よりも2日ほど前にアステルベルク皇国へ訪れていた。

 娘である私にすら黙って先に訪れていたぐらいなのだから、今回の護衛に関する何らかの話があっておかしくはないと思う。

 理由について尋ねてみたが、アステルベルク皇王と直接話がしたかったと言っただけで、護衛の計画についても詳しく教えてくれなかった。酒を酌み交わしながら昔語りに興じていただけだとうそぶいていたのがどうも怪し過ぎる。

 いくら父の言葉でも納得がいかない。皇王と旧知の間柄などという話すら聞いたことがないのだ。聖騎士という立場を理由にしての親しい間柄とはとても信じ難い。

 そこで「如何なる事情があるにしても、私は娘である前に同じ聖騎士として聞く権利があります!」と問質してみたが、軽くあしらわれて相手にすらしてくれなかった。

 イスマリア皇女をランガーナ王国へとお連れするのにいったい何を隠すというのだろう。

その疑問はアステルベルク到着の翌日に明かされることになる。

 一度は背を見せて目の前から去っていった父が皇王へ出発前の挨拶を済まして私達の前に戻ってきた時、その背後にはフードの付いた純白の法衣を纏った二人の女性の姿があった。

 お顔がフードに隠れていて見えず、アステルベルク皇家の紋章がついた純白の法衣を纏った二人の女性の後方に数人の侍女を引き連れていることからして、どちらかがイスマリア皇女だということが辛うじて理解できた。

 その場にいたランガーナの兵達が皆驚き戸惑ってしまっても無理はない。突然のことで私も状況が直ぐに飲み込めなかった。

 皇家の紋章がなければ、二人の女性の身分を窺い知ることも適わなかっただろう。

 これがどういった意味をもつのかと、その時は正直よく分からなかった。

 それを父ファンヴェルは何事もなかったように見ていたのをなんとなく覚えている。白髪混じりの髪を短く切り、口髭を剃り落としていたことだけが印象に残った。

 しばらくして、揃いの法衣を纏った二人の女性は一言も発することなく、侍女達に招かれるまま並べられた2台の馬車へと向かっていった。

 それぞれが2台の馬車へ乗り別れるまで法衣を脱がず、侍女達を除いて皇女らしき彼女達の素顔を誰一人として見ていない。結局は私がお守りしているイスマリア皇女のお顔を拝見したのも城下町を出たあとぐらいだった。

 彼女が時折窓を開いて話しかけてこなければ、宿に到着するまでお顔を拝見することもなかっただろう。

 そして私達が父の前に呼び集められたのは、商人の格好に扮した後の出発が目前に迫った時だった。


「諸君らが見ての通り、ここには2台の馬車がある。一方にはイスマリア皇女が、そしてもう一方にはイスマリア皇女に扮した別の者が乗っている。つまり、これは妖魔の目を惑わせる為だ! よって本物のイスマリア皇女がどちらの馬車へお乗りになられたのかは妖魔共に悟られる恐れがある故、ランガーナ城へ到着するまでは諸君らにも教えることが出来ない。無論、その詮索も遠慮してもらおう。これも無事にランガーナ城へ到着する為だ。済まないが悪く思わんでくれ。尚、アステルベルク領内を出た後は馬車を二手に分かれさせ、それぞれ別の経路を辿ってランガーナ城へと向かってもらう。一方はリアナ・シェルフォートに指揮をしてもらい、もう一方は私が率いて護衛にあたる。もう分かっていると思うが、どちらか一方は影姫を守る事になる。しかし!! イスマリア皇女を護衛する事には何ら変わりない! よいか、各々それを肝に銘じて任務を全うせよ、以上だ!」


 父ファンヴェルがそう言っていたのを踏まえてみれば、アステルベルク皇王との間に護衛計画の密談があったと思っていい。

 そして、その際にお顔も拝見している筈だ。2台ある馬車の一方に本物のイスマリア皇女がお乗りになられているのはどうやら間違いないだろう。

 父にそれとなく本物のイスマリア皇女がどちらの馬車に乗っているのかともう一度尋ねてみたが、知らないという素振りを見せるだけで相手にすらしてもらえなかった。

 私達がランガーナ城へ向かう経路を口答で告げた以降も話に応じないのであれば二人の皇女を見分ける事など出来ないのは当然。これでは妖魔とて本物の皇女がどちらなのか見分けることは不可能だろう。

 今までアステルベルク城内から一度も外に出られた事がなく、まして一部の限られた者にしかお顔を拝見させていないのであれば、外部の人間がイスマリア皇女のお顔を知っている筈もない。

 私も彼女の名前と高い法力、つまり治癒系や防御系魔法といった白魔術的なものに優れたお方だとしか知らず、法力についても魔法とは違った聖なる力としか詳しい知識もなかった。

 法力とは、世間一般に知られる僧侶の白魔術とはまた別物らしい。それなら聞いた馬車の中の様子からしてイスマリア皇女はともかく、ミックが彼女に近寄り難い何かを感じたものこそが、その法力と呼ばれし聖なる力ではないのか。

 確かに彼女からは高貴な者が放つ独特の気高い雰囲気こそ感じられるもの、神聖獣であるミックがそれに気圧されて近寄れなかったとは俄かに信じ難い。まして静かな寝息をたてるこの美しき姫君が今まで芝居を演じていたようには見えなかった事もあり、やはり本物のイスマリア皇女ではないかと思えてしまう。

 それを考えると今更ながら重圧を感じ、自分に課せられた役目は如何に重大であるかとあらためて思い知らされた。

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