第18話 『○○→解錠!』
レイラの長所は物怖じしない発言力である。しかし、それは地の部分であり、本来の魅力とも言える。つまりは、意識して行える能力では無いのだ。
それは現実になっている。伝えたい事がある、街造りを成功させなければならない、少しでも理想に近づけなければならない。様々な思いがあっただろう、しかし一言で言えば重責である。それによって彼女の魅力であり、武器は鞘から抜かれる事は無かったのだから。
「それじゃあ、それで良いよっ!」
「レイラさん、いえレイラ様。ようやく領主らしい自覚が芽生えたかと思えばコレですの? いえ、こちらの方がわたくしとしても何かと良いのですが」
病院、そして併設される小規模な運動場の国軍による施工が始まって1週間ほど経っていた。
その頃、レイラは仮の領主の館といえる建物の一室内でエイラの伝えた事案について、あっさりと頷いていた。それは国軍に任せられている病院施設、及び併設される小規模な運動場についての報告であった。
ここに来てから、つい先日まではこのような事は無かった。真剣に、執拗にどのような事なのかを尋ね、自身の頭で悩みに悩んだ。良い事だ、悪くは無い、褒めて良い成長であった。
だが、正しい事が正しくない時もあると言えるのが、難儀な点であろう。自身の長所を潰してまで、それは得るべきモノ足りえなかったのだ。ただ、その自身の長所とは地であり、意識していたモノでは無かったためにソレをした事で潰れる可能性を理解できなかっただけ。
どうして、現在はソレを捨て去り、自分を取り戻せたのか。これもまた単純であった。
「でしょー? お父様みたいにビシっとやらないとって思ってたんだけど。駄目だね、わたし。なんかムカムカするっていうか、うん」
「慣れない事は無理にするものではありませんわ。ロレン様だって最初は破天荒だったとデイリー様も仰っていたではありませんか。それで良いと、いえ。それが良いんだと思いますわよ?」
「えへへー、うん。だよねー、こういう方が気楽だし、なんか楽しいんだっ」
「あら、駄目ですわよ。そのままで結構ですが、仕事は仕事。真剣に取り組んで頂かないと」
気分である。これといった論理的な根拠が在る訳では無い。ただ、なんとなく気持ちが優れない。その上で失敗続きだったのだ、当然だろう。
幸運だったのは彼女が自分らしさを取り戻す頃、その時に加藤らが自身が抜けなかった、持てなかった剣と盾になってくれた事で、最低限の問題が解決されていたというモノだろう。彼女がそれを持ち、ようやく立ち上がったときには勝負は決していたも同然だったのだから。ようやく持てた武器、それで快勝とあれば、それを自信とし、鞘から抜く事に躊躇を覚える事が減る。実に運が良い。レイラに取っても、また周りのヒト等に取っても。
「失礼な事言わないでよ、エイラったら。わたしは何時でも真剣だよ? ただ、今はそれが気楽に感じられるだけ」
「ふふっ、なら良いのですわ。そうそう、国軍のジン殿から明日の昼頃に時間を頂けないかと言うお話が……」
あれから、国軍の現地での代表であるジンを始めとした、職人や冒険者の代表格は加藤やアージェではなく、レイラに話を持っていくようになっていた。
ジンは自発的にそういった流れになったのだが、職人などの場合は加藤やアージェに話をしようとしても、そういう事ならレイラ様、などという対応をするようになったためである。最初は領主だからと頼るものではなく、信用している相手が信頼する相手であったためであった。これは加藤らの努力の賜物であると言えるし、加藤達と信頼しあえる関係を創り上げていたレイラの努力のソレであるとも言えた。
ちなみにそうなった経緯であるが、加藤の場合どうすれば良いと言われても返す言葉を容易に紡げないために投げ出した形であったと言っていいだろう。アージェの場合はこの形に持っていくために意識的に、であったが。
「ふぅ、でもあれだねぇ。なんか最近すっごく忙しいや……。ただお話をするだけでも結構疲れるよねぇ」
「愚痴を聞くだけでも疲れますからね。なにせ、聞いた時点で領主としての何かしらが着いてまわりますもの」
「ねっ。でも、職人のお爺さんのヒロのお話とかは面白いかなっ! なんか色々失敗してるらしいし、あれだよっ。領主として今度ガツンと言わないといけないねっ!」
「素晴らしい考えですわっ! やはりこういった大事の場合、組織内……という程多くもありませんから仲間内ですか? ともかく、そこを厳しく律する事は肝要ですし、えぇ」
この街の表向き、目に見える範疇での代表格はレイラを筆頭にしてエリアスール、加藤、エイラ、アージェ、ニーナ、そしてギョッセの代理と言えるマナの総勢7名。それ以外では加藤個人付きという形式でルクーツァ、店主という別格が存在するが、モンスターの影が薄い現状では、こちらも影が薄い存在であった。
ロレン、デイリーは裏の代表格と言えよう。職人、冒険者、国軍などを雇用、要請したのは彼らであるのだから。事実、本当にどうしようも無い事であったり、レイラ達には荷が重いモノであったりした場合、ジンなどは彼らに話を持っていっていた。ただし、先日までと異なり、レイラに話を通した上でと形式は変わっていたが。
その代表格の中で特に目覚しい功績を上げているのが加藤であった。が、同時に特に失態を犯しているのも加藤であると言えた。彼はこれといった得意分野が無いが、不得意分野もまた無い。無論、本来の役目は冒険者としての武力にあるが、現状ではそれほど必要とされていないのだ。必然的にどれもこれもこなせるが、どれもこれも秀でていないという万能にして器用貧乏と化していた。
街が形となりつつある現状、話の内容はより高度な、はっきり言えば面倒なモノとなっているのだ。加藤は以前の世界で何気なく得ていた知識によって難しい事柄であっても漠然とイメージを掴める長所と、詳細な点はさっぱり分からないという短所があったために、ある程度は物事を進められるが肝心な時で役立たずだったのだ。
それが、実に幸運な結果をもたらしていた。
加藤はある程度までならば難しい事であってもソレを感じ取れ、ソレを進められる。物事の第一歩を動かせるのだ。しかしレイラはそれが出来ない、どうしても掴めないからだ。理由は必要となる知識、情報などが多すぎるため、それら全てをなんとなくでさえイメージする事が出来ないのだ。
だが、一歩進んでしまえばレイラの領域である。彼女にはエリアスールとエイラという頭脳が傍に控えているのだ。要点さえ絞られていれば、彼女は生来の地によって必要な事を部下足る彼女達にどんどんと言っていく。全てはうまい具合にかみ合っていた。
「ふふー、なんか領主っぽいよね。律するとか、なんか格好良いかもっ」
「いえ、っぽいでは無くレイラ様は領主ですわよ? それと、格好良い云々は捨てて下さいね、必要ありませんから」
「えぇ、でもやっぱり良い事をしたら格好良くない? そういうのは大事だと思うなっ」
「格好良い事をしたいという考えを捨てて下さいと言っているんですわ。それを決めるのはわたくし達ではなく、それを見たヒトなのですから」
「分かるような、分からないような?」
代表格の核はレイラである。しかし肝は加藤であった。何故なら彼は失敗を普通にするからだ。どうみても失敗だと言える失敗をするのだ。実に、素晴らしい役目を果たしていた。
ただの子供の遊びではなく、大人として頑張ろうとしている彼女達に取って失敗を責める流れは必要であった。まぁいいよ、と笑う事では済まないのだから。
しかし、彼女達の強みはその信頼関係にある。ゆえに微妙な点を責める事は厳しい、それに皹を入れる事を避けたいというどうしようもない感情がある。
そこで加藤だ。彼のソレは責める必要性のある紛れも無い失態なのだから。だが、同時に彼は目に見える成果も上げている、故にそれと時を同じくして褒める事も出来た。でも、と言えるのだ。こんなにも嬉しい事はレイラには無い。
失態を犯せば責任を取らされる、当然の事だ。しかしソレは子供であった彼女らにはそこまで強いられるモノではなかった、というよりも取れる力を有していなかったというべきか。それが立場を得始めた現状に加え、加藤が凹む事で徐々に浸透し始めていたのだ。
「まぁ、それはいいや。えっと、それでジンさんだっけ? 明日、話があるっていうの」
「えぇ、そうなりますわ。恐らくですが、病院建設で必要となる石材についてだと思われます。なので、ロレン様にも既に同じような報告を上げていますわ」
「えぇっ、わたしよりお父様に先に報告したのっ!?」
「えぇ、そうですわ」
責任というモノ、それは代表格がそれぞれ感じ始めているものだ。すると面白い事に信頼関係とは別の信用が生まれるのだ。
冒険者関係でいざこざがあれば、レイラでは無くまずは加藤へと。加藤でも荷が重いと感じればルクーツァ、店主に相談を持ちかけるという具合に。この場合も同じであろう、レイラよりもエリアスールやアージェへと、そしてロレンに信用が置かれたのは当然と言えば当然だ。
「……そっか、それでお父様はなんて?」
「そうだろうね、と」
「むぅ……」
幸いにして、未だ信頼関係を上回る信用を預けるに足るヒトは、レイラ達に取っても親しい間柄のヒトばかりである。嫉妬などが芽生える事は無く、ただただ自身の無力を痛感し、同時に奮起する切欠になるのみであった。つまり、現状ではまだまだ良い意味での裏切りであったのだ。
「なんか、こういう報告が回ってくるのって……。わたしが最後?」
「そうかもしれませんわね?」
まだまだ信頼関係抜きでいけば、信用されるに足るヒトにはなれていない、それがレイラであった。とは言え、成長していないわけではない。そも、最初はその最後とは言えども報告すら回ってこなかったのだから。
加藤もアージェも自身の仕事で目一杯だったとは言え、レイラに報告はしていなかった。したところで無意味だと無意識に捉えられていたのだ、レイラという領主は。遊びではなく、仕事と感じていたためだろう、信頼できても信用は出来ないのだ。友情だけでは動かせないモノなのだから。
「やっぱり、もう少し頑張らないと駄目かなぁ。というより、領主って難しいね」
「えぇ。そうですわねぇ、ロレン様は本当に凄いですわ」
領主の責は重い。その責とはそこに住まうヒトらの『命を預かる』と言えるのだから。それを守るために必要なモノは、とてつもなく広く、深い。
とてもではないが、1人でどうこう出来る範疇では無いのだ。出来るとしたら化け物と呼ばれるヒトであろう。この世界でも化け物クラスのヒトは存在する。武力では達人級、知力では国の重鎮、技術などでは専門家。だが、それら全てを兼ね備えている真の化け物は存在しない。
存在したとするならそれは過去の『英雄』達であろう。彼らは戦いを知っており、政治を見ていて、技術も使えていたのだから。しかしそれは、原始的な世界でだからこそ出来た事、時代が進めば簡単ではなく、今の時代であれば『英雄』は『英雄』になれないやもしれぬのだから。
そんな世界での領主は本当に困難だ。本当に。だからこそ、その領主の席にレイラが存在する事が許されているというのも面白い。
誰がやっても困難なのだ、ならば年若く、著しい成長を期待できる若者にその責を与える環境、つまり大きな失敗をも許せる世界が生まれているのだから。その失敗を遥かに上回る成功を期待して。
「えぇっと、病院と運動場の事は後でエリとニーナ、出来ればヒロ達が戻ってからまた話すとして……」
「防壁陣についてですか? それもカトウが戻ってからの方が良いかと思います。現場を仕切っている翁ともカトウが一番親しい関係を造っていますからね」
「違うよ、それじゃない。わたしはね、これでも冒険者でもあるんだよ? それで、冒険者の仕事の後のお楽しみはお風呂なのっ!」
「はぁ、そうですの?」
「うんっ! だからさ、お風呂をねっ……」
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その後、戻って来た面々と明日にあるジンとの話合いにどう臨むかを話し合い、加藤が中心となって防壁についてを見直し、最後に。
「風呂場を作りたいんだよねっ!」
と、レイラは自信満々に言い放った。根拠としては環境の向上である。現状、それに類するモノでいけば屋根のある就寝できる場所、そして旨い飯である。
そこに風呂を加えたいというのがレイラの案であった。最初こそ、それは素晴らしいと賛同の声が響いた。が、すぐにでも無理とあっさりと覆されてしまう。
「余裕が無い」
なんで、と尋ねるレイラに対する答えは要約するとソレであった。現状、未だ最大の問題であるために最大の人数を動員している防壁陣、その内のひとつですら完成していないのだ。せめて、鉄壁だけでも一応の完成を見せれば多少の余裕も生まれるのだが、とはアージェの談である。アージェだけでなく、エリアスール、エイラ、ニーナも同様の意見であり、レイラはがっくりと肩を落とす。
「風呂は無理だけど、水浴び……場を簡易にでも作るってので妥協してくれ」
それを慰めるように言ったのは加藤だ。以前、ここを下見に来た時、レイラと同じく女性であるエリアスール、エイラ、マナは水浴びを大変喜んでいた。言葉に出して喜んでいたマナ、喜びを隠せない表情のエイラ、彼女達と同じ感情が声色から伝わってきたエリアスール。加藤はそれを見ていた。
男性としても、身体を清めるのは実に気持ちが良いと思えるし、加藤も風呂は好きだった。だからだろう、妥協案を出して来た。
「とは言え、まだ未完成の防壁からも出ないと水浴びは出来ない。だから最低限の守備は付けさせて貰うぞ」
「いいの? わたしの思い付きなんだけど?」
「いいさ。ここに来て初めて言っただろ、レイラが自分からなんて」
「むっ、どういう意味?」
「そういう意味だよ」
加藤が出した妥協案。それは湖畔に小さな建物を建てるというモノ。あの時の失敗を加藤は忘れていない、水浴びとは裸体にならねばいけないのだ、万が一にも以前の失敗が再発してしまえば、別の意味でここの雰囲気が険悪になりかねない。そこだけは実に慎重を喫していた。失敗を忘れない、なんとも情けない過去の経験からであるが、実に喜ばしい成長である。
「ただし、時間帯を決めさせて貰う。護衛に付けるヒトも現状では限られてくるからな。女性側の護衛はルクータとマナで、男性側は俺と店主さん、これで行く。いいか?」
「マナちゃんが? いいの?」
「あいつ、今は暇してるんだよ。それにルクータに店主は俺付って感じで捉えられてるし、巡回もこれまでやってきて信用できる冒険者を把握出来てる。ある程度なら任せられるって話だからさ。俺も話を持ち掛けられる事はあっても、自分からってのは減ってるから、問題ないし」
レイラと加藤の決定的な違い。それは知らないか知っているか、である。
ただし、これはレイラと加藤が現状を把握しているか否かという意味では無い。現場のヒトらが彼らを知っているか否かという意味である。
冒険者、職人、軍人はレイラの人となりを噂のような形でしか知らないのだ、反面、加藤の事ならばある程度知っている。信用だけでなく、信頼出来る余地が加藤にはあったのだ。
その加藤が、それを仕切るのであれば、問題は限りなく容易になる。後は信用されるために、レイラの発案であるとすれば良いだけだ。
「なんで、わたしの名前を出すの? したいって言ったのはわたしだけど、今も纏めたのはヒロでしょ?」
「ちょっと前までなら、俺が勝手にやるってのもアリだったな。でも今は違う。皆、お前の事を知っている、お前を信用して動き出している。今の安全は実際には偶然で、運が良いだけだけど。お前が俺、というよりルクータや店主、ロレンにデイリーに働きかけたおかげだってな?」
勘違いと言えるだろう。だが、そう思われ始めているのだ。偶像とはそういうモノだ。加藤は最近になってようやくであるが、ロレンを筆頭にした大人勢はそうなるように影ながら動いていたのだから。
レイラは街に住むだろうヒト、街を造っているヒトのために動き、加藤は街のために動く。根底は同じだが、捉えられ方が異なるのだ。
「それにしても、レイラがそんな事を言うなんてなぁ」
「なにそれ、わたしがまともな事言った!? みたいな反応はっ!」
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後日、本当に簡易ながらも、入浴施設が職人の長である老人主導によって、あっという間に完成した。老人曰く、水中でも耐えうる基礎を試してみたかったので好都合との事。そのためだろうか、あっという間ではあったが作業は真剣そのもので、出来は素晴らしいと言えた。
「えぇ、領主様っ!? す、すいませんっ、すぐに出っ」
「あーっ、あーっ。いいからっ、いいからぁっ!」
この水浴び場は一般のヒト、数は少ないながらも女性の職人、冒険者らが領主の人となりを少なからず知れる場として功績を挙げる場となることになる。
それが徐々に広がり、どうしても薄い存在であったレイラは、領主だからという信用だけでなく、レイラだからという信頼をも勝ち取れる土壌の1つを作る事に意図せずに成功する。
領主としての信用に加え、老人や子を持つ大人などからは孫や子供にも近い感情を抱かれ、同年齢と言える主力のヒトらには遠い存在だが、身近に感じられたために親愛以上恋愛未満のソレを抱かれ、女性からも嫉妬ではなく、友情に近いモノを抱いてもらえるようになるのだ。それゆえに信頼を許される領主へと。それは未だ領主として良い事であると断言できる状態ではない、しかしレイラに取って喜ばしい変化であるとは言えた。それがどのように生まれ変わるのか、それはいづれ分かる事。
とにもかくにも。まさしく、真の意味での偶像となりつつあった。しかし、それに彼女自身が気付く事は無い、ずっと、ずっと彼女はレイラのままであった。