第16話 『○○→実地!』
街造り、加藤達に任せられるという形を取られていたそれは、大型の死骸という存在のために通常では考えられない程に迅速に進んでいた。
冒険者という力在る労働力を得られたという意味でもそうであるが、冒険者がそういった役割に回れるという環境こそが一番の理由だろう。そのために、職人達はいつにも増して己の仕事のみに集中できたからだ。
そして、予想していない点でも作業の効率化が図られていた。それは予定通りに進むという事だ。これは何時までに作り上げるという事でもそうだが、それ以上にこういったモノを造るという計画そのもの、これを実現できているためだろう。
今までであれば、モンスターの襲来のために、何処かかしらは歪み、それを修正した事で他の箇所が歪み、と繰り返しの作業に追われる面が多かったのだ。しかし、今回に至ってはそれが無い。
また、冒険者、職人共にモンスターの脅威が無い事で、心の余裕が生まれていたためだろうか。今まで以上に協力し合うという場面が多く見られるようになっていたのだ。
加藤達が遭遇した場面が切欠であったかは分からない。しかし、冒険者は難しい、少なくとも彼らにとっては難しい作業について、積極的に職人を頼る自分を許した。同様に職人もまた、自分達で行いたい重要な作業。それを冒険者達に託すことを許したのだ。
今までであれば、互いに譲れないモノがあった。それは誇りとも言えるし、子供の見栄とも言える微妙なモノ。我侭と言ってもいいだろう。
冒険者達にも最初から理解できていた事。職人達も最初から痛感していた事だ。自分だけでは行えないという事が。互いにそれぞれの長所は分かっているのだから。自分には分からない手法を彼らは知っている。己では行えない事を彼らは容易にしてみせる。
ただ、なんとなく、意識せずに、嫌なだけであったのだ。
今まででもそういった場面はあっただろう。しかしわざわざ聞かなくとも、運べばいいだけ。しかしわざわざ頼まなくとも、自分達で行えない事もなかっただけ。だから、聞けば、頼れば何倍も効率的に行えるものを、非効率的に行ってきていただけなのだ。
しかし鉄壁という難物を加藤達、若者が持ちだして来た。これは適当に運ぶだけでは造れない。これは非力なヒトでは求められる壁を造れない。必然的に、歩み寄らねば不可能なのだ。効率的、非効率的に関係なく。
こうしたモノは、1度経験してしまえば、後は楽なものである。元々、なんとなく、そういった理由とも言えない理由のためであったのだから、当たり前ではあるだろう。
とにかくそのために、効率的に、友好的に、ヒトとヒトとしてだけでなく、冒険者と職人として協力し合う事が出来ているのだ。
「はぁー、なんか凄いなぁ」
加藤は職人と冒険者が何かを語り合っている作業場の近くでそう呟いた。つい1ヶ月前までは少しばかり積み上げられていた防壁を見上げて。そう、見上げてだ。
「まったくですねぇ。なんていうか、えぇ凄いです」
たったの1ヶ月。それだけで防壁と、いや鉄壁と呼べるモノが出来上がっていた。防壁の現場での監督者足る職人達、そしてのめり込み始めた作業員足る冒険者達が言うには、まだまだという事だが、この一帯だけで見るならば立派なモノとなっていた。このような状況でなければ、防壁をいち早く築き上げなければ治療施設があろうとも多くのヒトに待っているのは死しかないという思いが残っていたのだろう。職人と冒険者、それぞれが協力し合うようになっても、どこか必死と言えるものが現場には漂っている。
その消えない思いと、このモンスターが襲ってこないという状況、協力し合える環境という今までとは相反するモノとか混ざり合い、恐ろしい速度で防壁が造られて行っているのだ。
今もまた加藤達の横を冒険者達が一所懸命に資材を担ぎながら通り過ぎる。それの邪魔にならぬよう道を開けつつアージェもまた、加藤と同じようにその壁を見上げながら言うのだ、同じ事を。
しかし、いつまでも見つめていそうな加藤とは違い、アージェは少しばかり見つめた後にさて、と言葉を零すとくるりと向きを変えて歩き出す。加藤は歩き出したアージェに気付いて、慌ててその後を追っていく。そう、彼らには他の仕事が出てきたのだ。壁はもう、職人達に任せておけば問題ない。いや、自分達が入らない方が良いという判断だろう。既に防壁についての諸々は全て伝えてあるし、相手の理解も得ているのだから。
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「もー、遅いよ? ヒロにアージェ、なにしてたのさー」
加藤達は、仮住居と呼べるモノの中でも大きな建物へと足を運んでいた。そこは先日、職人達と話し合いを持った部屋のある所であり、会議などを行うための中心とも言える場所だ。
そこに着いた加藤らに声を掛けたのはレイラ・サックル。ここの領主となる少女、いや女性である。その傍らにはエリアスール・ラインが控えており、両隣には2人の女性が同じような顔色で座っていた。
「いや、鉄壁を見ててさ。凄いもんだよなぁ、あっという間にここまで出来ちゃうんだから。毎日見ても飽きないって、あれはさぁ」
楽しそうに、言い訳と呼べるだろうモノを口にする加藤。続けて何が凄いのか、と口にしようとした所で、それを遮るようにした言葉を投げ掛けられる。
「カトウは気楽でいいですわね? 難しい事など考えずに思うままに振舞えるのですから、まったく、本当に!」
ふんふんという鼻息が聞こえてきそうなくらいに、イラついた様子で言うのはエイラ・ファルゲート。いきなり怒声のようなモノを浴びせられた加藤が、ついつい言い返そうとした所で、やはり遮るように他の女性の言葉が飛んで来る。
「ま、まぁまぁ。エイラも落ち着きなって……。ごめんね、ヒロ。ここのところ、国軍との打ち合わせとかで色々あってさぁ。ボクもなんだけど、結構疲れちゃってるっていうか……」
頬を掻きながら、苦く笑って言うのはニーナ・エメット。彼女はそう言って、久しぶりなのに、と謝ってくる。
彼女がそういうように加藤とアージェ、ついでにマナはレイラ達とはあまり会わない期間を過ごしていたのだ。それは基本的に、防壁に集中していたためである。そのため、それ以外の方面は全て彼女らに任せて、いや投げていたと言ってもいいだろう。
とは言え、加藤は未だはっきりとしない役職、地位であるため、国軍相手の場には出ずらく。アージェは街造りで重要である防壁を一任されていたのだ。それはこの場の女性達、エイラもニーナも理解している事だ。それでも色々な鬱憤をぶつけてしまう、ぶつけられるのが彼らであった。
「あぁ、はいはい。それで? なんか急にレイラ様が呼んでいます! とか言われた理由はなんなんだ? 愚痴を聞かせるためってだけじゃないんだろ?」
加藤はニーナの言葉で現状を理解、というより空気を読んだのか、何時にもましてへらへらと軽く聞いてくる。当然のようにエイラはまったく、と頬を膨らませるようにして説明を始めた。
「当たり前です! いいですかっ、カトウ! 貴方はわたくし達のっ……。んんっ、一応、こちら側のヒトなのですから、呼んだのです!」
「いや、だからさ? なんで呼んだのって聞いてるんだよ、分かる?」
今度は誰も止めない。そのためエイラはここぞとばかりに大きな声を張り上げて騒ぎ出し、加藤も同様に大声で言い返す。
それはここへと来てからというもの、とんと見なかった日常であった。加藤とエイラが騒ぎ、ニーナが間に入ろうとしていつの間にか3人で言い争いをし始める。レイラは笑い、アージェは苦く笑う。最後にエリアスールがはいはいと手を叩いて終わりを迎える、その時には皆、色は違えど確かに笑顔であった。
「ったく、ってかニーナ。なんでお前も俺を馬鹿にするかなぁ? いつもとなんか違わないか?」
「言ったでしょ? ボクも色々疲れたんだよっ、ほんとにさー」
「はははっ、まぁこういった事が出来るのもここくらいのものでしょう。ですが、そろそろ本題を聞きたいですね?」
アージェがそう言った事で、先ほどまでの空気は急に消える。ことはない。そのままの、穏やかなモノを保ったまま、レイラがうんと頷くと本題を話し始めた。
「一応、絶対にやっておきたい防壁はある程度形が出来てきたでしょ? だから、そろそろ中身っていうの? そっちの事とか、それと……。ね?」
「中身っても、家屋とかは後々だし、大通りっていうか通路は職人さんに伝えてあるだろ? あ、あれか? もしかして運動場とかっ!?」
「残念ながら違いますね? 国軍の方です。あちらもある程度の準備が済んだようで、本格的に協力をして頂ける体制になってきたんですよ」
国軍、それは街造りのための石材であったり諸々の物資を運ぶ役目を背負ったり、今の冒険者達のように街を造る労働力となるヒトらである。
しかし、特に国軍に頼っていた輸送する物資。つまり重く、大きな石材であるが既に粗方届いており、今からという意味では必要性は無い。
同様に、モンスターの脅威が少ないために冒険者が街造りの作業の大部分を行っているために、こちらでも頼むモノが少ないという現状であったのだ。
簡単に言えば、彼らがする事が無いというものだ。そのために、どうにも関係が上手く回っていない事で彼女らは苦心しているようであった。
「いや、普通に街造りに協力して貰えばいいじゃないか。確かに冒険者のヒト達が街造り、っていうか大部分は防壁造りに入って貰ってるけどさ、この街の防壁は1つじゃないんだしさ」
だから、他の防壁造りに動いて貰えばいい。そう軽く言う加藤であるが、そうはいかないようであった。
レイラがそう出来ればいいんだけど、と言いながらため息を吐く。
「冒険者と職人のヒト達が今でこそだけど、最初はぎくしゃくしてたのは知ってるでしょ? 同じ感じで冒険者と軍人って微妙に仲が悪いんだよねぇ」
「あー、デイリーがそんなの言ってた気がしなくも? 国軍ってなると、また面倒って事なのかね?」
これもまた、そういったモノであると言えよう。基本的に冒険者にしろ、軍人にしろ、両者の長所は認め合っているところなのだ。しかし、である。
特に、彼らは互いに武の力を持つ者同士、冒険者と職人、軍人と職人と言った具合には簡単に収まらないなにかがあるのだろう。軍人がどちらかと言えば職人側とは言え、基本は武なのだから。
「そういうことですわ。恥ずかしい話ですが、国軍は冒険者を防壁造りから外し、自分達が行うべきだと言ってきていたのですが。ですが、ねぇ?」
そう、今の彼らは正直、国軍が行うよりも迅速で、正確な作業を行えていると思えて仕方が無いのだ。これは、国軍がなまじ技術肌を持ち合わせているせいと言えよう。
現状、職人がこうして欲しいと言い、冒険者はそれに従って作業を行っている。実に綺麗な役割分担、己の長所を活かしたモノだ。
だが、これが軍人となると少し変わる。職人の行動は変わらないだろう、問題は軍人である。こうした方が良い、こうするべきなのでは、そういった事でしばしば言い合いが起こる事が多々あるのだ。
これは悪い面だけでは無い。技術が最も進んでいるだろう国に住んでいる彼らの発想、それは素晴らしいモノも無いわけではないのだから。当然ながら、有益な意見が飛び出す事もあり、一概に悪だとは言えないのは確か。
しかし、既に決められた作業中にそれらが起こるのは悪であると言えるのだ。いちいち、そこかしこでそれらが起こり、職人が答え、などを繰り返していては一向に作業は進まないであろう。
今までであれば、ある程度技術が必要となる作業の場合、そうであっても冒険者よりは効率的に行えていたから良かった。しかし今は、である。
「そういう訳で、国軍の言い分は飲めないんだよねぇ。なにか、他にあるかなぁ……。まずは防壁を、そしてーって感じでしょ?」
「順序としてはそうですねぇ。勿論、それ以外でも並行して作業は進めていますが、大部分の人員を動員しているのは現状では防壁ですから……」
防壁造り、それを冒険者と国軍で協力して、というのは不可能では無いだろう。しかし作業が大幅に遅れてしまう可能性があると言うのだ。これには加藤も困ったようで、頭を悩ませるように唸り始める。
「んー、確かになぁ。職人と冒険者が打ち解けるのにだって結構時間が掛かったし。最悪、国軍のヒト達を加えたら全部パァになっちゃうかもしれないって考えると……」
常の加藤であれば、それでもそうした方が良いと言っていたかもしれない。しかしそういった事とは別の問題が彼の頭には浮かび始めていたのだ。
それは時間。正確には季節とでも言うべきだろうか。そろそろ夏が終わり、本格的な秋の季節が近づいて来ているのだ。つまり、冬も。
冬を過ぎれば春がやって来る。それは良いのだが、問題はその時、モンスターがやって来るかもしれないという点だった。
そのため、最低限の防壁は欲しいのだ。現状の作業速度でいけば完成ないしある程度は形になると予想できるもの。それが遅れる可能性はどうしても捨てたいという事だろう。
防壁の作業は現状維持が望ましい、結局はその結論に収まり、本題である国軍の扱いについては一向に良案が出ないままであった。
「……なんか、大事なのをなにも話し合えて無い気がする」
「貴方が防壁だの、モンスターだのと言い出したからでしょう! ほらっ、なにか言いなさいなっ!」
「いやいや、防壁については国軍にだってかなり関係してただろ!?」
加藤とエイラ、そしてニーナも加わりわいわいと騒ぎ始めた横で、レイラというよりはエリアスールとアージェの2人が真剣に話し始める。
「ふむ、国軍への対応ですか……。今更ですが、これまではどのように?」
「それについてですが、基本的には輸送面についてですね。そこをお願いしていました。それと並行して仮設家屋などを作ったりしていたようで」
国軍もまた、なんとも困った現状となっていた。レイラ達も困っているが、それ以上に、である。
モンスターが来ないという現状は喜ばしい事のはずだ。しかし、同時に悲しい事とも言えるだろう。仕事が無くなっているのだ、本来ならばモンスターと作業とで分担して丁度良い人数なのだから、片方の大仕事が無いとなれば、である。
なにより軍とはその名の通り、軍である。つまり人数が多いのだ。冒険者より優れた面で言えば統率が取れている点が挙げられるだろう。冒険者はどちらかと言えば個人の武で、軍は集団の陣で戦うと言えるソレに似ているとも言える。
要は、軍の責任者としてはそれを行いやすい防壁造りに協力したいというのが本音であり、それ以外の細々としたモノを冒険者に任せたいということだ。しかし、それが叶わない事は責任者も理解しているだろう。既に短期間で防壁が出来つつある、それを見れば何かしらの変化を感じずにはいられないはずだ。
「ですので、どうすれば軍の方々が納得して貰えるか。また同様に効果が生まれるのかというのが問題ですね」
「いやぁ、なんとも贅沢な悩みだ。本来だったらモンスターの襲来によって必死で、こんな事で頭を悩ましたりもしなかったでしょうに。いやぁ、なんともなんとも。ですけど、そうですねぇ」
エリアスールの説明を受けたアージェは少しばかり悩むと、レイラを見つめて口を開いた。それは、今回の計画であれば少しばかり速い、しかし普通であれば遅すぎる事を言うためだ。
「病院を造りましょう。いえ、正確に言えばそのオマケである、庭園、小さな運動場を造って貰いましょう」
「病院かぁ、うん。いいかもねっ! 予想以上にモンスターが来ないってのもあって、先送りにしてたけど……。これも防壁と同じくらい大事なモノだからねぇ」
レイラはこの状況、つまり大型の死骸によって起こっている現象を知る前までは、防壁以上に病院の重要性を語っていたのだ。それを反対する理由は無いのだろう。寧ろ喜ぶように賛成の意を伝える。
エリアスールとしても、反対する気は無いようでレイラの様子を見て軽く笑みを浮かべるだけであった。
「病院と言えば、レイラ様。確かロレン様にその事で色々お聞ききになると言っていませんでしたか?」
「うん? あぁ、うんっ! お父様に聞いたというか、その下のヒトって感じだけどね。あー、そうだ。石材を運んで貰わないと駄目だなぁ、うん。そこもお願いしようっと」
病院、治療施設で使われている床材などは特殊な加工を施された石材で造られている。それは非常に高価な代物であり、重要な資材と言えるだろう。
国軍の責任者、この場での上層部はともかく、下のヒトらにどうしようも無く溜まり始めている何かを吹き飛ばすには足りないが、少しは効果がある代物と言えるだろう。それを任せられるのは貴方達しか居ない、と言えば。
「ははっ、なんとも。ですけど、冗談なしに国軍くらいにしか頼めない物資ではあります。そもそも石材は重いですし、防壁に使うのと同様に、国から運ばねばなりませんからね。大変な大仕事です」
「とは言え、石材が必要となるのは最後の最後ですし、病院造りをお任せしていいでしょう。あちらは軍付きの職人さんもいらっしゃいますし。防壁と同様に、こちらの要望を伝えれば後はお任せ……、なんて駄目でしょうかね?」
エリアスールは、そう笑って言う。彼女としてもどうすれば良いのかが分からないのであろう。彼女もまた、アージェと同様のタイプであり、こういった状況を苦手としているようなのだから。
「うんうん、それでいいんじゃない? 病院も最初ほどじゃないけど、大規模なモノだし、国軍さんも納得してくれるよっ!」
「ははっ、流石にそうはならないでしょうね? 病院はあくまで一戸の建物ですから。僕はそちらは建前で、運動場の方に期待しているんですよ」
「と、言うと。もしかして、本当のというと変ですが。本当の運動場もこの時期から造り始めると?」
エリアスールが言うと、アージェはゆっくりと頷く。本来は人手、そして資金不足のために防壁との並行作業は不可能という見解であったが、それを強行すると言う。
人手についてはこの状況もあって、十二分に足りるだろう。しかし資金、これは難しいように感じたようで、レイラが厳しいと小さく零す。
「えぇ、確かに厳しいですね。ですが、モンスターが襲来していない状況、これを忘れてはいけませんよ」
何度も言われている事であるが、この世界において街造り、いや前進するという事は犠牲を前提にして行われている。前進ではないが、その最たる例が対大型戦であろう。
本来、この新たなる街造りにおいても、犠牲が大きくなるだろうと思われていたのだ。そして、犠牲が出ればその事に対しても対策が必要になるのだ。犠牲が出るのは仕方が無い、問題はその後どうするのかという事だ。
この世界には保険だの、年金だのは存在していない。しかし重要な戦いなどで戦死した冒険者などの遺族に最低限の対応をする制度はあるのだ。それは冒険者の始まりに由来するものであり、昔から続いているモノ。
それは親が他人を守るために死んでくれたようなもので、その他人は残された子供を見捨てるのか、という事だ。見捨てる事は出来まい、それを親の代わりとまでいかずとも守りたいという気持ち、それがこの制度の始まりだ。
そして、こういった街造りの資金繰りの際には、当然ながらそれのための資金も存在する。しかしこの現状、その必要性を感じられない、ならば。
「少しばかり、邪道ですし、悪い事をしている気にはなりますがね。ですが、より良い街を造るために国軍の方達への対応は必須です。なにより、差別という至上問題に対して、これ以上の策は無いでしょう」
「んんー、そう、だねぇ。うん、うーーーん」
レイラは悩む。アージェの言うように冒険者を始めとした、この場に来ているヒトらの被害、死ぬ可能性は当初に比べ極端に低くなっている。だが、そのための資金を使うのはどうなのだろうか。別段、加藤の前の世界のように違法であるだの、そういった事ではないし、そもそもそういったものは存在しない。その時、対応出来るか出来ないか程度でしか善悪は問われないのだから。
だが、ヒトとして悩む部分なのだろう。それは今、必死に働いてくれているヒトらのためであり、この状況とは言え、危険な場に送り出した他の街で待っている家族達のためのもの。そこで悩む、悩む、悩む。
「安心して下さい。と言うのは変な話ですがね、この案は僕が出しました。だから、僕は国元の親に手紙を書くつもりですよ。ある程度以上の資金を用意しておいて欲しい、とね」
この街造り、それは子供が大人になるためのモノ。そのためのお遣いであり、お手伝いであり、代理なのだ。子供がなにかしらの失策をすれば、その責任は未だ親に降りかかる。そして、その責任を負う事を含めた上で親は子供をこの場へと送り出しているのが殆どなのだ。
そのせいで、こういった場で活躍できるのは殆どが上流階級に位置する若者だけという弊害も出てきているものの、反対に通常では必須となる冒険者側での若者はギョッセなど普通の冒険者として抜きん出ている者が選ばれる仕組みとなっていた。その成り上がりの部分も含めて、冒険者は子供の憧れとも言える存在なのだろう。
「それは、よろしいのですか?」
エリアスールはアージェの顔色を伺うようにして尋ねる。アージェは簡単に言ってみせたが、用意して欲しい、ただその一言だけで失敗を告げるのと同義だ。
資金を集め、用意しておくだけでも、存外大変なものだ。例えそれだけの資産を有していようとも、集め、留めるとなればまた話は変わるという事。その苦労を頼むのだから、親にしてみれば困った事と言えるだろう。
「構いません、なに。そういった事を頼むのは今後必要になる事でしょう? 別に親にという意味ではなく、ですがね? これほど巨額となれば、出来るか出来ないか以前に、口にするだけでも結構疲れるものだと、今経験できましたしね?」
手紙を送る時はどれほど疲れるのか、楽しみだなどと笑って言うアージェ。これも1つの経験、そう言うのだ。そして、続けて言う。心配はしていない、と。
「防壁は鉄壁だけですが、ある程度形になっています。小型程度なら大丈夫でしょう、問題は中型です。ですけど、既に街の象徴である防壁は出来上がりつつあります。つまり街となりつつあるんです、そうなれば」
ここは最前線の街になる。そう言って3人で騒いでいる彼らに視線を移した。レイラとエリアスールもまた、彼らを見た。そこには、2人の女性に良い様に馬鹿にされて落ち込み始めた1人の青年がいた。
「大丈夫ですよ、この状況もそうですし、デイリー様やルクーツァさん、加えて灯楼も居るんです。今僕が言ったのはあくまでも形式上、一応という意味でですしね?」
「そうだよねっ! 少なくとも、今年は大丈夫。うん、まずは関係を大事にするのが大事だよねっ!」
レイラも、国軍相手の微妙なやり取りには疲労していたようで、少しばかり明るくなって先ほどとは言葉を変えて言う。遺族のための資金を使うのは申し訳なくて嫌、ならば絶対に遺族が出ないようにすれば良い。なんともいえない極論だが、彼らにはそれで丁度良いのだろう。
「……そうですね。既に用途を決めていた資金を動かすのは何処か変な気持ちになりますが。えぇ、そうしましょう」
エリアスールは少しばかり悩む、というより周囲を見渡した後、笑った言った。資金、これはそれぞれの種族の国、そして主要な街、有力なヒトらが出資しているモノだ。防壁を造るために幾ら、病院を造るために、という細かいモノではなく、街を造るために、という大雑把なモノだ。それらを細かくし、用途を決めるのは彼らの仕事。
その意味で、別口から資金を追加というのは間違ったやり方であり、確かに気持ちが揺らぐだろう。本来であれば、これだけのお小遣いを与える、その分で街を造れというお遣いなのだから。そこにおねだりを加えるのはいささか、という事だ。
「あれ? なんか話が纏まったのか?」
エイラ達と会話を下らない話にまで質を下げていた加藤が、うんうんと頷き合うレイラ達を見取って真面目な方の環に帰還を果たす。
同様にして、エイラとニーナも顔に疑問を浮かべながらも、状況を思い出したのか、少しばかり顔を赤らめながら加わってくる。
「ふふっ、えぇ。アージェさんが頑張って下さるそうでして、本当の運動施設の方もこの時期から着手する事になりました。そこを国軍の皆さんにお願いしようといった方向ですね」
「国軍に、スポーツとやらのための施設をですか。ん、どうなるか不安ですが、わたくしとしては良いと思いますわ」
「そうでしょうっ! やはり国軍にあの施設、というよりもスポーツという存在を知って貰い、国で広めて貰う! やはりコレが必須なんですよっ!」
エリアスールが簡潔に説明をすると、エイラは一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、すぐに同意を示す。と、アージェが嬉しそうに語り出した。
どうにも、彼は加藤以上に運動場、スポーツの力というモノを信じている節があるようで、この話題となると彼らしくもなく熱い男となるのだ。
「運動場もかぁ。でも、運動場ってどう造るのかって決まってなくなかったっけ? 造るのは当分先だからぁってさ」
「嫌ですよ、ヒロ君。僕らの仕事だった防壁はひと段落着きました。なら、今度は運動場、加えて国軍と冒険者などのヒトらの間に緩衝材として入るべきです。そしてっ! そしてですよっ……」
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この日、加藤達は夜になり、空が明るむまで語り合った。序盤はアージェの独壇場で、中盤は加藤とエイラが喧嘩を初め、最後には全員が睡魔に敗北を喫した。いや、女性陣、というよりエイラとレイラが最後の力を振り絞り、加藤とアージェだけは部屋から追い出して、だが。
「眠い……。ここから宿舎までどれくらいだっけ?」
「そうですね、徒歩でそれなりだったかと……」
追い出された加藤とアージェは、自分達に割り振られている仮住居を目指してとぼとぼと歩いていた。別段、レイラ達の居る建物でも問題は無いのだが、頭が働いていないのかもしれない。
「そっか……。あー、朝だなぁ。あ、なんか急に腹減ったわ」
「確かに、そうかもしれません。ですが、料理人も決まった時間しかいませんからねぇ。それを待っていては眠れない、ですがこの腹の音は……」
その日、結局彼らは長く眠る事は出来無かった。そしてまだまだ眠い眼をこすりながら、昼を少し過ぎた辺りで国軍との話し合いが持たれる事となるのだ。
鉄壁を始めとした防壁陣と同じく、この街の、他の街とは異なる、ほんの少しの違い。それがいよいよ2つ揃おうとしていた。