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異なる世界で見つけた○○!  作者: 珈琲に砂糖は二杯
第四章《美味しい空気とその理由》
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第15話 『○○→目地!』

 

 甲高い音が鳴り響いていた、それが止んだと思えば重々しい音、いや振動が空気へと伝わっている。

 ある程度それが続くと、次に聞こえてくるのはヒトの叫び声だ。しかし悲鳴ではない、それは怒声である。


「そうではないっ! もっと均等に塗るんだっ! あぁーーー、違う違う違う!」


「そうは言われてもなぁ、おら達は冒険者でよ? 運んだりなんだり、置いたりするだけなら出来るけどもぉ、こういうのはよぉ」


 加藤と職人達、それぞれが智恵を出し合って造られている防壁、又の名を鉄壁。実際は鉄を用いてはいないし、今までのモノに比べ耐久性は上がったとは言え、弱点と呼べるものもあると未だ鉄壁の名に相応しいとは言えないだろう。しかしヒトが鉄の武器を持った時と同じように、この壁に何かを見ているという事。それは小さな違いだ。今までであれば、多少工夫を凝らした防壁であろうとも、職人達が別名で呼ぶなどなかったのだから、そういった面でもそれは見て取れる。


「鉄壁にするためには、おれらみたいな非力なのじゃ駄目なんだ! あんたら冒険者の力が必要なんだよ! 精密に置く事を許せる持久力! 硬い粘土を均等に塗り広げられる腕力! その他にだって数えればキリがない! 頼むっ、頑張ってくれ!」


「困ったなぁ、おらは冒険者としてここさ来たんだけんどぉ。それなら良いけども、これは無理だぁ」


 しかし職人の求めるモノ、それに必要な労力である冒険者達にはなんとも言えない表情を浮かべる者が多かった。

 こういった対モンスター戦以外での仕事、それは最初のような単純作業、今までの防壁造りのような輸送を主にする力仕事。これらを予想していた者ばかりなのだ。中には討伐系の仕事よりも修復系などの仕事を好むため積極的に仕事に励む冒険者もいたが、大多数はこういったモノを嫌う類であるため、作業は思うように進んでいなかった。

 いや、正確には出来ないのではない。やりたくない、やれないと思っているために手を動かしているヒトが少ないためだった。


「どうも進んでいないみたいですねぇ。これはいけません、いけませんよ。やはり最初に鉄壁ではなく、普通の防壁にするべきでしたか……」


「最初に難しいのをやった方がいいと思うけどねぇ、その後が楽に感じるだろうし? 体力も今なら十分だろうしさ」


 それを見ていたアージェ、そして加藤はそれぞれ思い思いに口走る。しかし加藤は実に適当な声色で、ただただ少しばかり姿を現しだした鉄壁を呆然と見つめていた。


「まったく、嬉しいのは分かりますがね? もう少ししゃんとして貰えますか、ヒロ君?」


「いやぁ、なんかさー。本当にやってるんだなぁって、そういうのが色々と、さ」


「やっていますが、進んでいません。鉄壁が出来上がっていくのが嬉しいのなら、尚の事この現状をどうにかしないと駄目でしょうに……」


 アージェはそう言ってため息を吐くと歩き出し、はいはいと大声で注目を集めつつ、注意を与えていく。しかし未だヒトらに知られていないアージェのソレでは力が足りない、むしろ反対の効果を与え出す。


「おめぇ、偉そうだなぁ。難しいんだぞぉ、これはよぉ。出来ない出来ない言ってないでやれぇなんて言うがなぁ?」


「まったく、いいですか! あなた達は冒険者で、僕達は雇い主ですっ! さっさと仕事をして下さい!」


 アージェはそう言い切る。まるでそう言うのが正しいのだと言わんばかりに。何故、慎重なはずであるアージェがこうも強気で言うのか。

 それはアージェの長所であり、短所のためである。優れたヒトを知り、それに倣うというモノだ。この場合は自身の父親や母親、そして姉であろう。

 竜人族とはある意味で綺麗な縦型社会である、武力、知力など力に秀でた者に従うというモノ。そして力在るヒトが言うソレも同様に力在るモノなのだ。

 だが、それは力が在るヒトが言うだけでは意味を成さないコトをアージェは忘れていた。力が在り、尚且つソレをヒトらに示さねばいけない事を。

 アージェは示せない。彼の力は智なのだから。この場で求められる力は有していないのだから。


「だからぁ、難しいんだぁ。そんなに簡単にやれぇって言うくらいだぁ、お前ぇやってみろぉよ。出来るんだろうぅ? もやしみたいなお前ぇにでもよぉ」


「なっ、そ……それは」


 しかし、忘れてはならない。彼自身にその力が無いとしても、その力を持つ友はいることを。力とは何も武や智だけでは無いのは誰しも知っている事、その力を彼は1年ほど前から着々と育てて来た。その力は決して裏切らない、決して。


「まったく、いきなり大声出して何かやり始めたと思ったら……。こういうのは職人さん達に任せておけばいいのにさぁ」


 そう言いながら、加藤はちらりとある方向に目を向ける。その向けられた場所にはヒトがいた。そのヒトはゆっくりとこちらに近づいて来ていた。


「まぁ、慣れていない仕事ってのはあるけど、不可能なくらい難しい仕事って訳じゃーないってあのお爺さんも言ってたしなぁ。その証に、俺と……この娘でやってやるよ」


「えぇっ!? なんかこっち来いみたいな感じだったから来たんですけど、わたしには厳しいんじゃ!?」


 加藤の目配せを見て、とことこと歩み寄って来た少女、マナは慌ててそう言う。この仕事を任せられているのは筋骨隆々の大男ばかりで、加藤ですら厳しそうに思えるのに、少女のマナではどう考えても。

 しかしそう言うマナに加藤は問題無いと笑って言う。マナとしても師匠であるギョッセと同等に信頼を寄せる相手からそう言われてしまえば断りの言葉を紡ぐ事は困難だった。少しばかり後悔したような顔色ながらも、もういいですと言うと顔色をがらりと変えて、やる気を醸し出している。


「ぐぁはは! ちっこいのじゃあ、この石は持てねぇぞ? お前らみたいな子供のする仕事じゃねぇんだぁ」


「その子供にも出来る事が出来ない大人って、情けないとは思わないのか?」


 アージェを馬鹿にされた事で気が立っていたのか、常の彼らしくもない。老人に教えられた事すら忘れたかのように、幾分荒く言い返す加藤。

 言われた大男は顔を赤くして怒鳴り返そうとするが、加藤が石を、大きすぎる、重すぎる石を、持った事で、それは止まった。


「うぉ!? お、重いっ! マナ、マナ! 反対側、反対側!!」


「え、え!? わ、わ、わ!」


 騒がしくしながらも、重い石をゆっくりと、足を地面に滑らせるようにしながら運んでいく。

 この特別な防壁は今までの防壁と造り方が異なっている。大きめの石を使っているという点もそうだし、それを精確に配置していかなければならないのだ。その鉄壁は少しづつだが高くなっているため、その高さまで運ぶための小山がある。それは土を盛り、木の板を置いただけの簡素な坂道で、非力な者のために坂が緩やかなどという配慮が一切ないもの。

 しかし、そこをゆっくりと、先ほどよりもゆっくりと、進んでいく。しかし、実に危ない挙動、いつ石を落とすか分からない。石を落とせば加藤はまだしも、マナは大怪我を負ってしまうかもしれない。最悪、小山が崩れるやもしれない。そういった不安が大男を始めとした屈強な冒険者達に広がっていく、そんな光景だ。


「ふぅ、ふぅ、あと少し! マナ、支えるだけでいいからな! 無理だと思えば止めて大丈夫だ。俺、持ち方が分かって来たからさ」


「はぁはぁ、最後までやらなきゃ意味がない! 師匠の教えです! わたしは頑張れますよっ!」


 そう互いを励まし合いながら、大男達であれば普通にこなせる作業を行っていく。一歩、一歩、進んでいくと、遂には置く場所。作業場所まで石材を運ぶ事に成功する。思わず、意識せずにだろう。大男ははぁと大きく息を吐いた。


「よぉっし! 次は粘土だなっ! んだ、これ? かったっ!? 粘土ってぐにゃぐにゃしてるもんじゃないっけ?」


「カトウさん、職人さん達の話を聞いてなかったんですか? なんでも、多少の雨が作業中に降っても大丈夫なようにとかなんとか?」


 石材をゆっくりと安置すると、次の作業に取り掛かろうとする2人。加藤はまだしも、マナがそれをする姿はどうみても泥遊びに興じている子供にしか見えなかった。しかし、これは鉄壁を造ろうとする職人の仕事、お遊びでは断じて無い。


「うぅー、これ……わたしだと厳しいかもしれません」


 マナは均一に伸ばす作業だと言うのに、あまりの粘土の固さのためか、腕力では無理と判断し己の全体重を賭けるようにどしどしと踏みならしていた。だが、それでも大した効果は見て取れない。


「まぁ、マナは小っちゃいしなぁ……。ま、ここは俺に任せておけって! 見とけよっ、俺の防壁工事で培った技をっ! ……、んんんん! ……っはぁ、これは長い戦いになりそうだ」


 加藤の様子を見たマナがため息を吐きながらも、再度小さな身体で頑張ろうとしていた時。

 そこまで、そこまで見て我慢の限界を迎えたのだろう。大男は、頭を乱暴に掻き回した後、先ほどの粘土を踏みつけていたマナと同じように、しかし遥かに重量感のある音を響かせながら歩いて行く。


「どけ、見てられねぇよぉ。でもぉ、小さいくせに良くやるもんだぁ。これを伸ばすコツはぁ、ゆっくりとぉ力を篭め続ける事だぁ。まぁ、だぁから疲れるんだけどなぁ」


 加藤から伸ばすための道具を奪うようにして取ると、あっさりと、一見して簡単にそれをしてみせる大男。思わず、加藤もほぅと感嘆の息を漏らしてしまうほどだ。マナに至っては信じられないと愕然してしまっている。


「ははっ、やれるんじゃないですか! ったく、疲れたならそう言ってくれればアージェだってあぁは言わなかっただろうに」


「色々ぉ、あるんだぁ」


 冒険者の恥とは何か。それはマナが叫んだ言葉がその1つであると言えよう。要は、逃げる事である。戦う事が役目である冒険者は、モンスターを前にして逃げる事は恥なのだ。だからこそ、彼らは自分は冒険者だから、こういった仕事はやりたくない、そう誤魔化していたのだろう。疲れたから止めるなど、彼らのような大男には恥となるのかもしれない。


「いやいや、これは疲れるって! ぶっちゃけ、これを10回、100回ってやると思ったら、中型を相手にしてる方がよっぽど楽だよ」


「ぐぁははっ! 馬鹿かぁ、小さいの! 中型の方がよっぽど恐ろしいわぁ、まぁいい。今のを見て、他の若くて小さいのがやろうとし始めてるぅ。お前は大丈夫だったけどぉ、他のはきっと無理だぁ。こんなので死なれちゃ困るぅ、おら達がやるさぁ」


 大男が言うように、加藤が、そして何よりマナという少女がやってのけたのだ。自分も、と言う若者が多く見られるのも確かだった。それは危険だと判断したのだろう。一時、急に慣れない仕事を押し付けられた事でついつい熱くなってしまったとは言え、彼は熟練の冒険者。そういった事を知ったとあれば、じっとしてはいられなかったのだ。

 他の大柄な冒険者達も、仕方ないといった風でゆっくりと、しかし確かに動き出す。面白い事に、彼らにしてはゆっくりとしたその歩みであっても、先ほどの加藤とマナの動きと比べれば、在り得ない程に速く、そして安心できる動きであった。


「いやぁ、やっぱ俺ももう少し鍛えないと駄目かなぁ。流石にあれを軽々とは持てないし」


「はぁ、凄いですよねぇ……。モンスター相手の強さだったら、カトウさんの方が絶対強いのに、これだと駄目駄目でしたし」


「いや、なにそれ。俺は別に……」


 加藤とマナが何かについて、話を始めようとしていた時だった。忘れられていた男が恥ずかしげにしつつも、んんっと咳払いをする。

 流石に2人も気が付いたようで、おぉと手を上げて男を招く。


「いや、助かりましたよ。ヒロ君、流石ですねぇ」


 アージェもまた、加藤を褒めるようにして感謝の意を述べる。しかし加藤はマナとアージェに対して、そうではないと、造りかけの鉄壁を、そこで再び汗を流し始めた冒険者達を見つめながら、小さく零す。


「違うって……、言ったろ? 職人さん達に任せておけば良いのにってさ。最初からあのヒト達だってやるつもりはあったと思うんだよ。あのヒト達の動きを見たら分かるだろ、コツっていうかそういうのを掴んでる。やってみて分かったけど、かなり難しいのにさ」


 やる気の無い者がそれを掴めるだろうか。加藤はそう言って振り向く。

 こうは言ってはなんだが、冒険者にしろ、職人にしろ、遣り甲斐というモノは確かに存在する。汚い言葉で言えば、モンスターを倒した瞬間が堪らないというヒトもいるだろう。職人であれば、造ったモノの完成した姿を見た時が堪らないのかもしれない。

 そういった意味で、この鉄壁造りには冒険者達は遣り甲斐を見出せなかったのだろう。普通の壁作りであれば惰性で行えたが、これは違うのだ。そういったモノが何かしら必要になるのだろう。

 そして、その何かしらは自分達にしか行えない。安全には、完璧には。この仕事もまた危険なモノであり、マナのような若く、非力な冒険者には任せられない。

 そういった別の方向からの遣り甲斐、それに似た何かを得たという事だろう。だが、これは職人と冒険者の対比で事足りる事でもある。あのままいけば、職人達が自分達でやると言い出していただろう。そして、その様子を見た彼らは。


「なぁ? まぁ、職人さん達がやるよか、俺らがやった方が安全だから、結果的には良かったけどさ」


「僕もマナさんも、そういった事で凄いと言っている訳じゃないんですがねぇ……。まぁ、いいでしょう」


 ただ、とアージェは付け足す様にして、最後に軽く、しかして加藤にとっても重過ぎることを口にして笑って歩いて行った。


「それと……。遠慮か、謙虚か知りませんが。さっきみたいなのを繰り返すと嫌味なヒトにしか思えませんよ?」


「ちょっ! 嫌味って、どこがだよ!?」


 離れていくアージェを追いながら、加藤はどうして、どこが、なにがと問い詰める言葉を叫ぶように口にする。


「はぁ、なんだか大変です。師匠、わたしは頑張ってますよ?」


 憧れの存在の情けない姿を視界に収めながら、疲れた手足をふるふると揺らしながら、マナは空を見つめるのだった。

 その空の一部、見上げた視界には、ゆっくりと、ヒトを守る存在が加わろうとしていた。

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