第14話 『○○→下地!』
ほんの小さな違い、防壁自体は街というモノが考えられた時期から程度は違えど存在するモノだ。そして年月を経ていくと防壁の重要性もまた広く知られていく事になったため、これを重視するという加藤らの意見は職人達にも理解出来ないモノでは無かった。
しかし、加藤とは絶対的に異なる点が存在するのも確かだった。
それは防壁というモノ、それがどういった目的で存在しているのかという考えである。基本的に、防壁というのは小型モンスターを筆頭に、野犬であったり比較的小さな脅威を排除するためのものであった。
中型モンスター、ましてや大型モンスターが防壁間近まで迫ったとあれば、ヒトは逃げる準備をする。最前線に近づけば近づくほど、中型程度では住民は動揺しなくなるとは言え、それでも不安は感じる。その程度の信頼性、それが防壁というのがこの世界の常識であったのだ。
だが加藤は防壁を最低でも中型ならば幾ら来ようが恐れるに足らない、そんな安心を与えられる存在にしたいと言い張る。ここで違いが生まれる。
「お前さんはそう言うがな、我らとて今まで何の努力もして来なかった訳では無いっ! そんなモノが出来るのであれば、当の昔にそうしていたわっ!」
職人側の代表である、老人が唾を飛ばす勢いでそう言った。この世界の技術力で防壁のような巨大な建築物を造るとなれば石を用いる他無いのだ。どうしても限界があると言う事だろう。
老人を始め、職人側は理想を語る加藤に夢を見すぎだと厳しい意見、いや現実を教えようとしていた。
「確かに今はそうかもしれない。だけどやらないままだとずっとこのままですよっ! どんな方法でも良い、それを試すべきだっ!」
加藤も負けじと言い返す。しかし、そこに職人達のような歴史、経験からの根拠は一切無い。加藤がこの世界でも出来ると考えた防壁というのは幾重にも張り巡らせた防壁陣だ。それは防壁としては今までのソレと何ら変わらない、ただ増やしただけだ。
「分からないのか、それでは何の意味も無いだろう! もっと他に無いのかっ!?」
「そう言われたって、俺にはこれくらいしか浮かばないんですってばっ!?」
「そのために我らがここにいるんだろうがっ! ほれっ、さっさと何か言うてみぃ! なんだって良い、防壁を増やす。そんな簡単な、だが我らは考えていなかった方法を思い付くお前さんだ、何かあるだろう!?」
職人はそう言う。そう、そんな防壁は造りたくない。そう言っている訳では無いのだ。どうせ造るならばもっと良いものを、加藤が考えているモノよりも、もっと、もっと。それを考えるために互いに罵倒するかの如く意見を出し合っていただけである。
このようなやり取りもまた、今までの街造りには無かったもので。ほんの小さな違いの1つであると言えるだろう。本来、職人に求められるのはその知識や発想では無く、求めたモノを造って行く事だけなのだ。このような機会、彼らにしても初めての経験であろう。どうしたらより良いモノを作れるのかを上層部と言える加藤達と語り合うなど。
ならば、と語りに語り合っていた。最初には存在していたお互いの立場ゆえの遠慮は既に影も形も無くなってしまうほどに。
「あー、あ? そうだ、草。草を使おう!」
「草? なんじゃそれは。そんなもので防壁が強くなるのか?」
「いや、草というか、なんというか。まぁ昔……ってほどじゃないんですけどね。小さな建物みたいなのを造った事があったんですよ、それで……」
加藤はテントを作った時を思い出した事で、何かを思い付いたようだった。それは骨組み、そして補強という概念であった。それ自体はこの世界でも在る。普通の家屋などを造る際、大黒柱と呼べるモノは存在するし、それ以外でもあると言えよう。
だが、防壁ほど巨大なモノとなると、普通に石を積み上げていくだけであった。そこにもソレを入れようでは無いか、加藤はそう言って職人達を見た。
「んむぅ。悪くは無い、悪くは無いが……石を積み上げていく防壁にそれは難しい。というよりどうすれば良いのかが分からん」
しかし反応は弱かった。そこで加藤は前の世界の知識を元にした、加藤の常識を告げる。
「見てみて思っていた事で、ここで話をしていて分かった事なんだけど。ただ石を積み上げているだけですよね、砂利とかを使ってはいるみたいだったけど」
この世界には当たり前であるが、建築基準法など存在しない。耐震強度であったり、その他諸々の安全性などは考慮されていないと言えるだろう。正確には、その道のプロである職人が安全であると言えば安全という考えであって、全くそれを考えていないという訳では無いのだが。
そういった極端な言い方をすれば、雑な印象を受ける面が、この世界の建築物には多く見受けられたのだろう。加藤はそう言って、職人の顔色を伺っていた。
「ほっほぅ、ただ、積み上げている、だけ? ふむふむ……」
老人は顔を引き攣らせながら、暫し無言になる。その様子を見た老人の弟子らしき若い職人が少しばかり嬉しそうにしながら加藤に食って掛かった。
「はぁ、これだから素人さんはいけねぇや。いいか、ただ積み上げているだって? んなわきゃーないだろう、あれはなぁ、っ!?」
しかし、ふふんと胸を張りながら講釈を述べようとした若者へと、老人が軽く拳を振り下ろした事で、その口は閉じられた。どうして、そう言いたげな目で若者は老人を見る。老人はその顔色が気に食わない、そう言ってから叱る口調で、しかし感謝の意も篭めて言葉を紡ぐ。
「クソガキが、誰がお前の意見を聞いている? だが、気持ちは分からんでもない。少し黙ってろぃ、それで許す! ……すまんな? だが、もう少し言葉の使い方を学んだ方が良い」
老人は、勘違いするな、と続けて言うと加藤に大人として説教を1つ与え出す。この場は互いに意見を出し合うというモノで、率直な意見を述べるのは正しい事。しかし相手を少し考えてから言葉に出すようにしなければ、いづれ痛い目に合う事もあるだろう、そう言うと再び軽い侘びを入れる老人。
「まぁ、そんなの今はどうでもよかったかの? すまんな、それで……。お前さんは何が言いたい?」
「あ、はい。見た所、あれは石の重さで固定してる感じがしました。なんていうか……、失礼な話ですけど普通の家屋とかに比べて雑な印象を受けたんです」
加藤は少し考えるようにしてから、そう言う。老人はその少しの違いにうんうんと頷くとそれでどうした、と先を促す。
加藤はほぅと安堵を吐息を漏らしてから、自分の感想を、淡々と、しかし丁寧に述べていく。
そもそも加藤は元の世界で、日本と呼ばれている国に暮らしていた。そこは地震と呼ばれる現象が多発する地域であった。いや、元の世界では多少なりとも知られている現象と言えるだろう。
しかし、この世界でソレと呼べる揺れを感じたのはある程度の距離で中型が猛威を振るった時、或いは目の前で小型の攻撃を受けた時以外にはほぼ皆無、その現象を1年以上の期間でただの1度足りとも経験していなかった。それは日本人と呼ばれたヒトである加藤に取って違和感となっていたのかもしれない。
別に加藤は耐震というモノについて詳しい訳では無い。それに備えるための設備というモノについても同様だ。しかし、こうとなれば別である、考える、何が足りないのかと考えれば自然と沸くものだ。それは簡単な事、崩れないようにすれば良い。たったそれだけ、後はどうするのか、そこだけだ。そここそが難しいのだが。
そんな事を考えても、今の世界に地震という何かを揺るがし、全てを震わせる脅威、恐怖は存在しない。いや、存在はするのだろうが、そうそう発生はしない地域なのだろう。
だが、地震と同じ、いやヒトに取っては意思のようなモノを持っている以上、それを上回る脅威がこの世界には存在するのだ。それはモンスター、ならばその震えに対するなにかを考えるべきで、日本人の加藤にとってソレと似た対策を考えさせるものが地震なのだろう。
この世界でも理解されるよう、加藤は冒険者として感じたその揺れを地震に置き換えて説明をする。それは脅威であり、それは恐怖だったのだと。しかし、その時自分はどれほど震えようと、大地はそこに揺るがずに存在していた。ならば、と。
「って感じなんですよ。どうにか強くできないかなぁっと。一応、思い付く範囲では、つなぎ……。粘土とか何かで石同士の隙間を埋める感じとかはどうかなぁって」
「ふむ、なるほど。つまりそうすることで小さな、少なくとも中型どもからすれば小さな石の積み重ねである防壁を、一個の巨大な岩にしようという訳か。うーむ、一考の余地はあるのぅ」
老人がふむふむと唸るように考え込み出すと、若者を始めとした職人達もそれぞれに考え込み、それぞれの意見を出していく。
費用はどうなるのか、粘土自体は良いとしてそれで強度が増すのかどうか、そうだとして着工までに仕様に耐えるモノを作り上げられるのか。加藤にはすぐさま思い付かない知識、常識を次々と上げてくる。
「ヒロ君、凄いですね。職人さん達が真剣になって聞いてくれていますよ。僕だけの時はこうはいきませんでした」
加藤と共にこの場にいるヒトは職人達だけではない。こちら側からアージェも出ているのだ。若者として。
責任者としてデイリーも席についてはいるものの、加藤とアージェのみに任せ、自身は沈黙を守っていた。
同じく、加藤と職人達のやり取りを静観していたアージェだったが、職人側で話し合いが生じたため、加藤に話しかけているというものだ。
話しかけられた、いや褒められた加藤は若干照れた風にそんなもんじゃない、そう言ってため息を吐く。
「そうですか? 職人さんも真剣に聞いていましたし、今だってこうして」
「俺がしたいのはあそこに混ざる事なんだよなぁ。だけど、無理だよなぁ俺じゃ。あーしたい、こーしたいって言うのが精一杯なんだよ。こうするにはあーしないと、って会話をしてみたいもんだよ」
加藤はアージェの話を途中で遮るように言う。駄々を捏ねる子供のように、欲しいモノを見つめるように職人達の会話を見つめながら。改めて、自分に足りない部分を見つめなおすように。
「……ははっ、そうかもしれませんね。ヒロ君は発想とかは奇抜で面白いですが、後に続かない。うん、確かに勉強不足かもしれませんね。でも、今はそれでいい、それでいいんです」
アージェは加藤が求める事を行える若者だ。レイラ達、加藤を含めた計画組みの若者の中では随一と言ってもいいだろう。
しかし、アージェには加藤のような発想は浮かばない、今まで経験してきた事、学んだ知識の中から最良のモノを選択する事だけしか、今は、出来ない。
アージェの顔も、加藤のソレと似たような色を浮かべていた。きっと、おそらく、加藤と同じような願望を抱えているのだろう。しかし、アージェは加藤と違い長年ある大人を見続けていたという経験がある。それは責任を背負う大人の背中だ。加藤も同じく大人の背中を見ていたが、その外での姿を見た事は無い。
自分のためだけに見せた親の背中を見た事があっても、知らない誰かのために見せる社会人としての背中は見た事が無かったためだ。
今の自分に出来うる事を全力で。これは常々、加藤達若者の間で言われている事だ。
冒険者としてはソレを骨身に染みて理解できている加藤であるが、こうなると難しいようで、どうしてもという具合だろう。しかし、加藤はアージェの言う言葉に、そうだよなぁと悔しそうに、しかし確りと返事をする。
少しだけ、ほんの少しだけ理解は出来なくても、納得は出来なくても、それを受け入れなければならないという事を知っていく加藤であった。
若者2人の会話が静かになったところで、職人達の会話もまたひと段落したようであった。老人はゆっくりと加藤へと意見を求める。
「ふむ……。お前さんが言っていた手法じゃが、なんとかなりそうだわぃ。じゃが、それをするにはちと余計な作業が必要になりそうでの? お前さんの言う今まで以上に頑強な防壁、鉄壁とでも言うのかの? それは出来ても1つじゃ」
老人はそう言う。加藤は驚いて目の前に置かれている机から身を乗り出す勢いでそれの確認を取る。それは本当なのか、と。
老人は当然だ、と胸を張って言う。しかし加藤には信じられなかったのだろう。こういう感じならという曖昧すぎる意見を、少し会話しただけで実行出来ると断言している事が。
「でもっ、本当ですか!? だって、俺の意見なんて適当も良い所でしたしっ」
「ほぅ、適当か。それは面白い! しかしな若いの、それでいいんじゃ。適当で結構! この場でその適当を言う事が大事よ。それでもと言うのであれば、覚えておけ。ワシらは職人だ。いいか、職人だ」
こうしたいと言われれば、そうするためにどうにかする。それが職人なのだ。老人は、いや職人達はしたり顔で言ってのける。
「お前さんもそうじゃろう? のぅ、冒険者でもある若いの?」
冒険者もまた職人である。この世界においては最も偉大である職人かもしれない。誰かの命を守りたい、そのためにどうにかして守る。なるほど、確かに職人だ、そう感じたかのように加藤はゆっくりと頷いた。
「そういう事よ、そういうモノよ。そして冒険者としてお前さんが感じたモノは、確かに大切な事だったはず。ならば、職人として応えてみせようではないか、のぅ!」
老人が力強くそう職人達に問えば、同じく力強く返事がある。当然だ、と言わんばかりに。話し合いがもたれた一室は奇妙な興奮に包まれていた。
興奮とは一種の感動だ。感動とは一種の共感だ。共感とは一種の友情だ。友情とは。
ほんの少しだけ、依頼する側とされる側の間に、関係に違いが生まれた。ほんの少しだけ、しかし確実に違う。自分の曖昧な意見を基にして大丈夫なのか、と不安を顔に浮かべていた加藤でさえも、いけると思ってしまうほどの。
ソレは勘違いなのかもしれない、しかしソレはきっと大事なモノだ。何事も出来ると思って臨まなければ成功など在りえないのだから。職人達にしても同様だろう、そうと強く思えるこの場で感じたソレはきっと大事なモノだ。
この話し合いの翌日から、いよいよ街の象徴である安心が、防壁が造り始められる事となるのだった。
いよいよ、街が、どこの街とも同じく街と呼ばれるモノが、しかしほんの少し違う街がその姿を現そうとしていたのだ。