第11話 『○○→切上!』
静かだった湖畔に、何かと何かがぶつかるような甲高い音がしばらくすると、大きすぎる歯軋りのような音が鳴り響いた。最後には一際大きな音が1つ起こり、また静かなものへと戻るというのが繰り返されていた。
「ほんとに木を切り倒すなんてなぁ……。ってか、ルクータ? なんでわざわざ斧なんかでやってるんだ? 普通にあの剣でズバッっとやらないのか?」
「ふぅ……、カトー。木を切り倒すなど剣でする事ではないだろう? そもそも、斧の方が効率的だしな」
ルクーツァは斧を肩に担ぎながら、軽く言う。その隣では同じく斧を持った店主が笑いながら頷いていた。
「でもさぁ、木よりも硬い皮膚? みたいなのがある中型をスパッ! って切れるのに、木には斧とか……」
「別に木を剣で切れないわけじゃねぇぞ、小僧。だが、スパッっとやらは難しいな? いや、そういうのも出来るにゃ出来るが、精々が……この木くらいのだろうよ」
店主は未だ笑いながら、斧で切り倒した木々よりも幾分細いものに手を当てて言う。
そして説明をしていく。それは硬い表皮、鱗と呼べるソレを持つ中型と木の違いについてからだった。
「確かに木は中型の表皮よか、やらかいわな? だがな、中型の場合は鱗の下は木なんかと違ってやらけぇ肉なのよ。だが木は中身も木だ……分かるか?」
「なんとなく? でも、鱗を切れるなら木くらい簡単だと思うだろ?」
1度疑問に思えば、それを納得できるまで聞きたくなるという悪癖、いや良い部分と言うべきソレが出始めた加藤。子供のようになんで、なんでと聞いてくる。
「確かに、中型の鱗を簡単に切れるならその通りだわな? だけど小僧は勘違いしてるみたいだな? おれらは鱗を切っていない。そういう事だ」
「それだけでは分かるまい。いいか、カトー。鱗という言葉、なにを想像できる? ……そうだな、その1つ1つは非常に堅固、しかし隙間がある。それは非常に小さいかもしれない、が。確かにある、そこを狙うのさ」
その後に、鱗を切れないわけではないのだが、と良く分からない意地のようなものを示してから言葉を止めるルクーツァ。
それは加藤には理解する事が出来る概念だった。それは以前の世界で楽しんでいたゲームにもある定番の考え方。そう、弱点だ。
その事は知っていた、しかし実際の戦闘においては無いものと考えていたのだ。実際、弱点と言ったところで、ゲームのように綺麗に終わるわけではない。だが、それを知っているのと知らないのでは、絶対的な違いが出てくるのも確かだろう。
加藤は今まで、戦いにおいて、いやこの世界で生きる上で最も重要視してきたのは向き合うという根底のモノだ。モンスターと戦うために必要な勇気、基礎体力。そしてそのために必要な剣、盾などの振り方がそうだ。
それを何処に当てればいいのか、それをどこで使えばいいのか。それは知らなかった。ただ目の前に敵が現れたのであれば、自然と体に染み付いた動きをし、対象にぶつけていたに過ぎないとも言える。
「ふぅん。なるほど、てかさ? その隙間云々と、木を切り倒す云々ってあまり関係なくない? 鱗も切れるなら、木だって切れそうな……」
何故か、最初から話を戻す加藤。その事に眉を寄せる大人達だったが、その加藤の表情を見て、また笑顔へと戻すのだ。
それは上の空と言うような顔。口から出たのはどうでも良い疑問と化しているのだろう。今の加藤はその新たな武器について頭を悩ませているソレだった。
「ふっ、そうだな。お前が納得しやすく言えば、武器でやると武器が傷む。戦闘でならまだしも、木を切り倒すのでそうなるのは御免だという事さ」
「そっか。うん、わかった」
やはり上の空。ヒトの話などほとんど聞いていないような感じである。失礼極まりない態度と言えよう。自身から聞いておきながら、最後にはどうでも良いなどと。
幸いだったのは、その疑問より優先している事柄、そしてソレに対して理解を示し、不快な態度を取っている相手を笑って見守れる大人が話し相手だったという事だろう。
「いやはや、旦那。こいつぁ、色々と大変だな?」
「好きな事というか、興味のある事になると何時もこうなのだ。許してやってくれないか?」
そう返したルクーツァに、店主は再度、大変だなと返して木を切り倒すために斧を担いで歩いていく。
その大変が楽しくて堪らない事に心を明るくさせつつも、未だうんうんと悩んでいる加藤を軽く叩いてから、加藤と共に彼らも同じく元の仕事に戻るのだった。
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「てかさ、なんで木なんて切り倒したんだ? ……ふぅ。しっかし、干し肉だけってのも……」
「ですから、それはおよしなさいと……。木を切って頂いたのは先日言ったような理由からではありませんわよ? どのような木があるかというための見本のようなものですわね」
既に空は暗くなり始めた頃、加藤達はいつものように夕食を摂っていた。この焚き火を囲んでという形になると、話をする相手というものも何故か固定化しつつあった。エイラは加藤と、エリアスールはマナと、ルクーツァは店主とと言った具合である。
これは別になんとなく、というモノではない。加藤は一応とは言え隊の長であり、エイラはアージェの代わりという事である程度仕切る立場にあるからだ。エリアスールは加藤、エイラの補佐という立ち居地なのだが、マナがいるために少女の傍から離れる事は少ない。
あとは残り物、という訳ではなく。話そのものよりも、周囲を警戒している達人という具合である。
「見本? ここには昔だけど街があったんだろ? 分かってるんじゃないのか?」
「20年以上も昔ですわ。もしかしたら変わっているかもしれないでしょう? というより、しておいて損は無いのですから文句を言わないでくださる?」
エイラはそう言う。しかし言葉が足りない部分があったようで、エリアスールがそこに混ざり口を開く。
「ふふっ、カトーさん。木の種類と言いますが、厳密に言えば良く分からないのですよ。勿論、特徴のある樹皮であったり、葉や実で見分けられるモノが大半です。しかし、良く見てみると似たようなモノでも違うモノがあったりするのです。そこが良く分からない、そのための見本です」
昔はそこまで木々というモノを重要視していなかった。いや、してはいたかもしれない。だからこそある程度の区別は付いていたのだから。しかし、同じような木、でも違う木。そこは重視していなかった、似ているのだから同じで良いという具合だ。
だが、技術にしろ、なんにしろ、切欠さえあれば一気に進むモノがあるのだ。この木の違いもまた重要な事となりつつあるのだ。
何故か。それは小型モンスターの存在に関係すると言える。以前、大型が襲来した際に、やはり現れた小型モンスターの大群。それは今まで肉食のものと思われて来ていた、しかしヒトが育てた穀物なりをも食すと分かったのだ。つまりヒトと同じく雑食という事が。
そのため、それ以降では『名も無き街』のような農業都市が生まれる事となるのだ。それもまた1つの壁となると分かったために。
そう、モンスターが好む木の実なども、ゆっくりとだが分かりつつあると言える。そのために微妙な違いというモノも重要視されつつあるのだろう。
「そ、そういう事ですわっ!」
エリアスールの説明が一通り終わった辺りで、何故かエイラが胸を張って言う。
加藤は目を細めながら、しかし言った。
「ちゃんと言ってもらいたいもんだね? あれだよ、自分で分かっててもヒトに言わないと、うん」
「このっ、カトウのくせにっ! っつ、……しかし? その通りですわね、わたくしはカトウと違ってきちんと反省できますし? えぇえぇ、その通りですわね」
エイラは言い返そうとしてから、気が付いたように周りを見渡す。その後、軽く目を瞑り言う。
だが加藤には効果が無かったようだ。反対に、そうしろよと返されてしまい、やはり言い返すという可愛い喧嘩の始まりの火蓋を切った。
「なんていうか、飽きないんですかね? ここに来てから毎日同じような事でしてません?」
「飽きないものなんですよ、きっと。私もレイラとは砂糖かミルクかで良く喧嘩しています。意外と楽しいんですよ?」
それをやはりというか、見ながら話すのはマナとエリアスールである。エリアスールの言った例えに興味を示したマナに、彼女はミルクの偉大さを語り始めた。
「マナさんもミルク派ですか? それとも、砂糖派ですか?」
「んー、わたしは……どっちも入れます」
マナの答えに彼女らしくもない愕然とした表情を見せるエリアスール。そんな子供達の語らいを見つめながら、周囲を警戒していた大人も語る。
「さて、そこそこ調べたって感じかねぇ? ある程度調べた結果、まぁちょいと昔には街があったんだから当たり前だが、大丈夫ってぇのは分かったしよ」
「うむ、木の種類の把握も、というより見本もこれだけあれば充分だろうしな。こう言うのはアレかもしれんが、出来るならばモンスターが出てきて欲しいものだ」
モンスター。調査する上で邪魔になる存在。それどころか最悪の事態を起こしかねないモノだろう。
しかし、それでも出てきて欲しいと願う理由。それもやはり調査だから、これに尽きるだろう。中型はともかく、小型は群れを成し、そして縄張りを有する。
つまり、サックル周辺ではカルガンが主という具合に、ほぼ1つの小型しか居ないと言えるのだ。この近辺で縄張りを持つ小型が何なのか、それを知りたいという事だ。
「まぁ、普通に考えりゃカルガンかね? 或いはネミラかもしれん。それ以外だと……」
店主はルクーツァの言いたい事をすぐに察し、己の考えを述べる。その返事に相槌を打ちながらルクーツァは口を開く。
「ふむ、しかし痕跡が見当たらないのが不自然だとは思わんか? 真新しい糞なり、木のサンプルでもそうだが、木の実、樹皮を食した形跡も見当たらない。つまり、小型が居ない可能性もある」
「……つまり、中型って事か? だとしたらロイオンかね? ネミラズッタがいるのであればネミラが居ても不思議はないし、それなら痕跡はあるはずだしな」
小型が居ない。そうくると思い浮かべるのは中型の存在だ。天敵がいるために逃げる、そういう事である。
しかし、中型は一箇所に留まり続ける習性を持たない。獲物を追うように転々とするのだ。仮に現在は中型が付近に潜んでおり、小型が居ないとしても真新しい痕跡が少なすぎる、それがルクーツァ達には不思議で仕方が無いようだった。
大人達の悩み、それが他の面々にも伝わったのか加藤が声を掛けてくる。
「いやなに、小型モンスターの姿が見えないな、という話だ。カトー達は見かけたか? 痕跡であっても、死骸でも良い。出来れば真新しいのでだがな」
どうしたのか、と声を掛けられたルクーツァは隠す事なく伝える。しかし、言い方から期待は見て取れない。当然だろう、達人級である彼らでさえ見つけられなかったのだ。捜索した範囲が違うと言ってもそう離れてはいなかったのだから、彼らが見つけられなかったものを加藤達が見つけるはずがない。そう考えるのが自然だ。
そして、その予想通りの答えを加藤達は返したのだった。しかし、続けてマナが言う。
「小型のそういうのは見ませんでしたけど……。気になってた事があるんですよね」
そう言うと地面を見つめる。そしてポツポツと零すように、自信無さ気に語り出した。
それは20数年前にあった対大型モンスターで残った爪痕だ。そこが非常に気になる、そうマナは言った。言い終わると、それだけなんですよ。などと照れるように言葉を止めた。
だが、その言葉でエイラが眉を顰めた。何か思い当たる事があったようで、そんな様子の彼女を見たルクーツァ、店主も同じような顔をし、そして大きく目を見開いた。
「なるほど、爪痕か。いや、そう言うことかっ!」
ルクーツァと店主のみが何かに気付いたようで、思い当たる事があっても、上手く結び付けられないでいたエイラが少し拗ねたように尋ねるのだった。
「どういう事ですの? わたくし達にも分かるように言ってくださいっ!」
「ん、すまないな。いや、爪痕という事で思い出したのさ……。そもそもだ、この付近は修行の場として街が消えた後も度々使われていたんだが、今にして思えば不自然なくらい安全だったと言えるだろう」
ルクーツァが語るのは歴史である。そう、20数年前の大型出現の事をだ。
20数年前、この付近の街よりも少しばかり街は前に進んでいた。とは言え、当時はただただ前に進む事のみを重視していたために、現在の街ほど頑強な防壁などは無かった。大型が現れた時、それらは溶けるように潰されていったのだ。
しかし、この付近には大きな湖があり、貴重な場所であるとしてここの街はそれなりの防壁があったのだ。そのため、ここが最も激しい交戦場所となった。
尤も、それでも大型を止めるには至らず最終的には跡形も無くと言えるほどに潰され、現在のサックルがある付近でようやく反撃に移れたのだが。
「問題はそこだ。反撃に移り、大型に致命傷を与え、とうとう倒せそうという場面で」
可笑しな話ではあるが、対大型戦でトドメを刺すという事をしたヒトは居ない。少なくとも分かっている歴史の中では。
基本的には、撃退。この表現が最も近いだろう。モンスターは敵わないと見るや大抵逃げ出すのだ、これは大型も例外ではない。
そして、逃げ出したのだから追撃を。などとはいかない、仮にした所で、仮に倒せた所で犠牲が増えるだけなのだ。求められるものは殺す事ではなく、街を、ヒトを守る事という事なのだから。
そして少なくとも現在まで、撃退できた大型はすぐさま戻ってくるという事は無い。撃退できればまた数十年は現れない、そういう存在であった。
「当時、オレも対大型戦には出ていた。あれは覚えている……、巨体を揺らしながら、よろよろと逃げていくヤツを」
ルクーツァは恐らくこの付近で大型が息絶えたのだろうと言う。あれほどの傷、生きているのが不思議な程だったのだから、と。
モンスターは同種で無い限り、場合によっては同種であっても、敵同士と言える。それはロイオンとネミラの関係から明らかだろう。
つまり、その頂点に立つのは大型なのだ。その亡骸がこの付近にある、それだけで恐ろしいのかもしれない。ゆえにこの付近には小型が通る事はあっても、縄張りを張る事は無いのだろうと締めくくった。
「へぇ、それじゃ最高に良い場所って事なのかな? 運が良いなっ!」
そう加藤は喜色を浮かべて言う。しかし、ルクーツァは苦い顔だ。
「そうでもない。確かに、普段はそう小型、そして中型も現れない地域だろう。だが、ここには湖がある。それもこんなに大きな、モンスターからすれば、いやヒトにとっても。危険を冒しても来る価値のある場と言えるだろう」
それは時期だ。以前、冬を目前に控えた頃には食料を蓄えるために小型などが街付近に大量に現れる事があった。それと同じだと言う。
つまり、繁殖期。そして同じく冬直前。そういった時期には大挙して小型、それを追って中型が来るだろう、と。
「良く分からないな。ここは大型の亡骸があるから、小型とかは怖くて近寄れないんだろう? なのに、湖があるから来るのか?」
「そうじゃない。カトー、お前は暗い所があまり好きではないだろう? お化けだったか。それが出そうだとかで、な? それと似たようなモノだ」
小型、中型モンスターも大型モンスターが怖いのは事実だろう。しかし、モンスターも馬鹿ではない。既に大型は死んでいる事くらいは分かっているだろう。
しかし、嫌なモノは嫌なのだろう。怖いモノは怖いのだろう。モンスターには分かる大型の臭いが残っているのか、それは分からない。ただ、近寄りにくいのだ。
そして、大型が地に伏してから20数年、その臭いすら薄くなっているだろう。
そう、そろそろ大型の亡骸というヒトに取っては都合の良い守り神のようなモノの効力も薄れてくる頃合と言えるのだ。
「モンスターもヒトと似たようなもんだってことだな? まぁ、中型に限らず小型でさえ、獲物相手に遊びを入れるくらいだ。そういう事もあるだろうよ」
「えっと? つまり? なんなんだよ、ごちゃごちゃしてきたわ」
そう頭を悩ませる加藤に対して、いち早く理解が出来たエイラが自慢気に言うのだ。
ここは今まで小型、中型モンスターが近寄りにくい場所であったが、近寄ろうと思えば近寄れる場所であり、その近寄りにくい要因であった大型の亡骸の効力も最早意味を成さなくなってきている。
つまり、と。エイラが結論を言おうと大きく息を吸い込んだ所で、加藤も理解したようだった。
「なる程ね、要は今年……繁殖期の夏頃だってのに全然姿が見えない。今が絶好のチャンスってわけか。それ以降はあの冬直前みたいに押し寄せて来るかもしれないって訳だな?」
「……そうですわね」
「そうだな。とは言え、これはオレと店主の考えだ。そもそも、ここで大型が死んだとも限らんしな? だが、少なくとも小型などがそう来ない場所というのは確かだろう。今は、な」
つまり、この調査を急がなくてはならないという事だ。
そして、この予想が当たっているにせよ、外れているにせよ、いやどちらにせよ。ある時期においては常以上に大挙してモンスターが押し寄せて来る場なのは確かだろう。これほどの湖があり、その恵みによって森が茂り、小動物の楽園とも言える場所なのだから。
「ま、急がないとって気にはなるね。後は何をすればいいんだっけか? 湖周辺の調査……出来てるのか分からないけども。それと木々のだろ? 一応水もだし……、後は」
「カトーさん、これは下調べです。ある程度で良いんですよ? 本当なら周辺を見に来るだけで充分なんです。今回はカトーさんの訓練のような一面もありましたから、長期になっていますけどね」
急がなくてはならない、いや下調べを、ではなく街造りを。である。
つまり、お遊びのようなソレをしている余裕が無くなったという事である。加藤の育成はお遊びではない、しかし同じだろう。
直ぐにでも着工に掛からねばならないと言えるのだから。幸い、何よりも優先すべき防壁の材料たる石材はそれなりに準備されつつあるのだ。
彼らが予想していた街造り、それは早急に動き始めなければならなくなったのだと彼女は告げる。
「って事はなんだ? 下調べってのはここに来るだけで良くて……周辺を調べただけで十二分で、木の見本なんか集めたり、ここで生活したりなんてのは必要なかったと?」
「正直に言えばその通りだな。言っただろう、下調べだと。こういった事は専門家でないと分からない事が多々あるのだ、オレ達では出来ない事がほとんどだと言って良い」
しかし、専門家を連れてくる訳にもいかない。この世界では専門家とは貴重なのだ。それらのヒトらは一種の天才なのだ。万が一があってはいけない。
今回の下調べとは、街が建てられそうだ。という意見を述べるためだけにヒトが現地に訪れるだけが主目的なのだ。少なくとも、最前線の場合では。
それを打ち明けられた加藤は肩を落としながら、しかし笑みを浮かべて言った。
「あっ、そう。それじゃ、帰りますかね? サックルにさ」
「そうだな? 必要な事は既に終わっているし、それ以上の調査も行えた。大成功と言っていいだろう。だが、帰るのは明日にしよう。もう暗くなる、お前達は充分に体を休めるが良い」
ルクーツァは小屋を見ながら言った。眠るという意味での言葉だったのだが、女性陣には別の事柄でも受け取られていたようだ。
「ありがたいですわね。服を綺麗に洗わせて貰ってもよろしいですか? それにここの所、身体を洗うのも濡れ布巾で拭くだけでしたし……、明日の朝にでも湖で水浴びさせて頂きたいですわ」
エイラは服を見ながら、そう言う。最低限の水洗い程度は出来ているものの、調査のおかげで汗をかいている。少しばかり臭うのかもしれない。ちなみに余談ではあるが、男性陣のソレは女性陣のと比べるまでもなく酷いものである。加藤とエイラの喧嘩が日に日に熱を帯びる原因の1つはコレだったのかもしれない。
「わぁっ! 湖の中に入っていいんですかっ!? やった、やったっ! どうしよう、わたし泳げるかなぁ」
マナはそれよりも、湖に入れる事を喜んでいた。特に水泳という遊びに胸を躍らせている。大きな川が付近に無いサックルでは水泳は行えないが、有る街では行えるために、知識としてはあったようで、実に楽しげだ。
「あまり時間は無いでしょうが、私が教えて差し上げますよ? ふふっ、とても気持ちが良いんです、楽しみにして下さいね」
女性陣は楽しげに語り始める。ようやく街に戻れるという安堵もそれを大いに助けているのかもしれない。
ともかく、下調べは終わりを告げ、明日にはサックルへと戻る流れとなったのだ。
そして、帰るとなった時、加藤に悲劇が訪れる事を、今は誰も知らない。その事を危惧していたのは、遠く離れた地にいるアージェのみであった。