第7話 『○○→連帯!』
「いや、まさかあんなに簡単にロレンが頷くなんてなぁ」
加藤はサックルの街を歩きながら、そう呟いた。それにルクーツァが笑って答える。
「なに、他の街へ委託というものは昔から行われている事だからな? 街造りの際にという事はあまり無かったが、あったものをその時にするだけだ。そう難しいものではないのさ」
今、彼らは下見に赴くための準備をしようとしていた。だが、大きな準備はロレン達が行ってくれる。今回は個人的な、どちらかと言えば小さな準備。つまりは加藤の防具などの新調のために街を歩いていると言っていいだろう。
「この短剣でも十分だと思うんだけど、ギョッセにも言われてたからなぁ。せめて予備の1本、2本は持っておけってさ」
加藤は自身の愛剣である、少しばかり普通とは違う短剣。腰に差してあるソレを優しく撫でて言う。
「確かにな。オレとした事がすっかり忘れていた。普通であれば未だオレの背に隠れていただろうに、予備まで必要になるとはな……」
そう言い言葉を止めると、静かに加藤に視線を向けたルクーツァ。しかし加藤は実に嫌そうな目で返した。
「やめろよ、そのお母さんは嬉しいです的な目はさぁ。女将さんだけで十分なんだって、ルクーツァはそういうのやめろよ」
「まったく、勘違いも甚だしいな? オレがするのだから、母親ではなく父親と言うべきだろう?」
そう笑いながら冗談を言ったルクーツァに加藤は文句を言っていく。やはりそれに笑みを浮かべながらも、軽く謝るルクーツァ。その笑みこそが。
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騒ぎながらも街を歩いていた加藤達は、一軒の店の前で足を止めた。そこは小さな店。店の前には小さいながらも特徴的な形の看板が出ている。それは剣の形をしていた。
「すまないっ! 店主はいるかっ!」
ルクーツァは店に足を入れると、大声を上げる。それに苦笑いを浮かべながらも加藤も続いて店へと入っていった。
そんな大声に呆れたように出てくるのは人間の男、以前のあの男だ。ひょろりとした体格で軟派な笑みを浮かべながらも、威風堂々としているような圧倒される感じを漂わせていた武器屋の店主である。
店主はルクーツァに苦笑いを浮かべながらも、加藤を一目見ると軽い表情だったものを、硬いものへ、いや真剣なものへと変えていった。
「へぇ、いつかの御仁かと思えば……。坊主、でっかくなったじゃねぇの」
武器屋の店主は目を細めて、そう言った。受けた加藤は自身の頭に手を置き、思案顔である。
そんな加藤に笑みを浮かべたルクールァ。理解できていない加藤の代わりにまだまだ駄目であるといった風の事を、やはり笑みを浮かべて言った。店主も同様に笑みを浮かべているのだろう。差ほど表情に変わりはないが、目尻が若干下がっている。
「えーっと? あぁ、そうだっ。店主さん、あの棒……とっても役に立ちましたよっ!」
加藤は胸元から、素早く棒を出して言う。このおかげで一時は小型相手に立ち向かう事が出来た。このせいで過信したとも言える、いやそのおかげで大きな事に気付けたのだ。
過信したからこそ、矛盾した存在であった己を知れた。そして今の彼があるのだ。おまもりとは自身を守るものである。それは一時の安全ではない、長い長い先を見据えて守ってくれるものなのだ。その意味では、実におまもりはおまもりであっただろう。
加藤の出したソレに、そんなモノもあったかと小声で漏らしつつ、しかし嬉しそうに頷いた店主。
久しぶりの再会の挨拶のようなものは終わったとばかりに、店主は一瞬目を瞑ると、常のやる気の無い表情に戻り一言問うた。
「それで? わざわざソイツの報告ってわけじゃぁあるめぇ。何の用だぃ?」
それには加藤では無くルクーツァが答える。新たな街造りというものは石材が街の周りに小山のごとく積まれている現状、隠す意味は無いものではあるが、それとこれとはやはり異なるのだろう。
一応の作法として、内密にという前置きをする。それに悩んだ風もなく軽く頷く店主。
「うむ、それでな。少しすると店主ほどの者ならば、こう言えば分かると思うが、修行の場付近を下見をしに行く事になっているんだ。こいつとオレ、その他数名の冒険者とな? その際に短剣1本では心許ないのだよ、それなりに長期間滞在する予定なんでな? あれほどでは無いにしろ2本ほど買いに来た次第だ」
「下見……なるほど。あそこかぃ? へぇ、あそこかぃ……、ちぃと聞きたいんだが、坊主。おめぇさん、ついこの間の事さぁ。新人どもを助けたってぇのは本当かぃ?」
ルクーツァの言った修行の場と言うのは、恐怖を捨てるのと同義である並大抵のことではソレを感じない程に強くなった達人がソレを取り戻すために訪れる場の事だ。
以前ルクーツァが感じた通り、店主もそこを訪れる程の猛者であったようで既知であったようだ。そしてそれに頷くと1つ加藤に尋ねるのだ。
それは事実であるので加藤は軽く首を縦に振ることで肯定を示す。
「そうかぃ、そうかぃ……。その数名の冒険者とやらは集まっているのかぃ? ……そうかぃ、そんじゃ。おれが行こう」
再度真面目な顔を作ると、唐突にそう切り出した店主。流石にルクールァも驚きの表情であったが、すぐに素の表情に戻ると、理由を問う。
それに同じく軽い表情へと戻った店主が笑って答える。以前と同じような理由であると。
「以前と同じ……、カトーに悪い事をしたとでも? そんな事は無いと思うのだが、いや」
「ふんっ、おれんとこの甥っ子が世話になったようなんでな? なに、坊主の予備を2本買うとか言っていただろう? その内の1本分くらいの仕事は今のおれにでも出来るさ。それに、いや」
そう言う店主、それを受けたルクーツァは共に笑い出した。1人だけ話に付いていけない加藤は居心地が悪そうに頭を掻いた。
どうやら店主が着いてくるというのは決定したようだ、ルクーツァとしても心強いのだろう。何処と無く安心した風な顔をしている。
来ると決まったからか、雑談のようなものを始める2人。それは理由のあらましである。
あの時、怯えに怯えていたマナ達、新人の冒険者達。その中でも最年少であった少年。それの伯父が店主であったようで、あの時は助けてくれた冒険者が誰かは分からなかったが、随分感謝したものだと笑う。
そして痛感した、冒険者を退いてからも体を軽く動かす程度はしてきたが、鍛錬と呼べるモノは行っていなかった己の未熟さを。
あの時、マナ達が報せに走って来た時、街は大きく揺れたのだ。当然、店主の耳にもソレは届いた。だが行けなかった、既に冒険者では無いし、誰よりも先に駆けて行った目の前の達人と少しばかり老いた達人など、それらを見てしまったためだ。
昔の自分が通り過ぎていったのだ。それは酷く店主を傷つけた。情けない、悔しい、恥ずかしい。様々な感情が店主に襲い掛かる。
そうして暫くすると、街の民が歓声をもって加藤達を迎えるのだ。無論、その歓声の焦点はデイリーやロレンといった街で知られた英雄へと注がれたものだろう。しかし店主は確かに気付いた、傷つきながらも笑う加藤達を見たのだ。
その時だ。今まで自身の中で渦巻いていた感情が変わる。馬鹿馬鹿しいものだと笑えるようになったのだ。そう、今からでも取り戻せると。
しかし、それがまた難儀な感情なのだろう。実に心地よく、実に決まりが悪い。そんな感情だ、だからこそ共に行くと言ったのかもしれない。
「まぁ、それでおれも少しばかり鍛えなおしてな? へっ、昔ほどじゃねぇが、それなりに戻したつもりだ。存分に頼ってくれぃ」
加藤という弱者を見た、店主という強者は奮起したのだ。
加藤のような者を守りたいからこそ、武器屋という道を父から受け継いだ。冒険者として身を立てた自身だからこそ分かる武器を正しく与えるために。しかし痛感した、してしまった。自身はそれでは満足できていなかったという事に。
そう、自身も未だ弱者だったという事だろう。どちらも両立させれば良かったのだ。
とは言え、加藤を支える事は出来ても、ルクーツァを支えるのは今の自分では厳しいと言う。その分、苦労を掛けると店主は頭を下げる。
「よしてくれ、店主ほどの腕の者が。その感情、オレも感じた事のあるものだ。そのために逃げるようにさ迷っていた事もあったが。……ふっ、言う事もなかろう? これからは共にいこうではないか」
「……へっ、そうかぃ。そんじゃまぁ、よろしく頼まぁ。……そうさな、坊主があの場に慣れる頃にはおれも元通り、いやあの時以上になってみせらぁよっ」
大人達は何かを共有したのだろう。同じ笑みを浮かべる、それは普通の笑みのようで何処か違う。諦めたような、しかし抗うような、なんとも言えない、しかして喜びの笑みだ。
やはりというか、措いてけぼりの加藤がついに声を出して抗議する。
「いやさ、店主さんが来るの来ないのはいいんだけど。俺の予備ってか、新しい武器はどうなったんだ?」
その抗議というよりも疑問の声に、声を上げて笑う大人達。この店で以前見かけたやり取りを店主は始めるのだ。様々な武器を見せて行く、それは槍、斧、弓、大剣、長剣、短剣と多種多様だ。
「盾を持って使える武器がいいんだよなぁ。何か良いの無い?」
先ほどまでの空気は、完全に消えていた。あるのは加藤に色々な武器を持たせては唸る親馬鹿の姿だけ。いつもと違うのはソレに近いものが1つ増えたという事だろうか。
加藤はそれらを何も言わずに持ち、確かめていたが、何処か違うのだろう。自身の要望をこの時初めて出した。
「そいつぁいけねぇっ! 盾を持っていたとはなっ、おれとしたことがっ! 盾と併用か、するってぇと……」
そう言うと店主は店の奥へと消えて行く。いきなりその場から去った店主に首を傾げる加藤であったが、疑問に思う前に店主はすぐに戻って来た。その手には小さなものが握られている。
武器には見えない、しかし店主は自身を持って勧めてくるのだ。
「まずはこいつが無けりゃ話になるめぇよ。そう、籠手だっ!」
以前の短剣の時もそうであったが、武器屋の主ゆえかそれらの説明が好きなのかもしれない。丁寧に、必要と思えない情報まで教えて行く店主。
しかし共通しているのは盾を武器にするための武器だというものだった。
「デイリー殿から伝授された盾って事は殺す盾だろぅ。そのためには盾を武器にするためのモノが必要よ、こいつはそのためのもんだ」
デイリーの盾と、普通の盾は概念が異なるようだ。本来は加藤の思い浮かべる盾同様、身を守るものだけであり、それで敵を倒すという考えはない。
しかしデイリーはいつも盾を前面に構え、ランスという巨大な槍を掲げて全てを1つにした砲弾と化している。そう、全てがあるからこそのデイリーの武なのだ。
そしてデイリーもまた籠手、いや彼の場合は全身を鎧で固めている。それと同じだと店主は笑う。
「籠手ねぇ、盾があれば別にいいような気もするけども……」
加藤は籠手を手に取ってみるものの、思案顔だ。その顔は不満気とすら言える。やはり剣などが欲しいのかもしれない。
それを叱るように店主は鋭い声で指摘する。そうではないと。勘違いしてはならぬと。
「いいか、この籠手はお前の剣も盾にするためであり、お前の盾を剣にするためのものだ。忘れるんじゃねぇぞ? 剣と盾、これは普通は別物だ。だが坊主、お前のは双方共に剣であり盾ってことよぉ」
籠手とは小さな盾だ、小さな剣だ。それを身に着けた腕に大きな盾と、大きな剣を握れば、それは姿を変えると言う。
その籠手1つで、加藤は2つの武器を得る事になるのだ。本当の意味で加藤の武の基本が出来上がるのだろう。それをルクーツァが言う。
「お前の基本は堅固な守勢だ。しかし最大の武器はその脚力を活かした俊足にある。そのためにお前は静と動を綺麗に分けた動きを繰り返すことが多い、分かるか? 剣しか使えぬ場面と盾のみ使える場面とが多々出てくるんだ」
加藤の動きは極端だ。盾を使う時は盾のみに意識を集中し、剣の時は剣のみ。それらの師匠が異なるための弊害と言えるかもしれない。
一瞬、切り替えるのに時間を要するのだ。それは本当に刹那と言えるものだろう。だがソレこそが命取りなのだ。事実、その刹那のせいで加藤はネミラズッタの攻撃を受け損ねた。そのせいでギョッセを窮地に追い遣ってしまった。
それは加藤の辛い過去であり、決して忘れてはならない罪だ。それを償う術はただ1つ、強くなる事だけである。そのための武器がそこにある。
ただ身に着けるだけで強くなれる武器などは現実には存在しない。ゲームでは無いのだ、それを持っただけで英雄になれるわけがない。だが、その武器は身に着けるだけで自身の力を、本当の力に変える力があると大人は言う。
店主は武器の相性、その用途という意味で。ルクーツァは今まで見守り続けた加藤の成長を鑑みて。双方ともに力強く言うのだ。
「こいつぁ、武器は武器でも、こういった時は普通の武器とは言わねぇんだ」
「カトー、お前の武器だ。分かるか、お前の腕に持つ武器ではない、お前の中に必要な武器なんだ」
以前、加藤は剣を持っただけで強くなった気でいた事がある。盾の時も同様に、持っただけで全てを守れる気でいた事もあった。
それを以前、ルクーツァとデイリーは強く叱った。
だが、それは別段悪い事ではないのだ。本質を掴む前にその力に頼る事が悪手であって、それ自体はむしろ褒められる力と言えよう。
それは武器を信頼するという事なのだ。今の加藤はあの時に厳しく言いつけられたためか、武器を信頼していない。
己の力量の下に武器を置いているのだ、それでは武器は武器のまま。ただの鉄塊がどれほど熱を持った剣という力の象徴になろうが、剣という武器の枠を出る事はない。
今こそ、武器を信頼する時なのだと大人は言外に口にする。
自身の力のみで中型に挑めた加藤だからこそ、その禁断の方法を許された。武器を頼るというものを。武器を武器では無いものと、頼もしい味方と捉える事を。
「……武器を頼る、か」
加藤は左手で籠手を撫で、右手で腰の剣を撫でる。今は身に着けていない盾も確かに心の中にある。
籠手は剣と盾という武器を、加藤と繋ぐための武器なのだ。剣が加藤と繋がれば、自然と剣と盾とも繋がる事になる。
そう、籠手を身に着けたとき、加藤の両隣には剣、盾という強者が肩を並べて立っているような心地になるだろう。1人ではなく、3人。言葉を変えれば加藤と言う武器と剣と盾という3つの武器とも言えよう。
武器は戦友となり、ヒトは武となる、つまりは武人だ。
加藤は武人としての高み、その境地に足を踏み入れるための一歩を、籠手を手にするという事で踏み出したのかもしれない。
「ふっ、それでいい。店主、これはいくらだ? いくらであろうと金を出そう」
「へっ、馬鹿言うな。こいつぁ、おれからの贈りモノよっ! これから命を預けあうってんだ、せめてこのくらいはなくちゃおれが困る」
「いや、お金を払わせて欲しい。うん、俺が払いたい。いくら?」
ルクーツァが言い、店主が笑って断る。そこに真剣な表情の加藤がそう言い割り込んだ。
どうしても払いたいと何度も言うのだ。変な考えなのかもしれない、金銭を払う事で自分のモノとしたいという、そんな考えだ。
そのようなもので籠手が自分のものになるわけはない、これからゆっくりと自身と繋がっていくのだから。だが、それでも言う。自分が買いたい、自分で得たいと。
「そうかぃ、そんじゃーまぁ。………へっ、金板1……枚でいいさ。こいつぁ特別製でな、ちぃっとばかし貴重な金属で作られてるもんなのよ。このくらいでも安すぎる程だろうなぁ、どうだ? 払えるか?」
金板1枚。それは大金だ、とてもでは無いが加藤では一括で払える額ではない。しかし、それは店主も分かっている事だろう、いくら実力があるとは言え未だ駆け出しという矛盾した存在なのは、今日会った時に分かっているのだから。
「まっ、今回は坊主のおかげで色々とおれも助かった。お前でなくとも良かったのかもしれねぇ、だけどお前だった。だから、やるっつったんだが、買いたいって言うんだったら、貸しにしておこう」
「貸し? いいのか? いや、ありがとう! 絶対に払うよっ、新しい街が出来るまであんまり普通の仕事は出来ないから、結構かかるだろうけど、絶対にっ!」
新たな街が出来たのであれば、加藤には確固とした地位が出来る。当然ながら地位には責任が着いてくる。義務も着いてくるだろう。
普通の仕事など出来るはずもない、普通の生活からは遠のく事だろう。未だその事には理解が追いついていない加藤であった。
しかし、そういうモノでは無いのだろう。店主としてもソレを強く求めているわけではないのだから。それでも加藤は払うだろう、そのために必死に街のために尽くすのだろう。それは街のためになる、しかし店主は違う視点で見ているはずだ。そう、それはつまり加藤のためになると。
「ふっ、まぁ籠手の事はいいだろう。まずはこれからよろしく頼むぞ、店主」
「あぁそんなことよか、あんたとは長い付き合いになりそうだからよぉ、おれとしてもそうさせて貰えたらありがてぇ」
「えっ、籠手の事はどうでもいいって、あれ? なんか大事な事ってか、熱くなってたのって俺だけ? え?」
新たな局面を間近に控えたこの時になって、幸運にも加藤は己だけの味方を改めて知れた。それは剣であり、それは盾だ。何よりも己自身という基本に。
籠手という繋がりを得た加藤には、新たな仲間が出来たのだ。今までとは違い、今度は手と手を繋ぐことだろう。
剣は加藤のためだけに全てを切り開くだろう。盾は加藤のためだけに全てを押し通すだろう。籠手は加藤のためだけに新たな種火を灯し続けるだろう。
加藤は、自身の守りたいモノのために、自身を守ってくれるモノのために、それら全てのために強くなるだろう。
その隣には武器だけではない、加藤の憧れである大人もまた、その両隣に立つのだろう。いや、そうではない。
きっと、加藤は気付く、本当の意味で気付くのだ。ヒトの周りにはヒトがいるという事を。そのために剣を握るという事を。
――――そうだ。
加藤はようやく。剣を、手にしたのだ。手にしたのだ、盾を。ようやく加藤は。