第6話 『○○→遠望!』
ここは最前線の街、サックルの南門付近。街の周りに国軍が大きな、大きすぎるモノを運んでいるのだ。
「うわぁ、凄いねぇ……。防壁のための石材がこれなの? なんていうか、大きいねぇ」
「えぇ……、本当に。これを更に切り分けて、積み上げると防壁になるそうですわ」
そんな場所でニーナは目の前にある小山を首を見上げるようにして眺める。エイラが頷きながら説明をしているが、その目は驚きはしゃぐニーナと変わりない。
春を満喫して、少しばかり経った。まだまだ夏とは言えないが、早いものでもう夏を待ちわびる時期となっている。
「いやぁ、言ってみるものだね? こうも早く準備をしてくれるとは……、国も新たな街には熱心という事が分かるねぇ」
「というか、どういう原理であんなのを運んでるんだ? 重いだろ、あんなの」
ロレンは嬉しそうに言う。それに対して加藤が疑問をぶつけた。
その加藤はマナと共に赴いた仕事、のようなもの以後にも討伐系を含めて様々な仕事という名の鍛錬を続けていた。そのためにネミラズッタとの戦い以前の能力を、いや、それ以上の能力を取り戻している。
そんな彼にデイリーが笑いながら答えるのだ。ある点を指さしながら。
「見てみるが良い。木の棒があるじゃろう? あれを敷き詰め転がしておるんじゃよ」
「なんという古典的な……、でもやり易いわな。欠点はやり過ぎると使い物にならなくなるって事か?」
デイリーが指差すところには長い棒は並んでおり、その上に大きな石材を滑らせるという輸送手段のようだった。ある程度の距離であれば問題ないだろうが、国からここまでと考えると途方も無い労力を必要とする事が伺える。
「はっはっは、流石に全て丸太を利用しての輸送ではないぞ。大型の船舶を利用する事だってある。陸路は大抵こういったやり方ではあるがな」
冬という時期であれば、地面を凍らせるという手法も取る事があるのだと笑って付け加えるのはルクーツァだ。
この手法の場合は、何本もの棒を必要としないという利点がある。ソリとしての土台に棒を用いるためで、この転がすという手法とはそもそも運用方法が異なるらしい。
「へぇ……だったら冬のが良いのか? あぁ、寒いからそう簡単じゃないか……。引っ張るのは馬とかが主力っぽいから、うぅむ」
悩み出した加藤、そんな彼にデイリーが同じく悩むような顔をしつつも言葉を掛ける。
冬はモンスターの危険が極端に減るのだ、そのために寒さという危険とモンスターの危険を天秤に掛けるのだと言う。今回のは国が輸送するという事で十分な戦力が護衛として着いてきているために夏が近い春でも問題がないのだと言った。
輸送手段、ある程度であれば問題が無いがこれから更に街を造っていく事を見据えると考えなければならない問題と言えよう。しかし、今はそれよりも大事な事があると、悩むような顔から明るい顔に変えたデイリーが強く言った。
「そうだった、こうして石材も来ている事だし……。これは頑張らないといけないなっ! なんていうか、本当にやるんだなぁって実感しちゃってるよ」
その加藤の言葉に共感できるモノがあったのだろう。周りの女性達とアージェもまた無言で、無意識に頷いていた。
そう、いよいよ夢物語ではなく、自分達が造っていくという責任が圧し掛かり始めていたのだ。しかしこれは足枷ではなく、これは背中を押す応援なのだ。若い彼らだからこそ、感じられる差異であろう。
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ここは先ほどの門前近くではなく領主の屋敷、その広間であり、彼らが集まる場所と言っていいだろう。しかし大人達の姿は見て取れない。いるのは加藤を始めとした子供と言えるヒトらだけである。
「石材は来たんだよね。うーん、それでどうするの?」
レイラは悩んでみたものの、すぐさまアージェに質問をぶつける。それに苦い笑みを浮かべつつも彼は素早く答えを返した。
「えぇ、石材が来た。これは喜ぶべき事ですね、だけど勘違いしちゃいけません。これが来たから街を造らねばならないわけではないんですよ?」
そう、石材が準備されるという事は、今までであれば一気に街造りを始めるという意味があったのだ。
だが、今回は大きく違う。小山の如く積み上げられている石材も必要とされる量からすれば微々たるものなのだから。
アージェは順々に説明をしていく。最初に街造りについて話し合い、いや会議を行ってからと言うもの街をどのようにしていくべきかという意見はそれなりに出揃っていると。
そのために必要な資金、材料云々はロレンを始めとした大人達がどうにかしてくれる。なんとも人任せではあるが、今の彼らに出来るのはその程度という事だろう。
自分達が行うべき事は、どうするのかを決めて行く事であり、そのために必要な事を考える事なのだと言って口を閉じた。
「必要な事かぁ……、やっぱり街を造り始めるってなったらご飯は大事だよねぇ。美味しいご飯があった方が早く街も造れそうだしね? 少なくともボクなら頑張っちゃうよ」
ニーナは目の前にある焼き菓子を頬張りながら、暢気に言う。
それは考えなしに、何でもいいので意見を言おうというものから出た意見だろう。事実、ニーナは別に重要な意見を述べた事で興奮なりをしていない、いつもの彼女であれば、そういった事を言えば褒めて褒めてと言った雰囲気を醸し出しているだろうに。
しかし、アージェとエイラ、エリアスールには非常に大きな衝撃を与えていたらしい。
「えぇ、ニーナ様の仰る通りですよっ。食料、いえ食事は大事なモノとされています。特に未だ安全を確保できていない現場であれば殊の外、いや。常識ではありますが、念頭に置くべき事ではないと頭から抜け落ちていました……」
アージェは恥じるように言った。この世界でもそういった概念は確かにあったようだ。しかし考え方がそもそも違ったようだ。
重要なのは冒険者であり、医療であり、防壁を作る職人なのだ。アージェはそれらをヒトではなく、数として考えていたようだ。つまり、彼らが食事に困らないようにするためには食料の備蓄が大事であるという意味だ。
ニーナが言ったように、その食事によって作業効率が上がる。この考え方は無かったのだ。いや、今まででそう感じた事はあったかもしれない。だがそれを街を造る側としては彼らは考えられていなかった。
「えぇ、食事をだた用意するのではなく、その質をも重視する……。これはかなり大事だと思いますわ。さすが、ニーナさんですわね?」
「え? えへへっ、やめてよぉ。ボクは別にそんなつもりで言ったわけじゃ」
アージェを始めとしたある種の専門知識を有したヒトらは固くものを考えやすい。なによりもまず先例を頭に浮かべてそれに倣うというものなのだ。
しかしニーナ、そして加藤は違う。自分がその立場で働くのであれば、これが最初に来るのだろう。ゆえに簡単で、しかし大切すぎる意見が出る。
街を造る時、なぜ子供と呼べる未熟な者らに任せるのか。それは大人には出来ない事をさせるためでもある。もし、大人が造る場合であればこうも綺麗にニーナのような素人の意見は受け入れられないだろう。
しかし、子供であればそれが適うのだ。驚くほど簡単に受け入れられる。アージェのように専門家と自負していようが、簡単にそれを賞賛する事が出来るのだ。
「うん、ニーナちゃんの意見は採用っ! ご飯は美味しい方がいいもんね? ご飯も大事って事で、他になんかあるかな?」
レイラは意見を出すのではなく、纏める側に着くようだ。彼女ほど微妙な位置にいる者はこの場にいないだろう。
領主の娘であり、ある程度以上の常識を備え、しかし歳若くそれほど知識漬けではないために柔軟性を備えている。武術にしても、算術にしても、世界の常識にしても、彼女は間違っている気がする、正しい気がするという曖昧な考えしか持てない、いや。それを持てるのだ。
これは決して褒められたものではない、全てにおいて中途半端なのだから。しかしこの場であれば何よりも重要と言えよう。誰の意見をも真面目に聞いて、それがどんな下らない事でも真剣に理解しようと努力するのだから。
「あー、石材関係で思った事なんだけど……、いいかな?」
次に声を上げるのは加藤だ。レイラはそれに頷き、先を促す。
それを受けた加藤は、若干迷いながらも言い始める。石材を街を造る前に準備してもらう、というものは叶った。
それを少し変化させて、街を造るための諸々の材料も安全なこの街で加工していくのはどうだろう、という意見だ。
「なるほどー! でもそれだと運ぶ時に壊れちゃったりしないの? 壁に使う石を細かく切って持っていくのはいいかもだけど、他のものとかは?」
「別に凄く小さなものまで、って事じゃない。例えば材木だけど、丸太のまま運んでるって聞いたんだ。それを板状にしてから持っていっても、纏めればそう問題は無いだろう?」
石材についてと同じく、新たな街を造る時に必要なものは、ほぼ全てその時に運び、その場で作業を開始するというものが従来のものだ。
理由としては職人の絶対数によるもの。その時にならなければ必要な数の職人が集まらないために、そういったものになっているのだ。それに関連して報酬云々でも同じ事が言える。一斉に、同じ場所で、成果を目に見れる方がやりやすいのだろう。
しかし、少しずつでもやっていく方がいいと加藤は言う。それならば少数であろうとも、成果云々を確認する事も可能だろうと。木材であれば国からのという名目は必要ない、この付近で行っても問題はないはずだと付け足した。
付近の街であれば自分達でその出来を確認できるのだから、報酬面でもという意味だろう。
「うーん、僕はそれは少し反対かな? それだと、このサックルの街だけ、でなくとも付近の街の本当に少数の職人にしか報酬がいかなくなってしまう。それは問題だよ、やっぱり広く集わないといけないものだからね、こういったものはさ」
「だったら、この街に呼べばいいんじゃないか? その期間は大きな仕事があるからって危険なのを分かって来るんだろう? 安全な場所で少しの間なら別に良い気がするんだけどなぁ」
その加藤の反対意見はエイラに簡単に潰された。
その時期であれば、国によって道中を守って貰えるのだと。だからこそ、遠方にまで来てくれるという事を言っていく。
大事なのはそこに行く為の安全であり、その場での事ではないのだと言う。その場に着いて、新たな街のために死ぬのであれば本望と感じられる。しかしその道中であればどうだろうと言うのだ。
「んー、そんなもんじゃないと思うんだけど……。あぁ、それならさ……」
次に加藤が言うのはやはり今回の石材のものと同様である。それはそれぞれの街にいる職人達に、それぞれの街で加工を頼み、そしてここに集めるというものだ。職人を、ではなくその材木をだ。
新たな街造りというのはヒト族すべてに重大な意味をもたらすのだから、他の街の領主なりに出来を見てもらえば良い、それを任せればと言う。
更に加藤は思い付いたように付け加えていく。こうすれば現場で守るべきヒトの数が減り、万が一の際の犠牲者の数も減らす事が可能になる、と。
前者の意見よりも、後付の意見の威力は大きかったようで、アージェに至っては拍手すらしてその意見を歓迎した。
「素晴らしいねっ! それは良いよっ、広く仕事を与えられて……その上で現場の負担も減る、うんっ! それは絶対に必要だっ!」
「わっ、アージェがそんなに言うなら良い事なのかな? エリ、どう思う?」
ここでもまた、狭い範囲とは言えレイラの持ち味が活きる。悩む事はすぐさま相談できるという美点だ。これは過ぎれば汚点ではあるが、この場合は逆だろう。
エリアスールは微笑みながら、肯定の言葉を返した。これは悪くないという意見を。
それを受けたレイラは前向きに他の面々にも聞いていく。エイラも、ニーナも頷くという返事をした事で決まったようだ。
「それじゃ、これも採用っ! うんうん、色々集まってきたねぇ、えーっと次はぁ」
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この後も1つ1つのやり取りは実に稚拙なものだった。実に簡単な意見ばかりが息を継ぐ間も無いほどに出てくるのだ。
そして、それを聞いて喜ぶばかりのアージェ。本来であれば筋道を立てるべきだろうに、思う事をただただ言って欲しいと彼が言ったのが、それの切欠である。
それがある程度出尽くした頃、ようやく落ち着いた声をアージェが出した。
「今回は、街造りの際の準備の事を纏められたようですね。まず石材を始めとした材料はある程度加工してから輸送します。この加工はそれぞれの街に委託するという形ですね。こちらの方は僕からロレン様方に話を通しておきます、色々と修正は必要でしょうが、ここは力を入れておきたいですね」
材料を使用するために加工をする職人と、施工する職人は異なる。先にアージェが喜んだ点はここにあるのだ。守るべきヒトが減る、冒険者の負担が減り余裕をもって街造りのための防衛を行えるのだ。
「次にニーナ様からの意見。これは僕には良くわかりません。あぁ、やり方という意味ですよ? どのように質の高い食事を提供するのかは斡旋所などに智恵をお借りするのが妥当でしょうか? えぇ、そうですね、それがいい」
なぜ斡旋所なのか。それは種族毎の好みの違いというものも加味されるからだろう。そういったものに細心の注意を払っているのが斡旋所とも言える。
基本的に満遍なくそれらを提供しているのが、斡旋所の料理の特徴と言えるだろう。
「あとはそうですね。その他のものは細かい点でしたので……。ですがエイラ様の軍の意見を聞くというのは面白い、特に街のコンセプトでしたか? そこで重要な対大型兵器についての意見を求められるというのは大きいですね」
エイラは基本的に冒険者関係、大きく言えば防衛時のことについて細々と意見を出していた。それは冒険者達の配置であったり、集団での戦闘方法であったりであったが、その中でも国軍と協力する姿勢を求めていたのだ。
基本的に、国軍と冒険者というものは決定的に違うもので、ヒト族同士の差別とはまた違うが、大きな溝があるのも事実。そこをどうにかしたいのだろう、彼女も元は国軍側なのだから。
「ん、そうだねぇ。いきなり冒険者と仲良しこよし! っていうのは難しいかもしれないけど、まずはそこからだねっ」
レイラはそう、付け加えるように言う。アージェの言い方にエイラが不満気な表情であったためだろう。
アージェとしては主力たる冒険者でも受け入れやすいだろう利点を強調したに過ぎないのだろうが、それはソコしか国軍と歩み寄る価値は無いとも聞こえる。
いや、命を懸けて戦う冒険者としては実にその通りと言えるのかもしれない。対大型の、そうでなくとも緊急時の際には、彼らの命という壁に守られた後方から兵器を撃っているようにしか見えないのだから。基本的に国軍のイメージはそれなのだから。
しかしエイラは知っている。その安全がどれほど精神を苦しめるのかという事を。だからこそ失敗は許されない、そのために道は違えど冒険者と同じく必死の訓練を繰り返していることを。
「エイラ、難しく考えるなよ。別にアージェだってお前が考えてる風なことを言ったつもりはないんだから。それはまた後で聞くからさ、今はまず大筋を話し合おうよ」
尚も不服そうな顔のエイラに加藤はそう言う。加藤が相手であればまた違うのだろうか、エイラは怒った表情を見せる。それは今までと同じ負の感情の表れであろう。しかし色が違う、違うのだ。
それを見たアージェは何処か安堵した表情で軽く咳払いをすると、話を再開させた。
「んっ、それでですね? それから、本来は街を造るという作業は通常2~3年の年月を必要とします。最低限という意味で。ですが今回は開始から1年で最低限、つまりは防壁を造るというものが目標です」
続けてアージェは語る。そのために必要なものは下見である、と。
そして加藤へと視線を投げ掛けた、それを受けた加藤は頷いて言葉を返す。
「あぁ、新しい街を造る予定の場所は俺も偶然なんだけど、まぁ知っている。でも詳しくは覚えていないんだ、だからルクーツァと数人の冒険者で行って来ようと思ってる」
「その期間は予定では先程言った通り、1ヶ月から3ヶ月です。基本的には夏の間という感じですかね? 早く終えるに越した事はありませんが、出来うる限り詳細な情報が欲しいので曖昧な期間となっています」
その間に更に計画を詰めるのが下見に赴く冒険者達以外の仕事であるとして、そのために今度からは間隔を狭めてこういった場を持つべきだと言って口を閉じた。
「えぇ、そうですわね。先程はつい感情的になってしまって申し訳ありませんでしたわ。ですが、カトウ? 後できっちりとわたくしが説明して差し上げますわ。なんですの? さっきの投げやりな言い方はっ、そもそもですねっ!」
エイラがそう言った時。この会議は終わり、話し合いに落ちたのだろう。いや雑談と言えるものに。しかし、これを繰り返す事で更に彼らは団結できるようになる。それぞれの持てる力を存分に発揮するのだろう。
エイラと加藤のいつも通りの騒がしさを楽しむように、今日という日は暮れて行くのだった。