第5話 『○○→遺志!』
ようやく新たな街造りについての話合いが始まってから、早いもので既に春も中盤に近づいていた。
この世界にとって、本当の春が訪れる時期と言っていいだろう。やはり春というものは特別な時期のようで、色々と小さいながらも行事が行われていた。
そのためか、他の季節よりも多くの商人が最前線であるサックルに訪れていた。
「わぁ、これなんて美味しそうですよっ! 師匠に買っていってあげようかなぁ」
「んー。ギョッセって甘いもの大丈夫だっけ? っていうか、仕事なんでしょ? ほら、依頼は確か個人依頼なんだよな?」
毎日が軽いお祭りのような賑わいを見せている南通りに、加藤はいた。
その隣には人間の少女である冒険者、マナの姿もあった。加藤とマナの格好は完全武装と呼べるものだ。
そう、討伐系に準ずる仕事をマナが1人で受けたのだ。だが、彼女が依頼を1人で貰えるはずがないのだ、しかし受諾できた。それには1つの理由があった。そしてその理由のために、今朝方に受付のお姉さんが直々に加藤の元を訪ねて『受付のお姉さん』が加藤に依頼を出したのだ。マナにさり気なく同行して貰いたいという。
それを受けようとしたのだが、その場に女将さんがいたので依頼ではなく、お願いに変わりタダ働きとなってはいるものの、そのために加藤もこうして依頼主が待つ南門へと向っている。だが、加藤自身としてもタダ働き云々には苦を感じていないようで、気にした風もない。
そんな道中でマナが、ギョッセとのやり取りを見たのみでとは言え、真面目だと思っていた彼女が寄り道をするかの如く歩みが遅いために、加藤が1つ問う。
それにマナは焦ったように、しかしゆっくりと言葉を返した。
「あ……、はい。個人からの依頼です、その……。あの時に加藤さん達が来る前にわたし達を助けてくれた冒険者さんの家族さんです」
そう、依頼主はあの時のなにか、手を伸ばしていた冒険者だったヒトの家族である。
本当であれば、あの時守って貰った冒険者全てでというものだった。だがマナ以外の冒険者達は既にこの街にいない。別に逃げたわけではない。実力不足を痛感したために、実力に見合った場所で経験を積みに行ったのだ。
「へぇ……。そうか、それは緊張しちゃうよなぁ。命を懸けて守って貰ったんだ、それを見せないとな?」
加藤は当然ながら依頼内容を大まかに受け付けのお姉さんより聞いている。
だが、今の加藤は鍛錬のついでという名目で彼女に着いて行っているのだ、こういった反応をせざるを得ない。
いや、この言葉は演技では無いだろう。結果としてならば、加藤達のおかげで最終的には助かったのだろう。だが、彼らが命を賭してマナ達を守ろうとしなければ、加藤とギョッセが間に合う事もなかったのだから。自分とギョッセは小型の群れよりも恐ろしい中型に対峙はしたものの、正直な所、不利とは言え勝算はあったのだ。倒す事が勝利ではないのだから。そしてソレ以外の勝利のための力量は彼らにはあった、あると思えていたのだ。
しかし彼らはその力を有してはいなかったし、対峙した時には思う事も出来なかっただろう。なのに立ち向かえたのだ、それもたった2人で、全員で挑んだ方が勝算が上がるというのに。
それを果たして昔の自分は行えたのだろうか、それを考える度に亡くなった冒険者を尊敬せずにはいられない。そのためか言葉には意思が篭められていた。それを彼女も感じられたのだろう、元気良く返事をした。
「はいっ! 依頼内容は、えっと、その。……亡くなった場所までの護衛です」
「なるほど、まぁ俺も手伝うからさ。変に緊張だけはするなよ?」
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軽口のような、しかし大切なやり取りを交えながらも、2人はすぐに南門へと辿りついた。
そこには、既に依頼主であるヒトらが待っていた。
「依頼を受けました、マナです! えっと、そのっ」
そこにはデイリーもいた。武での長なのだから、斡旋所関係の時は大抵顔を出しているようだ。その隣にはルクーツァ、ロレンと同年代に見える夫婦、それよりも若干年齢が高そうに見える男性とラルよりも幼い少女がいた。
「あら? 2人、ですか? 1人だけと今しがた聞いたもので、取り止めようと話をしていたのですが」
若い夫婦の奥さんらしき、有翼人の女性がそう言う。
依頼は亡くなった息子、つまりは手を伸ばしていた彼らが守ったヒトらと共にその場へ赴くというものだ。街道を行くだけ、この時期は冬直前とは違い、そう危険は無いのだ。出たとしても小型程度でそう数も多くは無い。
そして依頼を受け取り、冒険者へと渡す役目を担う受付にはそれを拒否する権限が薄い。ただの1人であろうとも、受ける事の出来るモノが居れば受けなければならないのだ。その上で、受付は例の有翼人の女性だった。本来であれば1人だが良いのかどうかを聞くべきなのだろうが、知人に加藤がいたために可能だと判断したのだろう。
そして、それはデイリーも同じ思いだったようだ。
「なに、ワシの弟子……こやつを同行させるのでな。心配は無用じゃよ」
デイリーの弟子、この言葉の意味は重い。サックルだけではなく、最前線付近の街に住むヒトであればデイリーの強さを全員知っていると言っていいだろう。国であってもそれなりに名が通っているくらいなのだから。ラルがそうであったように、この少しばかり年老いた男性は有名であり、ある種の英雄でもあるのだから。その弟子であるならば、と顔色が変わる。
「なんと、デイリー様にお弟子さんがいたとは……。しかし、それですと」
個人に対する依頼というものは、依頼料金が変動するのだ。
基本的に斡旋所では冒険者というものに格付けをするということはない。ある依頼を受けに来た冒険者が熟練だからと報酬が高くなる事はないのだ。依頼そのもので報酬は決まっているのだから。
だが個人に対してであれば別だ。個人の場合はその冒険者の実績、それらを総合して料金が決まるようになっている。ラルを始めとして新人冒険者であれば、そうは高くない。むしろ安いと言えるだろう。だがデイリーなどの達人であれば桁が全く異なる事となり、その弟子となれば同じくと考えるもの、だが。
「なに、別途での料金などいらんよっ。こやつはおまけじゃ、おまけ。そもそも冒険者として未熟者なんでな、ついでと思ってくれれば良い」
「……あー、うん。そういう事なんで、気にしないで下さい」
未熟者、それは確かにそうであろう。達人の域で考えるのであれば、未だ卵の殻を突き始めたに過ぎないのだから。
そう言われた加藤を見て、マナも同じく料金はいらないと言い出したが、デイリーがマナは立派な冒険者なのだから受け取るのが礼儀だと諭す。
自分の憧れであり、実力も遥か上にいる加藤が未熟者と笑われているのに、自分は立派だと言われ頭を撫でられる。それがマナには悔しいのだろう。
以前までのマナであれば、その事に優越感を禁じえなかったはずだ。しかし、今は違うのだ。その違いの意味が分かる。立つ場所が違うのだ。だが、それが分かる今の彼女は、また違う面でも変わっていた。悔しさを感じると同時にどうしようもなく嬉しいのだ、憧れがまた遠くなっていっている事が。
それを追い駆けると決めた自分がしっかりといると感じられる事が嬉しくて堪らない。
だからこそ、彼女は笑って頷く。それを見た大人達もまた何かに気がついたように、嬉しくて堪らないという顔をしていた。
「ほほっ、うむうむ。マナ嬢よ……良い顔をするようになったの?」
「そうでしょうか? わたしはわたしですよ? へへっ、あっ! えっと、護衛はわたしが絶対にこなしますから、安心して下さい!」
デイリーに言われた一言。それは今までとは違うもの。新人の中での有望株を褒めるのではなく、マナという少女を褒めるものだった。
流石にそれには照れてしまったのか、若干今までの冒険者の空気を剥がして少女になっていたマナ。そのため彼女は慌てて冒険者として、依頼主にそう言った。
「……えぇ。お願いします、貴女なら大丈夫でしょうからね?」
この中で唯一の母親である、有翼人の女性はなんとも言えない笑みを浮かべてそう返す。
デイリーが何事か加藤に耳打ちをした後、彼らは南門から外へ、冒険者らが亡くなった場所へと向い始めた。
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「あのね、お兄ちゃんはね、優しくってね、強かったの……」
「うん、わたしも知ってるよ。あの時、わたしに逃げろって言ってくれたもの。怖くて怖くて震えてたわたし達に、同じように震えてたのに、言ってくれたもの」
マナは同行している少女と会話をしている。それは重いもの、辛いものだ。
それを嗜めようとした年齢の高い父親に、若い夫婦の奥さんが首を振って止めていた。
「言わせてあげて下さい。お子さんのためではなく、あの少女のために、言わせてあげて下さい」
「だが、いや……確かに一時は人間の娘を守るためなどと、憤慨してしまった時もあった。しかしあの娘さんは……、あれではそれを責めているようなものではないか」
年齢の高い父親は、竜人だ。話の限りでは冒険者ではなく、意外にも技術者という事であったが、加藤を含めてもこの場で一番冒険者らしい風貌の男性であった。
そして、その男性の言う一言。それは大きな問題である、無意識の嫌悪。それは簡単には無くなる事は無いだろう、人間という異種族自体を嫌ってしまう感情はそう簡単には拭えない。
だが、たった少し会話を持っただけで、1人の人間は人間という異種族ではなく、マナという名の少女になり得るのだ。
それを加藤は、今、目の前で確かに感じられた。それだけでもこの仕事はタダ働きとは言え、普通に働いて得られる報酬よりも過分であろう。その喜びを感じつつも、辺りを注意深く見渡しながら歩き続ける。しばらくすると、ようやく目的の場所へと辿り着くのだ。
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「ここが、あの子が戦った場所……」
そこは、加藤とギョッセが荷物を捨てた場所の近く。誰かを助けるために戦った戦士の声にならない懇願を聞き届けた場所である。
既に当時の痕跡は目に取って見る事は出来ない。だが、そこには大きな石が2つ並んでいた。それは墓石である。
この世界においても墓地というものは存在するが、冒険者はその限りではない。英霊となり、その場を守り続ける。そういった迷信、いや確信のために戦い抜いた場に埋葬するというものが多いのだ。
そのため、大型が現れた際には大規模すぎる集団葬となっており、各地に慰霊碑が設けられている。これは小規模ながらもそれと同じものだ。
「はい、当時は2人1組というものでしたが、わたし達は新人のためにそれを3つ合わせてというもので、中でも2人が一番年長の組でした。一番最初に小型の接近に気が付いて、一番最初に立ち向かっていきました……」
マナは、ゆっくりとその時の事を語っていく。
最初は自分達も数が少ないために調子に乗っていたというもの。その時に激しく怒られたこと。自分達は新人の中では有望株なのだから、この程度どうでも無いと言い返したこと。それをまた叱咤されたこと。年長組以外は人間の組だったために、敢えて無視するようにしていたこと。
それは懺悔にも聞こえる吐露といえよう。あの時、もしも従っていたら、もしも1匹でも多く倒せていたら、と。
「それで、あと少しという時にいきなり10匹以上の群れが来て……。小型が10匹程度って思ってたんです。でも目の前に来て、咆哮を上げられた時……」
そこからだ。亡くなった冒険者は、正しく冒険者であった。
今まで無視され、差別のような扱いを受け続けていたにも関わらず、すぐさま声を発した。
「逃げろって……。この数は無理だからって。今の内に時間を稼ぐから、お前らは逃げろって、まだ小さいんだからって、年上に任せておけって」
そういった私情を全て捨て去り、1《おのれ》を捨てて9《なかま》を守る。冒険者の心得であるソレを体言してみせたのだ。現状のソレは命を捨てるという意味ではない。だが、本来の意味は正しくそれなのだ。
昔はそうしなければ、時間を稼ぎ、逃がすという手段でしか守れなかったのだから。それを最初に行った者の名を家族と言い、親と呼び、総じて大人と言った。
それらは歴史が進むに連れて冒険者と言われるまでに強くなったのだ。
冒険者とは、最初は何の力も持たないものだった。ただただ無力でありモンスターに軽々と命を奪われる存在。それでも尚、立ち向かえるヒトを冒険者と呼んだのが本当の始まりだ。
現在の冒険者と呼ばれる者の多くには武力はあるだろう、しかしソレを持たない者も多くなってきていた。以前のマナ達がそれであろう。
しかし、彼らは違ったのだとマナは言う。本当の冒険者であると、自分に取ってのもう1つの憧れなのだと言う。
「そうか……君の憧れか。はっは、息子もどうやらちゃんと冒険者として立っていたんだなぁ。最初は反対したんだ、私の後を継いだ方がいいとね。だが、頑固でなぁ……」
小さな娘の頭を撫でながら、何もない、広大な世界を見渡す。
竜人の父親は、目に涙を湛えながらも笑って言う。そして、若い夫婦もまた同様。
簡素な、しかし大切な話をマナから聞き終えた親らは、礼を述べた後、墓石の周りの掃除を始めた。これは世界が変わろうとも変わらないものなのだろう。ゆっくりと丁寧に綺麗にしていき、街からそう距離は無いとは言え貴重な水を惜しげもなく墓石へと与えるのだ。
しかし暫くすると、それを見守っていた加藤だけが少しばかり辺りを見渡していた。
その理由はただ1つだろう。既に時間が夕暮れ時なのである、あっという間に時間は過ぎているのだ。
「こんなものかしら? 綺麗になったわ、また今度来るからね?」
「あぁ、今度はもう少し綺麗にしてやりたいな……。お前が守った女の子は、凄く立派だぞ、良くやったな」
若い夫婦は、時間を忘れて墓石を撫でる。そしてマナを見てから言うのだ。お前の守った子は無事であり、お前は良く頑張ったと、これからもあの子を守ってあげなさい、と。
それを止める事は出来ない、何があろうとも。
「お兄ちゃんの好きだった、パン包み焼き置いておくねっ! 残しちゃダメだよ?」
「ははっ、ここに置いて行くのはダメなんだぞ? お兄ちゃんにお願いしてからお前が食べなさい」
未だ死というものを分かってはいない娘。しかしもう会えないという事だけは分かっている。そんな娘の可愛い言葉に、笑って嗜める父親。小さな女の子も若い夫婦と同じような事を言いながらマナを指差していた。父親もそれを肯定して、褒めの言葉を掛けている。お前は立派な冒険者になれてたんだな、と。
それを中断させる事は出来ない、どうしても。
そんな少しばかり様子が可笑しい加藤に、ようやくマナが気が付いた。彼女もまた、親達と同様の気持ちであったのだろう。ある種、我を忘れていたようだった。
「どうしたんです? ……あっ、もうこんなに日が暮れ始めてる!?」
明るさ自体はそう変わっていない。春なのだから、夕暮れと言ってもそう暗くはならないのだ。陽の位置で見分ける他ないのだ、時計という技術はあるが、腕時計などは存在しないのだから。
「なんと、もうこんな時間か……。時間が経つのは早いものですな。いや、本当に……」
「そうですね、そろそろ帰らないといけませんよね? ね、マナちゃん?」
彼らとて最前線の街に住む者だ。その程度は冒険者でないとは言え分かっているのだろう。名残惜しげに墓石を見ながらも、そう言った。
「はい、暗くなると小型も街道付近に出やすいらしいんです。早めに帰りましょう」
「えー、もう? お兄ちゃんにお花をあげてないのにぃ」
「お花はまた今度にしような? それに、お花を採ると言っていたが、この辺りにはまだ咲いていないだろう?」
小さな女の子が駄々をこねはじめたが、父親がそれを鎮めた。ようやく街に戻るという流れになった時だった。先ほどから辺りを見渡していた加藤が、それを止めたのだ。
そして。
以前と同じような声、いや音が響いたのだ。
「コゥアアルァ!」
「ゴゴルァアアォ!」
それは2匹のカルガン。加藤であれば取るに足らない相手。しかしマナに取っては強敵だ。
咄嗟にマナは加藤へと視線を投げる。
だが、既に加藤は家族に声を掛けて、それを守るようにマナを置いて距離を取っていた。
マナに取って小型は以前は大した事の無い敵であり、しかし今はようやく恐ろしい敵と認識できる相手。なにしろ、この小型というものは以前までは簡単に、あっけなく倒せる存在であった。しかしこの小型に彼らは殺されたのだ。
どうしても不安は消えない、どうしても震えは消えない、どうしても助けを求めてしまう、あの時のように。
「カ、カトウさん!? あのっ、どうすれば!?」
「何言ってるんだ? マナちゃん、いやマナ。君は冒険者だろう、命を賭してでも守って貰った冒険者だろう! この程度で怯えてどうする! 彼らはそんな事を言ったのか!」
加藤はそう言って相手にしない。加藤が相手をすればものの数十秒で片が付く相手だと言うのに。あの時の彼らとは正反対の、いや同じなのだろうか。
加藤は本来であれば何としてもマナを守りたいという1がある、しかし9を取ったのだろう。その9の意味とは。
「っ。うぅ……、あっ」
そうして少女は怯えながらも、敵を見据える。その時に目に入ったものは敵だけではなかった。
そこには綺麗になったからか、元からか、夕日を反射したからかは分からない。
しかしマナの目には確かに暖かい光が届いていたのだ。夕日の比ではない、暖かい応援が。
「っ! いきますっ! ぇえぁいっ!」
それに背を押されたようにマナは真っ直ぐに駆けていく。2匹相手にそれは悪手と言えるだろう。
しかし基本なのだ、新人の冒険者はまずはこれを会得する、しなければならない。自分の力を剣に宿し、恐怖を飲み込むために、ただただ真っ直ぐに。彼らもまた、こうして立ち向かったのだ。
「コアァオオゥッ!」
当然ながら、それが当たるはずは無い。これは遊びではなく、命を懸けた戦いなのだから。
そこからは泥仕合と言えるものに変わっていく。仮にも新人では有望株と言われているマナの地力も中々のもの。
対して2匹と数の上で有利なカルガンも小型独特の連携を用いて対抗し続ける。
お互いに有効な一撃を与えられないまま、時間がゆっくりと過ぎていく。
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――――
「おいっ、君も助けにいってくれっ! このままじゃあの娘がっ」
「………………」
加藤は何も答えない。ただただじっとマナを見つめるだけだ。
それに尚も詰め寄ろうとするが、それを寸でで止める父親。自分はいけないからだ、武器を持ってきていない。竜人とは言え素手ではモンスター相手は厳しいのだ。余計にマナの負担になってしまう事が分かるために、助けに行く事すら出来ない。
「っ、この! いい加減にぃ!!」
そんな時、戦いが動いた。マナが大きく攻勢に出たのだ。
大きく剣を振りかぶり、それを真っ直ぐ打ち下ろすという初歩ながら、しかしだからこそ強力な一撃を。
だが、カルガンの方が上手だった。それを軽々と避けて、しかしマナには襲い掛からずに加藤達、いや小さな女の子目掛けて駆けて来たのだ。マナのような、武を持つ相手よりも武を持たない相手を、更に言うのであれば最弱を狙うのは理に適っているだろう。
「なっ、こっちに来るぞ!?」
「大丈夫、大丈夫。マナを信じてあげて下さい」
咄嗟に娘の前に立ちはだかるように移動した竜人の父親が焦ったように叫ぶ。しかし加藤はそう軽く言う。いつもの加藤であれば全力で守ろうとしていただろう。
だが、この場には加藤以外にも強い冒険者がいるのだ、マナと言う名の。それを信じているからこそ、なんの心配も要らないと言う。
そして、その強者はその期待を裏切らない。以前は持っていなかった力を発揮したのだ。
「コァオゥッ!?」
一匹が小さな女の子目掛けて走りに走る、しかし加藤は動いていない。そんな時にカルガンは短い悲鳴を上げて、その動きを止めた。
それは軽い、しかし速い攻撃を受けたためだ。
「背中を見せるなんて、油断しすぎですっ!」
マナの左手には小さすぎる、しかし鋭い短剣が輝いている。そう、あの時加藤が見せたものを参考にしたものである。与えられる傷は僅かなものだろう、しかし動きを止める事は出来る、注意を逸らす事は出来るのだ。
距離が離れていようとも、倒すことは出来ずとも、守るための剣。彼女の小さくも大きな進歩であり、新たな力だ。
「コァアアオォォオアオゥッ!」
油断していた、そう怒るようにもう1匹のカルガンが再度マナへと飛び掛る。同時にマナも剣で迎え撃つ。交差するようにぶつかり合い、それが離れる。そして声を上げるのだ。
「…………わたしだって、冒険者なんですっ!」
勝敗は明らか、マナは僅かに傷を負ったものの、相手を地に沈めたのだから。
だが、そのために隙が出来ていた。短剣を当てていたために、彼女もまた油断していたのかもしれない。
いや、正確には小さな女の子を守るというものを重視し過ぎたために、己の安全を軽視していたのかもしれない。
「コォオアァアオゥッ!」
「あっ、しまっ!?」
もう1匹がマナへと飛び掛って来たのだ。剣は振り下ろしたままの状態で、しかし切り返す事は出来ない。
マナのような少女に十分な攻撃力を与える代わりに動きの軽さを奪う大剣を使用していたという事もあるだろう。女性用という事もあり、軽い方ではあるがこれに対応できるほどマナはまだ力を有していなかった。
彼女が師匠と呼び慕うギョッセ、彼に何度もお願いをした結果、与えられた大剣を使用していたのだ。それはギョッセが小さな頃に非力な自分でも使えると使用していた大剣であり、彼にとって思い出の、宝とも言える剣の1つだった。
その大剣を有していたために1匹を倒せ、そのために1匹に今まさに倒されようとしているマナ。
だが忘れてはいけない、ギョッセの大剣に憧れ、それを持つという事は。
「…………あれ?」
彼女に襲い掛かるはずの痛みは来ない。感じるのは微かに感じる風のみだ。
数秒だろうか、それ以下かもしれない時間が流れた後、何かが崩れ落ちるような音が響いた。
「うん、頑張ったね。俺の背中を任せたくなる大剣だったよ」
「あ、カトウさん……。わたし、わたしっ」
そこには相棒がいた。目の届く距離とは言えそれなり以上に離れていたというのに、そこにいた。
改めて、自分の憧れである存在達の背中の遠さを実感してしまう。だが、その憧れが言うのだ、凄いと。世辞ではなく、心の底から言ってくれる。嬉しい、嬉しい、嬉しい、そう言わんばかりの笑顔のような泣き顔のような顔を夕日に照らされながら見せるマナ。
ギョッセから受け取り、力を与えた大剣と、マナに勇気の灯火を与えた墓石もまた、それを認めるかのように淡く光りを反射していた。
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「ありがとうございました、今度もまたお願いさせて貰いますね? その時は凄い冒険者になっているだろうから、依頼料が高そうですけどね?」
有翼人の母親は笑いながらそう礼を言う。
ここは既にサックルの街、その南門付近である。あの後はモンスターに遭遇する事も無く、問題なく街へと帰還していた。
「へへっ、いいえっ! おばさん達からの依頼だったら格安ですよっ!」
凄い冒険者になるという事は否定せずに、茶目っ気を出して答えるマナ。
それを嬉しそうに見つめるのは有翼人と竜人の大人達だ。
加藤は何も言わずに、ゆっくりと後ろに佇んでいる。その加藤に声を掛ける者がいた。
「ふっ、どうやらマナ嬢は大きくなったようだな? お前もまた、1つ大きくなったように感じるな」
ルクーツァである。実はルクーツァも加藤と同じく彼らに同行していた。とは言えある程度の距離を保ってであるが。
デイリーより耳打ちされた事は万が一の場合でもマナに出来る限り任せるようにとの事だったのだ。そう言っておかなければあの時、マナが言葉を発する前に事は済んでいただろう。それではいけないとデイリーは感じたために、釘を刺しておいたようだ。
「ん? あぁ、マナちゃんは凄いよ。俺のとは随分違うけど、短剣だっけか? あれを投擲する練習を欠かさずやっててさ、凄いもんだよ、百発百中。その上で基本の大剣の鍛錬も欠かさずだもんなぁ」
「そういう事ではないだろう……。まったく、変に話を逸らすのはいつも通りだな?」
「別に、そういう意味じゃないんだけど。いやまぁ、うん。俺も頑張らないといけないって強く思ったよ」
その言葉には何が篭められていたのだろうか。それだけでは普通は通じないことだろう。しかしルクーツァは軽く口の形を歪めてから頷いた。
そんな加藤達にマナが声を掛けてくる、同様に親達も視線を向けた。
「あっ、カトウさん! ほらっ、皆さんに挨拶しないとダメなんですよっ!!」
「ちょっ、引っ張らないでっ! 分かったからっ、だから引っ張らないでっ!?」
力無いものが勇気を振り絞り、大人にすら出来ない事を成し遂げることは実在する。そして、ただの一時であろうとも大人となった彼らの背中から子供は何かを学ぶのだろう。
そんな子供の背中を通して、親は子の成長を知った。その笑顔は悲しみを消し去るほどではないだろう。
しかし、確かに薄めてくれている。その笑顔を浮かべられる者もまた、大人なのだ。その背中を見た加藤も、それから何かを学んだのだろう。
「次はカトウさんに守られるような事がないくらいに強くなって、わたしが皆を守ってみせますからっ!」
マナは、満面の笑みを浮かべながら、そう力強く宣言した。
笑顔とはいいものだ。人種など関係なく、それだけで優しい気持ちになれるものがある。
もしも、全てのヒト族が同じことで、同じように笑えるような事があれば素敵だと、マナの笑顔を見た加藤は強く感じられたのだった。そのために、加藤は今まで以上にある事に全力を注ぐ事を決心しなおしたのだった。
全てが動き出す春を迎えて、ヒトもまた大きく前に進む時が近づいてきていた。
そう、街を造るというものがいよいよ現実味を帯びてくる時期がやってくるのだ。