第4話 『○○→苦笑!』
真夜中の酒盛りから数週間が経った夕暮れ時、もう寒さとは決別し、暖かい日差しとの抱擁を楽しむ季節となっていた。
「んー、ボクには良く分からないんだけども……」
「まぁ、そういうものかもしれませんわね? しかし貴女はそれでいいと思いますわ、そういった方が領主様の傍にいるということも重要でしょうからね」
ここは領主の屋敷の広間。主だった人物が勢ぞろいしており、そこで新たなる街造りについての会議、もとい話し合いが行われていた。
アージェから簡易に説明を受けていたニーナが、理解できずに困り顔をしているところへエイラが微笑みながら頷いていた。
「まぁ、ニーナ嬢がレイラ嬢、つまりは新たな領主の補佐をするというだけだ。補佐と言うが別に仕事を支えるだけではない、そうだろう?」
「その通り、特に我が娘の場合。変に考えすぎるところがあってね? 私としてもそこが心配なんだが、いやいや。ニーナ君がいてくれるとあれば杞憂になるだろうさっ」
レイラが新たなる街の領主というものはやはり決定済みのようであり、レイラ本人も当初から言われていたためにある程度の覚悟はあったようだ。特に何も言わずに、静かにしている。
そして、その領主の側近としてニーナ、当然ながらエイラの2人が着くこととなったという説明の最中である。
「でもさ、ボクが自分で言うのもアレだけど……。なんにも出来ないよ? 普通のヒトよりは戦えるってのだけが自慢だったけど、ここじゃ意味ないし」
「でも、レイラと下らない話が出来るだろ? 真面目な話だって、怖い話だって、楽しい話だって、内緒の話だってな? それでいいんだよ、それがいいんだと思うけどな」
困ったような顔をしているニーナへと、加藤が笑いながら言う。
当初は彼女未満だった、しかし今はその上を行く存在が簡単な事だと言ってのけた。それは彼女に迷いを生じさせるのに足る言葉だったのだろう。ニーナは前向きになりつつあるようだ。
「そ、そうなの? だって、補佐ってデイリー様みたいじゃないと……」
「だったらそうなれるように頑張ればいいだけだろ? ニーナはもう王族なんて関係ないんだ、努力をしたって、強くなろうとしたって良いんだぞ?」
「そ、そうなの? 本当に? 王様になりたいんだろとか言われない? いじめられない? 馬鹿にされない?」
その言葉こそが彼女が断る理由だったのだろう。高い地位に就く事が直接そうなのではない、そうするために必要な事をすることこそが怖かったのだろう。
それを加藤、他の面々も笑って言う。当然だと。
「やっぱりまだそんな事で悩んでたのかよ。まぁ、そんな事で言ってくる連中がいたら、俺とルクータがボッコボコにしてやるよ。なぁ、ルクータ?」
「ふっ、当然だな。オレの友を侮辱するのであれば、国であろうが何であろうが、叩き潰すだけだ」
加藤とルクーツァは本当にそうする訳ではないかもしれない。ただの軽口なのかもしれない、冗談なのかもしれない。
しかし言い切ったのだ、彼女を傷つける者がいたとするのであれば、自分達が必ず守ってみせると。
「いや、国とかはちょっと……」
「情けない奴だ、その程度で弱気になるとはな? これは鍛錬を一からやり直さねばなるまい。そうだろう、デイリー殿?」
「まっことその通りじゃ! 情けないっ! その程度の事、なんとも無いとくらい言ってみせぬかっ、口ですら言えぬならば何も出来ぬぞ!」
「えぇ……、俺が怒られるのかよ。国とかってそんな簡単なもんじゃないと思っ……あぁ、うん。そうなったらこくおうとかにいっぱつきついのをおみまいしなきゃいけないよなー」
実に滑稽なやり取り。実に情けない口だけの言葉だ。しかし、それは全てただ1人のヒトのためのものであり、そのヒトはそれを分かっている。
彼女は以前、彼らのおかげで1つの戒めを解いた。しかしそれは周りによって緩めてもらったに過ぎない、痛みを感じなくなっただけで抜け出せてはいないのだ。
もう大丈夫だと感じるだけでは不足、それを証明するために前に進んでこそなのだから。
「……えへへっ、そこまで言って貰ったら仕方ないなぁ。うん、ボクも補佐として頑張るよっ!」
今はまだ、それを胸張って言えるほどではない。その力、実力は当然ながら有していない、だがそれが当然なのだ。
彼女よりも遥か上にいる加藤、エイラ、そしてアージェとギョッセをしてもまだまだ未熟。その地位に相応しい実力など欠片も持っていないのだから、要はそこにいくための努力が出来るかどうかだけ。
その種火こそが大人達が待ち望むものであり、今までの彼女には無く、他の若者にはあったものなのだから。
「ふっ、そうか。ならば領主の方の一応の説明はこれで終わりでいいだろう。ギョッセにも既に伝えてあることだし、カトーの方面も一応はいいな?」
「そうだね、『灯楼』側もさして変化はないよ。まぁ、こっちは追々詰めていけばいいさ、なにせまだ一番大切なものが確定していないからね。……それよりも今は必要な事があるだろう?」
そうロレンが言うと、以前にも加藤が見た大きな地図を広間の机に広げる。その地図を広げると、ロレンはデイリーへと視線を向けるのだ。
「まぁ、街が出来てもいない内にあれやこれと言ったのは理由がある。一応の立場が、責任が必要じゃからじゃ。これは以前、小僧達にも言っておるがな?」
その準備が終わったという事で、ようやく話し合いから、会議と呼べるものへと移るようだ。
ここに居る者は全て、立場ある者となったのだから。
正に子供の遊戯のようなものだろう、本来からしたら実に滑稽、しかしこれがこの世界での大人への始まりの一歩でもあるのだ。少なくとも上に立つ者としての。
「まぁ、もう何も言わないさ。そうだっ! 前に言われていた宿題というか、仕事というか……。まぁ、考えてきたぞっ! 新しい街のコンセプトッ!」
「ははっ、カトー君は全く面白い言葉を使うね? そろそろ適当に作った言葉じゃなくて、真面目な言葉遣いにしたらどうかなぁ。これからは本当に、真面目に、ねぇ?」
「あー、そうだったな。真面目にしないとな……。まぁ、どういった街にしようかって事な? 聞いていた情報、資金、その他諸々、なによりも多くのヒト達が求めるもの……」
何よりも求められているものとは、この世界ではたった1つである。それは安全であり、安心だ。
経済云々、住みやすさ云々、娯楽の云々、色々と街に必要なものはある。しかし、必要なものはどんな脅威が来ようとも、崩れる事の無い家なのだ。
「まぁ、正直そんなのは今じゃ不可能だ。本当なら絶対にそんなのを作ってみせる!……とか言いたいんだけど、真面目だからな? 正直に、現実を見据えないと。それでだ……」
そして、加藤はロレンが出した地図よりもかなり小さい、しかし厚い紙束を出す。そこには絵が書かれて、いや。正確には図面だろう。それを大きな机、円卓とも言える用意されていたものに並ぶように向き合っていた面々へとまずは配って行く。
「壊れるのは仕方がない。だけど壊れたら終わりじゃ芸が無いと思うんだ。俺は他の街をこの目で見たのはたったの1つだけ。だけど他の街を皆から色々聞いた結果、こうなった。こんな感じなんだけど……どう思う?」
配り終えた加藤はようやく話しだす。が、そこには何重にも重ねられた円が描かれているだけだ。
他の面々は、それだけではイマイチ把握が出来ないようで、それの説明を求めた。
「あぁ、そっか。俺が分かってても皆はこれだけじゃ分からないよなぁ。えっとな、この丸は防壁だ。これには色々と役割が……」
加藤が語るのは未来、いや異世界の知識が大本で、しかし材料にしているのはこの世界の知識である。大本はドキュメントムービーだったか、それともゲームだったか、映画だったか、趣味の工作だったか。
しかしそれは調べに調べ、学びに学んで得た知識ではなく、何気なく生きている間になんとなく持っていた常識だ。
そして、それをより精錬させたのはこの世界で、自身が調べに調べ、学びに学んだ経験、実績から得た智恵だ。
もし、前の世界の専門家が見たとすれば笑う事だろう。子供が考えそうな事であると。
そして、彼の親も、友も同じく笑う事だろう。実に加藤らしいと。単純で、稚拙、しかし何よりも熱意が篭められているものだと。
「まずはさ、最初の壁なんだけど。これは硬いけど、そんなに高くはない。理由は……」
実に楽しそうに、しかし真剣に語る。
最初の壁は何よりも硬く、何よりも厚い壁。
低い理由は金を掛けに掛けて対大型、並びに通常兵器を並べるため、整備云々のためだと言う。実に子供らしい考えだが、だからこそ基本であり、理解しやすい。
ロレンを始めとして他の者は、時折頷きながらも静かにその説明に耳を傾ける。
「次のはさっ! そんなに硬くはない、むしろ脆いんだ、前にいった名も無き街……あの壁を参考にしてる。だけど逃げやすいようにってわけじゃない。大型出現の際の話を聞いた限りじゃ、街の壁が破られた時に一番最初に襲い掛かってくるのは小型の群れ、それも尋常じゃない数の……」
加藤に取って、この世界の街で最も重要なのは壁だと感じていたのだろう。
本来であれば以前の大型襲来以降、最初に決めるのは当然医療方面であり、今回もそこに多くの資金を取られるはずだった。当初から大型モンスターを足止めするための街という事で、今までの街とは比較にならない程の医療施設、大病院を計画していたというためだ。
しかし、加藤はそもそも医療が必要最低限で済むような街にすべきだという考えだった。
それらを最初期では縮小する形になっても、防壁の充実に力を入れるべきだと訴える。
「ふむ、その方向性は悪くないね。だが、万が一それで失敗してしまった場合……。多くのヒト達からの非難を受けてしまいかねないよ? なにせ、今の常識はまず医療施設なんだからね?」
ロレンは、加藤の意見を聞き終えると、静かに反論を出して行く。
そして他にも加えて、そのやり方でやったとしても絵にあるような何重もの壁は難しいだろうと。出来ても精々が3つの壁で精一杯であると締めくくる。
「前例が無いって事? あるじゃないか、俺は知ってるぞ? ……国だよ」
それぞれの国に必ずある王城、それはそれぞれの種族の国の長のための最後の砦。事実、今よりも昔、その時代では大型は国にまで被害をもたらしていた。そのために国の壁は街の比較にならぬ程に頑丈、そして王城はその周りにも堅固な城壁を持ち、更に城自体も同様に硬い。
そして国には何十、何百という他の街という名の壁があり、その上で自身にもそれがいくつもあるではないか、そう言うのだ。
先ほどは軽い口調で、王族であろうともと言っていたロレン達。
そして加藤の言うその前例のあり方とは、ある意味で王族に喧嘩を売っているに等しい。勿論、国が最後の砦という認識は正しいものであり、街とは前に進むための拠点なのだ。最低限、それを施せば良いという思考は間違いではない。そして何よりも大型相手に耐えうる街とは即ち国と同規模となってしまいかねないのだ。
「それは流石に厳しいよ……、確かにその理屈で行けば何重もの防壁というものに説得力を与える事は出来るかもしれない。だけどね、さっきも言ったけど資金面で厳しい、そしてそれが大丈夫であったとしても……」
この街、サックルでさえ、国からはかなり離れているのだ。このサックルから更に離れる場所にそれを作るとなると、金があろうとも材木等を運ぶだけでも厳しいものになる。
そして運ぶ上で最も厳しいとされているのは、やはり防壁のための石だろう。これはそこら辺の大きな石を並べて出来上がるものではないのだ。いや、それで出来ないということではない。
だが、この世界での防壁というものは国が与えた守りという意味があるのだ。そのために国が壁の費用を出し、当然ながらその石材を運んでくる。これは未だ大陸を見れば狭いとは言え、広がりつつあるヒトの世界において、国というものを成り立たせる上で必要なものであり、そうそう変えられるものではない。
「石ねぇ……。別に、作ります!って時から運ばないとダメって事はないんだろう? 今から運んで貰えばいいさ、石なんだ。このサックルの近くに積み上げておけばいいさ、モンスターだって石は食べないからな?」
加藤はなんの事は無い、そう言い放つ。
それは領主達に驚きをもたらした。驚くほどに簡単なもの、しかしその考えは無かったのだ。街というものは国が守りを与え、冒険者が危険を排除し、多くのヒトが汗を流して作るもの。一種の祭りとも言えよう、その時期には多くの冒険者が1つの地域に集い、多くの職人が腕を振るいに振るう。
そのために、その始まりと同時に全てが行われていたのだ。だからこそ、防壁という守りが無い状態で寝泊りをするために、怪我人が多い。
ゆえの第一の治療施設、今回の場合は大規模なソレであったと言えよう。
「なるほどねぇ、確かに。別に食料云々じゃないからね、それは出来るかもしれない。大事なのは国からのという点であって、その時期じゃない。それを使った壁でさえあればいいんだ」
ロレンは嬉しそうに言う。これは別に異世界の知識ではない、加藤の常識であり、ロレンも言われれば納得できるものだったためだ。
それを知らないエイラ、ニーナも簡単な事実への小さな驚き、それを言った加藤へ大きな驚きを感じているような声を出していた。
「確かに、どうして今まではそうだったのでしょう? やはり多くのヒトが集まってから行うという点を国が重視していたためなのかしら? 安全を考えるのであれば、治療よりも壁というのは確かにそうですわね」
「ふふっ、さすがカトーさんですね? 面白い、いえ凄い事を言いますね」
エイラは難しい事を考え始め、エリアスールはいつものように優しく笑う。しかし、常のように照れる事はせず、適当に言葉を返しながら加藤はそれからも街についての話を続ける。
やはり重点的に語るのは防壁について、しかし次に重点を置いていたのは1つの問題についてだ。
「最重要なのは街の壁だ。これだけは何があっても譲れない、この計画に参加してるからには絶対に。そして、次に言いたいのは交流のための文化だ。そのために必要なもの、それを……」
それは差別という問題を濁しているものだ。当然ながら、この場にいるヒトはそれを察している。先ほどと同じように、いやそれ以上に静かに耳を傾ける。
「どうしたって無くなるものじゃない。少なくとも新しい街が出来たら全部消えた、そんなのはあり得ない、絶対にだ。ただ、その糸口を示す事は可能かもしれない、そのために作りたい施設があるんだ。それは、運動場だっ!」
運動場、つまりはグラウンド。簡易なものから高度な運動までを行う事が出来る場である。が、それではなく、そこで行える多くの運動、いや競技であった。
「昔の英雄、その話を聞いた時に思った。これだっ!ってさ? 皆で行う運動、競技。スポーツ……っていう名前にしようと思うのがそれさ。別にふざけて付けた名前じゃないからな?」
加藤は楽しそうにスポーツについて語る。
以前の世界では自分自身の趣味でもあったソレを、この世界では差別をなくさせるための切欠にしようというものだ。
差別というものは、絶対に無くなりはしない。これはどうあってもだ。しかし人種差別であるソレ、これを薄くする事が出来るのは可能であり、人種ではなく個々人の差別へと移す事は可能なのだ。これであっても褒められたものではない、が、それであれば個人で如何様にでも克服できる可能性があるのだ。自分が変わる、ただそれだけで。今のように、どう努力しようとも、生まれという点だけである場所においては変えようの無いモノでは無くなる。それだけでひとまずは十分だと加藤は言う。
更にスポーツについて語る。
これは、概念さえ分かれば何処であろうと出来るものなのだと。最悪グラウンドが無かろうと、少しの道具があれば、例え無くとも出来るのだと。
つまり、新たな街で興ったものであっても、広まればすぐにでも他の街々、果ては国だろうとも行える。差別を薄くするためのソレが。誰かが言った聞くだけの言葉ではなく、自分達で行うというものが、だ。
「そのスポーツ、これにはルールを付けようと思うんだ。それは単純明快、絶対に全ての種族を入れなくてはならない。これだ、これが重要。そして新しい街にはプロスポーツ選手も作るんだよ、うん。プロの場合は種族毎のお祭り試合も入れてもいいかもしれないな? ある程度知名度が上がればお気に入りの選手がいる他種族を応援するヒトも出てくるかもしれないし」
それは観光の意味もあった。しかし場所が場所、非常に遠いのだ。そこをデイリーが指摘するが、加藤はやはり笑って言うのだ、定期便を作ろうと。
「1ヵ月に1回ってのは無理かもしれないけど、ある程度の期間。冒険者、それも熟練のヒト達が往復するものを作ろうよ。そうだな、確か……」
街と街というものは、国から近ければ近いほどに、その距離間が短いものだ。
理由は多々ある。国から近い街は古い街でもあるのだ、そのため当時の防衛手段の非力さのためとも言える。
そう守れる力を持つ者、つまりは冒険者数が多くなかったために、国から離れられないので、国の近くに密集したという事だ。
そして、それらが増えると同時に、彼らが持つ武器も、街を守るための兵器も進化を遂げて行く。徐々に、絶対的な数が増え、そしてそれらが少数であっても守れるようになっていくのだ。
そのために、進むにつれて距離が伸びていっている。最前線のこのサックルから、前の街へはおおよそ1週間程度という距離であった。そしてその街、名も無き街の主要街である街から前なる街へは4日というもの。
それらを療養中に、それ以前にはロレンからの宿題で学んだ加藤は定期便と称した護衛団が必要の無い区域を言っていく。
「ここら辺ならいいんじゃないかと思うんだ。ロレンの日記にも書いてあったろ? 『ここでならば、レイラを自由に遊ばせられるだろう』ってさ?」
ロレンの宿題、それは字を、言葉を学ばせる意味が大きいものだ。
しかしそこに書かれているのはロレンの歴史とも言えるものであり、長じてこの世界の歴史、知識の宝庫でもあったのだ。何処には何があり、何時には何が起こり、何をすればこうなるのか、それらを丁寧に書かれていたのだ。主人公がレイラという点を除けば、実に有益な書物と言えよう。
そして、加藤の言う場所は国からある程度離れているのだが、他の街には無い特徴がある街だった。
それは今と同じように大きな転換期を迎えた時に作られた街だ。
街が壁という話を加藤はしたが、それを完璧に行ったのがこの街である。
簡単に言うのであれば、4つの街が並んでいるのだ、距離などほぼ無いに等しいほどに。そして、その4つの街は4つの種族毎の街であり、その分差別意識が強いように思われるが、逆なのだ。むしろ、最前線とは言えない街にも関わらず非常にその意識が薄い街。
理由は別の意味での差別化が非常に上手くいっているためだ。
人間の街では戦いのための武器を買えて、獣人の街の料理は美味い、竜人の街はその3つの街を守る冒険者が多く在籍している、有翼人の街には建築を始めとした生活のための技術が進んでいる。
竜人は守るために必要な力を人間の街に頼り、人間は更に進んだ技術開発のための道具を有翼人に求め、有翼人は獣人の料理をどの種族よりも好む、獣人は戦えるヒトとそうでないヒトの差が激しいために竜人に助けを依頼する事が多い。
そのために、戦力は充実し、経済も活発で、娯楽も多くあり、なによりも治安が良いために有名な街であった。
多くのヒトが訪れる街ゆえに今回、加藤が言うものに近いのが多いのだ。基本的には商隊と言えるものがソレだ。それは1つではそう多くの護衛を雇ってはいない、だが商隊が多ければ冒険者が多くなるのは必然。そこに一般のヒトも多少の礼金を払って一緒にいくのだ。
「そこまでだと、大体馬で1月ほど掛かるね……。ある程度の誤差を含めれば1月半、徒歩だとしたらその3倍。行えて1年に2回というくらいだろうねぇ」
「別に街が出来たらすぐにやるって訳じゃないさ。大事なのはスポーツを知って貰うという事。なによりも全部の種族を混ぜた方が格好いい、面白いって思わせるためなんだからさ。そのためにはスポーツっていうのを知って貰う期間が必要、まぁ……」
新しい街というものが出来るのであれば、こちらから呼びに行かずとも、勝手に商隊が大挙してくるものだ。
しばらくの間であれば、積極的にそれを行う意味はないだろうと言う。
「って感じ。俺は壁が凄い! ってのと、スポーツがある街にしたいと思うんだよねっ!」
結論からすれば、たった一言と言えるものが加藤の街に対する全てだった。
壁についてはロレンが話を付けてくれるようだ、スポーツについては全員が悪くないという意見を出した。
が、定期便についてだけは現状、加藤以外の者が否定的な意見であった。
加藤の想像する旅行と、この世界での旅行の差異のためだろう。
基本的に、この世界では住む街から他の街へ行くという行為は命掛けなのだから、これは当然である。最初期であれば、国の軍がそれを助けてくれるために、大勢の移住者が来るのだ。これはどの街であろうと変わるものではない。
住む場所に余裕が無くなりつつある今、それを求めて移動するためにならば命を賭けても行こうと思えるだろう。だが、スポーツを求めて来るというものはそうは無い。商隊は自分達で来てくれる、特に出来たての街であれば尚の事。
そうでなくとも、この世界に措いて、商人というものもまた戦士であるのだ。ヒトの世界を広めるために危険を冒してでもそれを届けるという意思を持つ者が多い。
それらを言われた加藤は、しばらく唸っていたものの、納得したようであった。
「そうか……。スポーツを広めたいってのはあるんだけど、どうするかなぁ?」
そう言った加藤に、ニーナがおずおずと小さな声で言った。
「今はあんまり良くスポーツってのが分からないんだけど、簡単に出来るモノなんでしょ? だったら、時々こっちから行けばいいんじゃないかな?」
「…………その考えは無かった」
加藤の世界の歴史、知識にそれはあった。
しかし、抜け落ちていた、常識という考えるまでもなく出てくる情報にはなりえていなかったのだ。
スポーツを広めるため、そしてより差別意識を薄くするためのプロスポーツという娯楽、これらが自分のホームでのみ行う理由など無いのだ。
そう、ニーナの発言によって加藤の夢がまた1つ出来上がったのだ。色んな街にチームが出来たら面白い。そうしてみたいという願望が。
「うん、それは良い……。良いよっ! そうしよう、うん!」
加藤は実に嬉しそうに言う。差別を無くすための手段を広める事が出来ると喜びはしゃぐ。
ロレン達もその様子を微笑んで眺めていた。
「まったく、カトウ! それが嬉しいのは分かりますが、少し静かにしていただけます? まぁ、それであれば悪くないと思いますわ。カトウの言うコンセント? とやらは良いと思いますわ」
エイラがそう言うと、他の面々も同じような事を口走る。
ようやく、街についての構想が出始めたのだ。最初は加藤の意見であったが、この後にはレイラ、アージェ、エイラ、エリアスール、ニーナもと、次々に思い思いの事柄を提案していった。
大人は時々口を挟む程度だ、そこに大人の意見を捻じ込む事は一切ない。
子供が夢を語るように、理想を語るように、それを現実に少しでも近づけるための小さな助言を挟むだけ。
まだまだ街を造るためには遠い道のりだ、しかし確かに子供が大人になるために街というモノを真剣に考え始めた。
そこには斬新過ぎるものもあれば、今は忘れられた古いものも出てきている。
大人では考えられないものを、街というものに取り入れられるのが子供なのだ、それを行う事で大人になる立場にいるのが彼らであった。
「ほっほっほ、まったく気楽に言ってくれるわい。それらをこなすとしたらどれ程の労力を必要としているか、それがどのような影響を及ぼすかを考えずに。まったく、ほっほ」
「いいではないか。それを叶えてやることこそが、そうして守られて、育てて貰った今のオレ達の使命だろう? ふっ、まったく腕が鳴るな」
「いやはや、私もこういった風に父上には見えていたのだろうか? ははっ、確かに……、これは自分が街を造った時以上に大仕事になりそうだ。実に、あぁ実に遣り甲斐があるといえるね」
大人達は、遂には子供のみであれやこれやと言い合いを続けるようになった彼らを眺める。
その様子を見ると、どうにも恥ずかしくなってしまうのだ。これは嘗ての己の姿そのものなのだから。
武の道で、守りたい何かがあるからこそヒトは強くなれると彼らは説いた。
それはヒトが強く、大きくなる事にも繋がるのだ。彼らのための苦労を笑いながら行おうと決めたこの時、大人は更に大きく、強くなるのだろう。
そうして、子供はその更に遠のいた背中を目指して奮起するのだ。
そうして、徐々に、段々とヒトの道というものは広く、大きく、長くなるものなのだから。